試乗インプレッション

ポルシェ初のEV「タイカン」、あらゆる意味でEVの常識を打ち破るモデルだった

0-100km/h加速3.2秒の「ターボ」グレードにロサンゼルスで試乗

ミドルグレードの「ターボ」に試乗

 ポルシェ初のピュアEV(電気自動車)となる「タイカン」。2019年11月に米国ロサンゼルスで開催されたWCOTY(ワールド・カー・オブ・ザ・イヤー)試乗会でのレポートをお届けする。タイカンはこのWCOTY 2020における5つの章典で、World Luxury CarとWorld Performance Carの2部門で部門賞に輝いている。

 タイカンは前後にモーターを配した4WDの4ドアセダンである。しかしセダンとは思えないほどに流麗なシルエットが特徴で、とにかく車高が低い。1378~1381mmと報告されている。全高を「~」としたのは、「ターボS」「ターボ」「4S」という3グレードによってそれぞれ微妙に車高が異なるから。今回試乗したのはターボで、その全高は一番高い1381mmだが、3mmの枠内なので見た目には変わらないだろう。ちなみに全長は4963mm、全幅は1966mm(ミラー含まず)。ホイールベースは2900mmとかなり長く、市街地での取り扱いやすさと高速での安定性を両立する後輪操舵の「リア アクスル ステアリング」が採用されている。

 このタイカンに試乗したのは2019年11月。この試乗の後にLAオートショーを見学したのだが、このときポルシェブースでタイカン 4S(タイカンのエントリーモデル)のローンチ(初発表)が行なわれた。たまたま会場で元日産自動車のデザイナー 中村史郎氏にお会いし、タイカンの印象について伺ったので紹介したい。氏は驚きを隠せないといった表情でこう語る。「EVは内燃機関モデルに比べて部品点数も少なくモーターなどコンパクトなので、デザインしやすいと考えているでしょう?」。ボク自身まったくそう考えていた。「でもぜんぜん違うのですよ。バッテリーを床に敷き詰めると室内スペースに制約が出て、必然的に車高を高くしないと成立しない。だからEVにはSUV系が多いでしょう。テスラだってSUVでなくても車高が高い」。

 確かに! 「EVほどデザイナーが苦労するんです。その意味でこのタイカンはセダンでこの車高、しかも室内スペースをきちんと確保している。バッテリー容量は93.4kWhとテスラ『モデルS』と変わらない大きさなのに。このタイカンのデザイナーは素晴らしい」。

 実際の試乗で感じたことを思い出し、氏の指摘に強く共感したのだった。タイカンのリアシートに座る。ヘッドスペースが十分にあり、なによりもフットガレージと呼ばれる構造により足下フロアが低く、膝高な窮屈感は一切なく、とてもリラックスして座ることができたのだ。ドライバースシートに腰かけると、なるほどその下にはバッテリーユニットがあるからフロアは高い。しかし、それがかえってこのクルマがセダンであるということを忘れさせるスポーティなドラポジを実現しているのだった。

今回は2019年9月にワールドプレミアされたポルシェ初のEV(電気自動車)「タイカン」のミドルグレード「ターボ」に試乗。タイカン ターボは、2基の電気モーターをフロントアクスルとリアアクスルに1基ずつ搭載する4WDを採用。タイカン ターボの最高出力は460kW(625PS)だが、ローンチコントロール使用時は500kW(680PS)まで引き上げられる。ボディサイズは4963×1966×1381mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2900mm
ステアリング奥には湾曲した16.8インチのディスプレイが装備され、その両側にはタッチスクリーンのコントロールパネルを設置。センターコンソールはタッチコントロール式を採用し、メニューバーからナビゲーションやApple CarPlayなどの設定を操作できる。タイカンはAppleMusicが車両に組み込まれた世界初のモデルとなっており、Apple IDとポルシェIDをリンクさせることで5000万の音楽や特別なプレイリスト、ラジオなどを楽しむことができる(インテリアの写真は欧州仕様)

 タイカンには4S、ターボ、ターボSがラインアップされ、右に行くほど高性能だ。ボクがロサンゼルスで試乗したのはミドルグレードのターボ。ターボ? EVだからターボチャージャーを搭載しているわけではなく、単にグレードのヒエラルキー。ポルシェはターボというネーミングを残したいらしい。

 ターボとターボSには93.4kWhのリチウムイオンバッテリーが搭載され、4Sには79.2kWh(オプションで93.4kWhが選べる)が搭載される。航続可能距離はターボが450km。ターボSでは412㎞となっているがEVの場合、外気温や地形、そして運転の仕方によって大きく変動するものだ。

室内の静粛性とボディ振動の少なさ

 ドライブした印象は、とにかく完成度が高い。エアサスペンションを採用していて、各ドライブモードでスポーティからコンフォートまでしっかりと分別されたドライブとサスペンションフィールが楽しめる。

