【連載】橋本洋平の「GAZOO Racing 86/BRZ Race」奮闘記

第40回:新タイヤ「RE-12D」導入と車両リフレッシュの6年目シーズン

カラーリングは2017年仕様と同じだが、ブリヂストン「POTENZA RE-12D」にタイヤを変更し、シャシーまわりをリフレッシュして新シーズンに臨む

新パートナーの「POTENZA RE-12D」に合わせて車両もリフレッシュ!

 6シーズン目に突入した「Gazoo Racing 86/BRZ Race」。そのクラブマンシリーズにワタクシ橋本洋平は懲りもせず2018年もまた挑戦することになった。2017年は優勝を1回したものの、それ以外で振るわず、結果としてはシリーズ4位で終了と残念な結果に終わったが、今年こそはチャンピオンをと鼻息は荒い。その最たる理由が、長年パートナーであるブリヂストンのタイヤがスイッチしたからだ。

 これまで愛用してきたブリヂストン「POTENZA RE-71R」は、どちらかといえば一般的な走行も考慮した設計であり、サーキットにおける1発のタイムを重視していなかったのはこれまでもお伝えしてきた通り。だが、新たなパートナーとなるブリヂストン「POTENZA RE-12D」は、サーキットのタイムを追いかけたタイヤであることを公言している。溝面積を減らしてブロックを大きくしたそのトレッド面を見れば期待は高まるというもの。開発を担当したプロシリーズドライバーの佐々木雅弘選手によれば、「かつてプロシリーズで使われていた2世代前の『RE-05D』くらいのパフォーマンスはある」とのことだった。

3月1日に発売されたブリヂストンの「POTENZA RE-12D(ポテンザ アールイー トゥエルブ ディー)」。86/BRZ Race向けの205/55 R16 91V以外にも、205/50 R16 91V~245/40 R19 98W XLの全15サイズをラインアップしている。価格は3万5640円~8万1756円/本

 そんなRE-12Dが持つ性能の全てを引き出すため、クルマもドライバーも万全を期した。後期型に乗り換えて2年目となる車両だが、シャシーまわりをリフレッシュ。バネダンパーやブッシュを交換することで、RE-12Dが発揮するハイグリップに対応しようというわけだ。昨シーズンを終えた状態でバネはヘタリ、車高がみるみる落ちてきていたことは把握していたし、他の部分もヘタリは感じなかったが、新品と比べれば当然劣っていることも事実だろう。だからこそゴッソリと改めたわけだ。

 リフレッシュした車両に乗れば、確かに適度なハリがあり、車体が無駄に動くようなことはない。シャキッとしたその感覚はクルマの動きが感じやすく、インフォメーションも的確であると感じる。1/1000秒を争うこともあるワンメイク車両なのだから、このあたりの整備はやはり必要なことなのだろう。だが、バネに関してはなじむまで時間がかかるらしく、メンテナンスガレージのレボリューションからは「車高が落ち着くまでは慣らしをしてね」と伝えられた。

 そこで、開幕戦が行なわれる鈴鹿サーキットに練習走行を兼ねて向かうことにした。それがレースウィークの月曜日のこと。早朝8時から行なわれるスポーツ走行に間に合うようにと、深夜に東京を出発。夜通し走って鈴鹿に到着したのは午前6時くらいだっただろうか。そこから仮眠をして鈴鹿を走り出す。いずれにせよ強行軍であり、43歳のオッサンには非常にこたえるものなのだが、開幕へ向けての期待もあるし、久々にテンションは高い。希望があるとどうしてここまで元気になれるのか? われながらまだまだ若い???

