インタビュー

熱田護のF1インタビュー 小松礼雄ハースF1チーム新代表に就任までの経緯などを聞いてみた

ハースF1チームの小松礼雄(こまつ あやお)新代表。代表になった経緯や意気込み、2024年のハースについて聞きました

 HaaS(ハース)F1チームでチーフエンジニアを務めていた小松礼雄さん。2024年1月10日に、ギュンター・シュタイナー氏の後任としてチーム代表に就任したというニュースが発表された。

 なぜ、チーフエンジニアからチーム代表に就くことになったのか? 立場が変わって、新しく何が起こるのか? 新しい環境のこまっちゃんに時間をもらい、話を聞いてみました。


熱田:どのような経緯で代表に就くことになったのですか?

小松さん:オーナーのジーン・ハースの思いとして、去年は言い訳ができないシーズンだったんですよね。2020年はコロナ禍で何にもできない状況でした。2021年はコロナ禍からのリカバリーの年で、ドライバーもルーキー2人とできることはすごく限られていました。2022年は再生の1年目という位置付けである程度の結果を出せました。2023年はシーズン中のアップグレードの予算もあったので、絶対に2022年よりよい結果を出さなければいけないシーズンだったんです。

 開幕戦からはっきりとクルマの長所短所っていうのが見えていたにも関わらず、シーズンが進んでいく中でそれを軌道修正できない様子を見て、ジーンとしてはチームに対して何をやってるんだっていうフラストレーションが芽生えてくるわけです。

 例えばオースティン(アメリカGP)で投入したアップデートには、かなりの予算と人が関わっていました。アップデートはもちろん彼も期待していたようです。でも僕は何を期待していたんですかって聞きました。なぜならばデータで見れば一目瞭然で、オースティンでのアップデートの内容は、それまでのクルマと比べて速くなる要素は基本的に少なかったからです。

 そんな中でこのままチームの組織を何も変えなかったら、チームがよくなっていく要素がないと考えたのだと思います。それで12月末に彼がギュンターと話して袂を分かつことに決め、そのあと僕に代表をやらないかという話になったわけです。

熱田:これまでエンジニアとして仕事をしてきたわけですが、チーム代表というのはやりたい仕事だったのですか?

小松さん:別に代表になりたいと思ったことは特にありませんでした。でも、これまで常にそのときの仕事の役職の中で、ベストを尽くして仕事をやってきました。例えば僕がレースエンジニアになりたいと思ったのは、まずタイヤ担当をやって経験を積み、次にクルマ全体のことを見るパフォーマンスエンジニアになりたいっていうのがあって、パフォーマンスエンジニアの次はレースエンジニアに、と思ってなりました。クルマを走らせることは本当に好きだったので、この仕事は10年ぐらいやろうと思っていました。

 でも結局4年経ったところでチーフレースエンジニアになったんです。けど、そのときも別にチーフレースエンジニアになろうと思っていたわけじゃないんです。レースエンジニアのときにはアイデアも、やりたいこともたくさんありました。でもやっぱり冷静になって考えてみると、3年とか4年やってくると自分がレースエンジニアとしてやる役職以上のことが段々と見えてくるわけです。自分は1台のクルマを走らせているけれども、チームとしてはもっとこうやったらいいんじゃないかとか考えるようになるわけですよね。でもそれは僕のやることじゃなくて僕の上のチーフレースエンジニアの仕事です。そんなとき、チーフレースエンジニアがマクラーレンに移籍したので僕がやらないかって言われて、ちょっと早いなと思ったけれど、そんな機会毎年あるわけじゃないし、自分にもいろいろアイデアもあるのでやってみようと思ったんです。

 それで実際にやってみれば、少なくとも自分の思ってるアイデアや、今まで思っていた改善点を自分の責任で実行できるわけじゃないですか。それで、もしうまくいかなかったらまた自分で変えればいいわけだし、どうしてもだめだったら責任取って辞めればいいだけのことですからね。その話の流れと同じですね。

 正直に言うと、昨年のバクー(アゼルバイジャンGP)の時点で僕は辞めようと思っていたんです。

 なぜならば、適切な時期に適切な決断を下せない状況が変わらなくて、自分としてもこれ以上は無駄な時間を過ごしたくなかったからです。でもその時点で辞めるのはチームのみんなに対しても無責任だと思ったので、考えられる全てのことをテーブルに出した上で上層部が動かないのであれば、それは彼らの決断だから僕は決断を下して辞める。そうすれば、僕の中で責任を全うしたことになると考えていました。

 ですから、チームをよくできるためのアイデアっていうのはいっぱいあるわけですよ。そんな機会ってどんなに欲しても、あることでもないじゃないですか。それがたまたまこのタイミングでオーナーのジーンからそう言われたので、だったらそれはやりますよね。それから、組織図を考えてジーンに見せて了承を得て動き出しました。

熱田:去年小松さんが担当していたストラテジーは今年は誰がやるんですか?