 高速域では最大22mm車高を下げる。コーナリングでリア外輪をより駆動するトルクベクタリングも行なう。そのコーナリングは絶品で、なにげなく速度メーターを確認するととんでもないスピードに達している。つまり体感スピードが低いのだ。そのため横Gも強く感じるが、シートが素晴らしくしっかりと支えてくれる。

 走り込むにしたがって感じるのは、室内の静粛性とボディ振動の少なさ。ボディのガッシリ感はポルシェのどのモデルとも比較にならない。試乗は市街地、高速道路、箱根のような峠と、考えられるほとんどのシチュエーションをドライブしたが、初めてのEVでここまでの完成度を達成するポルシェに脱帽の印象だった。ちなみにターボSでは2.8秒とされる0-100km/h加速。このターボでは3.2秒とされるが、それでもスゴイ加速データだ。

 で、さっそく試してみた。実はタイカンのリアモーターには2速のギヤが組まれていて、ローンチコントロールでは1速が使用される。左足でブレーキを踏み、アクセルを全開にし、インジケーターのGoサインを確認してブレーキを離す。頭部がヘッドレストに押さえつけられスゴイ加速Gだ。ちなみにこのとき625PSの最高出力(ターボSも同じ出力)はオーバーブーストによって680psにアップする。ターボSだとこれが761PSにも達する。

 この違いは最大600Aというフロントモーターへのインバーター出力の差だ(ターボは300A)。なるほどポルシェがターボというネーミングにこだわるのは、このオーバーブースト機能だったのか。ちなみにターボSではこの2.8秒のローンチコントロールを連続10回も行なえる。普通はバッテリー内の温度上昇によってそんなにも行なえないはず。

 実はタイカンは通常のEVよりも高い800Vの電圧で動く。通常は半分の400Vだ。これによって銅の使用量が約-4kgなど軽量化と省スペース化を可能にした。一般的に電流を増やせばプラグとケーブルが重くなる。そのため、充電性能も上がる電圧を増やすことを選んだのだ。

 その充電だが、一般家庭で充電する200VはAC(交流)。日本の急速充電器はDC(直流)が主流だ(欧州ではAC)。リチウムイオンバッテリーはDCなので、一般家庭の200Vで充電する場合はクルマ側でDCに変換して充電する。しかしモーターを動かすにはACにしなくてはならず、ここでまた変換をすることになる。電気とはちょっと難しい。つまりAC→DC変換→バッテリー⇔DC・AC変換⇔モーターという図式になる。バッテリー⇔AC・DC変換⇔モーターが⇔なのは回生電力があるからだ。

 ところが急速充電器はDC(直流)なので、そのまま変換せずバッテリーに充電が可能となる。一般的なEVで急速充電器用のコネクターが別になっているのはこのためだ。ここでタイカンの800Vが大きくモノを言い、短時間で大容量の充電が可能となる。日本ではここまでハイパワーな急速充電器はまだ整備されていないが。

 さて回生だが、タイカンはブレーキを踏んだ時にのみ回生が行なわれる。最大0.39Gという高い減速Gにより、日常使用ではブレーキ操作の約90%がこの回生によるもので、ホイールブレーキ作動はそれ以上を必要としたときのみとのこと。ただ、その差は感じ取りにくいほど素晴らしいペダルタッチフィールだ。パッド交換は6年ごと。

 それでもターボにはフロント415mm、リア365mmのねずみ鋳鉄製ディスクにタングステンカーバイト層をコーティングした腐食に強いPSCB(ポルシェ・サーフェス・コーテッド・ブレーキ)が採用されている。ターボSにはフロント420mm、リア410mmのPCCB(ポルシェ・セラミックコンポジット・ブレーキ)だ。フロントキャリパーは10ピストンのモノブロック。ターボでもそのストッピングパワーは2380kgという車重を感じさせないものだったが、ターボSはこの次の試乗の機会にぜひ試してみたい。

 タイカンはあらゆる意味でEVの常識を打ち破るモデルだった。この先にポルシェはどんなEVを世に送り出すのだろうか。

松田秀士

高知県出身・大阪育ち。INDY500やニュル24時間など海外レースの経験が豊富で、SUPER GTでは100戦以上の出場経験者に与えられるグレーテッドドライバー。現在64歳で現役プロレーサー最高齢。自身が提唱する「スローエイジング」によってドライビングとメカニズムへの分析能力は進化し続けている。この経験を生かしスポーツカーからEVまで幅広い知識を元に、ドライビングに至るまで分かりやすい文章表現を目指している。日本カーオブザイヤー/ワールドカーオブザイヤー選考委員。レースカードライバー。僧侶

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