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平川亮のF1リザーブ、宮田莉朋のF2レギュラー参戦などドライバーファーストでモータースポーツの夢を広げるTOYOTA GAZOO Racing

TOYOTA GAZOO Racing 2024 WEC&WRC体制発表会

TOYOTA GAZOO Racing 2024 WEC&WRC体制発表会

 TOYOTA GAZOO RacingのWEC(世界耐久選手権)およびWRC(世界ラリー選手権)チームの2024年体制発表会が11月20日に行なわれた。すでにお届けしているように、2024年シーズンのWECではスーパーフォーミュラとSUPER GTのダブルチャンピオンを獲得した宮田莉朋選手がリザーブドライバーとなりつつF2へレギュラー参戦、2年連続WECチャンピオンを獲得した平川亮選手が8号車のレギュラードライバーをしつつ、F1マクラーレンチームのリザーブドライバーとして参戦していく。

 平川亮選手がF1日本グランプリに登場していたときから感じていたが、これまで市販車に直結するWRCや、耐久力という市販車に大切な要素を磨くWECに挑戦してきたTOYOTA GAZOO Racingの方向性に、ピュアレーシングの世界である世界レベルのフォーミュラの戦いが加わりつつある。

TOYOTA GAZOO Racing Company プレジデントの高橋智也氏

 もちろんトヨタはこれまでも、日本最高峰のレースカテゴリであるスーパーフォーミュラに参戦継続しており、中嶋一貴選手や小林可夢偉選手、平川亮選手や宮田莉朋選手など、TDP(トヨタ・ヤング・ドライバーズ・プログラム)を通じで多くのフォーミュラドライバーを育ててきた。今では箱専門に思われている片岡龍也選手もTDP出身ドライバーだ。

 TDPに入ってくるドライバーの頂点の1つとして、かつてはトヨタのF1活動というのがあったが、トヨタはリーマンショック後の2009年11月4日にF1撤退を発表。箱車のモータースポーツは、WRC、WECと世界トップレベルで戦いを続けてきたが、ピュアレーシングとも言えるフォーミュラレースの活動については、主に国内活動にとどまっていた。

 そのトヨタが「ドライバーファースト」を掲げ、フォーミュラレースの活動の幅を広げつつある。

 この背景には、モリゾウ選手として知られるトヨタ自動車 代表取締役会長 豊田章男氏のドライバーとしての思い、モータースポーツ愛がある。

 豊田章男氏は、トヨタが創業以来初の赤字決算となった翌年である2009年に代表取締役社長に就任。その際の大きな決断として注目されたのが、F1撤退という決断だった。

 その際に豊田章男社長(当時)は、「ご存じのとおり、私自身モータースポーツは個人的にも推進している1人で、モータースポーツを自動車の文化の1つにしていきたい、そのように考えてきた。その自分と、今年(2009年)の6月に代表取締役に就任してからは、立場が変わってしまったことをご理解いただきたい。昨年(2008年)来の経済危機以降、F1を続けるか続けないか、社内でも議論になったことがある。その中でも、モータースポーツを1つの文化として育て上げたいという考えのもと、TMG(トヨタ モータースポーツ有限会社)を中心に、ここにいる山科専務、ジョン・ハウエット氏(TMG社長)ががんばってチーム全体のコスト削減も行なってくれた。ありとあらゆる手をつくしてやってきたし、ファンのみなさまからも唯一残された日本チームとして応援いただいて本当に感謝している。富士スピードウェイでのF1開催を中止したのも、サーキット分野はモビリティランドに託し、チームとして日本を代表する気概で最終戦までがんばってきたが、今日、社内での取締役会で撤退せざるを得ないという判断に至った。しかしながら、ここまで育てていただいた関係者、応援してくれたファンに対して期待を裏切ってしまったことは、自分自身残念だし、苦渋の決断だということを理解いただきたい」と発言。今ではモータースポーツ好きの自動車メーカートップとして世界中で知られている豊田章男氏だが、社長就任間もないこともあり、この時点では理解されていないことも多く、心ない言葉を目にすることもあった。

 豊田章男氏は社長時代の14年を通じて、トヨタの業績を改善。2011年3月9日には企業のあり方を示す「グローバルビジョン」を発表した。このグローバルビジョンが「もっといいクルマづくり」である、商品力の飛躍的向上と原価低減を同時に達成するトヨタの新しいクルマづくりの方針「TNGA(Toyota New Global Architecture)」と結実。売れば赤字になると言われたハイブリッド車を、サステナブルに収益に貢献するクルマにすることで、世界中のカーボン排出量低減に寄与してきた。

 モータースポーツ活動においては、2009年にF1撤退という決断はあったものの、WECにはどんなに厳しいときでも継続的に参戦することで2018年にはル・マン24時間レースを制覇。そこから5連覇するなど、ル・マン24時間レースを支えるとともにWECを盛り上げてきた。