スプーンコーナー後のストレートでガス欠症状が

 まずは2017年の最終戦で使ったRE-71Rでコースイン。鈴鹿のコースを思い出すところから始める。2017年の鈴鹿サーキットは豪雨で中止となったから、満足に走れていなかったが、外気温がまだ低い早朝ということもあってか、ドライで記録した2017年のタイムをあっさりと上まわることに成功。これでRE-12Dを装着すれば上手くいくだろう。テストは順調そのもの。あとはニュータイヤに慣れるだけだ。

 そう思い始めた直後、事件が起きた。スプーンコーナーを脱出してストレートで加速を始めた直後に突然失速! エンジンが吹け上がることはなく、再始動もできずに惰性でピットまで戻った。かつて僕がガソリンを入れ忘れて決勝リタイアということをやらかしたこともあるが、その時とまるで同じような動きである。だが、今回は優秀なメカニックがシッカリとガソリンを入れてくれている。その証拠にガソリン残量計はきちんと振れていたし、少なく見積もっても20Lはガソリンが余っている計算もできている。果たして……? ピットでセルを回せば再びエンジンがかかるのだから理解不能だ。いずれにせよ、ガス欠症状であることに間違いない。

 そこで、次の走行ではガソリンを多めに積んで対処してみようと、再びRE-71Rで走り出すが、これまた同様の症状で失速。惰性でピットインしてしまった。これは困った。燃料ポンプが壊れているのか? はたまた僕の走りが冴え渡りすぎて燃料が偏るのか?(笑)。2017年まで使っていたタイヤでそんな現象が起きるのだから不可解だ。メカニックは燃料ポンプをバラしてその原因を探っているが、証拠は見つからず。いつまでもその対処に時間を使っていてはRE-12Dのテストもできないからと、今度はまた燃料を多めに積んでRE-12Dを装着して走り出す。

 RE-12Dの威力はコースイン直後から感じる。RE-71Rでは簡単にテールがスライドしていたコーナーを安定して駆け抜けることが可能になっていたし、ストッピングパワーも十分すぎるほど感じる。これならタイムアップは容易だろう。タイヤをシッカリと温め、いよいよアタックを開始! セクター3まではこれまでに感じたこともないスピードで駆け抜けていることを実感できる。だが、スプーンコーナーを脱出直後に再び失速……。せっかくのニュータイヤを無駄に使ってしまったのだった。

 そこで今度は満タンに近い状態で走り出す。すると何も起きずに走ることができるようになった。どうやら燃料が偏ってガス欠症状が起きるようだ。「86」のガソリンタンクはセンターのトンネルを避けるように左右に垂れ下がっている。左右は分割されてはいるが、センタートンネルを避けている部分は左右で繋がっている形状だ。燃料ポンプは左側にセットされ、右側にガソリンが偏ってしまった場合は、そこから左側にガソリンを戻すように燃料ポンプが吸い上げている。だが、その吸い上げが追いついていないというのが現状のよう。スプーンコーナーは左旋回が長く続く場所。おかげで搭載するガソリンの全てが右側に偏り、結果としてその後のストレートでガス欠症状を起こすのだろう。

突貫作業で燃料タンク&ポンプを交換

86/BRZ Raceのプロシリーズに参戦しており、POTENZA RE-12Dの開発も担当した佐々木雅弘選手(左)

 テスト当日では対処できないと判断したため、その後は満タン近くでのアタックに終始する。万全ではないが、RE-12Dを知るためにはそれでも何とかなりそうだ。そこで、テスト当日に同行していた佐々木選手に、まずは僕のクルマでアタックしてもらい、僕のドライブとの差をデータロガーで判断しようということになった。だが、そこで見事なまでに差を見せつけられることに。ラップタイムにして2秒以上も離れていたのだ。ロガーを解析してみると、僕は横方向にばかり使っているらしく、アクセルONが遅れていることが分かる。

 佐々木選手曰く「ハッシーは横方向に110%使っているような走り。だから縦方向のグリップは90%しか余っていない。これじゃ、グリップ限界内の90%でずっと走っているドライバーと同じだよ。コーナー中だけ攻め過ぎ。もっと抑えて縦方向に100%使える状況を作り、アクセルONができるポイントを手前にしないとね」とのことだった。RE-12Dが発揮するグリップに甘え、その全てを使おうとするあまり、いつものわるいクセが出始めてしまったようだ。その後、コーナーを攻め過ぎずにアクセルONを早める走りを行なうことで順調にタイムアップを果たすが、最後まで佐々木選手に追いつくことはできずに月曜日のテストは終了となった。

