試乗記

ボルボのバッテリEV「C40」試乗 後輪駆動化したメリットを考察

ピュアエレクトリック・クロスオーバー「C40 Recharge」

前代未聞の世代途中の駆動方式の逆転

 少し前に、エンジン車では前輪駆動をメインとしている欧州の乗用車メーカーが、BEV(バッテリ電気自動車)を後輪駆動で出してきたことに驚いた。理由は主に走りのためとのことで、やはり走りを追求するには後輪駆動のほうが有利であることを彼らも承知の上で割り切ってエンジン車を前輪駆動にしていたわけだ。そういえば似たような話を、航続距離の短さで販売面では苦戦しているが、走りでは評判のよかった日本製の小型BEVでも耳にした。

 ひょっとすると今後のBEVでは同様のケースが増えていくのかもしれないと感じていたところで、思いがけないニュースに目を疑った。販売中のボルボの現役モデルのBEVについて、シングルモーター仕様を前輪駆動から後輪駆動に変えたというのだからビックリだ。同じモデルライフの途中で駆動方式を逆転するなんて前代未聞である。

 BEVであれば、そうしたこともやろうと思えばできなくはないわけだが、ボルボの場合もすでにツインモーター仕様があるのだから片方を省けばよいという簡単な話ではない。電子制御デバイスや操縦性の検証などももちろん必要になる。

 もともと電動化を念頭において開発された、CMA(コンパクト・モジュラー・アーキテクチャ)と呼ぶプラットフォームを用いた「C40」と「XC40」は、XC40が前輪駆動をベースとするエンジン車でスタートしたこともあり、BEVについてもすでにこなれたノウハウを持つ前輪駆動を主体に開発された。現状の売れ行きは、とくにXC40のBEVは競合する同等クラスのライバルに対しても優勢で、C40もまずまず好調という。

 それなら、同じ世代のうちに駆動方式を変えるという大変なことをやらなくてもという気もするところだが、ボルボの規模のメーカーで、しかもBEVのラインアップも少ない中で、優れていることが明らかなものがせっかく用意できたのに、新規モデルの登場を待っていては市場への投入タイミングが遅れてしまう。それなら世代交代を待たずに、このタイミングで思い切ってやってしまったほうがよいと判断し、本当にやってのけてしまったのには恐れ入る思いだ。

今回試乗したのは2023年3月に予約を開始したピュアエレクトリック・クロスオーバー「C40 Recharge」。試乗車のグレードは「Ultimate」のシングルモーター仕様で価格は739万円。ボディサイズは4440×1875×1595mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2700mm。UltimateではピクセルLEDヘッドライト(フル・アクティブ・ハイビーム付)、LEDフロント・フォグライト(コーナリング・ライト機能付き)などを標準装備

多々ある2024年モデルの進化点

 そんな駆動方式の大変更に加えて、2024年モデルではモーターも刷新され、バッテリが従来の69kWhから73kWhに増量されてWLTCモード航続距離も502kmからグンと増えて590kmに達したのをはじめ、スピードリミッターの160km/hから180km/hへの引き上げや、ワンペダルに条件が揃うとコースティングするオートモードの採用、ボディカラーの設定の変更、Google/デジタルサービスの無償利用期間の延長のほか、「Ultimate」にピクセルLEDヘッドライトが標準装備化、「Plus」では新デザインの19インチホイールやエアピュリファイヤーの標準装備化などといった変更があった。

 新設計のモーターとともに、これまで車体と前後方向に左右並列で配されていたモーターマウントについても、リア側の向きが90度変更された。これにより駆動力の変化による揺動が少なくなる。さらには後輪駆動の方がコーナリングでの回頭性が鋭くなるほか、応答遅れがなく、アンダーステアが少なくなるなど、よりダイナミックで機敏なドライビングが可能となることが期待できる。

 日本では降雪地等、滑りやすい路面での走破性も気になるところだが、最新の電子安定性制御システムと電気自動車の理想的な重量配分により、後輪駆動モデルでも前輪駆動と同等の安全性と安定性を備えているという。

 車検証によると、2024年モデルは車両重量が2010kg、前軸重が980kg、後軸重が1030kgとなっている。以前乗った前輪駆動のシングルモーター仕様は、やや記憶がおぼつかないのだが車両重量がちょうど2000kgで、たしか前軸重が1090kgで後軸重が910kgだったと思う。後輪駆動になったことでいかにバランスがよくなっているかは数字的にも明らかだ。

Ultimateのインテリア。ワンペダルドライブには自車両の前方に車両が検出されない場合にコースティング走行を可能にするオートモードが追加された

後ろから押し出してくれる感覚

 筆者はこれまでXC40も含めシングルモーターの前輪駆動とツインモーターの全輪駆動のほぼひと通りに乗る機会に恵まれてきたが、2024年モデルをドライブした第一印象としては、駆動方式の云々よりもまず全体的に走りが大きく洗練されているように感じられた。より静かでなめらかで、1つひとつの所作の「質」が高まっているのだ。乗り心地もこれまでもよかったところ、さらによくなっている。

 モーターの性能は、新旧比で最高出力が170kW(231PS)から175kW(238PS)と微増ながら、最大トルクが330Nmから418Nmと大幅に向上しており、アクセルを踏み込むと後ろから押し出してくれるような感覚があるのがこれまでとはぜんぜん違う。0-100km/h加速の公表値は7.4秒と、従来の7.3秒に対してコンマ1秒の短縮にとどまるものの、発進加速の感覚からすると、もっと速くてもおかしくないように感じられた。

 コーナリングではフロントに重量物がないので慣性が小さく、十分なリアのトラクションにより小さな舵角のまま立ち上がっていける。その感覚はワインディングでカーブを曲がるようなシチュエーションはもちろん、街中で交差点を曲がるだけでも味わえる。やはり後輪駆動の方が人間の感性に合っていることを実感した。

 ステアリングフィールは、これまでの方が重量を感じさせないように操舵力が軽めにされていたのに対し、2024年モデルはフロントの実際の重量が軽くなった分、むしろ手応えを意識してチューニングされているようで、軽々しい感じにはなっていない。おかげで無駄な挙動も出にくく、クルマの動きが落ち着いている。それは高速巡行時の直進安定性のよさにも寄与している。取材時は東京アクアラインで吹き流しが真横を向くほどの強風だったにもかかわらず、車線維持機能を使わなくても安心して走れて、修正舵も少なくてすんだ。

 逆に車線維持機能をONにすると、ちゃんとステアリングホイールに手を添えていても握るように警報が出て、それを解除するにはヨーが出るほど動かさないといけないことのほうが少々気になった。やはりセンサーを静電容量式にして欲しいところ。また、せっかくのワンペダルを調整するには画面で階層を入っていかなければならない点も、数少ない不満点の1つとして挙げておこう。

 とにかく、やはりアクセルを踏んだときに前から引っ張るよりも後ろから押してくれたほうが気持ちよく走れることがあらためてよく分かった。BEVならなおのことだ。その恩恵はごく普通に走っていても味わえる。ボルボの大英断にエールを贈りたい。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:安田 剛