インタビュー
【インタビュー】ダイハツ「ロッキー」のエクステリアイメージは“ジェリービーンズ”? 開発デザイナーに聞く誕生秘話
あえてキャラクターラインを入れずに面で勝負
2020年5月2日 08:00
ダイハツ工業から発売されたコンパクトSUV「ロッキー」は、3000台~5000台/月を売り上げるヒット作となっている。そこで改めてそのデザインについてダイハツ工業 DNGAユニット 開発コネクト本部 デザイン部 第1デザイン室 国内スタジオ主担当員の奥野純久氏に話をうかがった。
始まりは「DN TREC」
――早速ですが、ロッキーのデザインはどのようにして始まったのでしょう。
奥野氏:ロッキーのベースとなったのは、2017年の東京モーターショーに出展した「DN TREC」というコンセプトモデルです。この時はSUVの企画も少しは見え始めていたのですが、このDN TRECはデザイン部からの発信として、本格的に企画を進める前のスタイル調査的なイメージと位置付けていました。
昨今のSUVはアグレッシブでスポーティ、ウェッジシェイプが効いているようなクルマがありますが、ダイハツらしい素のよさや、シンプルなよさを伝えられるクルマを作りたいという想いでデザインしました。また、若者のクルマ離れがありますので、その若者に反応してもらえるデザインはどういうものか。例えばiPhoneなどはしっかりと認めてくれていますが、クルマにシンプルだとかクリーンなどを用いてもなかなか響きません。
そこでわれわれはアスレジャーやスポーツ用品などに注目しました。以前からポケットがいっぱい付いているようなアウトドアに限られたウェアはありましたが、そういったものも今では一般的に市民権を得て普通のファッションとなっています。また、最近ではより進んで、もっとシンプルになり、生地やポケットの内側に機能が備えられるなど、アウトドア用品が本格的な機能とスタイリッシュさを揃える商品になっていったのです。さらに、ファッションとスポーツメーカーがコラボをした服や靴が出てきました。こういったものは、これみよがしに機能を見せつけるのではなく、素材や道具の進化によってそれを見せないスタイリッシュさ。つまり過度に意匠をしたものではないイメージなのです。そういったものをクルマにどうやって反映しようかと考えました。
このクルマはコンパクトサイズですから、気軽に普通の街乗りから、ちょっと足を伸ばせば、生活の範囲を少し広げられます。最近のスポーツでもトレッキングなど、少しライトでトレンディ、おしゃれなスポーツが流行ってきていますので、そういった方々、特に若い人に反応してもらえるものはどうなのだろう。
そういったことを踏まえ、水平基調でサイドにもできるだけ何もつけないようなデザインにしました。本当はヘッドライトやリアコンビランプなども付けたくないくらい、つるっとしたクルマを作りたかったのです。そこで、これらのパーツは全部埋め込んでほとんど突起もなく、“ジェリービーンズ”や“ソーセージ”にタイヤが付いているくらいシンプルで、かつ、だからこそ目立つものを作りたい! とデザインしたのです。しかも前も後ろもほとんど意匠は一緒。本当はサイドも真ん中で前後対称にしようかとも思いましたが、さすがにそれは変でした(笑)。しかし、そういう思いでショーカーを作り上げたのです。
アクティブ・ユースフル・コンパクト
――DN TRECから生産車となるロッキーのデザインは大きく変更はなかったようですね。
奥野氏:おかげさまでこのコンセプトモデルは非常に好評だったこともあり、本格的な開発に入ることになりました。DN TRECをベースにするというデザインの思いもありましたし、企画サイドからもユーザーの方向性など色々調べた結果、これをベースによりお客さまに分かりやすい表情にするべきなどいろいろな議論をしながら進めました。
企画部門からは広さと、若者を魅了するスタイル、そしてコンパクトならではの気軽さとともに、もともとSUVは安心感がありますので、そういったクルマを低価格で提供しようという話がありました。そこで“アクティブ・ユースフル・コンパクト”をコンセプトとしています。“ユースフル”とは、使えるユースフルと、若いユースフルとかけてあり、あえてカタカナにしています。
また、ユーザー調査などで若者の価値観を色々調べた結果から、“クリア”で“洗練”されていながら、相反する“アクティブ”や“力強さ”というキーワードが抽出されました。ボディ骨格はSUVとしてしっかりしていましたので、そのうえで、これらをどうやって両立するかが課題となったのです。クリア、洗練、アクティブはテイスト。同じくアクティブと力強さは骨格に関係してきますので、これらを合わせることで“独創性”が出せるのではないか。そこでアウトドア用品をはじめさまざまな写真などを集めた上で、すっきりしながらインパクトのある商品を目指してデザインしていきました。