走行後、佐々木選手からタイヤの使い方などのアドバイスを受けた

 テスト終了後にレボリューションへと帰還。そこからはガス欠症状を解決するための突貫工事が始まった。スペアパーツの手配が間に合わないからと、レボリューションが所有している後期型のデモカーから燃料タンクを降ろし、それを僕のクルマに移植しようとなったのだ。まだ1シーズンしか使っていないのにこんなことになろうとは……。メカニックの皆さんには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。これで事態が解決してくれればいいのだが。

月曜日の練習走行後、レボリューションで燃料タンクなどを突貫工事で交換。パーツが間に合わず、レボリューションのデモカーから燃料タンクを外して使わせてもらうことになった

 水曜日の深夜に再び鈴鹿へ向けて走り出す。今回の開幕戦はスーパー耐久シリーズと併催ということもあって、金曜日の走行枠が1つしかない。だからこそ木曜日のフリー走行で走る必要に迫られたのだ。新たな燃料タンク&ポンプがきちんと機能しているかを探るため、再び86での自走である。そこであらゆるチェックを行ない、問題がないと判断。木曜日朝8時の走行から順調にメニューをこなしていく。これなら行けそうだ! RE-12Dのパフォーマンスを引き出す走りと、新たなセッティングを試し、共にどうすればよいのかが次第に理解できるようになった。いまなら佐々木選手に近い走りができそうなところまで見えてきた。

 金曜日に行なわれた公式テストにおいて、再びRE-12Dのフレッシュタイヤを投入する。これでどんなポジションにいるのかが判断できるだろう。しかし、アタックを始めると再びスプーンコーナー脱出で失速……。ガス欠症状が再発してしまったのだ。ピットに戻って給油をし、再びコースインしてそれなりのタイムを記録するが、フレッシュタイヤのオイシイところを通り越していること、さらにはガソリンを多く搭載したことなどが災いしてトップタイムを取ることはできずにいた。フレッシュタイヤが生み出すグリップによって横Gが増したのか? 乗り方がわるくて燃料が偏るのか? ロガーを使ってさまざまな検証を行なったが、いずれも問題はナシ。デモカーから移植したポンプもダメなのか? そう判断が下された。ガソリンを抜いて残量をチェックしたが、26Lも残っていたのだからそれも仕方がないところだろう。

 そこでレボリューションは新品の燃料ポンプに付け替えることを決断。青木社長はこうなることも予測してパーツを鈴鹿に手配しておいてくれたのだ。金曜日の夕方から作業を開始して、終了したのは22時過ぎのこと。周囲に誰もいないピットは冷え込みも厳しかったが、メカニックさんたちはガタガタと震えながらも作業を頑張ってくれた。ここまでやってくれたのだから予選は頑張らねば。

データロガーも使ってガス欠症状の原因を探るべく検証したが問題点を見つけられず、青木社長が手配しておいてくれた新品の燃料ポンプに付け替えることに
厳しい冷え込みの中、サーキット内でメカニックさんたちがパーツ交換を完了してくれた。この恩はレースでの活躍で返したいところだ

ほかの車両にもガス欠症状が頻発

シーズン初戦ということで、予選前にピットの参戦車両前でレース公式サイト用の記念撮影も行なわれた

 今回のクラブマンシリーズの予選は、80台近い出走ということもあって2組に分けて行なわれた。僕は2組の出走だから、1組目の予選の状況をコース近くでのんびりと視察していた。だが、開始直後に130Rで大クラッシュがあったという場内アナウンスが流れて緊張が走った。どうやら、僕と同じようにガス欠症状を起こした車両がスローダウンし、そこにタイムアタックをしていた車両が突っ込んで横転してしまったというのだ。予選のタイムモニターを確認すると、セクター1~3の全体ベストタイムを記録していた小野田貴俊選手が、セクター4で記録をなくしてコントロールラインに戻っていないことが分かった。

