試乗インプレッション

600台限定のフォルクスワーゲン「ゴルフ GTI TCR」、他のGTIシリーズとの違い

WTCRからのフィードバックによって新しいゴルフの一面を見た

WTCR参戦車両の公道版

 本国では8代目となる新型「ゴルフ」が発売されたが、日本導入は2020年終盤以降とのうわさ……。ということで、現行7代目ゴルフは日本をはじめ諸外国ではまだまだ活躍する。事実、本国ドイツでも8代目ゴルフは1.5リッターガソリンと2.0リッターターボディーゼルのみのラインアップで、全グレードでも4種類(独フォルクスワーゲン公式サイト調べ)に留まっている。よって、8代目ゴルフの本格的な展開は欧州各地域でも2020年中盤以降となるもよう。

 そうした中、日本に600台の台数限定で導入された「ゴルフ GTI TCR」は、熟成された現行7代目ゴルフの新たな可能性を引き出したモデルだ。290PS/380Nmを前輪だけで路面に伝えるTCRはどんな存在なのかといえば、ご想像通りの荒々しさがあり、乗り味にしても徹底してハードな志向。ちなみにこのTCRは、WTCR(ワールドツーリングカーカップ)に参戦している車両の公道版という位置付け。

今回試乗したのは、「ゴルフ GTI」のパフォーマンスを最大限まで高めた限定車「ゴルフ GTI TCR」(509万8000円)。ボディサイズは4275×1800×1465mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2635mm。車両重量は「ゴルフ GTI」より40kg重く、「ゴルフ GTI パフォーマンス」よりも10kg軽い1420kg
ゴルフ GTI TCRのエクステリアではマットブラックカラーの専用19インチアルミホイール(タイヤはピレリ「P ZERO」でサイズは235/35R19)を採用するとともに、ブラックペイントされたフロントリップスポイラー、サイドスカート、リアディフューザーなどの専用品を装着。ルーフとドアミラーにはブラックペイントが施され、ボディカラーは専用色の「ピュアグレー」(撮影車)を含む4色を設定
インテリアでは赤いラインをセンター部分に施した専用ファブリック&マイクロフリースシートをはじめ、12時部分に赤いアクセントを備えた専用ステアリング、同じく赤いアクセントとレッドステッチが印象的なシフトセレクターなどを採用。フロントドアを開けた際に路面に「TCRロゴ」を映し出すプロジェクション機能も搭載する

GTIシリーズのエンジン出力特性の違い

 今回は事前にGTI TCRの比較対象モデルである「GTI パフォーマンス」の試乗を済ませていた。GTI パフォーマンスは、GTI TCRと同じ直列4気筒2.0リッター直噴ガソリンターボを搭載したスポーツモデル。245PS/370Nmを湿式クラッチ式の7速DSG(デュアルクラッチトランスミッション)を介し、GTI TCRと同じく前輪を駆動する。

 この2台、サスペンション形式に違いはないがスプリングレートやダンパー減衰力は大きく異なる。残念ながら数値を持ち合わせていないが、体感値では「GTI」を標準とするとGTI パフォーマンスは25%、GTI TCRは50%以上、それぞれ伸び/縮みともに強化されているように思える。

 タイヤの銘柄はGTI TCR、GTI パフォーマンスともにピレリ「P ZERO」であったが、GTI TCRが235/35R19 91Y、対するGTI パフォーマンスでは225/35R19 88Yとワンサイズ細く、ロードインデックスも多少落とされている。ホイールをくまなく調べる時間はなかったが、リムガードの張り出し具合からしてもTCRは0.5インチ(12.7mm)ほどワイドなホイールを装着していたようだ。

GTI TCRのパワートレーンには「ゴルフ R」に搭載する直列4気筒DOHC 2.0リッターターボエンジンに専用チューニングを施すとともに、マフラーにアクラポヴィッチ製チタンエキゾーストシステムを採用して、最高出力213kW(290PS)/5400-6500rpm、最大トルク380Nm(38.7kgfm)/1950-5300rpmを発生。ゴルフ GTI比で出力は60PSアップ。WLTCモード燃費は12.7km/Lとのこと

