インプレッション

ホンダ「ステップワゴン」

 ステップワゴンがフルモデルチェンジを受けて5代目となった。初代が登場した1996年5月、当時の筆者はRV雑誌の編集部に在籍していたこともあり、取材や撮影のたびに各社のミニバンのステアリングを握っていたのだが、5ナンバー枠ながら、縦方向のゆとりを活かしたステップワゴンには惹かれるものが多かった。初代はいわゆるオートキャンプにはじまるアウトドアブームの波に乗り、初年度だけで12万台近い販売を記録する。

 ステップワゴンの魅力。それは家族や仲間とそろって出かけるときに必要な“わくわくさせるもの”があったからにほかならない。1994年10月に国内市場に登場していた初代オデッセイと比べて極端にボクシーなスタイルであったことも、同じRVカテゴリーながらすみ分けがなされた結果として受け入れられ、ユーザーの心を迷わせることがなかった。

 しかし、最初期モデルの走りは、当時の水準からしてもそれほど突出したものはなかった。直列4気筒2.0リッターエンジンは125PSを発生し、当時の“ホンダAT”特有の鋭い発進加速力を武器に加速性能こそわるくなかったが、5人乗車でラゲッジルームにアウトドアの荷物を満載(5人乗り仕様と8人乗り仕様の2タイプがあった)にして走らせると、どうにも直進安定性がわるく、ワインディング路では法定速度をしっかりと守っているにもかかわらず、アンダーステア傾向に悩まされた。これは後期モデルではかなり改善されたものの、初代ステップワゴンの存在こそが、ホンダが目指すべきミニバンの走りを真剣に考え直すきっかけになった。

 2001年4月には2代目が登場。見た目こそキープコンセプトながら、「子供を中心とした家族のバンザイ」をキャッチフレーズに低床化とフラットフロアを追求。ラゲッジルームにピタリと収まる専用設計の折りたたみ式電動アシストサイクル「ステップ コンポ」も話題を呼んだ。2003年6月には「スパーダ」がステップワゴン史上初めて登場。標準モデルに対してエアロパーツを追加したほか、専用デザインの16インチアルミホイール+205/55 R16タイヤを組み合わせた。

 2005年5月にデビューした3代目でステップワゴンは大きな節目を迎える。低床&フラットフロアに加えて、低重心という走りの要素をミニバンに採り入れてきたのだ。開発には、ホンダ・スポーツモデルの証である「タイプR」のエンジニアを迎え入れ、当時のミニバンのなかでは群を抜く徹底した低重心化を実現。2007年11月には「スパーダ」が遅れてデビュー。専用のサスペンションチューニングが与えられ、5代目へと続く新境地を切り開かれた。

 2009年10月には4代目が登場する。低床フラットフロア&低重心を継承するものの、どこかふんわりとしたイメージがあった。しかし、衝突被害軽減ブレーキである「CMBS」(Collision Mitigation Brake System)が選べるようになるなど、安全性能でも大幅な進化を遂げている。

 そして迎えた2015年4月。数々の歴史を刻んできたステップワゴンは5代目となった。ハイライトは1.5リッターのダウンサイジングターボエンジンを搭載したことだ。しかも直噴、さらにホンダファンから支持を得ているVTECに新開発ターボの組み合わせとくれば「かなりの期待値をもって迎え入れられる!」と、5代目ステップワゴンの開発主査である袴田仁氏は我々の前で胸を張る。一方で、「お客様の期待を裏切らない走行性能を達成しなければならない」(袴田氏)という重責を、開発中はいつも意識していたという。

ステップワゴン スパーダ。ボディーサイズは4690×1695×1840mm(全長×全福×全高。4WD車の全高は1855mm)、ホイールベースは2890mm。ボディーカラーは「プレミアムスパイスパープル・パール」

 メディア向けの試乗ステージとして用意されたのは、なんと箱根。「観光名所が多いことからミニバンの撮影には最適な場所」というのは表向きの理由であり、本音は「屈指のワインディングが連なる箱根路で、新型の走りを存分に堪能してほしい」ということだと理解した。これを念頭に、まずは標準モデル「G」グレードから早速試乗する。

ステップワゴン G。ボディーカラーは「プレミアムディープロッソ・パール」

 成人男性3名乗車+荷物20kgという状況で、そろりとアクセルを踏んでみる。……思った通り、いや想像以上に滑らかに、そして骨太の動き出しが味わえる。気をよくしてジワッとアクセルに力を込めると、1500rpm付近でいったんエンジン回転数は落ち着くのだが、当然ここはトルコン領域と重なるためトルク増幅効果が見込まれることから排気量以上の駆動トルクを実感する。しかし、アクセルコントロールがシビアになりやすい大排気量エンジンとは違い、極低回転域であってもアクセルコントロールには幅があるため、微速走行でも非常に制御しやすい。これが美点の1つであり、ノロノロと進む渋滞路ではドライバーの味方になってくれる。