 スピードリミッターが作動する180km/h近くの最高速をマーク。その後130Rでクラッシュしたことがそれを見ただけでも理解できる。130Rはほぼ全開で駆け抜けるコーナーだから、そこでクラッシュしたとなれば180km/h近くで横転したことになる。背筋が凍る思いだ。普段から横並びで走ることが多い小野田選手であり、ハッキリ言えば目の上のたんこぶなのだが、この時ばかりは無事であってほしいと心底願った。メディカルに運ばれたという話だったが、その後の状況は分からず。そんな状況で予選に挑まねばならないのは辛い。(予選終了後に伝えられたのだが、小野田選手の身体は無事。首にやや痛みがあったようだが、ひっくり返ったクルマはドアもシッカリと開き、自らの力で脱出できたそうだ。それを本人から聞いてホッとした。クルマは全損だったらしいが、ケガをしなかったことは何よりだ)。

 わがピットに戻ってガス欠症状は本当に直っているのかを探った。だが、燃料ポンプを交換してから試走していないため、直ったと断言はできないとの回答がレボリューションからあった。ならば残念だが、ガソリンをシッカリと積んでアタックしようと安全策を取ることに。ガス欠症状を引き起こしてクラッシュを招いてはならないと思ったからだ。

ガス欠症状を引き起こさないよう、予選はガソリンをシッカリと積んでアタックすることに

 とはいえ、走り出してしまえばガソリンが満タン近い状況とはいえ、クルマの動きはわるくない。フレッシュタイヤのいいところを上手く使えば対処できそうな感覚もある。この状況でどこまでいけるのか? セクター1、セクター2、セクター3はソツなく駆け抜け、130Rに差し掛かる。ガス欠症状も出ずに順調だった。だが、そこには2台のビギナーがラインを塞いでおり、思わず軽くブレーキング。アウトからまくるようなラインで駆け抜けることになってしまった。結果として2組目3番手。総合6位という結果に終わってしまった。けれども、セクタータイムは2&4で全体ベストをマーク! さまざまな懸念材料がありながらも、今後の手応えには繋がりそうなものを感じることができた。タラレバを言えばキリがないが、ポールタイムも十分に狙えることは明らかだったのだ。

予選結果は総合6位

 クラブマンシリーズの予選が終わり、続く佐々木選手が出場するプロシリーズの予選を見ていたのだが、そこでもガス欠症状は頻発した。実は佐々木選手のクルマにもここでついにガス欠症状が発生。まるでロシアンルーレットのようなガス欠症状である。当然ながらタイムを記録することができずに終わってしまった。テストでは順調だっただけに、チーム全員がガッカリだ。

安全かつ楽しくレースができる環境を!

決勝レースのスタートシーン

 翌朝の決勝レースは快晴。ガソリン搭載量の懸念はあるものの、それ以外に心配なところはない。RE-12Dは1発のタイムだけでなく、ロングディスタンスでのタイムダウンも少ないことはテストでも分かっている。これなら表彰台だって夢じゃない。スタート直後から冷静に周囲の動きを判断して上位を伺う。すると、前を走る数台は前期型であり、ギヤ比の問題でセクター1ではこちらに優位性が少ないことが分かった。チャンスはデグナーコーナー2個目の脱出からヘアピンにかけて。3速で立ち上がるコーナーの後が後期型のメリットのようだ。そこに照準を合わせてヘアピンで1台ずつ抜いていくと、4位までは順調に上がった。前を行く選手のタイヤはライバルメーカーなのだが、それもラップを重ねるごとに暴れ出しているのが理解できる。これなら抜くのは時間の問題だろうと思っていた。

 だが、5周目を終えようとしていたところでセーフティーカーが導入され、そのまま8周のレースは終了となってしまったのだ。何ともフラストレーションの溜まる状況だが、オイルをまき散らしたクルマがいたり、他でもクラッシュがあったのだからそれも仕方ない。残念だが、これもまたレースだろう。

 こうして今回のレースは、ガス欠症状によってあらゆるものが台無しになってしまった。実はこのガス欠症状、僕以外にも10台以上に出ており、そのいずれもが後期型であることが判明している。おそらく、単純に燃料ポンプのトラブルやタンクの問題ではなさそうだ。これをいち早く解決する策を主催者には提示してほしい。もしそれが不可能なら、予選&決勝ではガソリン満タンスタートを義務付ける必要があるのではないだろうか? いずれにせよ、安全かつ楽しくレースができる環境になることを願うばかりの開幕戦だった。

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は日産エルグランドとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:高橋 学