小松さん:今年、チーフレースエンジニアは置かないんです。ですからストラテジー担当のエンジニアに任せます。

熱田:去年の今頃と比べて、その責任や仕事量は激増していると思うのですが、プレッシャーは感じてますか? 去年までと同様に楽しめそうですか?

小松さん:プレッシャーっていうのは特に大きくなってないんですよね。僕にとってプレッシャーというのは、外からかかるもんじゃなくて、自分の中にあるものなので。成績をよくするためのアイデアがたくさんあって、今は実際に実行に移せるチャンスという状況で、むちゃくちゃ大変だけど、同時にすごく楽しいです。

 僕も含めてチームのみんなの中に、「こうしたらいいのになんでこんなことやっているんだろう? どうにかしてくれよ!」っていうのがあるわけじゃないですか。それってネガティブな単なるフラストレーションなわけですよ。だから各部署の人と話してみると、やっぱり多かれ少なかれ、大なり小なり、結構みんな感じてることは一緒なんですよね。みんなベクトル的に合ってるわけです。

 だからこそ今は、チームをこれからよくしていくための絶好の機会だと捉えているので、そういう意味ではすごくやりがいがあるし、むちゃくちゃ楽しいですよね。

 このチームってすごく能力のある人たちが随所にいるんです。だからいいチームになれるいい要素はいっぱいあるんです。それをつなげていく、その人たちが本当に能力を発揮できる環境を作っていく、っていうのが僕の仕事で、これはすごく楽しい作業です。もちろんそれを結果につなげなきゃいけないわけですけど、その結果を今心配してもしょうがないわけですよ。

 僕はこのチームのみんなが能力があると思ってるから、しっかりと目標設定をして、そこに到達するための戦略を立てて、“こういくんだよ”っていうのを皆にもちゃんと伝える。その上で皆が全力でベストを出せる環境を作ってあげられたら、この人たちだったら速いクルマも作れると思うんです。もしよくならなかったら何がいけなかったんだろうと、またみんなで考えればいいわけですからね。

 あとはそれこそF1コミッションとかファイナンシャルレギュレーションとか、コンコルド契約だとか、チーム外の大きな仕事があるので、これがとても重要です。また例えばサプライヤーとの契約にしても、もっとチームのアドバンテージになるようにしなければいけません。それと同時にチーム内の能力を高めつつ、お金をもっと有効的に使って開発につぎ込めるようにする。もちろん、仕事は多岐にわたりますし、簡単ではないことが多いですが、とても前向きな動きが生まれています。

 今、代表になって、去年まで疑問に思っていたことを実際に検証できる立場になっていろいろと紐解き始めると、思っていた以上に改善する余地がいっぱいあります。

 逆に「代表をやらないか」って言われて、このチームが結構うまく機能しているのに、10位になるんだったら困るわけですよね。だけども、やっぱり僕の中では去年は10位になるべくして……ビリになるべくしてビリになったと思ってるので、もう本当に改善しなければいけないことがいっぱいあるので、とにかくゲインの大きいことから優先してどんどんやっていきます!

 イギリスでよく「海に投げ込んで泳げるのか、沈むのかどっちか?」って言うんすよ、まさにそんな感じ。

熱田:じゃあ、ちゃんと泳ぎ切ってくださいよ!

