インプレッション
トヨタ「クラウン アスリート(直噴ターボ)」
Text by 西村直人:NAC(2016/1/20 11:50)
レクサス「IS」などと同じ直噴ターボ搭載
使い勝手に特化したアイデア商品を造り出すことは、日本の得意分野だ。古くはトランジスタラジオに始まり、ここ20年では携帯電話(フィーチャーフォン)もその1つ。日本での普及率が50%を超えるiPhoneでは、1980年代に日本の家電メーカーが市販化したテレビ電話をヒントに商品化されたという逸話が残っている。
しかし現在、それら特化した商品はユニークという表現を飛び越え“ガラパゴス”という冠がつき、国際競争力という名の下に評価が高まらなくなってきた。確かにグローバル市場で強い訴求力を持つことはとても大切だ。ただ、必要以上に固執してしまうと、本来その商品が持つべき特徴や、それを開発した技術者たちの想いが薄れてしまうのもまた事実ではないか。工業製品だから1つでも多く、そして長きに渡って売れなければ意味がないが、過剰な競争がそれを生み出す人達の士気を下げてしまっては本末転倒である。
トヨタ自動車「クラウン」は日本を代表する“高級車”として1955年の初代登場以来、日本市場に受け入れられているが、同時に、これまでクラウンは法人需要が多く、個人需要にしてもユーザーの平均年齢が高いことでも知られている。しかし、法人需要の多さは確かな性能を持った生産財として購入されていることを意味し、同時に故障が少なく信頼性が高いからこそ受け入れられているという裏付けでもある。また、高年齢化が進む個人需要にしても、長年憧れの対象であり「いつかはクラウン」(7代目クラウン/1983年のキャッチフレーズ)という積年の努力によって、ついに手に入れることができたという考えも成り立つ。いつの時代にも夢は必要だ。
今回は14代目クラウンのマイナーチェンジモデルのうち、11代目クラウン(1999年~2003年)以降、約12年ぶりにターボエンジンを搭載した「アスリートS-T」に試乗した。直列4気筒DOHC直噴2.0リッターターボは、2014年7月にレクサス(トヨタ自動車)「NX」から搭載がスタートしているトヨタの「高効率エンジン群」の1つで、レクサス「IS」「RX」などにも搭載されている。御存知の通り、クラウンは後輪駆動のFR方式であるため、同じくFR方式のレクサス「IS」と同じ縦置きレイアウトをとり、トランスミッションも同じ8速AT(ファイナルギヤのみクラウンが約6.6%ローギヤード)となる。
出力特性は「IS」の最高出力245PS/5800rpm、最大トルク35.7kgm/1650-4400rpmから、クラウンは10PS低い235PS/5200-5800rpm(トルク値は回転数含め同一)に留まる。このことからクラウンはトップエンドでのフラットな出力特性を狙っていることが伺える。一方、カタログ燃費数値(JC08モード)はクラウンの車両重量が20kg軽い(最軽量モデルでの比較)ため13.4km/Lと、ローギヤードではあるがISを約1.5%上回っている。
おすすめはターボモデル
まずは市街地の走りから。エンジン始動直後の印象は極めて静かだ。アイドリングはコールドスタート時を除きほぼ“無音”といえるほどで、クラウンの伝統である静かなキャビンはしっかりと受け継がれている。ルーズに思われがちなドライバーズシートだが、2003年登場の12代目クラウン(通称:ZERO CROWN)以降、設計思想にも変化が見られ上半身の保持性能が大きく向上。13代目では、日本人の体形にしっかりフィットする形状へとバックレスト、シート座面ともに改善され、現行型では適正な運転操作がリラックスした状態で行なえるシートポジションがとれるようになった。
