インプレッション

ジャガー「F-PACE」(モンテネグロ試乗)

“仮想敵”はポルシェ「マカン」

「ウチにはランドローバーがあるからネ……」――ポルシェやメルセデス・ベンツ、BMWなどがSUVで成功を収めていることを背景に、「ジャガーはSUVに興味はないんですか?」という当方の問いに対して、かつて冒頭のような回答を直接聞かせてくれたのは同社のデザイン・ディレクターであるイアン・カラム氏。

 なるほど、歴史と伝統ある4WDブランドのランドローバーが“身内”にあるとなれば、そこにわざわざライバル関係を生み出すようなモデルを手掛けるのは確かに得策ではないかもと、その時は納得させられもした。しかし、振り返れば氏がそうしたコメントを発したタイミングでは、すでに構想はでき上がっていたと考える方が自然なのかも知れない。

 もう1つ、実は個人的には「彼こそがジャガーのSUVを後押ししたに違いない」と思える人物が思い当たる。その人の名はハンス・リーデル氏だ。1994年にポルシェのセールス&マーケティング部門の責任者として就任した後、瀕死状態にあった同社を見事に立て直した中心的人物の1人であった氏は、2006年に「個人的な理由により」というコメントとともに突然同社を去ることに。そんな氏は実は現在、ジャガーのインハウス・エージェントに在籍中という情報があるのだ。

 ポルシェの“酸いも甘いも”を知る人物がブランディングや情報発信、さらにはマーケティングにまで深く関わっているとなれば、その影響は車両のさまざまなディメンションや価格にまで大きく及んでいると察しが付く。

 そもそも、当初コンバーチブルから発売された2シーター・ピュアスポーツの「Fタイプ」は、「911 カブリオレとボクスターの狭間」をターゲットに開発されたことは明白。特にその辺りから“自身のDNAはスポーツカーにアリ”と声高に謳いはじめ、明らかにポルシェ「カイエン」を仮想敵とした新型「レンジローバー スポーツ」をローンチするなど、ランドローバーの作品も巻き込んで“ポルシェ対抗”の姿勢を鮮明にしてきた。それを考えると、ポルシェ「マカン」がライバルと臆することなくアピールされるジャガー初のSUVにも、そんな氏の後押しがあったと想像せざるを得ないのである。

「F-PACE」と名付けられたジャガー初のSUV。その出典は、2013年のフランクフルト・モーターショーで公開されたコンセプトモデル「C-X17」にある。ショーの段階では「あくまでスタディ・モデルで市販化は未定」と紹介されたものの、実際のF-PACEのエクステリアは、C-X17のルックスを限りなく忠実に再現したもの。

 4731×1936×1652mm(全長×全幅×全高)というボディサイズは、“仮想敵”と指名されたマカンよりもいずれもわずかだけ大きいという関係で、2874mmのホイールベースは67mm増となる。実際、サイドビューを見ると前輪位置はかなり前寄りで、結果としてフロントのオーバーハングが極端に短いプロポーションが、SUVでありつつも流麗でスタイリッシュな印象に拍車を掛けている。

日本でも1月から受注を開始している新型SUV「F-PACE」。ボディサイズは4731×1936×1652mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2874mm。日本では直列4気筒 2.0リッターターボチャージドディーゼル(180PS/430Nm)の「PURE」「PRESTIGE」「R-SPORT」、V型6気筒 3.0リッタースーパーチャージド(340PS/450Nm)の「R-SPORT」、V型6気筒 3.0リッタースーパーチャージド(380PS/450Nm)の「S」を展開。これに加え、「S」と同様のパワートレーンを備える限定50台の「FIRST EDITION」も用意している

 一方のインテリアは、いかにもショーモデルらしい華やかさが満載だったC-X17のそれに比べると、さすがにグンと現実的にアレンジをされた印象は否めない。もっとも、イグニッションONとともにセンターコンソールからせり上がる大きなダイヤル式のATセレクターなど、最新ジャガー車に共通するフォーマットを用いての各部の仕上がりは、選択された各部の素材感も含めて「プレミアムSUV」として満足いくもの。

 ただし、せっかくさまざまな新機能が加えられたにも関わらず、他のモデル同様タッチスクリーン式のインフォテイメント・システムの操作性が、決して優れているとは言えないのは残念なポイント。

 最近ライバル各車がこぞって採用を始めた、タッチパッド式の文字入力機能も採用されていない。そこには、母国であるイギリスが日本同様の左側通行国ゆえ、右ハンドルの本国仕様でタッチパッドを左側に置いてしまうと「右利きの人にとっては極めて扱いづらい」という理由もあるのだという。

F-PACEのインテリアでは、ドライバー専用のフルスクリーン・ナビゲーション・ディスプレイ表示も選択できる12.3インチTFTインストルメント・クラスター、10.2インチ静電式タッチスクリーンのインフォテインメント・システム「InControl Touch Pro」などを装備。ラゲッジスペース容量は650L

まずはV6 3.0リッタースーパーチャージャー搭載車に試乗

 アドリア海を挟んでイタリアの対岸に位置する、人口わずかに60万人強という小国・モンテネグロ。

 そんな初訪問の地で開催された国際試乗会で主にテストドライブを行なったのは、C-X17を彷彿とさせる、ルックスにこだわったシリーズ最強のメカニカル・スーパーチャージャー付き3.0リッター6気筒エンジンを搭載する「FIRST EDITION」と、すでに「XE」や「XF」に先行搭載されて日本にも上陸している、最新設計のターボ付き2.0リッター4気筒ディーゼル・エンジンを搭載する「R-SPORT」という2モデル。

