ブロードコム、車載カメラ向けネットワーク「BroadR-Reach」の説明会 細く軽いケーブルでコストと重量を削減 |
12月12日、ブロードコム ジャパンは記者説明会を開催し、米ブロードコムのティモシー・ラウ シニアプロダクトラインマネージャーが、同社の車載向けネットワークである「BroadR-Reach(ブローダー・リーチ)」について説明した。
と、書き出したところで本誌の読者の中にどれほどブロードコムという会社をご存知の方が居られるかちょっと不明だし、「車載向けネットワークって何よ」という方も居られよう。そこでまずはこのあたりから簡単に説明していきたい。
米ブロードコム ネットワーク・インフラストラクチャ・グループのティモシー・ラウ シニア・プロダクトライン・マネージャー。今後自動車向けの製品ラインナップが拡充されると、多分オートモーティブ・グループといったものが設立されるのだろうが、今はまだネットワークの一部という形で扱っている模様 |
■ネットワーク向け半導体の大メーカーが車載に参入
ブロードコムという会社は、世界でも最大規模のファブレス半導体企業の1社である。ファブレス、というのは製造工場(ファブ)を持たないという意味で、製造のみファウンダリと呼ばれる製造専門メーカーに委託しており、その他を引き受けるという意味である。
自動車業界で言えば、デザインスタジオが営業とメンテナンス部隊も持っており、製造は大手自動車メーカーに委託しているというあたりか。自動車と異なり、半導体の製造は初期コスト(特に工場を設立・維持するコスト)が莫大なため、こうした形態が進んできており、日本でも主要な半導体メーカーがいずれもこの方向に進みつつあるが、ブロードコムはこうした形態で早くから成功した1社である。
そのブロードコム、従来はネットワークに特化した製品ラインアップを採ってきていた。携帯電話/有線電話の基地局とかデータセンターなどでは同社の製品が広く使われており、また最近の携帯電話やタブレット端末などには間違いなく同社のチップが1つ以上入っている。また家庭向け家電にも力を入れている。
ただこうしたネットワークのマーケットも競合メーカーは多いし、そうなると成長の伸びは限られてくる。そこで同社は第4のマーケットとして自動車関連を手がけることにした、という話である。氏はこの理由として、半導体産業の自動車向けの売り上げが年々増加しつつある事を示した。
■車載カメラの配線を軽く、安くする
ということで簡単に説明が終わったところで本題。自動車向けにはさまざまなネットワーク(バス、と言ってもいいが)が張り巡らされているという話は筆者の連載第1回でもちょっと触れた話である。
で、ECUが増えれば増えるほど、このECU同士を繋ぐために多くのネットワークが必要になり、しかもEUCの性能が上がれば上がるほど、より高速に接続する必要が出てくる。その一方で、価格を抑えつつ、ケーブル重量を削減(これはコストと車体重量の両方に利いてくる)しなければいけない。
さて、様々なシステムが車内にはあるわけだが、今回ブロードコムが対象とするのは車載カメラである。いわゆるバードビュー(バードビューの実例はこちらの記事のこの写真などを参考にされたい)向けのシステムだが、フロントカメラも対象にしているあたりはバードビュー以外にも前方監視システムも対応する範疇に入れているようだ。今のところはまだ高級車のみにしか搭載されていないシステムであるが、今後は広く利用されることになるだろう。
さて、同社が提供するのはこのバードビューシステム全体ではなく(それは自動車メーカーや関連機器メーカーの仕事だ)、内部で使われるカメラを繋ぐためのケーブルに関する部分である。ブロードコムの今回の発表は、カメラと(バードビューを構築・表示する)システムの間を、イーサネットベースで繋ぐというもので、同社はこれを「BroadR-Reach(ブローダー・リーチ)」と呼んでいる。
ここのポイントは、(PCの世界では良く使われている)イーサネットという規格を車内に持ち込むことで、配線が極めて簡単なものになり、さらにコネクタのコストも大幅に下がるという点だ。ラウ氏は実際に2種類のケーブルを見せながら、配線が大幅に減らせることをアピールした。
実を言うとこの技術そのものは(ブロードコムのプレゼンテーションには「Industry First」とあるが)既にシステムが実装されている。BMWとダイムラーはどちらもイーサネットベースでカメラを接続したシステムを開発しており、BMWは既に実際に車に搭載している。