 WRCについても、豊田章男社長(当時)は2016年12月に参戦復帰を決断。2017年シーズンから復帰し、ヤリ-マティ・ラトバラ選手(現TGR-WRT代表)が復帰初戦で2位表彰台を獲得。復帰後4度のマニュファクチャラーズチャンピオンを獲得した。

 FIAにおけるF1、WEC、WRCが国際的な3大レースとして知られているが、トヨタはWEC、WRCともに2年連続同時制覇を成し遂げている。となるとF1もというのは自然な流れで、豊田章男社長(当時)には何度かF1参戦についての質問がなされ、豊田社長は「オレはF1をやめた男だよ」と、ちょっと困った顔をしながら答えていた。

フォーミュラへの変化が見えた、夏のSUPER GT第5戦鈴鹿

 そんなF1について、いつも困ったような顔で答えていた豊田章男氏(当時社長とか現会長と書くのは大変なため、以下モリゾウさん)に変化があったのは、8月26日のSUPER GT第5戦鈴鹿予選日。4年ぶりにリアルなレクサスくま吉がSUPER GTに現われるというWeb上の発表を見て鈴鹿に取材に行ったのだが、そこにはなぜかモリゾウさんもレース観戦に訪れていた。

 なぜかと書いたのは、その週の前半にモリゾウさんはフィリピンでマルコス大統領をトヨタのフィリピン工場に案内するなど会長としての仕事をこなし、その後はモリゾウ選手としてフィリピン市内でデモラン。帰国していると思っていたが、週末でもあり休養をしっかり取っているかと思っていたからだ。

 そのモリゾウさんにパドックで出会え、GRヤリス DATコンセプトなどについて聞くことができ、記事として紹介した。その際に記事で書かなかったのが、モリゾウさんから記者への質問。「谷川さん、やはりドライバーはF1を走りたいのだろうか?」と聞かれ、まったくうまく答えられなかった。

 それなりにモータースポーツの現場を取材していると、どんなカテゴリであれ、ドライバーはプロとして人生をかけて戦っているのを理解できる。1台のマシンを作り上げるのに、多くの人の努力や資金が注ぎ込まれ、レースを戦うために多くの人の努力や資金が注ぎ込まれている。ドライバーは、それらの人の思いなどをすべて背負って走っており、モータースポーツという戦いの場に挑んでいる。真剣勝負の場だからこそ、勝利したドライバーやチームには栄光がもたらされ、負けたドライバーやチームにはドラマが生まれ語り継がれる。

 2023年シーズンで言えば、リアム・ローソン選手と宮田莉朋選手や平川亮選手の戦い。とくにスーパーフォーミュラで導入されたSFgoにより、平川選手がローソン選手を抜く際に語った「日本甘くねぇぞ!」といった気合いの言葉は、普段寡黙に見える(最近はいろいろ語ってくれるが)平川選手だけに、どれだけの強い思いで走っているのか実感できるところだ。

無線は聞いた│日本甘くないぞ!

 また、100周年の開催となったル・マン24時間もその1つだろう。5連覇を達成して6連覇に挑むトヨタに対し、6連覇の記録を持つフェラーリがトヨタの記録達成を阻むために参戦。変更されないはずだったBoPまで変更され、激闘の末にフェラーリがル・マン24時間レースを制した。小林可夢偉チーム代表兼ドライバーはレースが始まる前から奮闘し、WECシリーズは制したものの、ル・マン24時間を勝てなかったことを、心の底から悔しがっている(あの温厚で冷静に見える中嶋一貴TGR-E副会長が、ル・マンの現場で壁にこぶしを打ち付けていたのを見かけた)。

 そんな姿を見ていると、モリゾウさんに「どう思う?」と聞かれても、ただ事実を伝えることを職業とする自分には答える資格もないし、資質もない。「あわわ」となって、あたりさわりのない返事をした。もちろん、モリゾウさんの中でなんらかの結論は出ていると思ったからだ。

 正直、14年いろいろモリゾウさんを取材してきて、モリゾウさんのほうからF1について切り出されたのは初めて。なにかのシグナルかと思ったため、記事にするのは控えていた。

 それが氷解した(と思った)のが、鈴鹿のF1日本グランプリ直前の発表。平川亮選手がマクラーレンF1チームのリザーブドライバーになるというものだ。その後、モリゾウさんはF1日本グランプリを電撃訪問。多くの記者の質問に答えるなど、ドライバーファーストの思い、モリゾウとしての思いを語った。

 これがモリゾウさんとしての答えだったのかなと思いつつあったときに、モリゾウさんがさらに仕掛けたのがTOM'S Racing フォーミュラカレッジでのフォーミュラマシン走行。モリゾウ選手として初めてフォーミュラマシンに乗り、モリゾウさん曰く、「まわりがざわざわしています」とのこと。

