試乗記

キャデラック初のバッテリEV「リリック」試乗 力強くなめらかな走りと静粛性を兼ね備えたラグジュアリーな1台

2025年3月8日 発売
1100万円
キャデラック初のバッテリEV新型「リリック」に試乗する機会を得た

キャデラックとして12年ぶりの右ハンドル車

 アメリカを代表する高級ブランドであるキャデラックは、非常に先進的なメーカーでもあり、モータリゼーションの黎明期から現代にいたるまで、さまざまな新しいものをいち早く取り入れてきた歴史がある。

 キャデラックの属するGM(ゼネラルモータース)は、「事故ゼロ、排出ゼロ、混雑ゼロ」という「トリプルゼロ」の達成を目指しており、「排出ゼロ」に向けては電動化に非常に力を入れて取り組んでいる。そうした中で生まれた「リリック」は、新時代のラグジュアリーと先端テクノロジーと排ガスゼロを実現する、キャデラック初のバッテリEV(電気自動車)だ。

キャデラック初のバッテリEVモデル「リリック」が日本に登場した
ボディサイズは4995×1985×1640mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは3085mm、車両重量は2650kg

 日本にまず導入されたのは、AWDの「SPORT」というグレードで、最高出力384kW(522PS)、最大トルク610Nmを発生する。95.7kWのバッテリを搭載し、一充電で510kmの走行が可能という。価格が1100万円と聞いて、思ったよりも控えめと感じたのだが、その理由を以下からご理解いただけるかと思う。

迫力のあるフロントマスク。カラフルに発行するギミックが内蔵されていたが、日本では法規に引っかかるため発光しないように修正された……残念
テールランプはキャデラックおなじみの縦基調
充電ポートは左前のフェンダーに配置
屋根からの走行風を利用してリアウインドウの雨水を飛ばすのでワイパー要らずという

 このクルマの情報が最初に伝えられてから、ずいぶん時間が経過した気もするが、ちょうどコロナ禍など世の中が大変だった時期と重なり、本国でも正常化まで時間を要したのに加えて、日本向けに右ハンドル化やCHAdeMOへの対応などを図るのにも多大な手間がかかった。ただしその間、車両のほうも手が加えられていて、いくらか改善された状態で日本に上陸することになったので、結果オーライといってよさそうだ。

バッテリEV専用プラットフォームを採用し床下はフルフラット

 ようやく実車と対面することのできたリリックは、いかにもキャデラックらしい個性的な姿を見せてくれた。よく見ると空力を意識したであろう複雑な形状をした小ワザが随所に見受けられる。全高は1640mmとそれほど高くないものの、5m近い全長と2m近い全幅を持つ堂々たるサイズと、3mを超える長いホイールベースが目を引く。ワイド&ローのプロポーションとともに、大きなタイヤが四隅に配した非常に踏ん張り感のあるスタンスを実現しているのも特徴だ。

キャデラック「リリック」の試乗は千葉県にある袖ヶ浦フォレストレースウェイで行なった

 ところが、キャデラックのアイコンである縦長のランプ類はいつもながら印象的な半面、本来あるはずの非常に印象的なフロントやリアクオーターの光の演出が、日本では道交法に不適合なことから光らないように修正されているのが残念でならない。ぜひいずれ何らかの形で光るようにして欲しい。

リリックのインテリア

 車内は前後席とも広々としており、キャデラックらしいクラフトマンシップが息づいていて、オーソドックスな中にも大胆さを感じさせる。右ハンドル化とともに、湾曲した33インチの大きなモニターが日本語表記とされているのも特徴的。

前席
後席

際立つ静粛性が最新のバッテリEVを物語る

 試乗したのは千葉県の袖ヶ浦フォレストレースウェイだ。まずは様子をうかがいつつペースを上げていくと、走りがとても力強く、極めて静かでなめらかであることが印象的だった。

 中でも本国でも定評があるという静粛性は際立つものがあった。そのためにいろいろ車体等に手当をしたほか、フロントサスペンションのストラットタワー上部で足まわりの動きにより発生する作動音を検知し、それを打ち消す周波数をスピーカーから出すという、新世代のノイズキャンセルシステムの採用も特徴の1つだ。

ステアリングも特徴的
シフトまわり
センターコンソール
ペダル類

 その他にも静粛性については、合わせガラスを採用したり、ドア開口部には3重にシールを配するなど、徹底して対策している。その甲斐あって、驚くほど静かな車内空間を実現できている。

