試乗記

BYDの新型バッテリEV「ドルフィン」初試乗 間もなく登場のコンパクトモデルの実力は?

9月20日に発売となる新型BEV「ドルフィン」にいち早く乗った

航続距離400kmのスタンダード、476kmのロングレンジの2モデルを設定

 中国・シンセンを本拠地としてグローバルに40拠点を持ち、従業員数は60万人を超える、創業28年目のBYDが日本上陸してから1年あまりが経過した。オンライン販売ではなく、実店舗での総括的なサービスを提供すべく、2025年末までに正規ディーラーを100店舗以上展開すると公言しており、現在はそのうち47拠点の開業が決定しているという。BYDは、多くの自動車メーカーが段階的に電動化モデルへと移行するのに対し、2023年3月で早くもガソリン車の生産を終了。いち早く電動化モデルへと舵を切ったメーカーの1つだ。本国ではPHEV(プラグインハイブリッド)など多彩な電動化モデルをラインアップしているが、日本での戦略としてはBEV(バッテリ電気自動車)の販売に特化しており、2022年7月に第1弾としてミドルSUVの「ATTO3」を日本導入。その際に予告されていた通り、いよいよ2023年9月より第2弾となるコンパクトモデルのBEV「DOLPHIN(ドルフィン)」を導入する。

 DOLPHINは2021年よりタイやオーストラリア、シンガポールなどで販売を開始し、グローバルで約43万台も販売されているBEVだが、それをただ法規の違いに合わせた仕様にして日本に流すだけではなく、徹底的なマーケティングによって導き出された日本人ユーザーの要望や魅力に感じる装備などを、わざわざ特別に日本仕様として仕上げてから販売するというからすごい。

 その1つが、日本の都市部に多い機械式立体駐車場の高さ制限1550mmに合うように、本国では1570mmある全高(アンテナ含む)を20mm下げていることだ。そして右ハンドルとなるだけでなく、ウインカーも日本人が使い慣れている右側に設置。充電では日本の急速充電の規格であるCHAdeMOに対応し、日本人ユーザーから要望の多い、誤発進抑制システム(正式名称はペダル踏み間違い時加速抑制装置)も全車に標準装備としている。

 全車というのは、バッテリの容量によって2タイプ用意されるグレードのことで、容量44.9kWhで航続距離が400km(WLTC自社調べ)のグレードがスタンダード、容量58.56kWhで航続距離が476kmのグレードがロングレンジとなっている。ボディサイズは全長4290mm、全幅1770mmで、全長がドンピシャなのは国産車だと日産「キックス」。全幅も10mm大きい程度だが、ホイールベースはキックスより80mm長い2700mmを確保しているから、ファミリーでも十分に使用可能なコンパクトモデルということになる。乗車人数が5人なので、軽EVの「サクラ」だとちょっと小さいけど、「リーフ」だとちょっと大きいという間を埋める絶妙なサイズ感だと感じた。

 そしてこの絶妙なDOLPHINにデザインの息吹を吹き込んだのは、アルファ ロメオ「8Cコンペティツィオーネ」のデザイナーとしても知られる、ヴォルフガング・エッガー氏。ATTO3も彼の指揮のもとでデザインされたモデルだが、そちらが王朝シリーズと呼ばれるのに対し、DOLPHINは海洋生物の自由さ、美しさから着想を得ている海洋シリーズで、オーシャンエステティックデザインと呼ばれている。

 フロントマスクはイルカのつぶらな瞳を思わせる新型LEDヘッドライトがどこか人懐っこく、新しいのにホッと親しみやすいイメージ。サイドにまわると、フロントフェンダーからV字に流れるようなキャラクターラインが躍動的で、まるでイルカが海面からジャンプするようなダイナミックさも感じさせる。アルミホイールのデザインはスタンダードがちょっと愛らしい印象、ロングレンジは上質感のある印象と、異なるものが採用されている。

 ボディカラーもスタンダードはモノトーン、ロングレンジはツートーンと差別化されており、快適装備の充実度も変わってくる。バッテリ容量が小さいスタンダートはどちらかというとセカンドカー的な需要、大きいロングレンジは都市部のファーストカー的な需要を想定しているように感じるが、安全装備に関してはどちらも同様の充実度としているところが素晴らしい。

