試乗レポート

日産の新型バッテリEV「サクラ」、質感は従来の軽自動車と全く別の乗り物だった

軽自動車タイプのBEV「サクラ」に乗った

バッテリの搭載方法を工夫して広い室内を確保

 日産自動車のBEV(バッテリ電気自動車)の3弾目は軽自動車サイズの「サクラ」だ。桜のようにすべての日本人から愛されるようネーミングされたという。

 ベースとなったのは「デイズ」。20kWhのリチウムイオンバッテリを搭載するが、サクラはこの搭載方式に特徴がある。通常のBEVは床下に広く敷くことが多いが、サクラでは「リーフ」で開発してきた日産独自のラミネート型の特性を活かし、センター部分のフロア形状に合わせて、階段状の配置を行なっている。ベースのプラットフォームはデイズでBEV専用ではないが、バッテリレイアウトに自由度が大きく、室内空間も広く、利便性も犠牲にすることなく床下に一列に配置することができた。

撮影車両はXグレード。ボディサイズは3395×1475×1655mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2495mm。車両重量はXグレードが1070kgで、Gグレードが1080kg

 バッテリは化学の産物。安全管理が徹底しているとはいえ、海外では火災事故なども耳にするがリーフは発売以来累計60万台の中で1台の火災事故も起こしていない。量産BEVとしては賞賛に値する実績だ。自社開発で高い安全性を確保してからの量産に移行した成果が表れている。

 ちなみにバッテリは年々国の規制が厳しくなっており、中には発火しやすい串刺し試験もあるというが、余力を持ってクリアしているという。この試験はバッテリに損傷を受ける事故が起こっても、発火するまでに乗員が脱出できる時間を得るためという。

アリアと同じく電動化を象徴する光るVモーションとエンブレムを採用
薄型ヘッドライトやリアコンビネーションランプ、フロントグリルは、日本の伝統工芸である「格子」からヒントを得てデザイン
標準装着タイヤのサイズは155/65R14で、試乗車はオプションの15インチを履いていた
リアバンパーやホイールは、日本の伝統工芸「水引」からヒントを得たデザインとなっている
左右いっぱいまで通したリアコンビネーションランプ
充電ポートは右側後方に配置し、運転者が降りてすぐに充電できるように配慮されている。また車名やホイールと同じデザインも施されている

 ラミネートパックのバッテリの出力は20kWh。「アウトランダーPHEV」とちょうど同じ出力でリーフの半分の出力だ。WLTCモードによる航続距離は最大180kmと軽自動車の使い方を考えれば妥当な航続距離を持つ。バッテリ重量は200kg、車体重量が1080kgで、デイズより約200kg重くなっている。

サクラに搭載されるリチウムイオンバッテリ。エアコンの冷媒を用いた冷却システムを採用している

 モーターは47kW/195Nmを出す。このモーターはノート・オーラ4WDやアウトランダーPHEVのリアモーターにも使われており、出力を軽自動車枠の47kWにとどめている。ただトルクはガソリン車とは比べものにならない195Nmと、デイズのターボ付き車の倍となっており、これがサクラの走りの魅力につながっている。

バッテリ総電力量は20kWhで、フロントモーター(MM48型)は最高出力47kW/2302-10455rpm/最大トルク195Nm/0-2302rpmを発生。最高速は130km/hで、航続距離は最大180km(WLTCモード)

 このパワートレーンは、インバーター/モーターをコンパクトにまとめることでボンネット内の低い位置に納められている。

 車体側での剛性アップは重いバッテリを搭載するため、そして後突/側突からバッテリを守るために車体の直角方向と後部にサブフレームが入れられている。サスペンションはフロントがマクファーソン・ストラット式、リアがトルクアーム式3リンクで、スプリングおよびショックアブソーバーはサクラ専用開発となっている。

低重心で高剛性なボディと3リンクのリアサスペンションがしなやかな乗り心地ときびきびした走りを実現させている

従来の軽自動車より1ランク上の仕上がり

 試乗車はハイグレードのG。タイヤはブリヂストンの「ECOPIA EP150」で、サイズは165/55R15を履く。外から見た第一印象はデイズと同じシルエットだが、フロントマスクやリアエンドなどにより緻密なデザインが施されており差別化が図られている。インテリアもベースとなったデイズも上級志向だったが、サクラではさらにファブリックの内装素材を使い、ダッシュボードも視覚的に広がりを持たせたデザインで、全く違った印象になっている。1ランク上の仕上がりだ。