動き出しは20km/h程度までは約10%のアクセル開度に対してやや鈍感な印象だが、どうやらこれは意図的な制御のようで唐突な発進加速を避けたためと思われる。車格相応の滑らかさの演出として捉えれば好印象だ。それがアクセル開度にして20%程度にまで深くなると印象が変わる。具体的には信号待ちから前走車が発進し、それに追従するといったいわゆる市街地で頻発する40km/h付近までの加速を想像していただきたいのだが、ここではアクセルとボディが一体となったかのような加速特性を示すのだ。ギヤ段にして1~3速、エンジン回転数にして1500rpm付近を多用している際の運転特性(ドライバビリティ)は、国内外メーカーが多数ラインアップする直噴2.0リッターターボの平均的な加速力を明らかに上回る。
20%程度のフワッとしたアクセル開度を保ったまま60km/h付近まで加速させていくと、溢れるトルクとともに静々と速度をのせていく。これには8速ATの小刻みなギヤレシオも効いていて、大抵は2000rpm程度で次々にシフトアップされていくため、静かで極めてスムーズな走りを堪能することができる。また、30~60km/h程度までの中間加速域においても、市街地での流れをリードする程度であれば直噴ターボの流儀であるゆっくりとしたアクセルの踏み込みだけで必要な加速力が得られるためストレスがない。
こうしたことから市街地走行では、丁寧なアクセル操作を気にかけてさえいれば過給効果を上手に引き出すことができるため、瞬間燃費計を大きく落ち込ませることなく走破でき、結果的に燃費数値も伸びるのだ。事実、渋滞を含めた平均速度15km/h程度の燃費数値は10km/Lを超えることが多かった。
高速走行では直噴ターボの違った一面を垣間見る。低速域でのトルクフルな加速は4500rpmあたりから徐々にかげりを見せ始め、5000rpm以降では実際の加速力も伸びを失い、6000rpmでは明らかに回っているだけの印象が強い。体感上でも低中回転域に的を絞ったエンジン特性であることが分かる。
この点、ISに搭載される同型エンジンは最高出力を発生する5800rpmを超えても力強さを感じさせるし、日産自動車(&ダイムラー)やスバル(富士重工業)、フォルクスワーゲンの直噴2.0リッターターボも高回転域まで伸びがある。とはいえ、いずれも搭載車種とのバランスを考慮した結果であり、クラウンは“日本の道路事情のみ”を最優先すればよいわけだから納得もいく。大げさかもしれないが、こうしたところからもクラウンたる所以が感じられる。もっとも、こうした割り切りはここ最近のトヨタ車に多く見られる特徴であり、これには賛否あるが、乗り手や走行シーンに合致した走行性能を生み出すための策として個人的には賛成だ。
乗り味に関しては、高接合剛性ボディとして新たに追加された構造用接着材や、90カ所以上に追加されたスポット溶接による効果がてきめんで、従来型のV6 3.5リッターモデルとの比較では、段差を乗り越えた際の身体に伝わる振動特性が劇的に穏やかになっている。また、この傾向は大きな入力時だけでなく、小さな凹凸でも足がしっかりと動き、ダンパーがしっかりと振幅を収めてくれるため、いずれのシーンでも一体感が強い。純粋に乗り心地という面では100km/h程度と限定がつくものの、メルセデス・ベンツ CクラスやBMW 3シリーズ、ジャガー XEとの比較であっても十分に渡り合えるほど。欧州各車の持ち味である鉄の鎧に守られるような感覚は薄く、ステアリングフィールにしても時として軽さが先行してしまう部分はあるが、そうした特性を受け入れた上でのドライブは意外なほどに安楽で、それはそれでちょっと楽しくもある。
比較で試乗したのはハイブリッドの「アスリートG」。搭載するハイブリッドシステムは基本的に従来型を踏襲するが、ターボモデル同様の高接合剛性ボディによって、こちらも期待通りの滑らかな乗り味を示してくれた。しかし、乗り味では「アスリートS-T」が圧倒的に優勢だった。タイヤは銘柄こそ違うものの、215/55 R17という両車のタイヤサイズ(ホイールのリム幅とも)は同じで、そもそものキャラクター違いに加えバッテリーや補機類を含めた重量物(+70kg)に対するボディ並びにダンパー特性変更によってわりと大きな違いが生じている。なかでもリアサスペンションの“いなし”は14代目クラウンの特徴でありハイライトの1つだが、ターボモデルでは狙い通りのしなやかさを生み出し、段差1つ越えるにも気持ちのよさがまるで違うのだ。