 また、ざっくりとした印象で申し訳ないが、同じ道を同じ速度で走らせた場合の突き上げはGTI パフォーマンスが当然ながら優しく、同じステアリングの切り込み速度で走らせた場合の安定感はGTI TCRが高かった。ちなみに、両車とも前輪左右の駆動力を0:100~100:0の範囲で連続可変配分する「電子制御油圧式フロントディファレンシャルロック」を標準で装備する。

 GTI TCRとGTI パフォーマンスはともにGTIをベースにした特別仕様車だ。3モデルの大きな違いは前述のサスペンション設定だけでなく、エンジンパワーとトルク(エンジン形式は同じ)と、トランスミッションにも見て取れる。ベースのGTIは230PS/350Nm、続くGTI パフォーマンスは245PS/370Nm、最高峰のGTI TCRは290PS/380Nm。トランスミッションはいずれも湿式クラッチだが、GTIが6速であるのに対して、GTI パフォーマンスとGTI TCRは7速版を搭載する。

ゴルフ GTI パフォーマンスにも試乗

 細かくエンジン出力を見ていく。確かにGTI TCRは素晴らしく、最高出力をリッターあたりに換算すれば146.1PS。一方で、その値を発揮し続ける回転数領域は5400-6500rpmと高回転域に集中する。これがGTIでは同115.9PSで4700-6200rpm、GTI パフォーマンスになると同123.4PSで5000-6700rpmと、それぞれGTI TCRよりも絶対値は低いが発生領域は幅広い。また、最大トルク値にも相応の違いがあるが、出力の差である26.0%には及ばず、最大でも8.5%の開きに留まっている。

 ところで、メルセデス・ベンツ「A 45 S 4MATIC+」が搭載する直列4気筒2.0リッター直噴ガソリンターボが量産車史上最強の421PS/500Nmを達成したとカタログなどで謳っている。リッターあたりの換算では211.4PSにも及ぶものすごい値だ。ご記憶の読者も多いと思うが、先代Aクラスにもスポーツモデル「A 45 AMG 4MATIC」があった。途中、出力特性が見直されて最終的に381PS/475Nmを発揮していたのだが、実は381PSの出力は3速以上で、数秒間に限られるとの条件がついていた。ドイツ本国で取材に応じてくれたメルセデスAMGのエンジニアは「エンジン、トランスミッション、デフ保護のため」と解説してくれた。最新のA 45 S 4MATIC+にそうした制限がつくのか、機会があれば取材してみたい。

気分が高揚するアクラポヴィッチ製チタンマフラー

 さて、話はゴルフだ。GTI、GTI パフォーマンス、GTI TCRに設けられた違いはECUプログラム変更に伴う過給圧コントロールと、エンジン内部の部品や補機類の強化により達成したことは知られている。だが、実際に乗り比べてみると数値には表れない相違点も多い。その1つがエンジンの低回転域マナー。具体的には、アイドリング直上でDSGのクラッチミートポイントとも重なる1500rpm以下の領域で比べると分かりやすい。端的にGTI TCRはGTIやGTI パフォーマンスよりも出力特性が穏やかなのだ。

 ごく普通に発進加速させるようにアクセルペダルをジワッと踏み込んでいくと、ターボチャージャーの過給圧が高まり切らない1500rpm以下の領域では、圧縮比が3.2%低いGTI TCRの動きにダルさというか、ちょっとした不感帯がある。ここは排気量なりのトルク値だから、少しでも圧縮比が高いほうがピストンを押し下げる力が原理的には強く、出力特性の上では有利になる。今回は試乗コースが勾配路であったこともそれを助長しているようだ。

