【連載】橋本洋平の「GAZOO Racing 86/BRZ Race」奮闘記

第41回:佐々木雅弘選手の記録に勝って有頂天も、本番ではそうは問屋が卸さない、の巻

続・ガス欠症状問題

 2017年は優勝することができた菅生でのレースということもあり、僕もチームも今回のレースに対する気合いは十分だった。懸念材料の1つであるドライバーの体重を抑えようとダイエットを敢行。毎晩山盛りのサラダを食らい、炭水化物はできるだけ抑え、ちょっとした運動も開始したのだ。これで馬体重(?)は3kg減の73kg。それでも周囲に比べれば十分に重たいのだが、これで菅生の坂道を少しでも駆け上がってくれれば辛くはない。

 チームもまた事前の対策を万全に行なってくれた。2017年後半から使い続けていたトランスミッションを一新。そして、もう1つの懸念材料だった鈴鹿で発生した燃料の偏りについても検討を重ねてくれたのだ。レボリューションの代表である青木さんは、さまざまな観点からそれを解析。はじめは高Gが連続することで何らかの制御が入るのではないかとの疑いもあったが、そうではなく燃料が単純に偏っているだけとの判断を下した。

 それが下の写真でご紹介しているパーツである。これは燃料ポンプが納められる通称フューエルカップとかコレクタータンクと呼んでいる部品で、燃料タンク内のガソリンが減ってきた状態でも、横Gによって燃料が吸えなくなるのを防止するものである。カップの上まで燃料がある場合は、そこからカップに対してガソリンが流れ込むが、例えカップの上まで燃料の液面が達していなかった場合であっても、フューエルジェットと呼ばれるものでこのカップ内に燃料を取り入れられるようになっている。

通称「フューエルカップ」「コレクタータンク」などと呼ばれる燃料ポンプが納められる部品

 燃料ポンプを含めたこの部品は車両の左側に装着されている。86の燃料タンクはプロペラシャフトを避けるように左右に垂れ下がるようになっているが、左右は分割されておらずに繋がっている。右側の燃料もフューエルジェットによって吸い上げられるようにはなっているが、追い付かない疑いも出てきた。鈴鹿のスプーンコーナー後に発生したガス欠症状は、ガソリンのすべてが右側に偏った後に加速。フューエルカップ内のガソリンもそこから加速体制に入った際に流れ出てしまったのではないかとの見解をレボリューションの青木さんは下した。現にガス欠症状が発生した時、ガソリン残量が26L存在していた。これはガソリンタンク容量のほぼ半分に値する。左側のタンクにも、フューエルカップにもガソリンが全く存在しなかった証拠といってもいい。

 さらに分かったことは、フューエルカップにガソリンを吸い上げる吸い口は後ろ方向に出ており、そこにワンウェイバルブが備わっていないことだった。一度吸い上げたものはGの変化で流れ出るのは明白である。そこで他のクルマはどうなのかと、スバルのWRX STI(A型)の部品を試しに購入。それには写真にあるグリーンのワンウェイバルブが備わっており、一度吸い上げたガソリンはフューエルカップ内に留まるようになっていたのだ。

スバル WRX STI(A型)の部品にはグリーンのワンウェイバルブが備わり、一度吸い上げたガソリンはフューエルカップ内に留まるようになっていた

 ちなみに86のフューエルカップにこのパーツを刺してみたところ、難なくすんなりと装着することが可能だった。すなわち、流用することができるというか、コストダウンで装着を見送ったのか、何とも残念な造りだったわけだ。86はご存じのとおりスバルとの共同開発なわけだから、こうしたスバル他車との部品共用はあって当然なのだろうが、ならば完全共用としてほしかった。ちなみに、アフターパーツでもこうしたワンウェイバルブは発売されているようなので、それを使うのもアリだろう(もちろん現状のレギュレーションではWRX STIの部品もアフターパーツも使うことはできないが)。

 今回のガス欠症状がきっかけで鈴鹿では重大事故が発生しているだけに、主催者にはこのパーツを全車両に装着させるなどの対策を行なってほしい。この件に関しては主催者側も菅生で走行テストを重ねているのを見ているから、きっと何らかの動きを示してくれるに違いない。そうであることを願っている。年々速さが増している現在のレースにはそれが必須だろう。

主催者もスクールカーを使ってガス欠テストを行なうの図。皆が本気で問題解決に立ち向かっております

 ここまでガス欠症状のことが分かったが、実は今回の菅生は左に連続してGがかかる場所が少なく、現状の何も対策されていない状態であったとしてもガス欠症状が出ることはないことが判明した。ガソリン残量が少なくてもタイムアタックは可能というわけだ。安全を考えてガソリンを多く積んでいく必要がないだけに、クルマ側も軽くすることが可能。もしや自らのダイエットが不発に終わるかと思ったが、これで心置きなくレースができそうだ。