 20.7kgmの最大トルクは1600-5000rpmと幅広い回転域で発生する。最高出力(150PS)の発生回転数は5500rpmであるから、前述したスタート直後からトップエンドまで、全域で最大トルクを実感することができる。これぞ直噴ダウンサイジングターボならではの特性だ。

 3~5%ほどの登坂路では、平坦路でのアクセル踏み込み量から少しだけ深めるだけでいい。深く踏み込む必要はない。と言うか、深く踏み込んでしまうと“下から上まで静かで速い”というこのエンジンの美味しい領域を堪能することができなくなるので、ここはグッと堪えるようにしてアクセルを保つ。

 すると、ほどなくして小径ターボチャージャーならではのリニアな過給効果の高まりによってしっかりと速度が乗っていく。いわゆるターボラグは皆無に等しく、その点では2.0リッター自然吸気エンジンと使い勝手は同じだ。ただ、エンジン回転数だけは2.0リッター自然吸気エンジンよりも低く保たれることから、あまりにもキャビンが静かなので「速度のノリがわるいのか?」と勘違いしてしまうが、デジタル式のスピードメーターは登り坂にもかかわらず、じわりじわりとカウントをアップし続ける。じつに頼もしいエンジンだ。

L15B型 直列4気筒DOHC 1.5リッター直噴エンジンは、最高出力110kW(150PS)/5500rpm、最大トルク203Nm(20.7kgm)/1600-5000rpmを発生

 小径ターボにCVTとくれば、連続する高回転での高負荷領域は苦手かと思われるだろうが、1650kgの車両重量(G/FFモデル)に対してまったく不足ない加速力を披露する。イメージとしては、先代の2.0リッター自然吸気 i-VTEC×CVTと同等か、登り坂ではそれを上まわる領域さえ存在するほど。この新型エンジンでは、ターボチャージャーの排気バイパスに小型タービンに多いアクチュエーター式ではなく、電動ウェイストゲート式を採用している。これにより高負荷領域であってもブースト圧力が安定しているため、小径ターボにありがちな加速の乱れやタレが抑えられている。

新型ダウンサイジングターボとなるL15B型エンジンの展示モデル。電動ウェイストゲートを使って過給圧を緻密に、適切に制御する
ナトリウム封入バルブのカット見本。赤く塗られた部分が封入エリアで、軸部分だけでなく傘部分にまで熱伝導率の高いナトリウムを封入し、エンジン内部の放熱性を高める

タイヤのスペックを上手く引き出しやすいスパーダ

 ハンドリングは「標準モデル」と「スパーダ」で劇的に違う。「歴代ステップワゴンのなかでもっとも乗り味に違いがあります」(袴田氏)との言葉どおり、同じ銘柄の16インチタイヤを装着する車両同士で乗り比べてみても、10m走っただけでその違いを実感できる。

 結論から言えば、筆者はスパーダの乗り味を好む。それは限界性能が高いからということではなくて、そこに至るまでの過渡特性が穏やかだから。スポーツモデルで穏やかとは正反対に思われるかもしれないが、日常的な運転で限界性能を引き出して走るようなことはほとんどないわけで、それが多人数乗車に対応するミニバンであればなおさらだ。そうであれば、ドライバーの要求にリンクした挙動を生み出しやすいモデルが乗りやすいのは自然の流れ。

左がスパーダに装着される専用デザインアルミホイールとタイヤ、右が標準モデルのGグレードなどに装着されるスチールホイール+フルホイールキャップ。タイヤサイズはどちらも205/60 R16 92H

 では、その違いを具体的に、同じ状況で説明したい。標準モデルとスパーダで同じコーナーに50km/hで進入したとする。新型ステップワゴンはステアリングギヤ比がクイックに改められ、ロックトゥロックは3回転と先代から約15%も速められたことで、同じ操舵角でより大きく前輪が切れ込む特性を持つ。加えて標準モデルはEPS(電動パワーステアリング)の操舵力が軽いため、意識していないと想像よりもステアリングを大きく切り込んでしまうのだ。その点を考慮して曲率にあわせてステアリングを切り足しながら、路面側と車体のコーナリングラインが合致したところでそのままの舵角を保つ。

 このとき、前輪/後輪ともにロール量は深いところで安定しているのだが、新装備の「わくわくゲート」を採用すべく、新型ステップワゴンではこれまで以上に強靱なボディー剛性が与えられたこともあり、後輪側のロール量は前輪のそれに対して相対的に抑えられる傾向になる。前後サスペンションのロールセンター高は前輪がよりロールする特性となるよう設計されているのだが、結果として4輪は理想とされるラインをほぼトレースしているものの、前輪の負荷が大きくなるため、ドライバーや同乗者は、実際よりもちょっとだけ大まわりをしているような感覚となり、下り坂ではそれが顕著に現れる。

