試乗記

ブレンボの人工知能搭載型ブレーキシステム「SENSIFY」初試乗 ブレーキの使い方が変わるかもしれないほどのインパクト!

ブレンボの人工知能搭載型インテリジェントブレーキシステム「SENSIFY」を試乗する機会を得られた

 モータースポーツでは「ブレンボ」は信頼のブランドだ。ホイールのスポークの間から覗く「brembo」のロゴは多くのドライバーに自信を与えてきた。またモータースポーツだけでなく高性能車の多くにもブレンボ製ブレーキキャリパーが装着され、過酷なモータースポーツで培われた製品はOEMにも信頼されていることが分かる。

 ブレンボは従業員約1万5000名を抱えるグローバル企業で、世界15か国に30か所の製造/販売拠点を構え、研究センターも7か所持つブレーキのトップメーカーである。最近ではシリコンバレーにラボを設け、最先端のソフト開発も手がけている。

試乗前にはブレンボS.p.Aの最高研究開発責任者であるアレッサンドロ・チョッティ氏よりSENSIFYについての解説が行なわれた

 そのブレンボが新しいブレーキシステム「SENSIFY」を開発した。概略は4輪のブレーキ制御を予測アルゴリズムとAIを組み合わせ、制動は電動モーター・アクチュエーターで独立して行なう。ESC(横滑り防止装置)と同じように見えるが、SENSYIFYはABS、TRC(トラクションコントロール)、ESC、EDB(制動力配分)、トルクベクタリング、エマージェンシーブレーキアシスト、回生協調のすべてをまとめてプラットフォームとし、次世代のブレーキシステムをOEMに提案するものだ。

フロントのブレーキキャリパーは従来と同じもの
フロント用の電子式マスターシリンダー。ブレーキキャリパーまでは従来のフルードを使用するが、人間の踏力ではなく電子制御でブレーキ圧をコントロールする。すでにもっと小さなユニットも開発済みという
リアキャリパーは完全な電子式。従来のフルードは一切使用しせず、アクチュエーター制御でキャリパー内のピストンを動かす
SENSIFYの本体ユニット。基盤が入って4輪すべてを独立して制御する

 SENSIFYは顧客の要望に沿って大きく分けて3段階で用意される。従来のシステムを使いながら一元化して制御する「レベル2」、コーナリング時の車両姿勢を安定させ積極的にドライビングにも貢献する「レベル1」、そしてブラシレスモーターを使ったアクチュエーターでパーキンググブレーキから高度なドライビングまでサポートし、パッドの引き摺りを減らし燃費にも貢献する「レベル0」まで、あらゆるOEMの要望に応じて使えるようになっている。

SENSIFYのレベル概要

ノーマル車両とSENSIFY搭載車を乗り比べてみた

 栃木県にあるテストコースにて、SENSIFYが組み込まれたテスラ「モデル 3」での実走行を体験した。それはブレーキの未来を感じさせるものだった。

 通常のABSであればブレーキペダルからのフィードバックを感じながら、それに負けないようにペダルを踏み続ける。慣れてしまうとペダルの振動が起きても気にならないが、初めて経験する人は思わずペダル踏力を緩めてしまうこともある。このペダルフィールはABSの初期から論議され、危険な状態をドライバーに知らせるために必要と認識されている。

群馬県にあるテストコースで試乗会が行なわれた
制動時の姿勢安定性と制動距離の短さを実感できた

 しかし、SENSIFYではペダルフィードバックをなくしており、滑りやすいコースで姿勢安定性を保持したまま最大の制動力を発揮することを優先している。もちろん顧客から要望があれば従来どおりのペダルフィードバックもできる。

 ブラシレスモーターによるアクチュエーターは、センサーから検知された信号を予測アルゴリズムに則って、ブレーキを非常に早いレスポンスで作動させることができる。それを実感したのは制動時の姿勢安定性と制動距離だった。

 ウェット制動の距離短縮も実感できたが、ドライ路面での制動距離が意外なほど短くなった。緻密なABS作動がこの結果につながっていると思われるが、ABS制御の違いでこれほどの差があるのにも驚かされた。

