試乗記

フォルクスワーゲンの最新EV「ID.4」をさまざまなシチュエーションで体験 試乗で見えたID.4の価値とは

「ID.4」の走行性能をさまざまなシチュエーションで体験できる「フォルクスワーゲン テック デイ」が開催された

 栃木県栃木市にあるGKNドライブライン プルービンググランドで「フォルクスワーゲン テック デイ」が開催された。その目的は同社の最新EV(電気自動車)である「ID.4」の走行性能を、さまざまなシチュエーションで体験すること。もっと突き詰めた言い方をすれば「後輪駆動となったフォルクスワーゲンのEV」の走行性能と安全性能を、われわれに披露するためである。

 ところでなぜフォルクスワーゲンは、このID.4を「後輪駆動」としたのだろう? それは残念ながら、空冷時代への原点回帰やドライビングプレジャーを追い求めた結果ではない。ずばり、電費を向上するためだ。

 それを最も端的に表していたのが、今回の「ウェット登坂路走行テスト」だと言える。こうした登坂路を上るとき、クルマは前輪駆動よりも後輪駆動の方がトラクション効率が高いのはご存じの通りだ。坂道では後輪駆動の方が、駆動輪に多くの車重が掛かって、エネルギー効率が高いというわけである。

 そして、車体にエンジンを搭載しないEV車ではこの傾向がさらに強くなる。駆動力のロスすなわち電費のロス。少しでも航続距離を伸ばしたいEVにとって坂道でのエネルギー効率は、もはや捨て置けない要素なのである。

会場ではID.4をリフトで上げて下面部を披露。アンダーカバーがフラットなのに加え、ダクトから走行風を取り入れてモーターを冷却すること、リアにモーターを搭載する後輪駆動と言われているが実際はリアミッドにモーターがレイアウトされていることなどが紹介された。なんとアルミパネルの取り付け穴にまでディンプルが付けられ、空力性能を向上させている

ID.4の登坂性能をチェック

 ということでさっそくID.4の登坂性能を見てみよう。スプリンクラーで散水された登坂コースは、摩擦係数0.3(圧雪路に相当)の路面がベースとなっており、さらにその中央に摩擦係数0.1(凍結路に相当)の路面がタイヤ1本分敷かれている。そしてこれを、3走行ずつ、2セット走らせた。

 まず4輪を圧雪路相当の路面に乗せた状態で、ゆっくりスタート。するとID.4はこの厳しい路面を、良好なトラクション性能とともにいともたやすくクリアした。というわけで2回目以降は意地悪く斜面の途中でいったん停止したり、そこからアクセルを強めに踏み込んで再スタートを切ってみたりしたが、こうした路面でも一瞬の身もだえこそすれID.4は淡々と登坂路面を上り切った。

スプリンクラーで散水された登坂コースをなんなく上るID.4。なお、今回の試乗車は2022年末に導入したモデルだが、8月に2023年生産モデルの供給が行なわれることがアナウンスされている。価格はエントリーグレードの「Lite」が514万2000円、上級グレードの「Pro」が648万8000円

 驚いたのは、片側2輪を凍結路相当の路面に乗せたスタートまでもが、まったく危なげなかったことだ。さすがに思い切りアクセルを踏み込んだ際は後輪がズルリと滑ったが、わずかな修正舵を当てただけでID.4は姿勢を整え、タイヤをキュルキュルと鳴らしながらも頂上へたどり着いてしまった。

 ここで感じられたのは、後輪駆動によるトラクションの良さだ。かつこれをモーター駆動とすることで、その出力特性が非常にマイルドに制御されていることだった。なおかつ横滑りに対してはESC(エレクトロニック・スタビリティ・コントロール)が働き、トラクションの乱れをほぼ完璧に抑え込んでいた。

 おもしろかったのは同条件で走らせた、FWDモデルとなるT-Roc(TDI R-Line)のデモンストレーションランだった。前輪駆動ではインストラクターの技量を持ってしてもトラクションがうまく掛けられず、T-Rocは坂道の途中で斜めを向き、それ以上坂道を上ることができなかった。サマータイヤでこうした路面を走る状況は、確かに一般的ではない。しかしこの比較でいかに後輪駆動のEVが効率的に、その出力を路面に伝えているかは十二分に確認することができた。

T-Rocも走行

極めて路面μが低い状況でもID.4の後輪制御はかなり安全

ID.4の旋回性能を確認。なお、Proグレードは最高出力150kW(204PS)/4621-8000rpm、最大トルク310Nm(31.6kgfm)/0-4621rpmを発生するEBJ型モーターを採用し、駆動用のリチウムイオンバッテリの総電力量は77.0kWh。2023年生産モデルの一充電走行距離(WLTCモード)は618kmを実現する

「ウェットスラローム」テストでは、そんなID.4の旋回性能が確認できた。スプリンクラーで散水された路面は、圧雪路相当の摩擦係数。速度は20km/h以下という極めて低いレンジだったが、路面は非常に滑りやすい状況だ。こうしたシチュエーションでID.4は、登坂路と同様着実にスラロームをこなしてくれた。操舵感はやや薄めだが、ハンドルを切れば素直にノーズをインにいれ、ターンの姿勢も安定している。