ステップワゴン G

 これに対してスパーダは、EPSが標準モデルよりも重く(これが基準でいいかも)、前輪/後輪ともに専用のダンパーチューニングとなってハブベアリングも高剛性タイプを採用するため、必要とされるステアリングの操舵スピードとロールスピードが上手い具合に合致する。その先もしかりで、どっしりとした後輪に前輪が負けていないから、同スペックのタイヤを履いているにもかかわらず、より安定した理想的なコーナリング姿勢を保つことができる。言い換えると、タイヤのスペックを4輪ともに上手く引き出しやすいのがスパーダであり、この乗り味の差は、路面が荒れていたり、雨や雪でμが低くなっているような場合にはもっと大きく現れるはずだ。

ステップワゴン スパーダ

 唯一気になったのは、CVTの減速制御。やはり小排気量ということもあり、Sレンジだけではエンジンブレーキが弱く、車両重量がかさむことから長く続く下り坂ではフットブレーキを多用することに……。気になる場合はパドルシフトを標準装備するトップグレード「スパーダ・クールスピリット」を選択する方法もあるが、複数の上級装備が同時装着となるため、どうしても高額になってしまう。

 安全装備で言えば、「Honda SENSING」が全グレードで選べるのは朗報だ。ただ、こちらも「ヴェゼル」や「ジェイド」でEPB(電子制御パーキングブレーキ)を採用していることから、一部改良のタイミングと合わせてステップワゴンへの導入も期待したい。そうなれば、ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)の全車速対応型への発展も見えてくる。

ステップワゴン Gのインパネ。パドルシフトは装備されていないため、長い下り坂などではSレンジとフットブレーキで対応することになる
ベースグレードのBからは50~60万円ほど高くなるスパーダ・クールスピリットのみに標準装備されるパドルシフト
フロントウインドーの内側に設定する単眼カメラやフロントグリルのミリ波レーダーを組み合わせて使う「Honda SENSING」を全グレードにオプション設定
同じくオプション設定のマルチインフォメーション・ディスプレイでは、新たに「タイヤ角度モニター」を採用。ステアリング操作に連動し、タイヤが現在どの方向を向いているかを表示してくれる
ボディーの4個所に設置されたカメラで車両を上空から撮影しているように画面表示する「マルチビューカメラシステム」は、「ホンダスマートパーキングアシストシステム」「後退出庫サポート」とセットでB以外のグレードにオプション設定
車両の後方から乗り降りできる「わくわくゲート」は、初代モデルが提示したミニバンならではの“わくわくさせる”魅力を継承したアイデア

 新型ステップワゴンの注目装備である「わくわくゲート」だが、見た目以上に実用性が高い。横開きという発想はムーヴやファンカーゴなどにも採用されていたが、ステップワゴンは通常のテールゲートを縦に6:4(概算)あたりで分割して、6の側を横開きのサブドアとしてデザインした点がユニークだ。

 サブドアの操作力は非常に軽く、テールゲート本体を開閉する半分の力で開け閉めが可能。単なる荷物の出し入れはもちろんのこと、サブドアを乗り降りするドアとして使用することを想定し、折り畳んだ左サードシートの背面を反転させて樹脂マット地を表面にできるので、気負わず土足で乗り込める。狭い駐車場に前向き駐車したようなときに、サブドアからの乗降ができるので便利だ。インナードアハンドルには開閉ボタン(1秒以上押すことで車内からロックを解除できる)があり、テールゲートと同時開閉できないなどの安全策も織り込まれている。

 このように新型のアイコンとなりつつある「わくわくゲート」だけに、すでに販売の現場からは、一般的なテールゲート仕様のBグレードにも追加設定してほしいとの要望があがっているという。

 ミニバン界の競争は熾烈さを増すばかりだ。ハイブリッドモデルを持つトヨタ自動車「ヴォクシー」「ノア」の売れ行きが高水準で安定していることから、燃費数値が重要視されるのは今後も変わらないだろう。しかし、新型が持つ「わくわくゲート」をはじめとしたアイデア満載のエンターテイメントアイテムは、ミニバンが本来持つべき性能だ。独創のホンダらしさがいっぱい詰まったステップワゴンに期待したい!

Photo:堤晋一

西村直人:NAC

1972年東京生まれ。交通コメンテーター。得意分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためWRカーやF1、さらには2輪界のF1であるMotoGPマシンの試乗をこなしつつ、4&2輪の草レースにも参戦。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)理事、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。(財)全日本交通安全協会 東京二輪車安全運転推進委員会 指導員