80km/hからフルブレーキングしながらのパイロン回避。予想以上に簡単にできてしまう

 また、パイロンで作られた緊急回避コースでは、障害物直前でブレーキをかけ、ハンドルで回避するコースが設定されていた。制動ポイントから障害物までの距離が短いためSENSIFYを搭載していない車両の場合、ハンドル操舵を早く行なわないと障害物を跳ね飛ばしそうになる。もはやドライバーの腕次第といったところ。

 しかし、SENSIFY搭載車で同様の操作を行なうと、その差は歴然でハンドルの初期応答が早く、姿勢が変わりやすいことが明確だった。操舵量が少ない分、次のハンドル操作も容易に行なえる。つまり次の障害物があった場合にも、しっかり回避できる可能性が高くなる。これは大きなメリットだ。

SENSIFY搭載車
滑りやすいタイル状の路面に水を撒き、さらに滑りやすい状態の路面での走行も行なった
ノーマル車両
SENSIFYを搭載していない車両と乗り比べたことで、より効果を体感できた

 最後に行なったのはライントレース性の違いだ。こちらも制動を伴ったライントレースで、それぞれRが異なるコーナーで行なわれた。

 ノーマル車両の場合、低速はペダルフィードバックの違いがある以外はラインのズレもそれほど大きくなかった。しかし、80km/hでコーナーのラインに沿ってフルブレーキングした際は、舵角が一定だとアウト側にはらんでいくためラインのズレが大きかった。

 ところがSENSIFY搭載車では、フルブレーキングした際も正確に走行ラインをキープする。しかもハンドルでのライン修正も必要なく、振動もこないので意外なほど簡単だ。これなら初めてコーナリングブレーキを経験するドライバーでも慌てないで済むだろう。

軽いバンクのついた大きなRのコーナリング中にフルブレーキングを行なったが、SENSIFY搭載車は見事な制御で安定した状態でラインがズレることなく静止する

 以上の実車体験ではSENSIFYの一端を経験し、躊躇することなくブレーキを踏んでも高い姿勢安定性と短い制動距離でドライバーに優しいシステムという認識を得た。

 ただし、SENSIFYのポテンシャルはそれだけにとどまらない。センサーと電動アクチュエーターで制御レスポンスが桁違いに上がったことで、パッドがローターと干渉する引き摺り摩擦が大幅に軽減され、燃費向上、ひいてはCO2の削減につながる。また、引き摺りが少ないことはパッド摩耗も減少するためにブレーキ粉の排出も少なくなる。ハイブリッド車やバッテリEVでは回生協調制御もやりやすくなるという。

SENSIFYを採用することでさまざまなメリットがある

 4輪を個別制御するアクチュエーターをブレーキキャリパーの近くに設置できるため、ブレーキのオイルラインが短くなり、オイル量が軽減される。すでにリアブレーキはアクチュエーターの直接制御でオイルレスを実現している。ブレンボは将来的には4輪完全オイルレスも目指す。さらに各制御系を自在にレイアウトできるので、開発段階での設計の自由度も上がるとメリットも多い。

 SENSIFYはコンパクトでシンプル。AIとアルゴリズムによる予測制御でESCやABSの守備範囲を広げることができるし、装着可能車種はAセグからミニバン、商用車まで幅広く対応でき、幅広いユーザーの安全に大きく貢献できる。

SENSIFYは必要な機能だけをチョイスして組み込むことが可能なので、コンパクトカーからミニバンや、より大きな制動力を必要とするスポーツカーまで、どんな車種にも適合できる。また、スポーツカーのように超強力な制動力を必要としない車種であれば、前後とも電子式ブレーキキャリパーで対応できるという

 さらに、高性能スポーツカーではバネ下重量の軽減も期待できる。また、これからのスポーツカードライバーは、ブレーキの使い方が変わるかもしれない。それほどインパクトのあるシステムだった。

 日本導入は2025年ごろとのこと。さて、どんな車種からSENSFYが使われるのだろう。

SENSIFYにブレーキの未来を感じる試乗でした
日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:堤晋一