試乗インプレッション
カリフォルニアでターボ、フィンランドで4S。ポルシェ初のEV「タイカン」に乗った
新たな時代の幕開けを告げる“夢のスポーツカー”
2020年1月27日 07:00
いかにもポルシェならではのプロポーション
ポルシェ初の量販ピュアEVである、2019年に発表された「タイカン」。それは、自身の歴史に新たな1ページを加える社運を賭けた存在であることを、ことさらにアピールするかのように、歴代「911」が生み出されてきたのと同じ創業地での生産にこだわったことも話題の最新ポルシェ車だ。
実は、ポルシェ車の中でも「カイエン」を筆頭に「マカン」や「パナメーラ」といった4ドアモデルが生産されているのは、旧東独地域であるライプチヒに位置する、このブランドにとっての第2の工場。一方タイカンは、911や「ボクスター」「ケイマン」などの生産で手狭となっていた本社地区を、区間整理まで行なうことでスペースを捻出した後に新設された、ドイツ南西部はシュトゥットガルト郊外の工場で行なわれる。
結果、このモデルは911やボクスター/ケイマンという2ドアモデル以外では、唯一この地で生産されるポルシェ車ということに。そうした点も、「2022年までに60億ユーロを超える投資を行なう」という発表と共に、このブランドの電動化に対する本気度の高さを示すストーリーの1つと紹介していいはずだ。日本の道を走り始めるのはまだしばらく先になると目されるそんなタイカンを、ひと足先にテストドライブした。
舞台は冬でも陽光が眩しいアメリカはカリフォルニアの地と、夏の白夜とは逆に冬になると日中でもほんの数時間しか空が白むことのないフィンランド北極圏内という2か所。アメリカでは「ターボ」グレードを街中やフリーウェイ、ワインディング・ロードなどで。フィンランドでは追加設定された「4S」グレードで、雪上/氷上路面をチェック走行することとなった。
標準採用されるホイールのサイズ/デザインやブレーキキャリパーの色、さらにはボディ細部への挿し色の違いなどから、見た目上からもある程度は識別が可能なタイカンのグレード。
とはいえ、そもそもグレード間での見栄えの差は大きいものではなく、しかも数多く用意されたオプションの選択次第では、そうした識別点もたちまちオブラートに包み隠されてしまう。いずれにしても、間違いなく言えるのはそれがいかにもポルシェならではのプロポーションの持ち主で、かつ昨今のサルーンとしては「際立って低い」という印象だ。
剛性の高さと軽さを両立させるべく、冷間/熱間プレスされたスチールやアルミニウムなど、さまざまなマテリアルを適材適所で採り入れながら構築された新開発の4ドアボディには、昨今のピュアEVでは常套手段でもある「駆動用バッテリーは床下に敷き詰める」というレイアウトが採用されている。
ただし、ポルシェが「フライライン」と呼ぶ911 クーペ由来の強い後ろ下がりのルーフデザインを後席の豊かな居住空間と両立させるため、リアシートに座る人の足下部分にはバッテリーを配置せず、「フットガレージ」と名付けられた空間を確保しているのは他車では見られない特徴だ。
高い走りのパフォーマンスをイメージさせるターボ/ターボSと名付けられた上位2グレード用には、93.4kWhという特に大容量の駆動用バッテリーを搭載。一方で、それから2か月ほど遅れて追加設定された4Sグレードには、ターボ/ターボS用と同様のアイテムが「パフォーマンス・バッテリープラス」という名前でオプション設定されると共に、79.2kWh容量と小振りのアイテムを「パフォーマンス・バッテリー」として標準搭載する。
さらに、ポルシェが「新たなエントリーモデル」という表現で紹介するこの4Sでは、同じ4WDシャシーの持ち主でありながら後輪用モーターがデ・チューンされているのもハードウェア上の特徴。245mmという有効径は同様ながら、有効長を210mmから130mmへと短縮することで軽量・コンパクト化が図られているのだ。
ドライのカリフォルニア、雪上/氷上のフィンランド
まずはターボグレードをドライ路面でチェックしたカリフォルニアでの印象から述べれば、タイカンというモデルの走りで最も印象的だったのは、実は「パナメーラ以上にポルシェの作品らしい」と感じられる、ボディコントロール能力の高さであった。
もちろん、0-100km/h加速が3.2秒と謳われる、まさにスーパースポーツカー級の加速力も特徴の1つであることは確か。エンジンのうなり音もホイールスピン音もなく、アクセルONと共に突如背中を弾かれるように始まる凄まじいスタートダッシュ力が、驚きの水準にあることは間違いない。