試乗車はバッテリ容量44.9kWhで航続距離が400kmのスタンダードグレード。ボディサイズはロングレンジと共通で4290×1770×1550mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2700mm。車両重量はスタンダードが1520kg、ロングレンジが1680kg
ドルフィンのセールスポイントは「コンパクトEVとしての高い実用性」「安心・安全を支える装備/機能」「あらゆる人に親しみやすいデザイン」の3点が挙げられる。駆動方式はいずれも前輪駆動のみの設定
スタンダードの足下は16インチホイールにブリヂストン「エコピア EP150」(205/55R16)の組み合わせ。ロングレンジはデザイン違いの16インチホイールとなりタイヤ銘柄は共通。なおスタンダードは4穴仕様、ロングレンジは5穴仕様という違いがある
LEDヘッドライトを標準装備
リアは貫通式のLEDコンビネーションランプが採用される

 ドアを開けてみると、室内にもあちこちに海やイルカを想起させるモチーフが散りばめられている。ドアレバーはイルカのフィン、エアコンアウトレットは小さく跳ねる波しぶき。インパネのラインやフロントガラス付近のダッシュボードはゆったりとした波のようで、遊び心が楽しいインテリアだ。試乗車はボディカラーのアーバングレーと対になっているブラック+グレーのシックなカラーだったが、ほかにもボディカラーごとにグレー+ピンク、ブルー+グレーのインテリアカラーが設定されているので、フェミニンな雰囲気のインテリアや、もっと海っぽい雰囲気のインテリアも選ぶことができる。

インテリアでは海やイルカを想起させるモチーフを随所に採用。シートやステアリングにはビーガンレザーを用い、PM2.5高性能フィルターを用いるオートエアコン、シートヒーター(運転席/助手席)などは標準装備となる。ラゲッジ容量は345Lで6:4分割可倒式の後席を倒すと1310Lまで拡大可能

BEV初心者にも扱いやすい

 試乗車はスタンダード。センターコンソール中央に置かれる大型モニターは、ステアリングのスイッチを押すと縦から横にぐるりと自動で動くというBYDならではの仕掛けで、ATTO3から受け継がれたものだが、大きく変わったところもある。その1つが最小化したというシフトノブで、縦にまわすダイヤル式となってほかのスイッチと並んでコンパクトに収まっている。「D」に合わせるとイルカがピシャッと水面に飛び込んだような、ユニークな音が鳴った。これは「R」にするとまた別の音が鳴るようになっている。「P」にする時はシフトノブの右側を押し込む操作だ。

 運転席はパワーシートで、無段階でポジション調整ができるため、視界はすこぶる良好。アクセルペダルに右足をのせると、思いのほか足裏にしっかりとした応答性を感じ、どこかガソリン車に近いようなリニアな感覚で走り出した。スタンダードのモーター出力は70kW(95PS)で、ロングレンジの150kW(204PS)に比べると半分以下になるものの、やろうと思えばもっと瞬発力のある、いかにもモーターらしい発進加速にもできるはず。でもBYDはそうではなく、「eモビリティを、みんなのものに。」というテーマを掲げているように、ガソリン車から乗り換えた人でも違和感なく、すぐになじみやすいような味付けをしてきているという。スイッチを押したかのように瞬時に爆発的な加速力を見せつけるBEVもあり、それはそれでワクワクするし未来的な感覚が得られるが、DOLPHINは異次元の驚きのようなものはない代わりに、スッと身体になじんでリラックスできるタイプのBEVだと感じた。

 でも、「音」に関してはDOLPHINはこれまでのどのBEVとも違う世界観を見せてくれる。ウインカーの音が右と左で異なったり、30km/h以下で発する車両接近通報装置はどこか夕暮れの帰り道を思わせたりする音で、これまでのBEVではなかったくらい室内にもしっかりと響いてくる。のちに聞いたところ、これは一般的なコーッという感じの接近通報音も選べるようになっているとのことだが、それにしても走っているといろいろな個性的な音がしておもしろい。

 市街地では軽やかな中にもしっかりとした低重心感と、加減速のコントロールしやすさを感じながら走った。いわゆるワンペダル的な強い減速Gではなく、あくまで頭で思い描くのと同じ感覚の減速をしてくれるところは、BEV初心者にも扱いやすいはずだ。最小回転半径が5.2mというのは日産「ノート オーラ」と同じで、驚くほどの小まわり性能とまではいかないが、車庫入れやUターンは気を使わずにスイスイできる。バックモニターの映像も見やすく、見通しのわるいところではクロストラフィックアラートが前後ともに装備されている安心感も大きい。急坂での再発進でもずり下がらないためのヒルスタートホールドコントロールがついているなど、市街地をメインに乗る人にも頼もしい装備が満載となっている。