 ということで今度はモードを「スポーツ」に転じて、ASR(トラクションコントロール)もカットしてみた。またターン直後からアクセルを強めに踏み込んで挙動を観察してみたが、ID.4がそのテールを振り出すことはなかった。リアタイヤが滑り出した瞬間に出力は絞られ、それでも足りない場合はブレーキ制御が働いて、巻き込みこそすれカウンターステアを切る必要がない。制御が介入すると多少バイブレーションがステアリング越しに伝わってくるが、結果として安定した姿勢を保ったまま、安全にスラロームを走り切ることができた。

 結論から言えば極めて路面μが低い状況でも、ID.4の後輪制御はかなり安全だ。これまで前輪駆動に慣れ親しんできたフォルクスワーゲンユーザーも、後輪駆動だからといって必要以上に身構える必要はないと言ってよいだろう。

 ただ個人的にはこうした制御が発達するが故に、かえってドライバーの運転や操作が荒くなってしまうことだけは避けたいとは感じた。どれだけ制御が発達しても間違ったタイミングで操舵を行ない、無造作にアクセルを踏み込めばクルマの挙動は乱れる。そしてスピードの出し過ぎから車体に大きく慣性が働けば、ESCでもその動きは止められない場合がある。

50km/hからの回生ブレーキを体験

 スラロームコースの反対側の直線路では、50km/hからの回生ブレーキを体験した。後輪駆動となるID.4は、当然ながらアクセルを閉じると後輪に回生ブレーキが働くわけだが、たとえばいきなりアクセルをOFFにしても、これがいきなりロックするようなこともなく減速することができた。後輪回生ブレーキの制御に加え、床下にバッテリを搭載するボディバランスの良さから、4輪を沈み込ませるように制動姿勢を作り上げていた。

 とはいえこのテストは、ちょっと分かりにくかった。確かにその制動姿勢は極めて安定していたが、そもそもID.4の回生ブレーキは穏やだとも言えるからだ。だからもし後輪制動時の安定性を示したいなら、たとえば登坂路の下り坂で、操舵しながらのアクセルOFFといったデモンストレーションする方がよかったのではないかと感じた。

 Bレンジを使った場合は別にして、普段ID.4が後輪の回生ブレーキを強く効かせない理由は、まず第一に制動時の安定性を確保するためだろう。ただそうなると、エネルギーの回生効率が落ちてしまうのでは? という疑問も湧く。これは使い方の違いが理由だろう。欧州は日本と違い、一般道でも80~100km/hの速度が出せる。街中では信号よりランナバウトの方が多く、ストップ&ゴーが少ない。そして高速道路では130km/hの巡航が可能となる。

 こうした状況下で回生ブレーキは、車体を安定させる程度に留め、モーターの抵抗を減らした方が、エネルギーを使わないという考え方だ。翻ってストップ&ゴーが多い日本では、まだまだ前輪モーターによる回生が生かせる場面は多いと思う。たとえばトヨタ「bZ4X」とID.4で、果たしてどちらがトータルで効率的なのかなど、いずれは確かめてみたいものだと感じた。

ID.4はEVの性能を実直かつとことん効率的に追求したモデル

 後半は「ハンドリング路」と「円旋回路」で、ID.4のコントロール性を確認した。

 道幅がおよそ一車線分ほどしかないハンドリング路で走らせたID.4は、街中とは違ってややハンドリングレスポンスが鈍いように感じられた。EVならではのボディバランスは確かに良好なのだが、横Gが高まるほどにロール量が増えていく。ターンインでは意識してフロントタイヤに荷重を乗せた方が、素直に気持ち良く曲がってくれる。

 端的に言えば車重に対してサスペンション剛性がソフトなのだろう。ただそれは、敢えてのセッティングのようにも思えた。まだフォルクスワーゲンは後輪駆動のEVに対して、そのスイートスポットを慎重に探している状況なのだろう。

 その思いは円旋回路を走らせてより強くなった。低μ路に対する後輪の制御は、スラロームでも体験した通り徹底して安全に制御されており、たとえASRをOFFにしても、最終的にはESCが介入する。アクセルを大きく踏み込んで横滑りを起こしても、出力は絞られてクルマがドリフトアウトするようなことはない。そして適切なカウンターを当て姿勢が整えば、再びクルマは穏やかに前へ進んでいく。つまりID.4でドリフト状態を維持するのは、結構難しい。アクセルを踏み込み過ぎず、カウンター量を抑えて、狭いスイートスポットで走らなければならない。

 こうした制御から考えても、現状フォルクスワーゲンはID.4に、後輪駆動だからといって積極的にスポーティな走りを求めてはいないということが分かる。しかし筆者は、それでいいと思った。つまりID.4が求めたのはベーシックなEVとしての電費だ。そのために後輪駆動を選び、そのためにより一層安全性を高めたということになる。

 ちなみに残念ながら日本には今のところ導入予定はないそうだが、スポーティな走りを楽しむグレードとして本国に4輪駆動の「GTX」というグレードが存在するそうだ。総じて日本仕様のID.4は、EVの性能を実直かつとことん効率的に追求した、フォルクスワーゲンらしい1台だということが確認できた。

山田弘樹

1971年6月30日 東京都出身
A.J.A.J.(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。

自動車雑誌「Tipo」の副編集長を経てフリーランスに。
編集部在籍時代に参戦した「VW GTi CUP」からレース活動も始め、各種ワンメイクレースを経てスーパーFJ、スーパー耐久にも参戦。この経験を活かし、モータージャーナリストとして執筆活動中。またジャーナリスト活動と並行してレースレポートや、イベント活動も行なう。

Photo:高橋 学