試乗記

フェラーリ、「296GTS アセットフィオラノ」試乗 より走りに特化したPHEVスパイダーの乗り味とは?

フェラーリのPHEVオープンモデル「296GTS アセット フィオラノ」に試乗する機会を得た

初のV6エンジンを積む2番目のPHEVモデル

 スーパースポーツにも電動化が求められる時代の到来を受けて、フェラーリはまずプロダクションモデル初のハイブリッドとなる「ラ・フェラーリ」を2013年という早い段階で送り出した。

 さらに2019年登場の「SF90」では、計3基のモーターを搭載し、EV走行とフロントの左右輪のベクタリングを実現した。スーパースポーツを象徴するフェラーリは、絶対的な存在だからこそ、電動化においてもいち早くお手本を示そうとしたように思える。

フェラーリ296GTS。試乗車は車両のパフォーマンスをサーキットで最大限に活用したいオーナーのために、軽量パーツや空力モディファイが施された「アセット フィオラノ(Assetto Fiorano)」
ボディサイズは4565×1958×1191mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2600mm、乾燥重量は1540kg

 2番目のPHEVロードカーとして登場した296シリーズの「296」とは、フェラーリのならわしのとおり、2.9リッター(正確には2992ccと、ほぼ3リッターだが)で6気筒のエンジンを搭載することを意味する。かつて往年のディノ系ではV6を搭載した例はあったが、フェラーリブランドでV6が搭載されるのは初めてのことだ。

 V6ツインターボエンジンはMAX663PSを発生し、エンジンとトランスミッションの間に1基が搭載される、F1由来のMGU-K(モーター・ジェネレーター・ユニット・キネティック)がMAX167PSで後輪の駆動力をアシストする。システム最高出力は830PSに達する。

 クラッチを切り離すことでMAX25kmのEV走行が可能という。何かの後継ではなく、V6ターボを積むPHEVの次世代フェラーリが示す“FUN TO DRIVE”の新定義を体現した、次世代を担う新しい位置づけのモデルとなる。

重量配分はフロント40.5:リア59.5。乾燥状態でのパワーウェイトレシオは1.86kg/PSを誇る

 296シリーズには、クーペの「296GTB」と今回紹介するスパイダーの「296GTS」がある。最近のフェラーリは抑揚を強調したデザインが多い中で、低くワイドで296シリーズは流麗ながら比較的シンプルに見える。リアバンパーの中央からのぞくエキゾーストエンドも目を引く。モチーフとなったのは、1963年に発表された当時のフェラーリとしては珍しいミッドシップの「250LM」をはじめ、1960年代のモデルへのオマージュだという。

アセット フィオラノは、フロントバンパーにはダウンフォースを10kg上乗せできるカーボンファイバー製「ハイダウンフォースパーツ」を装着している
テールランプの間にはブレーキと連動して稼働する「リアアクティブスポイラー」が格納されている
フロントタイヤのサイズは245/35ZR20(ホイール20×9.0J)、リアタイヤのサイズは305/35ZR20(ホイール20×11.0J)。アセット フィオラノ パッケージのみサーキット走行用にミシュランの「パイロットスポーツ カップ2R」が設定されているが、試乗車はブリヂストンの「ポテンザ スポーツ」を履いていた
フロントフードの下には収納スペースを用意。充電用コードなども収められている

 過去10年に送り出されたどのフェラーリよりもコンパクトなボディサイズであり、ホイールベースも短めとされている。試乗車は車両のパワーとパフォーマンスを最大限に活用したいオーナーのために、8Kgの軽量化と専用エアロパーツが追加された「アセット フィオラノ」パッケージだ。

「マラネロコンセッショネアーズ」というレーシングチームのマシンに由来するという印象的なカラーリングは、ラッピングではなく実はペイントで、アセットフィオラノのみ選べるオプションとなる。

パワートレーンは、バンク角120°のV型6気筒3.0リッターターボエンジン(最高出力663PS)に、122kW(167PS)の電気モーターが組み合わせられ、PHEV(プラグインハイブリッド)システムトータルで最高出力610kW(830PS)/8000rpm、最大トルク740Nm/6250rpmを発生。組み合わされるトランスミッションは8速F1 DCT
左側に充電ポート、右側に給油口を配置。デザインを損なわないように工夫されている

GTSのアセットフィオラノパッケージ

 2分割のルーフパネルが重なって後方に収まる仕組みのGTSの電動格納式ルーフは、45km/h以下なら走行中でも約14秒で開閉できる。クローズド時には往年のミッドシップフェラーリらしいトンネルバックスタイルとなるのも296GTSの特徴だ。

 ちょっと軟派なオープンカーに硬派なアセットフィオラノという組み合わせは、一見ミスマッチな気もするが、こうした選び方をするユーザーも少なくないらしい。

296GTSのインテリア
内装はカーボンとアルカンターラがふんだんに使われている
フルカーボンのバケットシートを採用

 これだけでいくらすることやらと思わずにいられないフルカーボンのバケットシートの後方には、わずかながら荷物を置けるスペースがある。グッと低いポジションから、ドアミラーに映る盛り上がったリアフェンダーが見えるのも印象的だ。