 その静かな空間を活かして豊かな音場を楽しめるようにと装備された、19ものスピーカーを持つ名門AKGとの共同開発によるシステムの臨場感あるサウンドのいくばくかを、サーキットを走りながらではあるが味わえた。

ラゲージスペースは通常793L、最大1722Lの容量を誇る
電動サンシェード付きパノラミックパワーサンルーフは25万円。ブラックペインテッド ルーフは12万円のオプションで、単独も同時装着も可能

 本質的にはラグジュアリーSUVのスポーティ版とはいえ、走りのパフォーマンスもかなりのものだ。ツーリングモードでも十分なところ、より走りのダイレクト感が増すスポーツモードの走りが気持ちよい。

 せっかくサーキットなので全開加速も試みたが、俊敏で力強い加速は、さすがは522PSで610Nm、0-100km/h加速が5.5秒というだけのことはある。しかも前述したとおり非常に静かでスムーズときた。

 パドルで2段階の回生の強さを選ぶことができ、「強」にすると他にないほど強く減速するのも特徴的だ。

メーター表示もシンプルなものから、車両情報満載なものまで選択できる

 コーナリングも気持ちよい。ダブルジョイントの凝ったフロントサスペンションや深いキャスター角から期待したとおり、ステアリングを通してしっかり路面を捉える感覚が伝わってきて、回頭性も俊敏で操舵したとおり正確に動いてくれる。揺り戻しも小さく抑え込まれていて、オンザレール感覚で思ったとおりに曲がっていける。

 パッケージング的には重心高が低くて前後重量配分は50:50を実現しており、オーバーハングが軽く、リアモーターの方が強力ということも、この良好なハンドリングに寄与していることに違いない。

センターコンソールのディスプレイには車両状況をいろいろと表示できる

完全停止まで制御できる独自のワンペダルドライブ機能

試乗車が履くタイヤはコンチネンタルの「プレミアムコンタクト6」

 あまりにスムーズで重さを忘れてしまいそうなのだが、見ると非常に大きなブレーキが装着されていた。車両重量2650kgというとキャデラックのショーファーカー「エスカレード」と大差がないが、そうとは思えないほどドライブフィールはまるっきり別物だ。かたやエスカレードはそれが持ち味であり魅力なので、よいorわるいの問題ではないことを念を押しておきたい。

気持ちよくコーナーを曲がっていくリリック

 運転を交代して後席にも乗ってみたところ、フロントほどではないにせよリアもかなり静かで、後方からまわり込んでくる音もよく抑えられていることがうかがえた。また、リアシートはリクライニングが可能で、広大なパノラマルーフの開放感をより満喫することもできる。

 パドックに戻ってから、パドルを引きっぱなしにするとブレーキを踏まなくても完全停止できるというリリックならではの機能を試した。足を踏み換えるよりも手のほうが操作としては間違いなく楽であり、急ブレーキではなく、車速に合わせて適宜変動して穏やかに止まるので、実際に公道で運転する際にも非常に重宝することと思う。

アクセルを思い切り踏み込めば迫力のある加速を味わえる

 パドックを移動していて、これほど径の大きなタイヤを履いていながら、ステアリングの切れ角が大きく、大柄なのにけっこう小まわりが効くことにもちょっと驚いた。これもまたパワートレーンほか諸々のレイアウトの自由度が高いバッテリEVなればこそに違いない。

 先進運転支援装備では、シートの座面を振動させて危険の迫る方向をドライバーに知らせるなど、キャデラックはときおり斬新な発想でわれわれを驚かせてきたが、これもまた非常にナイスアイデアだと思う。もう1つ、車両接近通報装置の音が非常にユニークだったことをもお伝えしておこう。

車両接近通報装置は、感情に響くように設計された長音と完全五度の音程とオーストラリア古代楽器「ディジュリドゥ」の音を組み合わせた、人間味のある豊かで心地よい独自の警告音を開発したという

 キャデラックらしいラグジュアリーさと未来を先取りしたような感覚もあり、1台のバッテリEV として、なかなか特徴的で魅力的なクルマだと思う。これだけの内容で1100万円というのは、他のキャデラックともども、内容のわりにリーズナブルだと感じた次第である。

 いずれ公道で乗れる機会が楽しみなのはもちろん、おりしも本国で発表されたばかりの高性能バージョンであるVシリーズのリリックのことも気になってしかたがない。

公道での試乗も楽しみだ
岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:安田 剛