ブリヂストン「POTENZA RE-11」徹底レビュー【前編】
F1タイヤ設計者が作ったフラッグシップタイヤ


ブリヂストンのハイグリップラジアルタイヤの頂点に立つRE-11

 2009年4月13日の記事でお届けした「サーキット走行イベント『POTENZA EXCITING STAGE 2009』参加リポート」。このリポートで使用したタイヤがブリヂストンのフラッグシップタイヤ「POTENZA RE-11(ポテンザ アール イー イレブン)」であった。

 このRE-11は「POTENZA RE-01R(ポテンザ アール イー ゼロワン アール)」の後継タイヤとして2008年3月1日に発売され、現在ではモータースポーツ競技用タイヤ「POTENZA RE-11S」が追加されるなど、ブリヂストンのハイグリップラジアルタイヤの頂点に立つモデルだ。

 POTENZA EXCITING STAGE 2009で初めて使ってみたのだが、ハイグリップタイヤでありながら、RE-01RなどこれまでのPOTENZAシリーズと設計思想の明らかな違いを感じることができた。そこで、Car Watchではその違いを確かめるため、ブリヂストンにRE-11の詳細を訪ねてみた。前編ではRE-11の設計思想を、後編ではRE-01RとRE-11の比較リポートをお届けしていく。

まずグリップを追い求めたRE-11
 お話をうかがったのは、ブリヂストン PSタイヤ開発第1部 構造設計第3ユニットリーダーの西潟宏志氏と、同じくPSタイヤ開発第1部に所属する伊藤貴弘氏。西潟氏はPOTENZAやREGNOなど国内リプレイスタイヤのサマー商品すべてのとりまとめを行っており、伊藤氏はRE-11の設計を担当した。

ブリヂストン株式会社PSタイヤ開発第1部 構造設計第3ユニットリーダーの西潟宏志氏。国内の夏タイヤすべてのとりまとめを行っているRE-11の設計を担当したPSタイヤ開発第1部の伊藤貴弘氏。以前はモータースポーツ用タイヤの設計を担当していた。「タイヤはまずグリップです」と力強く語ってくれた

 伊藤氏はRE-11を手がけるまでブリヂストンのF1用などモータースポーツ用タイヤを担当しており、いわばこのRE-11が初めての市販車用量産タイヤ。RE-11はF1用タイヤ設計者が手がけたハイグリップタイヤになるのだ。

 RE-11が目指したものは、ブリヂストンのフラッグシップタイヤとなるだけに、何と言っても速さの追求になると言う。それも「街乗りからサーキットでのスポーツ走行まで、誰もが実感できる速さと楽しさ」の実現。より多くのユーザーに、速さと楽しさを実感できるフィーリングを訴求したかったと言う。

 そのために、従来のRE-01Rでユーザーから高い評価を得ていたトラクション性能とブレーキ性能を保ちながら、それにプラスして横方向のグリップを高め、高いコーナリング性能を実現することを目的として開発をスタートした。当時ブリヂストンは開発コースとして筑波サーキットを多用しており、開発ドライバーにはレーシングドライバーである土屋圭市氏を起用。まず、開発車両であるスバル「インプレッサ STI(GDB)」にRE-01Rを装着して、走行中のタイヤの挙動を解析することから始めたと言う。

 着目したのが、コーナリング時のタイヤの変形。コーナリング時にタイヤがポジティブキャンバーとなり、アウト側のショルダー部分(タイヤの角に近い部分)で接地圧が非常に高まる一方、イン側のショルダー部分では接地圧が抜けるような現象が起きていた。ちなみにポジティブキャンバーは、タイヤを車の前方から見るとV字状になっていることを指し、いわゆるハの字はネガティブキャンバーとなる。

RE-11が目指したのは「街乗りからサーキットでのスポーツ走行まで、誰もが実感できる速さと楽しさ」タイヤの変形をサーキット走行を通して解析。直進時はタイヤは正しく接地しているが、コーナリング時にはタイヤの上方がアウト側に倒れ込み、ポジティブキャンバーが発生していた
左から、直進時、ブレーキング時、コーナリング時のタイヤの接地圧変化。青から赤に近づくほど接地圧が高くなることを示している

 このポジティブキャンバー状態が発生し、いわばタイヤが外へ倒れ込み、接地形状が変化するような挙動をブリヂストンではバックリング変形と呼び着目。このバックリング変形がタイヤに起きると、イン側の接地圧が抜けるほかタイヤの前後方向の接地長も短くなりコーナリング時のグリップを失っていく。そのため、RE-11に採り入れられたのが「左右非対称形状」だ。

 この左右非対称形状は、タイヤの断面形状をイン側とアウト側で異なるものにする技術で、アウト側については倒れ込みを防ぐため割と切り立ったスクエアな形状を採り、イン側については接地圧を抜けにくくする丸いラウンド形状を採っている。アウト側、イン側と異なる形状を採ることで、バックリングの抑制を実現した。

シームレスステルスパタン。複雑な3次元形状を描く

 もう1つの工夫はトレッドパターン。これまでの形状だと、コーナリング時にサイドフォース(横向きの力)がかかったときに、トレッド面の変形の逃げ場がなく、“く”の字状に曲がっていたと言う。RE-11では3次元形状のパターンを組み合わすことで、サイドフォースがかかったときの力の“逃げ”を作り、接地圧の均一化に成功している。これが、RE-11の外見上の特徴ともなっている「シームレスステルスパタン」である。