SUVらしさを盛り込め
――かなり順調に進んだようですね。
奥野氏:デザインチームとしてもここまで到達するのに時間はかかりましたが、ものすごく集中して一気に進めたので、すごく意志が統一されていました。しかし、ここからがとても苦労したのです。いろいろ絵を描いて社内で承認を得ていく上で、SUVらしくないなどの話も出ました。しかし、今お話をしたような内容で説得しながらなんとか進めていったのです。
そうした中でSUVらしい力強さをもう少しつけるべきだとなりました。これは、最終的に幅広くお客さまを獲得することも考えたからです。そこで下半身にクラッティングなどを付け、もう少し四角くごつくしようなどのアイデアを取り入れていきました。またスポーティで前傾姿勢を感じるようなデザインを考えたり、ボディを動かすことでウェッジシェイプ感を演出したりと、さまざまな検討も重ねました。最終的には基本骨格はほぼ一緒ながらベルトラインは水平にして、現在のデザインのもとになっていったのです。
3度やり直したクレイモデル
――しかし2Dのスケッチと3Dのモデルとは違ってきますよね。
奥野氏:そうなのです。そのスケッチをクレイモデルにしていくと、全体として弱く感じました。DN TRECはショーカーですからハード要件もそれほど考えていませんので、よりクリーンで洗練され、ドア断面などももっとボリュームがありました。
しかし、今回は全体として優しくかわいいイメージで、本来のSUVが持っている商品としてはちょっと弱く、また、メリハリも少し少なく感じたのです。そこで改めてクレイモデルを作りながらもう1度考え直すことにしました。ショーカーのすっきりしたサイドのイメージは持たせながら、前後はもう少し強さなどをつけた方がよいのではないかとデザインしていきました。
そのやり直しでもう一度クレイモデルを作りましたが、まだ新しさが足りなかった。そこで、最後の最後でもう1度磨きをかけるべく、思い切ってモダンにしてできるだけシャキッとさせようと、キースケッチをベースにもう1度描き直したのです。モダンで勢いを持たせながらもクリーンでシンプルに仕上げました。顔つきも横方向に張り出させ、ワイド感をつけるなどの改良を加えた結果、今のモデルが完成したのです。
ジェリービーンズ……
――何度かデザインに手を入れてきたとのことですが、そうした中でもっとも大切にしたことは何でしょう。
奥野氏:それはジェリービーンズなどのイメージです。多少のゴツゴツ感は出ましたが、なるべく1つの塊に見せるようにしました。ボンネットのピークも高い位置にさせつつ厚みのある顔にして、サイドもキャラクターを入れずに我慢して我慢して……。本当にドア断面は苦労しました。キャラクターラインがあると、どこかの折れから上を触ったり下を触ったりして面などの調整ができるのですが、キャラクターラインがない状態ですと少し面を触ると全部を見直さなければいけなくなるのです。
それから、ボディの全長がもともと4mあるので、大きく見せることを当初から計画的に考えていました。そこでAピラーをブラックアウトすることでフードが短いことが分からないようにし、リアも同じように後端にピラーを置くのではなく、手前に置くことでリアまわりも長く見せています。
タイヤも元々のパッケージングで四隅に置くようにしており、それらをできるだけ大きく見せています。しかしそうするとホイールベースが短く感じてしまいますので、ヘッドライトからリアコンビランプの間に面のピークを“バシッと”通しているのです。実はこういった考え方は小さいクルマを大きく見せるというダイハツとしての得意技で、特にこのクルマでは強調しています。実際に見るとサイズ以上に大きく感じられるでしょう。
少ない要素で力強く
――そのほかに気を付けたことはありますか。
奥野氏:作りながらよく言っていたのですが、レスエレメントで力強さ、少ない要素で存在感。少ない要素で強く見せる。そういったことを崩さないで最後までやろうとしました。
そこで、顔まわりはヘッドライトなどメカがはっきり見えますので、シャープさを加えてパッと見た時に「このヘッドライトかっこいいね」と言ってもらえるようにしながらも、あまり手を入れずに、上にシーケンシャルのウインカーをつけて特徴的にしています。そしてなるべくサイドから後ろに流すことで長く見えるようにしました。この考えはリアコンビランプも同様です。とにかく長くぐるっと回っている印象にしました。ヘッドライトからリアコンビランプに流れる面のピークをできるだけ長く見せることで、クルマが大きく見えるイメージを作り出しているのです。実はこういったことをすると、下半身を動かしたくなってくるのですが、そこは我慢。サーフェイスの情緒ある面などで見せようと、キャラクターラインに頼らないで作りました。