モンテネグロの情景

 FIRST EDITIONは世界で2000台の限定生産で、うち50台が日本で販売されることが発表済み。22インチ(!)という巨大なシューズのほか、パノラミックガラスサンルーフやウィンザーレザー・スポーツシートなども標準装備する、シリーズ切ってのゴージャス仕様のモデルでもある。

 この限定モデルのみが選択することを許された、目にも鮮やかな専用色「シージアムブルー」に彩られたFIRST EDITIONに乗り込んでいよいよスタート。

「Fタイプからの贈り物」でもある8速ATと組み合わされた最高出力380PSを発する心臓は、アルミ材を多用して車両重量を1.9t台に抑えたボディを十分力強く加速させてくれる。車両キャラクターを考慮してか、そのサウンドは同エンジンを積むFタイプよりはやや控えめな印象。それでも、アクセルペダルを深く踏み込むと心地よい鼓動が耳に届くことになる。

 ちなみに、そんなFIRST EDITIONと同じパワーパックを採用するSグレードの0-100km/h加速は5.5秒というデータ。これは340PSエンジンを搭載するマカン Sグレードの5.4秒とほぼ同等という関係だ。

V型6気筒 3.0リッタースーパーチャージドエンジンを搭載するFIRST EDITION。最高出力280kW(380PS)/6500rpm、最大トルク450Nm(45.9kgm)/3500rpmを発生。全グレードともトランスミッションは8速ATで、4輪を駆動

 一方、2.0リッター・ディーゼルエンジンを搭載するR-SPORTへと乗り換えると、絶対的な加速でもサウンド面でも、その迫力がややダウンする印象は当然ながら免れない。こちらの心臓が発する最高出力は“わずかに”180PSという値。FIRST EDITIONのそれに比べれば、実に200PSものダウンだから、カタログ上で単純比較されると「これでは加速が物足りないのでは……」と、そんな心配をされてしまう可能性も否定はできない。

 だが、特に街乗りシーンを中心に、実はこちらでも実用上は十分満足のいく動力性能が得られるのは、ワイドな変速レンジと小さなステップ比を両立させ、実際にスムーズな変速とタイトな駆動力の伝達感が心地よい8速ATの巧みな働きぶりとともに、1750rpmという低回転域から最大トルクを発揮するという最新ディーゼルエンジンならではのトルク特性が大きく関係している印象。

直列4気筒 2.0リッターターボチャージドディーゼルエンジンを搭載するR-SPORT

 しかも、その最大トルク値は430Nmと、FIRST EDITIONの450Nmと比べてもさしたる遜色のない値。蹴り出しの一瞬はやや力感に欠けるのの、ひとたび走り始めればほとんど力不足を感じる場面がないのは、そんな特性によるものなのだ。ディーゼルゆえに気になるのでは、と、そんな危惧を抱く人も現れそうなノイズ面も、現実には「騒々しい」という印象はまるでないと報告できる。

 巨大なシューズを履くにもかかわらず、ロードノイズが驚くほど小さいことを筆頭に、FIRST EDITIONでは静粛性の高さに感心させられた。一方で、確かにディーゼルならではの音色が耳に届くシーンもあるものの、総じて「静かなクルマ」という印象は、実はこちらのモデルでも変わることはなかったのである。

直列4気筒 2.0リッターターボチャージドディーゼルエンジンは最高出力132kW(180PS)/4000rpm、最大トルク430Nm(43.8kgm)/1750-2500rpmを発生

優れたハンドリング性能を実感

「ジャガー車の中で最も実用的なスポーツカー」と、そんなフレーズを実感させられたのはダイナミックなハンドリングでもあった。1.9m超という全幅の持ち主ゆえ、タイトなワインディング・ロードなどではそのサイズが気になる場面もあったのは事実。一方で、道幅にゆとりがあり、ある程度のペースで走行できる場面では、むしろ実際のサイズよりも身軽で、俊敏な走りの感覚を味わわせてくれるのだ。

 重量バランス的にはよりフロントヘビーの傾向が強いはずのFIRST EDITIONでもターンインは十分軽快で、スポーティな感覚が得られるのはジャガーの作品ならではという印象。そこでは、「優れたハンドリング性能を得るために後輪側にバイアスを掛けた」という前後トルク配分を実現する4WDシステムや、電子制御式の可変減衰力ダンパー、ブレーキベクタリング機構などの自然で違和感のない動作も貢献しているに違いない。

 さすがに22インチ・シューズの影響か、路面の凹凸をややシャープに伝えるような領域もありはしたものの、一方でバネ下の動きはむしろ軽快で、素晴らしくフラット感の高いFIRST EDITIONの乗り味はちょっとした驚愕レベル。

 一方、標準サイズよりも1インチ増しの20インチ・シューズをオプション装着したR-SPORTも、自由度の高いハンドリング感覚と上質な乗り味を高いレベルで両立させている。

 そんなこんなで初代モデルのデビュー早々にして、高い完成度を実感させてくれるのがF-PACEというモデル。昨今次々と現れる新型SUVの中にあっても、“2016年の台風の目”的な存在となること間違いナシである。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式のオリジナル型が“旧車増税”に至ったのを機に入れ替えを決断した、2009年式中古スマート……。

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