 レースの1週間前に行なったテストでは、走りはじめから好タイムをマークしていた。セッティングもよいところが見つかり、あとはドライビングをさらに磨き上げるのみ。そこで、同チームのプロクラスドライバーである佐々木雅弘選手に僕のクルマに乗ってもらい、ドライビング比較をしようとなったのだ。ともに中古タイヤでのアタックであり、テスト当日はやや気温が高かったこともあるが、佐々木選手は1分40秒59を記録。その後、僕が乗り込んでアタックをすると1分40秒42……。そう、なんとなんと、佐々木選手を人生で初めて上回ったのだ! これは優勝に匹敵するほどの嬉しさ。ピットインする際に思わず拳を上げてしまうほどだった。

 一応、佐々木選手の名誉のために言っておくが、自分のプロクラス仕様のクルマと乗り換えたばかりの状況だったから、リズムが違っていたのだろう。それにしても、プロとの比較でこんな結果が出たのだから有頂天である。それを見た佐々木選手からは「あれを何度もできるようにね」と釘を刺されたが、まぐれでも嬉しいものは嬉しいのである。

 そんなよい流れでレースウィークに突入すると、練習走行中からかなりよい状態であることが伺えた。トップクラスと変わらぬタイムを順調に刻み、これならイケると確信を持つくらいだったのだ。あとは佐々木選手が言うように、いつでも何度でもそれができるように反復練習を繰り返すのみである。

 だが、ここまで順調だったにも関わらず、車検でケチがついた。この連載では何度か言ってきた“すり減らしたタイヤ”に物言いがついたのである。レギュレーションのギリギリを突くようなこの件は、我々にも当然わるいところがあるのだが、それを行なったものでもケチがつかずに車検を通過してしまう車両もある。みんながスピード違反をしていても自分だけ捕まるようなものか? 周囲がやるから自分もやらねば勝負にならないという悪循環にもなっているし、それならいっそのことプロクラスのように新品タイヤスタートを義務付けてくれたほうがマシかもしれない。

予選はトップから34/1000秒差で総合6番手スタート

 そんなわけで、本番では金曜日の練習走行で使った6周アタックしたタイヤでスタートすることに。一発のタイムを刻むには不向きであることは承知しているが、それでもやるしかない! 若干腐ってしまった気持ちを取り戻し、これで何とか予選ポールを目指す。だが、そうは上手くいかないもので、予選はトップから34/1000秒差で2組目の3番手、総合6番という結果に。2組目2番手とは19/1000秒差である。なんともシビアな争いである。

 ここまで接戦だとやはり体重が気になるところだが、ちなみに2組目2番手の水谷選手にお話を伺ったところ、体重は58kgなのだとか……。ヴィッツに出場していたころからダイエットに励み、痩せれば痩せるほど順位が上がるようになったから、身体を絞るのが当たり前になっているのだとか。ポールを獲得した松原選手も小柄で軽そう。身長175cmで育ち盛りの中年体形なワタクシ……。やはり日ごろからの努力が必要なようである(汗)。

 しかし、今回のことはよい勉強にもなった。それは今年から使い出したブリヂストン「POTENZA RE-12D」が、ラップを重ねたとしても十分にタイムが刻めるということだった。色々と考えなくてもコンスタントに使えそうなのだ。一発のタイムだけでなく、それがいつでも発揮できそうだということが見えたことは、今後のレースにもきっと役立つことだろう。

 決勝レースはスタートから好調で、1コーナーでは5番手に浮上。このまま順調に順位アップを狙いたいと思っていたが、前を走る選手がライバルタイヤを装着しており、決勝ラップがみるみる落ちてくる展開。これなら抜けそうだが、相手は絶妙なブロックを繰り広げてなかなか抜けない。

 実は前を走る選手は2017年の菅生で背後にいた選手であり、それを僕がブロックして辛くも優勝した経緯がある。あの時の僕のラインと同じである。こりゃ抜けんわな(笑)。因果応報とはこのことか!? 右に左にと揺さぶるが、そうこうしているうちに引き離したはずの6番手にインを刺されて並走することに。そこで接触がありスピン! さらに後続の車両が避けきれずに接触し、リタイヤという結果に終わってしまった。

決勝レースはスタートから好調で、1コーナーで5番手に浮上。が、しかし……
こちらがスピンの様子。6番手と接触してスピンし、さらに後続の車両が避けきれずに接触。菅生戦はリタイヤという結果に終わった

 並走した時にアクセルを抜いて譲ればよかったとの後悔もある。だが、みんなが全力で挑んでくれた菅生のレースで僕にはそれができなかった。どんな状況であっても上を目指したいという思いが右足の力を緩めるという行為を受け入れなかったのだ。レーシングアクシデントという安易な言葉では片付けられない。菅生に対する強い思い、そして周囲の並々ならぬ協力を上手く結果に繋げられなかったことは残念でならない。もっと冷静に、そしてもっと賢く立ち振る舞えるように。今回の一件はこれからのレースに活かしていきたい。

接触の際に無残に飛び散った我が86のパーツ。接触の影響はフロントバンパー、ボンネットなどに及び、修理代が高くついてしまうかも……
周囲の期待に応えられず残念だったが、今回のレース内容を今後に活かしてまた次戦頑張ろうと思う次第なのでありました

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は日産エルグランドとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:高橋 学