つまり面で勝負したわけです。今回はダイハツのトップモデラーと作り上げたのですが、彼もものすごく苦労しました。先ほどのように1mmでも面を触れば端から端まで全部変わってしまいます。非常にシンプルなものこそ作りにくい。昔からダイハツの作り方はなるべくシンプルに線を入れずに作っているのですが、これほどわかりやすい断面が前から後ろまで通っているのはダイハツでもないと思います。
どちらもダイハツデザイン
――今回はトヨタ「ライズ」との関係もありましたが、そのあたりはどう進めたのでしょう。
奥野氏:ある程度ボディデザインができてからトヨタ「ライズ」の開発に入りました。基本的にはすべてダイハツでデザインしていますが、やはりトヨタはトヨタの考え方とラインアップの位置付けがありますので、トヨタデザインとも意見交換をしながら進めました。トヨタからはフロントのハの字に構えているところを中心に作ってほしいということでした。OEMですから、基本はわれわれがすべて作って、デザインの考え方を提示しました。承認をしてもらうということではなく、アドバイスをもらうような形で進め、承認形態はダイハツの中で行なうイメージです。
――トヨタ「RAV4」にデザインが似ているという声も聞かれますが。
奥野氏:実はRAV4は全然見たこともなかったのです。似ているとよく言われるのですが、われわれデザインチームとしては、そこは立ち入るところではありませんので、出てきてから初めて結構似ていると思いました。トヨタデザインはもちろん知っていたでしょうから、このクルマを見ているときは、その関係を知ったうえでわれわれの提案を選んで合意をしていると思います。
ヤッター!
――最初にこのクルマのデザインの担当に決まった時、どのように思いましたか。
奥野氏:ヤッター! と思いました(笑)。会社に入った時にトヨタから初代RAV4が出て、それをすぐに買いました。小さくて取りまわしがよくてすごく気に入って、アウトドアと呼ばれるスポーツはほとんど、スノーボードやサーフィンなどをよくやっていますので、そのRAV4はボロボロになるまで使い倒しました。
また「ビーゴ」「ラッシュ」も前に担当していたのですが、その時はボディ全体ではなく顔まわりを中心にデザインしました。その時も「やった! 小さいSUVをできる」と思ったものです。それから10年以上経ち、また今度はリーダーとして担当させてもらえたのです。ショーカーから担当していましたので、プロダクトになったらいいなと思いながらデザインしていました。
――担当が決まった時にどういうSUVのイメージにしようと思っていましたか。
奥野氏:初代RAV4はエポックメイキングなクルマとして世の中に認知されるようになりました。自分が買った時は若かったので、これでどこに行こうかという考えのほかに、普段乗ってもすごく使いやすいし、生活範囲がすごく広がったイメージがありましたので、そういったことをこのクルマにも与えていきたいと思っていました。
生活に身近な商品をダイハツは届けています。本格的に山の中を走るようなSUVではなく、気軽に生活の楽しさが広がるようなシティコンパクトSUVで、スポーティなハッチバックの車高を上げて大径タイヤをつけたようなクルマではありません。そういうクルマを作りたかったのです。
そこは企画の人たちとも同じような思いがありました。生活の広がりや、小さいけれどもいっぱいモノが積めたら嬉しいとか、そういった思いは初期段階から話していました。例えば、内装のモックアップを作った時には、みんなで自分たちのキャンプ道具をいっぱい持ってきてどんどん積んで「ここはあたるからもっと削れないか」とか「4人分載せるにはこれだけはいるよね」とか。シートのアレンジや位置も、荷室と室内のどちらにプライオリティを置くかなども含めて、かなり初期の段階で話を詰めていったのです。
――数値ベースで作り込まずに、実際に物を入れてみてレイアウトしているので使いやすくなっているような気がします。
奥野氏:荷室はすごく広いうえに、床のデッキを開けるともう1つ底があります。モックアップを作った時に「本当にこんなに広いのか? 何か間違えてないか? 広すぎないか? 何か忘れ物がないか?」と、みんなで不安になったくらい広いのです。そういったことは非常に楽しかったですね。
初めの企画の時にはこの難しい課題があって、眉間にしわを寄せながら考えることが多く、このクルマの企画をしている時は大変でしたが、今思えば議論が白熱して楽しかった。みんながこういうクルマを作ろうと集中できて非常によかったですね。
――今回は方向性がはっきりしているので進めやすかったのではないでしょうか。
