試乗記

TRDのヤリスと86、車両代+改造費が同じ2台を乗り比べ

ワークスチューニンググループ合同試乗会2023(TRD編)

 自動車メーカーのカスタイマイズ部門4社が集まり、純正チューニング仕様を体感する試乗会がツインリンクもてぎで開催された。今回もNISMO、TRD、STI、無限の4社が提供するモデルは、さすがに粒ぞろいで特色あるものばかりだった。


 最近はスポーツカーのMTとなれば高いのは当たり前のご時世。新車だろうが中古車だろうが基本的に変わりはない。大昔は先輩から安く譲り受けたクルマを使い倒して運転向上に励んだという方々もいたらしいが、いまじゃ中古のスポーツカーはプレミア価格が当たり前で、先輩だってそう簡単にクルマをくれたりはしない。世知辛い世の中であります。

 そこで、もうちょっとスポーツドライビングを気軽に楽しめるようにしようという提案がTRD(トヨタカスタマイジング&ディベロップメント)から発せられた。ここにあるヤリスと旧型86がそれだ。両車ともに車両代+改造費コミコミで約300万円で、本格的なスポーツ走行が楽しめるようにセットしてあるのだという。2台の大きな違いは新車vs中古車、そして駆動方式がFFvsFRということだ。ひと昔前の自動車雑誌のようなこの企画。果たしてどんな世界を見せてくれるのか?

走りやタイム短縮に徹したい人にとって打ってつけの1台

 久々にちょっとワクワクして1台目のヤリスに乗り込む。これはヤリスのXというグレードの5速MTモデル。直列3気筒エンジン搭載で出力は88kW(120PS)というフツーさではあるが、ワンメイクレースにも使われていたりと、走り込みを行なうにはちょうどいいベース車だ。一応5名乗車となっているし、ロールケージを組んでいるわけでもないため、実用性を備えているところも好感触。これならその気になれば1台で全てがこなせそうだ。

 そこにTRD製の軽量フライホイール(35%軽量化の試作品)、ジムカーナスペックサスペンション(フロント78.4N/mm、リア49.0N/mm、最低地上高50mmダウン、前後ともに単筒式で伸びのみ32段調整)、そしてバケットシートやシートベルトなどを加えている。さらに細かく言えば他社品ではあるが、ブレーキパッドや機械式LSD、さらにはエンジンマウントなども奢られている。ツボを押さえたマシンといった感じだ。

こちらのヤリスはXグレードで、「手軽にスポーツ走行を楽しむ」をコンセプトとしたモデル。手に入れやすい価格、1t切りの軽い車体、120PSの動力性能が武器で、全日本戦でも勝利を狙えるレベルのジムカーナ仕様をベースに今回の試乗会向けに仕上げたという。アイテムとしては軽量フライホイール(最終試作品)、サスペンションキット、フルバケットシート、6点式シートベルトなどを装着

 走り始めてみると細かい振動がビシバシ車室内に入り、地面の細かな石の跳ね上げがフロアからダイレクトに感じられるこのクルマ。昔のヤンチャなスターレットとかの時代が蘇ってくる。聞けばこれは全日本ジムカーナに参戦していた車両であり、それをデチューンした状態にあるらしい。リアのブレーキシューはマイルドなものに変更されていないため、サイドブレーキの効きはない感じだったが、それ以外は実戦さながらの世界観が感じられそうだ。

 今回はミニサーキットを走ってみたが、タイトターンが連続するコースをキビキビと向きを変えて立ち上がっていくからおもしろい! 約980kgの車体はなかなか爽快だ。ジムカーナ仕様の足まわりは、一般的なサスペンションよりも低速域の減衰力が高く、結果として初期応答に優れており、ステアリングを切った瞬間の動きが格別。けれども、高速域の減衰はあえて抑えることで、縁石をカットしたとしてもきちんと収束するようにセットされている。おかげで派手に走っても片輪走行になることもなく、しっかりと路面を捉えて離さない。

 シフトフィールはスコスコ入る感じだし、アクセルを踏めばダイレクトにトラクションにつながる。さらに心地よいのはフライホイールの軽量化によってスカッと爽快にエンジンが吹け上がることだった。レブリミットは6800rpmあたりと決して高くはないが、そこに至るまでの俊敏な応答がたまらない。吸排気系はノーマルながら、フロアカーペットなども排除されているため、エンジン音がきちんと感じられるところもメリットの1つだろう。

 もちろん、普段乗りとなれば乗り心地は決してよくはないし、発進時の扱いやすさは失っている。けれども、走りやタイム短縮に徹したい人にとっては打ってつけの1台だと感じた。

その気になればテールを振り出して遊ぶことも容易

 もう1台の旧型86はヤリスほどは尖っていない仕様。だが、その内容は多岐にわたり、エアロ関係、ハイレスポンスマフラー、全長調整式サスペンション(フロント28.0N/mm、リア43.7N/mm、複筒式40段調整)、バケットシート&6点シートベルト、機械式LSD、モノブロックブレーキキャリパーキットが奢ってある。ベース車両をいくらに設定するかによって総額は変わってくるが、100~150万円くらいのものを選び、ブレーキキットまで入れなければ現実的な価格といっていいだろう。

こちらの86(ZN6)はTRDがあえてFRスポーツ車の楽しさを再確認してもらうため、数あるTRDパーツの中から厳選したものだけを装着した。いわば手ごろになってきた初代86の中古車をベースにカスタムを楽しんでもらうための手本となるモデル。エアロパーツをはじめハイレスポンスマフラー、サスペンションキット、機械式LSD、モノブロックブレーキキット、ブレース&タワーバー、フルバケットシート、6点式シートベルトなどをセットする

 久々に旧型86を走らせてみると、現行モデルほどの力強さや剛性感は伝わってこないものの、ミニサーキットレベルで走るには十分に楽しめる。ビギナーにとっては、これくらいの馬力やトルクのほうが怖さもなく楽しみやすいかもしれない。抜けのよいマフラーやちょっと引き締められたサスペンションによって、一体感溢れる走りを展開。ヤリスほどのキビキビさはないが、荷重移動などを学ぶには適度な動きがあると感じる。

 さらにおもしろいのは機械式LSDを備えてしっかりとしたトラクションが得られることだった。これはグリップ走行をする際にはもちろん、その気になればテールを振り出して遊ぶことも容易になる。アクセルコントロールによってリアのスライドコントロールを学ぶにはちょうどよい教材といっていい。FRの86を選ぶメリットがそこにある。余裕があればダイレクトなコントロール性と確実なストッピングパワーが得られるブレーキキットも魅力だが、予算を考えれば、はじめはそこまで入れなくてもブレーキパッド交換くらいで十分に楽しめそうだ。

 このように、似ているようでまるで違う世界観が展開されていた約300万円の走りのクルマ選び。あなたならどちらを選ぶ? 僕ならはじめは86でコントロールを学んで、続いてヤリスで実戦デビューかな、なんていう考えが浮かんできた。これらのクルマによって、少しでも多くのスポーツドライビングファンが増えればと思う。

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。2019年に「86/BRZ Race クラブマンEX」でシリーズチャンピオンを獲得するなどドライビング特化型なため、走りの評価はとにかく細かい。最近は先進運転支援システムの仕上がりにも興味を持っている。また、クルマ単体だけでなくタイヤにもうるさい一面を持ち、夏タイヤだけでなく、冬タイヤの乗り比べ経験も豊富。現在の愛車はユーノスロードスター(NA)、ジムニー(JB64W)、MINIクロスオーバー、フェアレディZ(RZ34・納車待ち)。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:中野英幸
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