 最新のフェラーリらしくデジタルインターフェイスが構築されたコクピットは、走りに関するものが優先的に目に飛び込んでくるようにレイアウトされた印象を受ける。助手席側にもディスプレイが配されていて、ドライビングの高揚感とパフォーマンスを視覚的にもコ・ドライバーと共有できるようになっているのもフェラーリらしい。

ステアリング右にある赤いレバーは走行モード切り替えスイッチ
フルディスプレイのメーターは、タコメーターだけでなくさまざまな車両情報も表示してくれる
全面ナビ表示にもできるのでロングドライブのときは重宝しそう

 走りにかかわる大半の機能はステアリングホイールのコントローラーで操作できる。右手側に諸機能を統合制御する「マネッティーノ」と呼ぶ電制デバイスのダイヤル式のコントローラーが、左手側にハイブリッドのモードを選択できる「eマネッティーノ」の、こちらはタッチセンサー式のコントローラーが備わる。

 それらとは別に、猛スタートダッシュを実現する、禁断のローンチコントロールのスイッチがセンターコンソールに配されているが、うかつに使うことは許されない。

 eマネッティーノには、電気のみで走るeDriveモード、両方を効率よく使い分けるハイブリッドモード、充電しながらエンジンを常に稼働する走り重視のパフォーマンスモード、エンジンもモーターも全力でフルに走りに充てるクオリファイモードという4つのモードが設定されている。

 ハイブリッドモードでは、バッテリのSOCが一定値に達するまでエンジンをかけて充電するチャージモードも選択できる。外部電源による普通充電は、200Vだけでなく100Vでもコンセントにアースが付いていれば対応する。

シフトレバースイッチ
ウィンドウ開閉スイッチ、ルーフ開閉スイッチもセンターコンソールに配置
助手席前のインパネには「パッセンジャー・ディスプレイ」を搭載する

 フェラーリなのにEV走行できるのは、ちょっと不思議な気もするものの、おかげで早朝や深夜に動かしたいときでもご近所さんに気を遣わずにすむ。「25km」と聞いてどう感じるかは人によるだろうが、フェラーリでそれだけの距離をゼロエミッションで、しかもモーターの性能が十分に高く、不満なく走れたことが印象的だ。MAX135km/hで走行可能なので、新東名を制限速度の上限でEV走行できることになる。

独特の味わいとV6を積む強み

アセットフィオラノパッケージは、GTレースから生まれ、サーキット走行に最適化された特別な「アジャスタブル・マルチマチック・ショックアブソーバー」が装備される

 ひとたびエンジンがかかると世界が一変する。初のV6エンジンが生み出すサウンドと加速フィールは、V8とは異質の独特の味わいがある。新構造による等間隔爆発と圧力波の増幅により得たというサウンドは、後処理システムの上流からホットチューブシステムにより車内に直接取り込まれる。

 踏み込むと低く迫力あるサウンドの高まりとともに、強力にブーストされて伸びやかに加速していく。8500rpm付近まで勢いを衰えさせることなく回転の上昇とともに精緻さが増していくあたりもフェラーリらしい。走り系のモードを選ぶと、そのとおりフィーリングも変わる。

刺激的で印象的なサウンドをオープンエアで味わえるのは嬉しいかぎり

 この刺激的で印象的なサウンドとパフォーマンスたるや、やはりフェラーリというのは、どこまで行ってもエンジン命のブランドなんだとあらためて痛感した。それをオープンエアでダイレクトに味わえるのは、296GTSなればこそだ。

 参考までにGTSの重量はGTBより70kg増となるが、0-100km/h加速は同じ2.9秒と、3秒を切っている。インテリジェントに制御して走行性能と効率を両立していて、エンジンがかかっても止まっても、どちらもうれしい。

ステアリングを切ったとおり正確に回頭してくれるので意のままに操れる

 軽くコンパクトな120度のV6エンジンは、フットワークにも寄与していることがよく分かった。驚くほど低く搭載されていて、そのぶん重心が低くなりマスが集約される。これにより実現した、まさしく地を這うようなフィーリングは、V8を積む一連のミッドシップフェラーリとも別物だ。

 慣性モーメントが小さいおかげで応答遅れがなく、走りに一体感がある。軽くスッキリとした操舵感のステアリングを切ったとおり正確に回頭するので、行きたいところに意のままに行けるハンドリングを楽しめる。さらにアセットフィオラノの足まわりは、より俊敏でソリッドなフィーリングを味わわせてくれる。

印象的な地を這うようなフィーリング

 排気量と気筒数が小さいことはけっして我慢ではなく、新たな価値を生み出すということがよく分かったし、電気とエンジンの競演でいたって扱いやすく、ときにめっぽう速く、いざとなれば25kmの距離をまったくCO2を排出することなく、オープエアを楽しみながら走行できる。そんなフェラーリがすでに存在することをご承知おきいただきたい。

時代に合わせてしっかりと進化し続けるフェラーリを堪能できる試乗だった
岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:安田 剛