奥野氏:方向性がはっきりしていてイメージがあるのですが、実はそれを具体化することがなかなかうまくいかなくて。イメージは皆持っているのですが、モデルに反映できなかったのです。皆思っているのはこれなのですが、作ってみると「違う。こんなものではない。もっといける」となってしまいました。
また、最初のDN TRECが好評だったので、そこでハードルが上がりました。そこに当初イメージが引きずられ、プロダクションモデルに進めるときに、他の人から見たら微差だったものが、われわれからしたらかなりの差に思えてしまい、その意識を急に変えることができなかった。間にクッションを置きながらちょっとずつになってしまったので、途中のモデルが少し優しくなってしまったのは、それが要因だったのです。
ウェッジシェイプにさせると年齢層が上がる
――ところで今回あえてキャラクターラインを入れないで面で勝負したのはなぜですか。
奥野氏:初めに設定した30代前後の若い人たちにどういうものを作れば“いいな”といわせることができるか? 昔からそうなのですが、いろいろと手を入れてウェッジシェイプにさせて格好よくしていくと、好きな人の年齢がどんどん上に上がっていくのです。われわれはクルマ離れしている若い人たちに「これだったら買いたい」と言ってもらえるクルマを最初に投げかけたかった。それを人気のあるSUVでトライするのが一番理にかなっていましたし、インパクトもあるでしょう。
そして、好むものや服装などにしても過度な加飾ではありませんし、シンプルな中に素材のよさみたいなものを彼らは知っています。それを同じ鉄板の塗装する面でどのように表現するか。そうすると手をいっぱい入れたものではないデザインなのです。
それだけでは弱くなりがちですから、どう強くするか。答えは最終的に思うと割とシンプルで、メリハリをしっかりつけて面の張りや緊張感を持たせていくことでした。その上でただ単にシンプルだと飽きてしまいますので、少しだけ面を動かしながら、クルマが動く時に映り込むものが微妙に変化するようにしました。人間は動く面の映り込みを見ると綺麗だなと感じます。本当に昔の鉄板を人間が叩き出したクラシックカーの面は惚れ惚れします。ああいった昔のクルマのよさは、ずっと今に至るまでよく見えるものです。それが革の鞄に変わったとしても、すごくよいものはいつまでも「よいもの」と言われ続けますよね。
それから最近は何かイベントがあったり、例えばお給料が出た時には自分にご褒美を買ったりする。その時にはよいものを買いますよね。そういうものを調べたら若者とシニアでは、結構同じものが多かったのです。すごく高くてシンプルながら5万や10万もするような靴だとか、同じように高くてシンプルで10万円以上するような鞄だとか。若者向けの雑誌と大人向けの雑誌で、本当に欲しいものは結構同じものが載っていることが多かった。そこにフォーカスして、最近の考え方を入れた上でこの方向に決めていったのです。
ダイハツとして例えると、初代のダイハツ「コペン」が挙げられます。いまでも「いいな」と言われており、このよさも同じではないかと思っています。こういうところにダイハツのデザインのよさみたいなものがあるのではないでしょうか。
――そういうものをたどっていくと「コンパーノ」に行き着くのでしょうか。
奥野氏:そうですね。昔のクルマは本当に綺麗で小さくてかわいらしい。でも安っぽくないのです。ダイハツのデザインが目指すのは恐らくそういったことだと思います。身近に感じながら、それでいながら手を出しやすい価格で。流行りによってどんどん乗り換えるのではなく、ずっと使っていける、長く使ってもらえるようにしたいということも話をしています。
後発だからこそ「使えるSUV」を
――さて、ダイハツはこのセグメントには何度も投入と撤退を繰り返していますが、今回なぜコンパクトSUV市場に再度導入しようとしたのでしょう。
奥野氏:正直に言うと常にこういう話は出ては消えて、その時々の会社の優先順位でどれを作るかを考えると、これまではこのクルマの優先順位は低く、軽自動車の優先度が高かった。トヨタとの関係が強くなり、トヨタのグループ全体としてわれわれはその裾野のところという立ち位置を踏まえると同時に、SUVがブームになっていることもあり、われわれが生き残る術としてそのタイミングだったということです。
ただし、SUVを出すタイミングとしてはかなり後発ですので、デザインをシンプルでクリーンにしたのはそこもあります。色々なクルマがあり、多くのSUVのデザインの中に、ダイハツとしてのポジショニングを踏まえた存在感を出す。後発ですし、かつ存在感もあるクルマとして何をすべきか。そこで売れたクルマ、売れなかったクルマの理由を探り、結果として見えたのが“使える”というものだったのです。