 走りの面ではドライブモードに「Eco」「Standard」「Sport」の3種類がある。スイッチはダッシュボード右下に配置され操作はしにくいが、一度自分に合ったドライブモードを選べば、操作頻度は高くないのでよしとされている。これに回生力の大きなe-pedalのON/OFFスイッチがセンターコンソールにあり、さらにBレンジがあるので、ドライブレンジはかなり選択肢がある。

 試乗は基本的にStandard+e-pedal OFF、さらにドライブレンジはDをセレクトした。

視覚的に広がりを持たせたデザインのダッシュボードになっている
内装は写真のベージュのほかに、ブラックとプレミアム(Gグレードのみのオプション)が設定されている
2本スポークのステアリングを採用している
後席は5:5の可倒式
運転席や助手席のドアにも「水引」のデザインを採用している
センターコンソールにあるドリンクホルダーと、小物入れには「桜」のデザインが配されている

 発進は音も振動もないBEV特有で、いつに間にか速度が乗っていく。最近の軽自動車のガソリンモデルは、静かになったとはいえやはりノイズは大きい。一方サクラの質感は全く別の乗り物だった。瞬発的な速さよりも必要で充分な加速力に主眼を置き、それでいて一番苦手な発進時に瞬時に立ち上がる大きなトルクは軽の在り方を変えてしまう。高速までの伸びはモーター出力がそれほど大きくないので、グイグイと引っ張る感じではないが、軽の守備範囲としては十分すぎるほどで、坂道や高速での中間加速も力強い。日常の走りにも余裕が生まれる。

 約80km/hの巡航は小型車ほどドッシリとしたものではないものの、低重心の強みで安定感がある。同じようにレーンチェンジでも応答遅れはあるものの安定感があって自然な作り込みだ。

 アップダウンのあるハンドリング路を一定速度で走ってみたが、背の高いサクラではさすがにライントレース性には限界があり、多少ハンドルの切り増しも必要だったが終始安定したフィーリングだった。基礎体力は十分といったところだろう。ついでにいえばもう少しタイヤキャパがあるとよいと感じた。

 さてBEVの魅力の1つは静粛性。発進時から耳に入るのは主としてロードノイズ。メカニカルノイズはほぼないので最初はロードノイズが余計に目立つが、基本的な遮音性はよく作られており、音圧も抑えられている贅沢空間になっておりBEVの面目躍如だ。

 乗り心地はバネ上の動きがよく抑えられている。段差乗り越しなどの衝撃を伝えやすい路面でも驚くほどショックをよく吸収してくれる。オーソドックスなサスペンションとしては軽の範疇を越えていると思う。ただ荒れた路面ではわずかにピッチングを感じる場面があったが、まだリア・ショックアブソーバーが馴染んでいなかったのかもしれない。後刻3人乗車で同じ場所を通過した時はフラットな乗り心地だった。

 ドライブモードをSportにすると、同じアクセル踏力でもグイッと前に出る。アクセル開度に対しては過敏でない程度に反応するので日常でも使いやすく、BEVらしくキビキビ走らせたいドライバーには向いている。アクセルOFFでの減速GもStandardよりは強くなる。反対にEcoでは加速力はSportの半分ほどになり、すべてにわたって穏かなモードになる。アクセルOFFでの減速Gも感覚的には半分ほどだ。

 ここまではe-Pedal OFFで試したが、回生ブレーキを積極的に使うONにすると、全てのドライブモードで強い回生ブレーキがかかる。

 またBレンジでのアクセルOFFでは、どのモードでも0.15Gほどの回生ブレーキが働くが、e-Pedal ONでは回生力はさらに強くなり0.2Gまで出せる。

 もっともスポーティな組み合わせはSportモード+e-Pedal ONだが、電費をもっとも稼げるのは言うまでもなくEcoモード+e-Pedal ON。そして誰でも違和感のなかったのがやはりStandard+e-Pedal OFFだった。

 気になる価格はプロパイロットやプロパイロットパーキング、ナビなど全て揃ったGグレードで294万300円。もっとも安いSグレードで233万3100円となっている。最近の軽自動車は高値になっているが、それでもかなり高額だ。ただしBEVの場合、国から55万円の助成金が付き、さらに地方治自体からも補助金が出る。ちなみに東京都の場合は45万円補助されるので、かなり現実味がある価格になる。

 国内で販売される乗用車の約4割が軽自動車。まさに国民車といってよい存在だ。そして短距離走行が多い軽自動車にとって家で充電できるBEVは、都合のよいパワーユニットだ。まだ充電インフラは十分とはいえないが、サクラの20kWhのバッテリは3kWの普通充電で一晩あれば満充電できる利便性があり、バッテリ寿命にもよい影響がある。

 ちょっと惹かれるサクラだった。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:安田 剛