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レーシングドライバーが本音で語るレーシングギアの選び方

カッコいい仕事のためのカッコいいギア

アスリートの能力を引き出すためにそれぞれのスポーツにあったギアは必須。そこで本稿ではレーシングギアにスポットを当ててみた

 多くのレースファンが楽しみにしていた岡山国際サーキット ファン感謝デー&SUPER GT公式テストは新型コロナウイルスの影響で無観客という異例の状態で開催された。例年と違って閑散とするパドックではチーム関係者が忙しく動いていたが、そのなかであるチーム関係者がポツリと口にしたのは「やっぱりSUPER GTはファンあってのものだよね、この状況は寂しい」。本当にそのとおりだけど、今回は仕方ない。そんななかすべての関係者は大勢のファンが楽しみにしているシーズンインに向けて準備を進めていた。

 さてCar Watch取材班だが、今回は公式テストの模様をレポートすることのほかにもう1つ、追いかけていることがあった。それがレーシングスーツやグローブ、シューズなどの装備品へのこだわりをレーシングドライバーにインタビューすることである。

 ふだんのレース記事ではあまり取り上げられることのないドライバーの装備品だが、実がこの分野もどんどん進化しているし、装備品の性能次第で走りに大きな影響があるという。少し前にマラソン選手の厚底シューズが話題になったように、アスリートの能力を引き出すための道具はあって、レーシングドライバーではそれがスーツやグローブ、シューズなのだ。

 そしてSUPER GTにおいて、実に3分の1もの選手が使っているというのが、イタリアのレーシングギアメーカー「アルパインスターズ」だ。今回はそんなアルパインスターズの魅力について、使用している選手たちに話を伺った。

登山靴メーカーから始まったアルパインスターズ。モトクロスブーツを作ったことをきっかけにモータースポーツ界へ。現在はF1、MotoGPなどトップカテゴリーでも愛用者が多いレーシングギアメーカーになっている。日本ではSPK株式会社が4輪用ギアの総販売元になっている

 ちなみにアルパインスターズとはイタリアのレーシングギアメーカーだが、そもそもは1963年に登山靴、スキー靴メーカーとしてスタートしたところ。社名のアルパインスターズとはアルプスに咲く「アルパインスター」という花の名前から取られているという。

 登山靴を作る技術を生かして新たに手がけたのが当時の欧州で流行ったモトクロス用のブーツだったが、これが大ヒット。それをきっかけにアルパインスターズはモータースポーツ用品メーカーとなり、その製品はモトクロス、ロードレースの両方においてレーシングギアのベンチマークになるほどの存在となる。

 そして1990年には4輪レース用シューズの開発をスタート。2000年にはレーシングスーツ部門も立ち上げて、F1やインディカー、日本のSUPER GTなどトップカテゴリーのレースでの愛用者を増やしていき、2020年のSUPER GTではGT500、GT300の全ドライバーのうち、約3分の1にあたる30名という大勢のドライバーがアルパインスターズのレーシングギアを使用しているという状況だ。

SUPER GTにおいては出場しているドライバーの約3分の1となる30名がアルパインスターズのユーザー

GT500クラスの立川選手、石浦選手、関口選手に話を聞いた

 では、インタビューの内容を紹介していこう。まずはGT500クラスのカーナンバー38「ZENT GR Supra」をドライブする立川祐路選手と石浦宏明選手から。

 2020年シーズン、両選手ともドライビングギアのすべてにアルパインスターズ製を使用。銘柄はスーツが「GP TECH v3スーツ」で、アンダーウエアが「ZX EVO v2」、グローブが「TECH1-ZX v2グローブ」、シューズが「TECH1-Z v2シューズ」だ。

TGR TEAM ZENT CERUMO 立川祐路選手と石浦宏明選手
38号車 ZENT GR Supraに乗る立川祐路選手(左)と石浦宏明選手(右)のイケメンコンビもアルパインスターズユーザー。立川選手も昨年からグローブもアルパインスターズを使用する。岡山のテストでは、初日総合2位。2日目総合でも2位のタイム

