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【インタビュー】新OS採用で内部アーキテクチャを一新したパイオニアの新型「サイバーナビ」開発者に聞く
「幅を広げたりいろいろ揃えたい気持ちになるのがサイバーナビの醍醐味」
2016年11月28日 10:30
パイオニアのカーナビ&カーAVブランド「カロッツエリア」の製品は、アフターマーケット用における定番商品とも言えるカーナビだ。カロッツエリアには、よりメインストリーム向けの「楽ナビ」も用意されているが、多くのユーザーに支持されているハイエンド製品が「サイバーナビ」になる。
そのサイバーナビは5月に2016年モデルが発表され、6月から順次発売(製品の詳細は別記事「パイオニア、新ユーザーインターフェース採用のカロッツェリア『サイバーナビ』発表」「パイオニア、従来比3倍以上の処理能力を持つ新型『サイバーナビ』発表会」を参照)されている。新モデルの特徴は、処理能力を従来比3倍以上に高め、新開発の「マルチドライブアシストユニット(MAユニット)」の採用による安全運転機能の実装など、多岐にわたってアップデートが行なわれている。
今回は、そうした新型サイバーナビの開発に携わったパイオニア 市販事業部 事業企画部 市販企画部 マルチメディア企画1課の堀之内光氏に、新しいサイバーナビが技術的にどのように変わったのかについてうかがってきたので、その模様をお伝えする。
完全に内部アーキテクチャを一新。オープンソースのOSを採用
――今回のサイバーナビが完全に新しいアーキテクチャになった背景などについて教えてほしい
堀之内氏:フルモデルチェンジは不定期となっており、サイバーナビは実に5年ぶりです。今回の製品は2013年の半ばから開発が始まっており、そのころから次はこういうモデルをやりたいという話をしていました。実際にモノができたのは2015年に入ってからです。
サイバーナビの商品化のポリシー「新しいものができるまで出さない」もありました。2011年にはフロントカメラによる画像認識とAR技術を駆使して安心快適な運転を支援する「クルーズスカウターユニット」を投入し、2012年はヘッドアップディスプレイで新しい未来を演出しました。
次が今回の2016年モデルということになります。2016年モデルはまったくの新しいモデルというよりは、サイバーナビを愛してくださっているお客さまに対してより魅力的に見える価値を提案していく製品となります。
――安全機能にフォーカスを当てたのはなぜか?
堀之内氏:新車では安心安全機能が増える傾向にあり、それがないと売れないような状況になっています。今や軽自動車にもそうした機能が搭載されているほどです。新車には当たり前の機能ですが、現実の道路では6000万台近い(対応していない)クルマが走っていて、そのお客さまがシステムを置き換えていくには長い時間がかかります。クルマの寿命は長いので、そうした先進装備をお客さまにお届けしていくことが我々の使命と考えて、後付けできる安心安全ユニットということで、マルチドライブアシストユニットの開発に取り組みました。
――今回のフルモデルチェンジでは、本体側のアーキテクチャにも大幅に手が入っていると聞いている。具体的にどのように変わったのか?
堀之内氏:従来はフルモデルチェンジといっても、アーキテクチャから見直したことはありませんでした。今回はOS、CPU、果てはストレージまで手を入れています。従来のモデルでは車載用のHDDを採用していましたが、今回から高速性を重視してSDカードに変えました。SDカードに変えたメリットとしては、お客さまが地図データを更新する手段がこれまでよりはるかに簡単になったことが挙げられます。このSDカードには、地図やプログラムなどさまざまなデータを格納しています。
――SDカードの地図データのアップデートはどのようにやるのか?
堀之内氏:3年間無償更新の権利をお持ちのお客さまの場合、自宅などのWi-Fiでスマートフォンに更新データをダウンロードしていただき、クルマに持ってきたらナビのWi-Fiにスマートフォンを接続するとそのデータを利用して更新することもできます。また、従来のようにダウンロードしたデータを自分のSDカードにコピーし、それをナビのメディアスロットに挿入すると、ナビ内のデータをアップデートできます。PCやスマートフォンを持っておらず、もっと手軽にやらせてほしいというお客さまであれば、元々入っていたSDカードを外して、弊社が販売している更新地図データが入ったSDカードに入れ替えていただければ、カードの交換だけで更新することも可能です。
――新しいOSを採用したということだが、どういうOSなのだろうか?