けれども、これまでの経験を踏まえて言えば、強力なモーターと大容量で高出力を発するバッテリーを組み合わせた4WDのピュアEVでは、そうした怒涛の加速力は「案外簡単に実現されてしまう」と思えることもまた事実。
右へ左へとコーナーが連なるワインディング・ロードでは際立った低重心感が発揮され、フリーウェイ上でのクルージングシーンではまるで“マジックカーペット”のごとき浮遊感すら連想できる圧倒的なフラット感は、それこそが「さすがはポルシェの作品」と大きく感動できるポイントだった。
2tを超える重量や2mに接近する全幅の持ち主でありながら、そんな大柄ぶりを意識させないヒラリヒラリと軽やかな身のこなしの感覚も、大いに特徴的。いずれにしても、「パナメーラ以上にポルシェらしい」と思えたのは、主にそんなフットワークの感触から得られた印象だった。加えれば、「ポルシェ車としては初」と紹介できるスピーカーを介して耳に届けられる“フェイクサウンド”も、そんな走りの好印象を後押ししてくれることになった。
決してエンジン音を模したような音色ではなく、「モーター音をモチーフとしながら心地のいいものに仕上げた」というそれは未来的で、かつ躍動的な仕上がり。それは、いかにも吟味を重ねたことを連想させらられるサウンドと解釈のできるものなのだ。
ディスプレイ内でのスイッチ操作からカットも可能ではあるものの、もしも自身でタイカンを手に入れたならば、個人的にはスイッチは常時ONの状態で乗るだろうな、と感じられた。同様に、歩行者に注意喚起を促す車外音も、小音量ながら迫力に富んだ、見ためにふさわしいサウンドだ。
一方、前述のようにターボ/ターボSに比べるとデ・チューンが図られている4Sも、実際に乗ってみると動力性能に対する不満などは皆無だった。
ターボSの2.8秒、ターボの3.2秒というスーパーカー級の0-100km/h加速に比べれば見劣りするのは確かだが、それでも4.0秒というデータは4.0リッター6気筒エンジンを搭載したシリーズ中で最もハードコアな、「ケイマン GT4」の4.4秒すら軽く凌ぐという値なのである。
そもそも冬季の北極圏ゆえウインタータイヤを装着し、さして大きくはないタイヤグリップ力の下では、こちらのグレードでもトラクション・コントロール機能をカットしてアクセルペダルを深く踏み込めば、たちまち4輪がホイールスピンという状況に。かくして「4Sでも何の不足を感じなかったのも当然」ということになるわけだ。
また、あらゆる場所が雪上/氷上というそんな極寒の地で改めて実感させられたのは、アクセル操作に対して得られる出力が、エンジンが吸い込む空気や燃料の増減を待つこともなく、トランスミッション内の複雑な経路を介することによるタイムラグなども生じないことによる、電光石火の比類なくシャープなレスポンスでもあった。
特に、ピュアEVならではのそうした特徴による美点と教えられたのは、クローズド・コースでPSM(スタビリティ・コントロール)の機能をカットし、ドリフト姿勢を保ちながらコーナーをダイナミックに駆け抜けていこうといった場面での印象。こうした状況では、微妙なアクセル操作によるドリフトアングルのコントロールが極めて重要になるもの。そうした際に、このモデルが備える圧倒的なアクセル・レスポンスの素早さは、積極果敢なドライビングのための大きな武器となってくれたのである。
ところでそんなタイカンで注目できるのは、それがピュアな量販EVという点だけには留まらない。実はこのモデルは、パナメーラの下の4ドア・サルーンというこのブランドにとって初となるカテゴリーの開拓を担う、初めての存在であるということも見逃せないポイントである。
まだ空冷エンジンを搭載する911を手掛けていた時代から、このブランドが「リアシートにもゆったり座れるスポーツカー」を重要視していたことは、市販には至らなかったもののそうした考えに基づく試作車が、複数開発されてきた事実にも証明されている。実はタイカンは、そんなポルシェにとっての積年の夢をさらに充実させる、重要な役割が与えられた1台でもある。
かつては2ドア・スポーツカー専業メーカーであったポルシェが、自身初となるピュアEVに敢えて4ドア・サルーンを選択した理由の1つはここにあるとも考えられる。そう、タイカンというのはポルシェというブランドに新たな時代の幕開けを告げる、自身にとっても“夢のスポーツカー”でもあるはず。
単に電動化のブームに乗ったというわけではなく、これを契機にまた新たなブランドの歴史をスタートさせる――そんな気合いがみなぎるロードマップの第1章を開くのが、このタイカンというブランニュー・モデルでもあるのだ。