 石浦選手にご自身のレーシングギアへのこだわりを伺ったところ「レーシングスーツのフィッティングはドライバーごとに好みが違うと思います。コクピット内での動きやすさを求めるためかダボっとしたフィッティングを好む人もいますが、僕はふつうに歩いているときなどでもカッコよく着ていたいので、体型にピッタリ合ったサイズを選びます。アルパインスターズのスーツやアンダーウエアは収縮性にも優れているので、ジャストサイズでも身体、手足の動きをスポイルすることがないのでそこが気に入っています」とコメント。

 さらにグローブを手にして石浦選手が挙げたのが、手のひらに設けられた滑り止めの加工だった。石浦選手いわく「グローブに求めることはステアリング越しに伝わる感触の繊細さと滑りにくさです。とくにレースでは長い距離を走るのでグローブの滑りにくさはそのまま腕の疲労軽減につながるのでとても大切です。また、アルパインスターズの製品はドライバーからの意見を元にアップデートしてくるのでそこもとてもいいと思うところです」とのこと。

 続いて立川選手。立川選手も長年アルパインスターズの製品を使っているので、使い続けている理由を聞いてみたところ「ひと言で言えば“いい”からですね。スーツ、グローブ、シューズのすべてがいいのですが、あえて1つ挙げるとすると、ほかのスポーツのアスリートもそうですがシューズだと思います。レース中のドライバーは強いGを受けながらドライブをします。その中で自分の思うような正確な操作をするためにポジションはミリ単位で調整していますので、身に付けるものもそのレベルで動けるものであることを求めます。とくにペダル操作は力の入れ方や操作量がシビアなので、足全体にフィットすることはもちろん、踏んだ感触がよく分かるしなやかさがあり、力一杯踏み込んだときに足裏とソールにズレが起こらないしっかり感を必要としていますが、それに応えてくれるのがいま履いているシューズですね」と答えてくれた。

TGR TEAM au TOM's 関口雄飛選手
36号車 auTOM'S GR Supraを走らせる関口雄飛選手も以前よりアルパインスターズユーザーではあるが、昨年よりすべてのギアでアルパインスターズを着用して参戦。この日は新しいアンダーウエアのチェックも行なっていた。アルパインスターズの各種ギアについて、関口選手もフィット感のよさに利点に挙げていた。ちなみに岡山のテストでは、初日総合、2日目総合とも3位のタイムをマーク

GT300クラスではLEON菅波選手や谷口選手、松井選手、井口選手なども

 GT300では65号車 LEON PYRAMID AMGの菅波冬悟選手に会うことができた。菅波選手は昨年このチームに参加してからアルパインスターズのギアを使い始めたとのことなので昨シーズン使ってみてどこが気に入ったのかをまず伺った。

K2 R&D LEON RACING 菅波冬悟選手
65号車 LEON PYRAMID AMGに乗る菅波冬悟選手は今シーズンも一式アルパインスターズのギアで参戦。岡山のテストでは1日目総合で40位。2日目総合は37位

 菅波選手は「とにかく着た感じが軽いです。レーシングスーツはみんな同じように見えますがそれぞれで重さが違っていて、重量のあるスーツだとその重さがジワジワ効いてきて肩が凝る感じがあります。また、シートに座って手足を動かすときもスーツの存在がハッキリあるので、そういう部分もレース中は気になったりします。それにレース中はかなり汗もかくのですが、生地が厚いスーツだと汗を吸う量も多いので長時間のドライブだとグッチョリしてきて気持ちわるさも感じますが、生地が薄いアルパインスターズのスーツはそれもないですね。1度こういったスーツを着てしまうと元には戻れない感じです。あと、アンダーウエアもアルパインスターズですが、これも薄くて着心地がいいです」と答えてくれた。