もっとも、パワートレーンを含めた滑らかさという点ではエンジン停止時間の長いハイブリッドモデルがより静かで振動特性にも優れるが、ステアリングやダンパーの特性といった乗り味を形成する部分ではターボモデルの一体感は心に響くものがある。
今回の試乗は50km程度と短いものだったので燃費数値は参考程度となるが、ターボが9.0~12.5km/L、ハイブリッドが14.5~16.5km/Lをそれぞれ記録した。当然ながら差は開いたが、ターボモデルの優れた乗り味はこの数値をひっくり返すだけの説得力があることが分かった。ゆえに、筆者のおすすめはターボモデルだ。
CACCの魅力と課題
新たに採用された「ITS Connect」にも触れておきたい。これはITS専用周波数である760MHzの電波を用いた通信サービスのことで、クルマとクルマの車々間、道路とクルマの路車間において通信を行ない安全な運転操作をサポートする技術だ。
今回はこのうち車車間通信システム(CVSS)機能の1つである「通信利用型レーダークルーズコントロール」を都市高速道路でテストした。いわゆるアダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)に通信機能を追加したコーペラティブ・アダプティブ・クルーズ・コントロール(CACC)と呼ばれる機能で、ITS Connect専用の通信モジュールを搭載したクルマ同士が、電波の届く範囲(概ね直線で200m)にいる場合にACCによる追従走行を行なうと、前走車のアクセルやブレーキ操作の情報を追従する後続車に瞬時に伝え、タイムラグのない追従走行を目指すという先進安全技術の1つだ。
この技術のよい点は、名目通りタイムラグなしに加減速が行なわれることだ。通常のACCはミリ波レーダーやステレオカメラなどの自律センサーが捉えた情報をもとに、前走車が遠ざかったり、近づいたりしたことを認識してから次のステップとして「加速や減速の動作」が行なわれていたが、通信利用型レーダークルーズコントロールでは、先の通信技術によって前走車の動きとほぼ同じタイミングで加速や減速の動作に入るため、車間距離をこれまでのACC以上に保ちやすくなっている。ITS Connectの普及率の低い現在であっても、サグ渋滞の解消効果は高いといえる。
しかし、改善を望みたい点もある。車速域によっては前走車の動きに対してかなりシビアに反応することもあり、前走車が車速を大きく上下させる波状運転を行なった場合、そっくりそのまま後続車がトレースし運転がぎくしゃくしてしまうことだ。試乗中、この波状運転を意図的に行なってみたが、見事にトレースすることが分かった。
もっとも、この現象を抑えるために車間時間の狭まる低速域での追従走行では前走車のトレース性能に制御を加え、急激な車速の変化が起きないようにしているが、将来的には前後左右のクルマとの車車間通信が行なえるようになれば、不必要な加減速は減るものと思われる。また、こうした考え方は将来の自律自動運転技術にも通ずるもので、そうしたことからもトヨタはITS Connectを短いスパンで昇華させてくると思われる。
クルマ本来としての魅力をグンとアップさせたことは大いに魅力的だ。加えてITS Connectによる先進安全技術にも未来がある。でも、「歩行者対応型の衝突被害軽減ブレーキ」の早期標準装備化を唱えている筆者からすると、Toyota Safety Sense Pが装着されない現状では、「待ち」と申し上げたい。もっともトヨタとしても「そこは承知している」(関係者談)とのことだから、近いうちに装着されるのは間違いないだろう。