試乗記
キャデラック初のバッテリEV「リリック」試乗 力強くなめらかな走りと静粛性を兼ね備えたラグジュアリーな1台
2025年3月8日 07:48
- 2025年3月8日 発売
- 1100万円
キャデラックとして12年ぶりの右ハンドル車
アメリカを代表する高級ブランドであるキャデラックは、非常に先進的なメーカーでもあり、モータリゼーションの黎明期から現代にいたるまで、さまざまな新しいものをいち早く取り入れてきた歴史がある。
キャデラックの属するGM(ゼネラルモータース)は、「事故ゼロ、排出ゼロ、混雑ゼロ」という「トリプルゼロ」の達成を目指しており、「排出ゼロ」に向けては電動化に非常に力を入れて取り組んでいる。そうした中で生まれた「リリック」は、新時代のラグジュアリーと先端テクノロジーと排ガスゼロを実現する、キャデラック初のバッテリEV(電気自動車)だ。
日本にまず導入されたのは、AWDの「SPORT」というグレードで、最高出力384kW(522PS)、最大トルク610Nmを発生する。95.7kWのバッテリを搭載し、一充電で510kmの走行が可能という。価格が1100万円と聞いて、思ったよりも控えめと感じたのだが、その理由を以下からご理解いただけるかと思う。
このクルマの情報が最初に伝えられてから、ずいぶん時間が経過した気もするが、ちょうどコロナ禍など世の中が大変だった時期と重なり、本国でも正常化まで時間を要したのに加えて、日本向けに右ハンドル化やCHAdeMOへの対応などを図るのにも多大な手間がかかった。ただしその間、車両のほうも手が加えられていて、いくらか改善された状態で日本に上陸することになったので、結果オーライといってよさそうだ。
ようやく実車と対面することのできたリリックは、いかにもキャデラックらしい個性的な姿を見せてくれた。よく見ると空力を意識したであろう複雑な形状をした小ワザが随所に見受けられる。全高は1640mmとそれほど高くないものの、5m近い全長と2m近い全幅を持つ堂々たるサイズと、3mを超える長いホイールベースが目を引く。ワイド&ローのプロポーションとともに、大きなタイヤが四隅に配した非常に踏ん張り感のあるスタンスを実現しているのも特徴だ。
ところが、キャデラックのアイコンである縦長のランプ類はいつもながら印象的な半面、本来あるはずの非常に印象的なフロントやリアクオーターの光の演出が、日本では道交法に不適合なことから光らないように修正されているのが残念でならない。ぜひいずれ何らかの形で光るようにして欲しい。
車内は前後席とも広々としており、キャデラックらしいクラフトマンシップが息づいていて、オーソドックスな中にも大胆さを感じさせる。右ハンドル化とともに、湾曲した33インチの大きなモニターが日本語表記とされているのも特徴的。
際立つ静粛性が最新のバッテリEVを物語る
試乗したのは千葉県の袖ヶ浦フォレストレースウェイだ。まずは様子をうかがいつつペースを上げていくと、走りがとても力強く、極めて静かでなめらかであることが印象的だった。
中でも本国でも定評があるという静粛性は際立つものがあった。そのためにいろいろ車体等に手当をしたほか、フロントサスペンションのストラットタワー上部で足まわりの動きにより発生する作動音を検知し、それを打ち消す周波数をスピーカーから出すという、新世代のノイズキャンセルシステムの採用も特徴の1つだ。
その他にも静粛性については、合わせガラスを採用したり、ドア開口部には3重にシールを配するなど、徹底して対策している。その甲斐あって、驚くほど静かな車内空間を実現できている。
その静かな空間を活かして豊かな音場を楽しめるようにと装備された、19ものスピーカーを持つ名門AKGとの共同開発によるシステムの臨場感あるサウンドのいくばくかを、サーキットを走りながらではあるが味わえた。
本質的にはラグジュアリーSUVのスポーティ版とはいえ、走りのパフォーマンスもかなりのものだ。ツーリングモードでも十分なところ、より走りのダイレクト感が増すスポーツモードの走りが気持ちよい。
せっかくサーキットなので全開加速も試みたが、俊敏で力強い加速は、さすがは522PSで610Nm、0-100km/h加速が5.5秒というだけのことはある。しかも前述したとおり非常に静かでスムーズときた。
パドルで2段階の回生の強さを選ぶことができ、「強」にすると他にないほど強く減速するのも特徴的だ。
コーナリングも気持ちよい。ダブルジョイントの凝ったフロントサスペンションや深いキャスター角から期待したとおり、ステアリングを通してしっかり路面を捉える感覚が伝わってきて、回頭性も俊敏で操舵したとおり正確に動いてくれる。揺り戻しも小さく抑え込まれていて、オンザレール感覚で思ったとおりに曲がっていける。
パッケージング的には重心高が低くて前後重量配分は50:50を実現しており、オーバーハングが軽く、リアモーターの方が強力ということも、この良好なハンドリングに寄与していることに違いない。
完全停止まで制御できる独自のワンペダルドライブ機能
あまりにスムーズで重さを忘れてしまいそうなのだが、見ると非常に大きなブレーキが装着されていた。車両重量2650kgというとキャデラックのショーファーカー「エスカレード」と大差がないが、そうとは思えないほどドライブフィールはまるっきり別物だ。かたやエスカレードはそれが持ち味であり魅力なので、よいorわるいの問題ではないことを念を押しておきたい。
運転を交代して後席にも乗ってみたところ、フロントほどではないにせよリアもかなり静かで、後方からまわり込んでくる音もよく抑えられていることがうかがえた。また、リアシートはリクライニングが可能で、広大なパノラマルーフの開放感をより満喫することもできる。
パドックに戻ってから、パドルを引きっぱなしにするとブレーキを踏まなくても完全停止できるというリリックならではの機能を試した。足を踏み換えるよりも手のほうが操作としては間違いなく楽であり、急ブレーキではなく、車速に合わせて適宜変動して穏やかに止まるので、実際に公道で運転する際にも非常に重宝することと思う。
パドックを移動していて、これほど径の大きなタイヤを履いていながら、ステアリングの切れ角が大きく、大柄なのにけっこう小まわりが効くことにもちょっと驚いた。これもまたパワートレーンほか諸々のレイアウトの自由度が高いバッテリEVなればこそに違いない。
先進運転支援装備では、シートの座面を振動させて危険の迫る方向をドライバーに知らせるなど、キャデラックはときおり斬新な発想でわれわれを驚かせてきたが、これもまた非常にナイスアイデアだと思う。もう1つ、車両接近通報装置の音が非常にユニークだったことをもお伝えしておこう。
キャデラックらしいラグジュアリーさと未来を先取りしたような感覚もあり、1台のバッテリEV として、なかなか特徴的で魅力的なクルマだと思う。これだけの内容で1100万円というのは、他のキャデラックともども、内容のわりにリーズナブルだと感じた次第である。
いずれ公道で乗れる機会が楽しみなのはもちろん、おりしも本国で発表されたばかりの高性能バージョンであるVシリーズのリリックのことも気になってしかたがない。