 そしてコンパクトクラスではまだほかについている車両を見たことがない、「幼児置き去り検知システム(CPD)」が全車標準装備。毎年のように、夏になると幼い子供が犠牲になる痛ましい置き去り事故が起こってしまうが、その原因として多いうっかりミスや勘違いをカバーするには、これほど頼もしいものはない。居眠りなどの事故を引き起こしかねない原因を検知する、「ドライバー注意喚起機能(DAW)」も全車標準装備。これらはDOLPHINから新規採用されたものだ。

 高速道路に入ると、ETCレーンを通過してからの助走区間が短いところで、さすがのBEVらしい瞬発力を見せて本線へのスムーズな合流をかなえてくれた。硬さはないのにガッシリとした剛性感があり、コーナリングもピタリと安定している。走行モードは「ノーマル」「スポーツ」「エコ」の3つ、回生の強さがスタンダードとハイの2段階で選択できるため、同じノーマルでもちょっとメリハリのきいた走りになったり、スポーツでハイにするとかなりスポーティな感覚になったりと、少しずつ違ったフィーリングが試せるのが楽しい。80km/hあたりでやや風切り音が大きめになるが、そのほかが静かすぎるせいだろう。

 シートの座り心地はちょっとソフトで、身体をふわっと包んでいる感覚がある。路面からの振動もクッションで受け止めてくれるように感じ、欧州車のような硬めのクッションが好きな人と好みが分かれるところかもしれない。でも、あくまで前席の印象では乗り心地はまったく不快なところはなく、ソファ感覚といったイメージだ。今回のスタンダードはリアサスペンションがトーションビームだったが、ロングレンジでは重量が160kgほど増量することなどに合わせて、マルチリンク式に変更しており、聞くところによれば走行フィールももう少ししっとりとした上質感がアップするらしい。おそらく乗り心地の方も変わってくるのだろう。

 今回は充電を試すことができなかったが、充電時間の目安としては、90kWの急速充電器で30分行なうと約30%から約80%まで充電できる。これはスタンダードもロングレンジも同様。6kWhの普通充電では、0%から満タンまでがスタンダードで約7.5時間、ロングレンジで約9.8時間となっている。バッテリの劣化を抑制し、効率的な充電をするための温度管理技術にも自信を持っていることは、もともとバッテリメーカーとして創業し、ブレードバッテリという独自のリチウムイオンバッテリを搭載しているBYDの強みだ。実際に長期間使ってみなければ真価のほどは分からないが、日本同様に高温多湿のアジアの国々でも順調に販売されていることからも、期待してよいのではないかと感じている。

 なにより、2022年に約180万台の電気自動車を販売し、世界一となったBEVとPHEVのグローバルリーダーが、最大限日本に寄り添ってくれたパッケージや装備の数々。これまで希望にピタリと合うBEVがなかったという人も、DOLPHINならピンとくるのではないだろうか。あとは9月20日に発表される価格を楽しみに待ちたい。

まるも亜希子

まるも亜希子/カーライフ・ジャーナリスト。 映画声優、自動車雑誌編集者を経て、2003年に独立。雑誌、ラジオ、TV、トークショーなどメディア出演のほか、エコ&安全運転インストラクターなども務める。海外モーターショー、ドライブ取材も多数。2004年、2005年にはサハラ砂漠ラリーに参戦、完走。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。2006年より日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。ジャーナリストで結成したレーシングチーム「TOKYO NEXT SPEED」代表として、耐久レースにも参戦。また、女性視点でクルマを楽しみ、クルマ社会を元気にする「クルマ業界女子部」を吉田由美さんと共同主宰。現在YouTube「クルマ業界女子部チャンネル」でさまざまなカーライフ情報を発信中。過去に乗り継いだ愛車はVWビートル、フィアット・124スパイダー、三菱自動車ギャランVR4、フォード・マスタング、ポルシェ・968、ホンダ・CR-Z、メルセデス・ベンツVクラスなど。現在はMINIクロスオーバー・クーパーSDとスズキ・ジムニー。

Photo:中野英幸