小松さん:いや、僕泳げないんで……カナヅチなんで……。

熱田:だめじゃん!(大笑い)

熱田:今までF1のチーム代表は何人かいました。大きな会社の社員でその流れで代表になる、もしくは大きなプロジェクトを背負って代表になるという人たちでした。1人でF1村に入って、たたき上げで代表になったのは小松さんが初めてです。そういう意味ですごいうれしいし誇りに思いますし、国内のファンも同じような気持ちになってくれていると思うのですが、ファンに向けて気持ちを聞かせてください。

小松さん:僕は国籍は関係ないと思っているんですよね。子供のころから何か国際的なことがやりたくて、たまたまF1に出会ってこの世界に来たわけです。いろんな人から「差別があって大変でしょう」などといろいろ聞かれるのですが、僕は特にそうは感じていません。

 個人的に差別って無知から起こることだと思います。いろんな違う人種や背景の人たちと仕事をすれば、それなりに“人となり”や“国となり”などを経験できるわけじゃないですか。そうすれば、お互いの理解度が芽生えてきて、長い目でいけば差別が少なくなるんじゃないでしょうか。僕個人の経験では本当の意味での差別を少なくともF1の世界では受けているとも思いません。

 もし仮に本当に差別があったら僕はこの立場にいないわけでしょ。チーム代表はおろか、レースエンジニアにもなれなかったわけですし、そういう意味でやっぱり実力勝負の世界だと思うんですよね。

 日本人で初めてだとかってあんまり僕の中ではないんですけれども、逆によく鈴鹿とかでファンの人とかに「私もレースが好きなんですけど、できると思いますか?」って聞かれるんですけど、いつも言ってることは同じで、「それはやってみなきゃ分かんないから、やってみればいいじゃん」って。結果なんか気にしたってしょうがないから。

 この代表のことだってそうなんですけど、別に昔から代表になりたいと思っていたわけじゃなくて、ありがたいことにその機会があったわけだし、人生1回しかないわけじゃないですか。だから、何でもやってみればいいじゃないですか! と思うんです。

 中学や高校でもとてもいい生徒とは言い難かったこんな僕でも、F1に憧れて勝手に18歳でイギリスに飛んで行った結果、代表になれるんだっていう事実があって、それがその人たちにとっての元気っていうか勇気になってくれればいいなと。バリアなんてないんだっていうことを認識してくれればいいなと思うんですよね。

 多くの人はやる前から自分でバリア作ってると思うので。自分にはできるわけがない、とか。この世界は人種差別がある、とか。欧米・ヨーロッパの文化だ、とか。そんな言い訳ばかりしてないで、とにかくやりたいことがあったらやってみて! と思うわけですよ。

 成功とか失敗って他人が勝手に決めることで、例えば今シーズン成績を出せなくて1年でジーンからクビを言い渡されたことになったとしても、僕は全く後悔はしないと思う。世間的には失敗だということになるけれど、人生において何事も全力を尽くしてやれば、結果がどうであれ絶対にそれはその人にとって得られるものは大きいと思う。だからそういう意味で失敗ってないと思うんです。

 だから何にも恐れることはなくて『やってみればいいじゃん!』と思うんです。一歩踏み出すのを躊躇している人たちに向けて、少しでもその最初の一歩を踏み出すための勇気を与えられれば、これ以上にうれしいことはないです。

熱田:今年の目標は選手権何位でしょうか?

小松さん:8位ですね。

 でもビジョンとか戦略の話になると思うんですけど、もちろん選手権のポジションっていうのは相手があることだから分かんないですよね。相手がもしかしたらすごいことをやってくるかもしれないし、逆にこけるかもしれないけど。

 でも、10位から8位になるってかなり大変なことです。「ではどの2つのチームに勝つのですか?」って話になるわけじゃないですか。

 ザウバーは新しいスポンサーを得て勢いを感じるし、ウィリアムズはめちゃくちゃ投資してるわけだし、VISA RBも去年の伸びしろを見ればレッドブルとの提携で大きく上向くだろうし。だからほかの2つのチームに勝つってすごい大変なことなんです。

 それをどうやるかというと、少なくとも今はチームの中で機能してないコミュニケーション、物事の解析の仕方、問題点の共有、そっからどういうふうに動くかどうか、そういう人的な組織的なことですよね。チームが一丸となって動くことに焦点を置いていて、今のところそういう意味ではみんなすごい前向きで、ファクトリー全体いい雰囲気で進んでいます。

 でもそれが直接ラップタイムにつながるかって言ったら、そうではないかもしれないけれど、まずはここから始まるんだということだと思います。徐々に機能していけば、そんなにひどいことにならないと思います。

 相手があることなので難しいですが、8位になることは不可能ではないと思っています。

 オンラインでのインタビューで、予定時間をかなりオーバーして話をしてくれました。

 明快なビジョンを持って、前向きに進んでいるようで聞いていて楽しかったし、小松さん率いるハースというチームが今年、その先にどのようにF1の世界で戦っていくのか超楽しみ。