堀之内氏:オープンソースのOSに弊社で独自のカスタマイズを加えたモノとなります。元々利用していた、OSベンダーが提供しているOSからの移行となるので当初は心配していましたが、うまく吸収できています。現在のオープンソースのOSはスマートフォンなどにも利用されており、弊社のソフトウェアチームにも、スマートフォン用アプリに慣れ親しんでいるプログラマが少なくなかったので、そのノウハウが展開できています。また、外部にアウトソースする場合でもスマートフォン向けに慣れているソフトウェアベンダさんにお願いすることができるので、結果的には開発コストの削減にもなっています。
以前のOSベンダから提供されていたOSの場合、車載用といってもカスタマイズは自分たちでする必要がありました。オープンソースOSの場合はスマートフォンなどで前例があるので、基本的な部分はOSに任せながら、自分たちの仕様に実装していくのは比較的難しくありませんでした。
目的地検索が速くなったのはCPUの強化と新しい検索の仕組みを導入したから
――今回のサイバーナビでは検索の高速化がうたわれている。目的地検索が速くなったのはCPUが速くなったからなのか?
堀之内氏:従来製品で使っているCPUから、車載の実績があり、スマートフォンでもよく利用されている命令セットアーキテクチャのSoC(System on a chip)に変更しました。SoCはデュアルCPUとGPUを搭載しているものになります。それによって、処理能力が従来製品、具体的には昨年の製品と比べて3倍向上したと表現しています。
目的地検索が速くなったのは、そうしたCPUの処理能力向上だけではなく、検索の方法についても見直したからです。例えば、今回の製品ではサジェスト検索機能(ユーザーが入力している文字をCPUが判別して、よく選択されるような目的地を示唆する機能)に工夫を入れています。具体的にはサジェスト専用のデータベースをストレージ上に持っており、ユーザーの訪問実績などから選ばれた1万数千件地点情報が格納されています。これは弊社が提供するスマートループのデータなどから選ばれており、ユーザーがよく行く場所をあらかじめデータベース化したものです。そこから読み出して示唆するので非常に高速になっています。
――そういう仕組みなら、クラウドにデータベースを置いてそれから示唆することはできなかったのか?
堀之内氏:実は今回のモデルで、それはやりたかったけど実現できなかったことの1つです。今後、それを実現していくことは課題だと思っています。搭載を見送ったのは、お客さまの通信環境によっては弊社の思い描く機能とは異なる使い勝手になってしまうからです。
――今回はクラウドを利用した機能というのはないのか?
堀之内氏:クラウドとの連携機能では、開発の終盤で取り組み、対応予定ということで発表させていただいた「スーパールート探索」機能があります。この機能は、今後のサイバーナビで重要な機能の1つになると考えています。カーナビ側だけでは考慮しきれないデータ量をクラウドサーバー側で処理することで、より進んだルート探索ができるよう可能性を大きく広げたものです。
具体的には、まずクライアントとなるナビ側で目的地を検索します。その上で目的地情報や探索条件などをサーバーに送り、クラウドの膨大なデータを考慮に入れながらさらに探索を行ないます。例えば、ETC料金でどこを使うと割引になってお得であるとか、逆に、このルートなら高速道路を使わなくても走行時間があまり変わらないなど、さまざまなパラメータを考えながらルートを引いていきます。
現時点ではアルゴリズムを組んで最終的なチューニングを行なっており、完成次第ナビゲーションのアップデートという形でお客さまに提供していきたいです。例えば、都市部と地方では時間単位のコストが異なるので、全国一律に高速道路を使うチューニングがいいのかなど検討するべき課題があります。まずは全国一律でやってみて、徐々にチューニングしていきたいです。
ルート探索をクラウドで実行するメリットは、クライアントとなるナビは進化していなくても、サーバーの機能をアップデートすることで、どんどん機能を強化できることだと考えています。将来的にはクラウドの機能をもっと充実させていきたいと考えています。
――今回はGPSだけでなく、グロナスやみちびきなど新しい衛星にも対応しているが、これはなぜか?