 菅波選手はグローブもシューズもアルパインスターズを使用しているのでそれらの印象も伺ってみると「まず足下ですが、シューズはずっと以前からアルパインスターズを使っています。このシューズのいいところは全体が柔らかすぎないことですね。レーシングシューズは動きやすさを求めるため柔らかい素材を使うことも多いのですが、これが柔らかすぎると、紐でピッタリ締めつけていてもペダルを踏んだときに素材の柔らかさで足がずれるような感じになるのです。僕らはアクセルもブレーキもとても繊細に操作をするのでそうした違和感はあって欲しくありません。その点、アルパインスターズのシューズだと形が崩れにくいというか、足の感覚が変わりにくいので思うような操作ができるのです」と解説。

 グローブについては「他のメーカーのグローブを使ったことがないので比較はできませんが、縫い目が内縫いのタイプも外縫いのタイプもはめ心地はいいと思います。手のひらのグリップも高いので操作をしやすいです。それにとにかくアルパインスターズのギアはデザインがカッコいいのがなによりのポイントです。これは冗談にも聞こえますが、やはり装備がバシッとしているとドライビングに対するテンションが上がるので、ドライバーの装備品にはカッコよさは大事な要素じゃないでしょうか」となかなか面白いお話をしてくれた。

 この日はほかに4号車 GOODSMILE RACING&TeamUKYOの谷口信輝選手に、25号車 HOPPY Team TSUCHIYAの松井孝充選手。そして61号車 R&D SPORTの井口卓人選手にコメントをいただいたので以下に写真付きで紹介する。

GOODSMILE RACING&TeamUKYO 谷口信輝選手
4号車 グッドスマイル 初音ミク AMGに乗る谷口信輝選手はグローブ、シューズ、アンダーウエアを使用。いわく「アルパインスターズの製品は使いやすいだけでなくカッコもいい。サーキットに来てくれるちびっ子やこれからの若者に谷口みたいになりたいと思われたいし、レーシングドライバーという仕事は速さと同時にカッコいい存在であるべきと思うので、使うものには機能のほかにカッコよさは絶対必要だと思います」と語ってくれた
HOPPY Team TSUCHIYA 松井孝充選手
今シーズンからマシンをポルシェにスイッチした25号車 HOPPY Porscheの松井孝充選手はシューズを昨年までの「SUPERMONOシューズ」から、今年は「TECH1-Z v2シューズ」に変更。松井選手は締めつけすぎを嫌うのでやや緩めに履くが、その状態であっても素材の余計な伸びがなくソールも硬すぎず、柔らかすぎずで激しいペダル操作をしても足先がずれることなく、ミリ単位の操作ができるという
R&D SPORT 井口卓人選手
61号車 SUBARU BRZ R&D SPORTを駆る井口卓人選手は「GP TECH v3スーツ」を着用。期待しているは動きやすさ、軽さ、そして通気性のよさ。「汗をかく量も違ってきますし、身体への負担も減るのでその点のメリットは大きいです」と言う。グローブは「TECH1-ZX v2グローブ」を使うが、他の銘柄が生地が厚めになっている傾向のなか、TECH1-ZXグローブは薄い生地を使ってくれるのでフィット感がよく、細かい手応えも感じやすいところが気に入っているとのことだった

 さて、今回は7名のドライバーに話を伺ったのだが、全員から共通して聞こえたのがアルパインスターズ製ギアのフィット感のよさとドライビングしやすさ、そしてカッコよさであった。オンボード映像をみるとドライバーはゆっくり操作をしているようにも見えるが、実際は針の穴を通すと言う表現がぴったりくるほどシビアな操作を行なっている。強い横G、前後Gを受けながらも、常に戦況を見極め、ミリ単位のステアリング、アクセル、ブレーキの操作をして勝利をもぎ取らなければならない。このような特殊な身体の使い方ゆえにフィット感や操作しやすさという面には並々ならにこだわりがあるのだろう。そして菅波選手も言っていたようにライバルと戦うためには高いテンションを保ち、自信も勇気も満タンで挑むことが必要だが、それには装備をまとった自分のことを「カッコいい」と思えることは大事なのだろう。

 もし、これからモータースポーツやサーキット走行会にデビューしようと思っている方がいたら、1度アルパインスターズのギアを手に取ってみてはどうだろうか。すると今回話を聞かせてくれたドライバーの方の気持ちが分かるかもしれない。