試乗レポート

ミッドシップ化した新型「コルベット(C8)」、世界のスーパースポーツの域へと踏み込んだ

ミッドシップ化で得たもの

 1950年代から車名の続くクルマは日本では3台のみで、ブランドの数が大幅に減少したアメリカでも数えるほどしか存在せず、「コルベット」はその貴重な1台となる。そんなコルベットの長い歴史の中でも、ミッドシップ化という大変革を迎えたのはアメリカのファンにとっても一大事らしく、賛否両論いろいろな言われ方をしているようだ。

 そもそもミッドシップ化した最大の理由は絶対的な速さの追求にあり、すなわちトラクションの確保にある。いくらエンジンパワーを引き上げても、フロントにエンジンを積んでいると駆動輪である後輪が空転してタイムにつながらないところを、ミッドシップにすることで払拭できる。タイムを削る上ではその一瞬が重要なのだというが、要するにGMとしてもやってみたかったんだろう、と思う。

 ご参考まで、GMは1980年代に「ポンティアック フィエロ」という低価格の量販2シーターミッドシップスポーツをラインアップしていた過去がある。件のフィエロはそこそこ人気を博したものの事情により一代限りとなった。

 フィエロとコルベットでは位置付けがまったく異なるが、これからミッドシップスポーツを新たに立ち上げるのは現実的には難しいだろうし、それなら、すでに名声を確立したコルベットをミッドシップにしたほうが話が早い。コルベットを欧州のスーパースポーツ勢と肩と並べる存在にするために、いつかはミッドシップという思いが、おそらくずっとあったように思えてならない。

 スタイリングは、ミッドシップとなったことをあたかも強調するかのように、これまでのロングノーズ&ショートデッキスタイルの前後のバランスが逆転したような、後方にいくにつれてボリュームが増すプロポーションとなっている。長いリアのエンジンルームの後方には、着脱可能なルーフパネルが格納可能で、ゴルフバッグなら2セットが収まるスペースが確保されている。

今回試乗したのは2019年7月にアメリカで発表され、日本では2020年8月に価格が発表された新型ハイパフォーマンス・スポーツカー「シボレー コルベット」(C8)。クーペモデルの「2LT」(1180万円)、「3LT」(1400万円)、さらに「コンバーチブル」(1550万円)がラインアップする
試乗モデルは2LTで、ボディサイズは4630×1940×1220mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2725mm。初となるミッドシップの駆動レイアウトを採用するとともに、コルベットブランド初の右ハンドルを導入するのが大きなトピックとなっている。2LTの足下は5スポークのブライトシルバーペインテッドアルミホイールにランフラットのミシュラン「Pilot Sport 4S ZP」(フロント:P245/35ZR19、リア:P305/30ZR20)の組み合わせ
エンジンルームの後方に着脱可能なルーフパネルを収めるためのスペースを用意

 前後バランスはそうでも、エッジを効かせたシャープなラインやワイドトレッドによる安定感のあるシルエットはいかにもコルベット。低いシートに収まると、フェンダーの峰がまるで目線よりも上にあるかのように感じるあたりもコルベットらしい。変形ステアリングホイールも運転席と助手席を仕切るところに、空調関連のスイッチをズラリと並べた斬新なアイデアも目を引く。インテリアの質感はかなり高い。

インテリアはドライバー中心のレイアウト。8インチタッチスクリーンパネルは日本仕様ではゼンリンデータコムと共同開発した完全通信車載ナビ「クラウドストリーミングナビ」が標準装備され、トンネルなどGPSが測位できない環境でも自律航法を可能とした。2LTはGT2バケットシート(パーフォレーテッドナパレザーインサート)を標準装備
走行モードは通常利用の「ツーリングモード」、ワインディングなどを楽しむ「スポーツモード」、サーキット走行用向きの「レーストラックモード」、滑りやすい路面用の「悪天候モード」などを用意