 ここでPOTENZAシリーズに詳しい方は「あれ?」と思ったのではないだろうか。確かにRE-01Rのショルダー部のブロックは一体になっていたものの、その先代となるRE-01ではサイドに近い部分に溝(グルーブ)が入っていた。POTENZAシリーズの開発に長く携わっている西潟氏はこのグルーブについて、「確かにRE-01ではグルーブが存在しました。RE-01からRE-01Rへ至る進化の過程で、よりグリップを追い求めるためブロック剛性などの観点からグルーブを廃しました。RE-01Rより高性能を目指したRE-11では、単純なグルーブではなく3次元の形状のものとしたわけです」と語る。確かに、RE-11では複雑な形状を描いており、これにより剛性を確保しつつ“逃げ”を実現しているのだろう。

RE-01のトレッドパターン。RE-01は2001年1月発売のタイヤで、ブリヂストンのタイヤプラットフォームテクノロジー「AQ DONUTS II」を採り入れていたRE-01Rのトレッドパターン。2004年7月に「RE050」と同時発売された。ドライとウェット性能の両立を目指したRE050の登場によって、RE-01Rはよりグリップ志向のタイヤとして進化した。RE-01と比べショルダーブロック部のグルーブが廃され、クーリングスリットと呼ばれる筋が入り、放熱性を高めてあるRE-11のトレッドパターン。RE-01系とはまったく異なる表情を見せる。アウト側(右側)に入るジグザグ状のグルーブがシームレスステルスパタン。内部構造から見直されている

 RE-11は、左右非対称形状とシームレスステルスパタンを持つトレッドデザインによって、バックリング変形を抑制したことで、コーナリング時の圧力ピークを低減し、全体的な接地面積の向上を果たした。それにより、コーナリング時のサイドフォースもより大きな力を受け止めることができ、コーナリング性能も向上したというわけだ。

 実際ブリヂストンのテスト結果では、RE-01Rは一部が極度に発熱しているのに対し、RE-11は全体的に発熱し、ピーク温度も下がっている。実車の挙動においても、筑波の最終コーナーにおいて、1車体幅分イン側を走ることができるようになり(つまりより大きなコーナリングフォースを受け止めている)、ステアリングを切る角度も175度から145度に30度減少したと言う。その結果ラップタイムも、1コーナーの時点で差がつき始め、最終的には1.03秒RE-11のほうが速いというものになった。その後ブリヂストンではテストを重ね、土屋圭市氏によるドライブでは、最速ラップで1.04秒短縮、平均ラップでは1.11秒短縮という結果を得ている。平均ラップが着実に向上しているのは、安定して高い性能を発揮できているということになる。

RE-01RとRE-11の発熱比較。変形を抑制したことで全体の接地面積も増加している発熱を可視化するサーモビジョンでの比較。RE-11のほうが、全体的に発熱しており、接地性が改善されているのが分かる筑波サーキットの最終コーナーでの実車挙動比較。RE-11装着車が車幅分イン側を走ることができている
ステアリング角度の比較。RE-11のほうが小さな切り角で、コーナーを走ることが可能。つまり、小さいスリップ角でも高いコーナリングフォースを発生できたことになるデータロガーの分析。横軸がサーキットの走行距離(サーキット上の車の位置)になる。タイム差を示す折れ線グラフの傾きがコーナーで大きくなっている。つまり、コーナリング性能に優れることにほかならないビデオ映像でのタイムアタック比較。RE-11が1.03秒速かった
最速ラップや、平均ラップのグラフと、開発ドライバーである土屋圭市氏のコメントRE-11の搭載技術。GUTT II(コンピューターによる最適化設計)やO-Bead(タイヤの真円性を高めるビード形状)などこれまでの技術蓄積の上に、非対称形状やシームレスステルスパタンという新世代技術が採り入れられた

 また、RE-11ではタイヤのコンパウンドにも、RE-01Rより高いグリップを発揮するものを採用しており、これらすべてが相まってRE-01Rより一段高いレベルにタイヤの性能を引き上げた。「発熱特性が均一化しているので、耐摩耗性にもよい影響があるのでは?」との問いには、「発熱が均一であることは、接地面が均一に接地し、グリップ力を発揮していることを示しています。耐摩耗性にもよい影響を与えているはずです」(西潟氏)と言う。

 F1用タイヤなどを開発してきた伊藤氏によると、RE-11で追い求めたのはまずグリップ性能で、高いグリップ性能を実現するためにテクノロジーを注ぎ込んだと語る。F1用タイヤなどと比べてRE-11の開発で難しかったのは「RE-11で用意される30サイズの量産化を同時に行い、設計の狙いどおりの性能を出すこと」と言い、タイヤサイズが固定され、ドライタイヤ、ウェットタイヤと天候によって使い分けが可能なモータースポーツタイヤと比べ、さまざまなサイズ、さまざまな天候での使用が前提の量産タイヤ開発には苦労があったようだ。

 後編では、実際にRE-01RとRE-11を、晴天の市街地、ミニサーキット、雨天の市街地などで履き比べ、どのような違いがあったのかをリポートする。

(編集部:谷川 潔)
2009年 11月 26日