 スーパー耐久最終戦時の共同による囲み取材では、「僕ね、初めてフォーミュラカーに乗りました。いや、本当、初なんですよ。今までね乗ったことあるんでしょうと思われるかもしれないけど、本当に初なんですよ。トムスさんがね、販売店のメカニックさんにフォーミュラカーに乗れる場があったというので、ちょっと面白いねって言ったら、昼休みであれば乗せていただけるというので乗ってみました。そしたらね、箱車の経験しかないですよ、僕は。だけど全然挙動が違いますね。『また乗ってみたい』と思って発言しているので、ちょっと私のまわりが慌てています(笑)」(モリゾウさん)とフォーミュラカーについて言及。

 乗り味については、「後味まではいきませんが、あの場所で走っているから。フォーミュラカー特有の空力が出る前の状態です。段階なんだけど、ABSが付いてませんからね。ブレーキの踏み方をちょっとね、今までのABS付きのクルマの経験値で踏めば、すぐクルマがスピンします。それだけ運転における基本動作的なものを、ますます求められるクルマです。だんだんこうやって乗っていると慣れもあるし、慣れでなんとなく乗りこなしているところもありますが、そこには(フォーミュラカーには)基本というか、基本を学ぶにはフォーミュラカーもありだなと思います。正直言うと、僕はフォーミュラカーに興味がなかった。箱車しか興味がなかった。でもプロドライバーがね、やたらフォーミュラカーにこだわるんですよ。私の今思っている結論は、やっぱりドライバーたちはアスリートなんですよ。アスリートである以上は、自分がその競争の中で一番と言われたいんですよ。より運動に近いなと。フォーミュラを扱う方々が言うことを、ちょっとね、ちょっと自分で体験して分かりました」(モリゾウさん)とアスリートとしての気持ちを語っている。

 このフォーミュラ界隈をざわつかせたイベント後に、宮田莉朋選手のF2レギュラー参戦発表となった。モリゾウさんとしては、トヨタ社長就任初期にやむを得ず下した決定が心に強く残っており、1人のレーシングドライバーとしての思いを背景に、ドライバーのチャンスを1つずつ、確実に広げているように見える。

 実はスーパーフォーミュラのSFgoによる改革も、2020年のコロナ禍にあるもてぎ戦(ずれ込んだ開幕戦)で決定。スーパーフォーミュラを訪れた豊田章男社長(当時)と現在JRP社長である上野禎久氏が会談し、ドライバーファーストの方向性を確認した。モリゾウさんはグリッドウォークで、「このレースほど速いクルマがそろっているものはありませんし、世界で戦っているすごいドライバーがそろっているレースもありません。その割りにはと言ってはなんですけど、ちょっと盛り上げが少ないと思いますので。みんなで、みんなでね、世界レベルのレースがここにある、日本で見られるんだよと。世界レベルのドライバーが集まっているんだよと。もうちょっと私も声を大にしていくので。よろしく応援を、みんなで楽しめるような雰囲気作りをお願いしたいなと思います」と発言していた。

 この後、モリゾウさんは映像権利関係の変更に尽力。SFgoによるレース映像がインターネット配信され、一部はユーザー自身によってネット投稿可となっているのは、このときの改革合意がきっかけになっている。

 平川選手、宮田選手ともに、先方のチームからのオファーと発表されているが、ドライバーを獲得するチーム側から考えると、2023年のスーパーフォーミュラはリアム・ローソン選手というF1でも戦う世界的なベンチマークドライバーがおり、SFgoで精密に各選手のポテンシャルを比較検討できた。「日本甘くねぇぞ!」といった選手のガッツも知ることができ、SFgoによって選手へのオファーが出しやすくなっているのかもしれない(であるなら、SFgoの英語化、無線のAI同時通訳化は必須だ)。

ドライバーファーストで進むTOYOTA GAZOO Racingの活動

 平川選手がマクラーレンF1のリザーブドライバーとなり、宮田選手がF2レギュラードライバーとなったことで、TOYOTA GAZOO Racingのドライバーにはさまざまな世界への道が開いた。WEC、WRCと世界トップレベルで戦う道もあり、中嶋一貴TGR-E副会長、小林可夢偉WECチーム代表を見て分かるようにマネジメントの道も開かれている。さらに、現在小林可夢偉選手はアメリカンモータースポーツの代表であるナスカー(NASCAR)へのスポット参戦を行なっており、2024年の動向が注目される。

 TOYOTA GAZOO Racingによるドライバーファーストの活動は、モリゾウさんの思いとともに、さまざまな形で見え始めている。TOYOTA GAZOO Racing Company プレジデントの高橋智也氏は、レーサーを職業として目指す人たちに「トヨタの思いを共有できる方たちに、ぜひ加わってほしい」と語る。結果だけを目指すのではなく、思いを共有して戦う人たちに加わってほしいとのことだ。平川選手や宮田選手の活動の先には、F1レギュラードライバーの道も見えるが、中嶋一貴TGR-E副会長は「まずは結果」と語り、しっかり結果を出していくことで、さまざまな道がさらに開けていくだろうと語った。