 歴代初の右ハンドルが実現したのは、ミッドシップになりフロントにV8エンジンがないおかげという事情もあるだろうが、これほどドライバー位置が前出しているにもかかわらず、ポジション的にも足の周辺が輸入スポーツカーの右ハンドル車にありがちないびつな位置関係になっておらず、普通に座れてフットペダルも操作しやすい。

ペダルレイアウト

世界のスーパースポーツへ

「2LT」「3LT」「コンバーチブル」という3モデルラインアップでスタートした中の、今回の「2LT」は5本スポークブライトシルバーのホイールとなり、ブレーキキャリパーがブラックペインテット、ルーフパネルがボディカラーとなるほか、「3LT」ではカーボンとなる内外装のパネル等が同色となり、エンジンアピアランスパッケージも付かない。バケットシートはマイクロファイバーではなく本革となる。フロントリフトハイトアジャスターが付かないのも大きな違いだが、意外とフロントのボトムの地上高が確保されているので、なくてもそれほど困ることはない。

 これら違いで220万円の価格差というのは考えようによってはお買い得だ。今後いろいろ付加価値を高めたモデルも出てくるだろうが、まずは素のコルベットとして十分に満足できる仕様であり、今回のシックなカラーコーディネートも「2LT」だからこそ似合うように思える。走りに関しては、2LTと3LTでは差別化されていないものの、心なしか2LTのほうが乗り心地がマイルドに感じられたのだが、何かしらナイショで差別化されているのかもしれない。

パワートレーンは、気筒休止機構を備えた最高出力369kW(502PS)/6450rpm、最大トルク637Nm/5150rpmを発生するV型8気筒OHV 6.2リッター直噴エンジンに8速DCT(デュアルクラッチトランスミッション)の組み合わせ

 車検証によると、車両重量は1670kgで、前軸重が670kg、後軸重が1000kgとなっている。世のスーパースポーツにならい派手なブリッピング音で後方で目を覚ますLT2型ユニットは、いまやますます貴重になってきた大排気量の自然吸気V8だ。

 過給機の加速装置的な加速もそれはそれで魅力だが、過給に頼らずしっかり加速して、なんの抵抗もなく踏んだ分がそのままパワーになって、一連がダイレクト。DCTとの連携で、そのみなぎるパワーをダイレクトに伝え、路面にあますところなく伝えて即座に加速体勢に入る。まさしくミッドシップの恩恵にほかならない。タコメーターは5500rpmからイエロー、6500rpmからレッドの表示で、8速で100km/h巡行時のエンジン回転数は約1300rpmとなる。

 ハンドリングはいたって素直かつ軽快で、スイスイと意のままに走れるのもC8ならでは。コルベットらしい豪快なフィーリングを持ちつつも実に乗りやすく、軽やかに行きたい方向に、姿勢を乱すことなく自在に行けるようになった。そのあたりは歴代コルベットと大きく趣向を変えた部分だ。

 走行モードが多彩に選べるのもC8ならでは。レースモードだけで2つもあるほか、ステアリング、サスペンション、エンジンとシフト、ブレーキフィーリング、エンジン音、PTMなど細分化されていて、走り味も分かりやすく変わり、走りに特化したZモードと普通に走るとき向けのMyモードを自分好みに設定できる。

 ミッドシップというのは難しくて、ちゃんとしたハンドリングに仕上げるのにみな苦労しているが、いきなり作ったミッドシップがこれほど完成度が高いこと自体にも感心する思い。GMの柔軟性の高さと底力をヒシヒシと感じた次第である。

 また、筆者はこれまでC4以降のコルベットには乗ったことがあり、ときおりこれでもか! というとてつもなく速いエンジンを載せて出てくる歴代のスペシャル版コルベットもそれはそれで大好物だったが、走りの「質」や「洗練」という点では欧州勢に及んでいなかったのは否めず。

 ところが今回のC8はエンジンからハンドリングまで、微妙な細かいフィーリングにいたるまで緻密に作り込まれた印象を受ける。しかも価格がずっと控えめであることは言うまでもない。伝統をリスペクトしつつ革新を図り、世界のスーパースポーツの域へと踏み込んだアメリカンリアルスポーツの誕生を歓迎したい。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:中野英幸