堀之内氏:弊社は自車位置精度の高さにこだわっており、捕捉する衛星の数を増やすことはビル間での輻射などによるマルチパスに対応し位置精度を高める要因の1つになるため、新しいシステムを導入しました。今回はそれに加えてアルゴリズムを最適化したり、熱設計を改善したりして、誤差が少なくなるような環境の実現に注力しています。
タイヤの外径の違いなど、クルマごとにさまざまな要因でセンサー値と実際の位置の間に差が生じます。その誤差をできるだけ吸収して確からしい車位置を定めていくことが位置精度の腕の見せ所です。ピンポイントでよくなったりすることもあるので、職人技を駆使して日々精度向上に取り組んでいます。青空の大規模駐車場の場合、隣接する道路を走っている時にはマッチングしてほしいですが、ひとたび駐車場に入ったらマッチングを外してほしい。そんな相反する要求に応えなければならないのです。
面白かったのは、お台場にあるフジテレビ本社ビルの球体が見える駐車場で試験をすると、なぜか現在地の検出がおかしくなるという症状に悩まされて、「あの球体が電波に影響を与えているのでは?」なんて裏話もありました(笑)。
オプションのMAユニットでは、ユーザーに遅延を感じさせないよう表示を工夫
――オプションで用意されているMAユニットは、アフターマーケットの製品でここまで前走車認識や白線認識ができるのかと驚かされる。それなのに、MAユニットは、USBとディスプレイ信号の2つの信号線でつながっていると聞く。こうした仕組みを採用しているのはなぜか?
堀之内氏:主に誘導に使うナビのルート情報と、前走車が接近して危ないなどのリアルタイム性を必要とするものの役割分担に気を遣っており、同じ画面でもナビ側で描くものとMAユニット側で描くものは分けています。その中でも、リアルタイム性が必要なものはMAユニット側に寄せています。
ターゲットとなる前走車を捕捉する円やレーンキープの青線は実車や道路を重ねているので、少しレイテンシ(遅延)があるだけでユーザーに違和感を与えます。そこでMAユニット側で描画してナビ側に送るようにすると、ナビ側で改めて描く必要がなく、ナビ側は受け取ったものを表示するだけになって作業が単純化できるのです。
――MAユニット側はどういうアーキテクチャなのか?
堀之内氏:ナビと連動するものの、完全に独立して動く設計になっています。CPUやメモリも入っており、独自のオープンソースOSと専用のアプリケーションが動いています。
――MAユニットは独立した電源があって動いていると聞いた。
堀之内氏:常時電源につながっています。クルマになんらかの衝撃があったときなどに自動で電源が入り、ユーザーにメール通知を行ないます。ただし、この場合に電源が入るのはMAユニットのみになります。ナビ側は消費電力が大きいので、その都度起動しているとバッテリーが上がってしまうおそれがあるからです。MAユニットにバッテリーなどは搭載しておらず、常時電源だけで動いています。
――MAユニットには通信モジュールとフロントカメラが接続されているが、一方でバックカメラは本体側に接続されている。これはなぜか?
堀之内氏:バックカメラは、システムが起動してから使えるようになるまでの時間を極力短くしたかったのです。ディーラーオプション向けのナビであれば、起動後何秒以内に起動しなければならないという要件が課せられる場合もあります。また、MAユニット側にのみバックカメラ端子があると、MAユニットを買わないときにはバックカメラが利用できなくなってしまいます。両方につけられるようにするのも1つの手段ではありますが、使い分けが複雑になるなどの弊害もあるので、バックカメラはナビ側に接続するようにしています。
フロントカメラと通信モジュールがMAユニットに接続されているのは、セキュリティ機能が発動したときにクルマの周囲状況を撮影して、通信モジュールを利用してユーザーに送信したかったからです。
――今回のモデルではCarPlayやAndroid Autoには対応していないが、予定はないのか?
堀之内氏:一番の要因はどちらも市場での認知率が現状ではあまり高くないためです。実装するとなれば開発費もかかるし、プラットフォームベンダの認証も必要になってコストアップになります。また、弊社としては他社のナビゲーションのUIが入ってくるとお客さまが混乱するのではないかという懸念もあります。確かに音楽や動画アプリケーションなどのニーズはあると考えていますが、サイバーナビの場合は強力なAV機能があるので、ご満足いただけるだろうと考えました。
スマートフォンに慣れたユーザーとサイバーナビに慣れたユーザーのどちらにも使いやすいUI
――オープンソースのOSを採用しているが、スマートフォンのようにアプリケーションを追加して、ということは考えなかったのか?