 ただし、この領域をやり過ごし、2500rpmを超えてくるとGTI TCRが勢いを増してくる。トルク曲線で表せば、GTI TCRのそれは1500rpmあたりから急激に立ち上がっていると推察するも、実際のドライブフィールとしてはそれより上の2500rpm以降になってイッキに加速度が高まったように感じられる。計測機器を用いれば一目瞭然なのだろうが、躍度は2500rpmを境にぐんぐん上昇しているはずだ。GTI パフォーマンスも同様の盛り上がりをみせるものの、1500rpmあたりからすでに十分なトルクが出始めていて、GTI TCRほどの急激な盛り上がりはない。

 こうした急激に高まる加速度に上乗せされるのが、アクラポヴィッチ(スロベニア共和国)のチタン製エキゾーストシステムから発せられる甲高く乾いた排気音。内燃機関の肝はパワーだが、人の心に響くのはエキゾーストノート。所詮はマフラーで単なる素材違いに過ぎないが、発せられる音に気分はなぜか高揚する。車体の下をのぞき込んで確認したところ、GTI TCRではセンターパイプ以降がアクラポヴィッチ製に交換されているようだ(アクラポヴィッチでは現行ゴルフ用にセンターマフラーもラインアップ済)。ちなみにアクラボヴィッチは2輪用スポーツマフラーメーカーとしても有名。MotoGPなどレースシーンでも幅広く使われている。

 GTIには純正アクセサリーとして同じく「チタン調」マフラーの用意はあるが、GTI TCRは本物のチタンを使う。とはいえ、自動車のマフラーなので純チタンではなくチタン合金。いずれにしろ素材としてのチタンは優秀で、鉄以上アルミ以下の比重でありながら、強度はその比重ベースで捉えればとても高く、また錆にも強い。こうした軽さと高い強度のバランスから、航空機のジェットエンジン(タービンブレード)などにも使用されている。その一方で人肌にも優しく、金属アレルギーにもなりにくいことから腕時計のバンドや、体内に埋め込む人工関節(筆者の実父は足の関節に埋め込んでいた)などにも使われている。

 筆者はその昔、チタン製エキゾーストシステムを純正採用していたスバル「インプレッサ S203」を所有していたことがある。ご存知の方も多いだろうが、S203はインプレッサ WRXの中でもとびきりのスポーツモデルであり、同時にちょっと背伸びした大人を夢見た仕様だった。購入の決め手は類い希な乗り味ともに、3代目「レガシィ」の開発主査であり、当時STI(スバルテクニカインターナショナル)の社長であった故・桂田勝氏にインタビューを行なった際のコメントだ。

「これまでのSシリーズは速さを第一に考えてきましたが、このS203以降は違います。例えるならAMGやBMWのMのような特別な存在に育てていきたい。一方で、歴代Sシリーズが採用してきたチタンマフラーはS203でも継続採用しました。エンジン性能の確保とともに、水平対向エンジンの魅力であるサウンドを引き出してくれるからです」。

 フォルクスワーゲンとSTI、ゴルフとインプレッサと何から何まで違うが、共にスポーツモデルに対して“速さ”以外の数値化できない+αを求めているように思える。GTI TCRでは、歴代ゴルフ最速の称号であるGTIの名とともに、WTCRからのフィードバックによって新しいゴルフの一面を紡ぎ出したいとのメッセージを受け取った。2019年末に取材した際の情報によると、600台限定のうちすでに250台が販売されたとのこと。7代目ゴルフはまだまだ現役だ。

西村直人:NAC

1972年東京生まれ。交通コメンテーター。得意分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためWRカーやF1、さらには2輪界のF1であるMotoGPマシンの試乗をこなしつつ、4&2輪の草レースにも参戦。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)理事、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。(財)全日本交通安全協会 東京二輪車安全運転推進委員会 指導員。著書に「2020年、人工知能は車を運転するのか 〜自動運転の現在・過去・未来〜」(インプレス)などがある。

Photo:高橋 学