堀之内氏:企画のなかでは検討したことはあります。しかし、最大の懸念は安心安全が担保できるかどうか。ナビに関しての安心安全はメーカーの責任で、無責任に開放することはできません。安心安全を脅かさない範囲で使っていただきたいと考えています。
――今回はマルチタッチなどスマートフォン由来の機能なども採用されている。
堀之内氏:マルチタッチになったのはオープンソースなOSを採用したが故です。しかし、だからといって従来のボタンベースのUIも捨てたわけではなく、どちらにも対応しています。スマートフォンなどでマルチタッチに慣れたお客さまはそちらを利用し、従来のボタン型の操作に慣れた方はそちらを利用していただければ。そうした形で考えています。また、文字入力に関しても、従来型の五十音によるキーボード、スマートフォンで一般的なフリックやQWERTYのどれにも対応しています。お客さまが使いやすい形式を選んでいただければと思っています。
――それはナビをスマートフォンのようにしたいということか?
堀之内氏:そうではありません。ナビゲーションのUIをスマートフォンライクにしたいと思ったことはありません。スマートフォンは手元で操作するのに適したUIで、それをそのままナビにするというのは適していないと思います。例えば、(右ハンドル車の場合に)ナビは左手で操作するので、操作をミスしたときにすぐ戻れるようなUIである必要があります。我々のUIでは見やすいフォントを使って、次にやってほしいメニューに誘導するメッセージを出すとか、誰が見ても分かりやすいUIにしています。
サイバーナビはナビゲーション機能の作り込みに非常にこだわっており、往年のファンの期待を裏切らず、前の製品よりさらに使いやすい製品であるべきだと考えています。一方で、新たにサイバーナビを買っていただけるお客さまにもご満足いただけるよう、トレンドや分かりやすさにも気を配っています。UIはその象徴だと思っています。
新たに加わったインターフェース「スマートコマンダー」
――新しい周辺機器として「スマートコマンダー」が追加されている。
堀之内氏:機能としては楽ナビに採用したものをベースにしています。カーナビとの接続を赤外線からBluetooth Low Energy(筆者注:Bluetooth 4.0以降でサポートされた周辺機器を接続するための低消費電力のBluetooth規格。BT LE)に変更して、指向性を気にせず使っていただけるようにしました。このため、乾電池で3カ月利用することができます。AVとナビのモード切替スイッチがあり、AVモードではボリュームアップ、ダウンなど、ナビモードではスケール変更や地図スクロールなどが動作します。
設置したまま手元を見ずに操作することを想定しており、置き場所を問わない仕組みが必要でした。
今回のサイバーナビではファミリーユースでも使えるようにしてあります。HDMIで接続している後席のモニターと前席で、それぞれにゾーンを分けて映像・音声を再生することができます。そんなときにも使えるようにという意味でも、BT LEにしました。
セキュリティのオートストップ機能にもBluetoothを利用しています。セキュリティはエンジンを切ってから有効になるまでの時間や、センサーで検知する内容の種類を決められるようになっていて、例えばエンジンを切ってから3分後に働き始めるようにしたり、スマートフォンをBluetoothで接続している場合には、Bluetooth接続が切れるとセキュリティ機能をONにしたりといった設定もできます。
――Bluetoothはナビ側に入っているのか? その場合、ナビの電源は入ったままになるのか?
堀之内氏:Bluetoothはナビ側に入っています。ただし、アクセサリ電源が切れたあとは、ナビ全体の電源が落ちてもBluetoothとUSBだけは電源が入るようになっています。Bluetoothがユーザーのスマートフォンとの接続が切れたことを認識したら、USBを経由してMAユニットに信号を送り、MAユニット側のセキュリティ機能をONにする仕組みになっています。
――今後のサイバーナビの方向性について教えてほしい。
堀之内氏:基本となるナビゲーションの品質はスーパールート探索のようにローカル機能のみのナビではできない進化もあります。また、サイバーナビと名乗っている以上、音質には力を入れており、他社にはない、サイバーナビを搭載するだけで圧倒的に音がよくなる世界はオンリーワンだと思っています。それに加えて、MAユニットに代表される安心安全機能を追加することもできます。そういった、幅を広げたりいろいろ揃えたくなる気持ち。そんなところがサイバーナビの醍醐味だと考えています。
協力:パイオニア株式会社