ただしこのシステムは、まだ業界標準ではない、いわば独自規格に近いものである。それもあって、自動車業界や半導体業界は共同で、OPEN(One Pair Ether-Net)SIG(http://www.opensig.org/)という業界標準団体を今年11月に形成し、ここで仕様の標準化や各社の製品同士での互換性の確保、あるいはこの仕様の対外的なアピールなどを共同で行うことにした。今回の発表は、このOPENに準拠した製品の第1弾という話であり、その意味では「業界初」もあながち間違いとは言えない。
■OBDにも対応
さて、話を製品に戻すと、今回ブロードコムはこのBroadR-Reach対応製品を5種類リリースしている。スイッチはやや大きめだが、PHYはカメラに内蔵できる程度に小型化されている。このPHYとスイッチは下図(下段中央)のような形で接続されることを想定している。今回は実際のカメラのサンプルなども示された。
BroadR-Reach対応製品の温度レンジは、PHY側はエンジンルームに近いところに設置する可能性を踏まえて-40~125度、スイッチはECU内ということで-40~105度の動作保障があるそうだ |
この5製品は、いずれもISO/TS16949やAES-Q100といった、自動車向けに求められる規格を満足しているものである。ISO/TS16949は、自動車向けの品質マネジメント(ISO9001の自動車向け)で、これは既にブロードコム全体が取得している。重要なのはAES-Q100で、これは自動車向け半導体に要求される限界ストレス試験の認定基準である。これを満たした製品は自動車向けのクオリティを持っている(逆に言えば、これを満たさない製品は、自動車向けのクオリティが無い)とされるため、自動車向けの半導体製品は必ず取得が必要とされる。
今回の5製品はAEC-Q100はまだ取得途中であるが、これはそれほど珍しくは無い。AEC-Q100の取得にはそれなりの期間がかかるし、一方自動車部品メーカーもこうしたパーツを組み合わせて製品にするためには、やはり設計や実装にそれなりの期間がかかる。そこで自動車部品メーカーはしばしば、まだAEC-Q100の取得前にこれを使った製品の設計を(見切り発車の形で)開始し、製品のテストあたりまでにAEC-Q100が取得できればよしとする。
もちろん、ここでAEC-Q100が取得できないと、設計した製品自身が自動車向けに不適と判断されてしまうから取得は絶対必要だが、最初から取得済であることはそれほど要求されない。そんな訳で、現在ブロードコムはこのBroadR-Reachの売り込みを始めているわけで、今回の記者発表会もその一環であると考えればよいだろう。
ちなみにOPEN Allianceでまだ標準化されていない、いわばブロードコム独自の拡張機能もいろいろと用意している。1つがOBD(On-Board Diagnostics)への対応である。
最近はECUが増えた関係で、ファームウェアの更新が年々大変になってきている。ファームウェアのサイズが1GBを超えることも珍しくない。従来の100Mbps(=12.5MB/sec)のイーサネット経由だと1GBの転送に80秒以上掛かるから、もっと高速化したいという要求は当然ある。
これに対応して、標準的なイーサネットを使った1Gbpsの接続もサポートしている(たとえばBCM89610が1000BASE-Tに対応しているのはこのためである)。また従来車内におけるメディア類(様々な映像表示や音楽類など)の転送を行うための規格としてMOST(Media Oriented Systems Transport)と呼ばれるものがあり、リング状に形成した配線の上を150Mbpsの速度で転送する仕組みだが、BroadR-Reachはこれの代替も狙っている。
■データ量の増大が今後の課題
というあたりまでがブロードコムにおける発表の骨子であるが、以下若干補足など。ダイムラーの研究によれば、こうしてイーサネットをLVDSなどの代わりに利用することで配線重量やコストを削減できるが、その一方で信号伝達による消費電力はむしろ増えるとしている。ただ、これによるエネルギーロスよりも、配線重量を減らすことでの燃費改善によるエネルギーゲインの方が大きいので、トータルとしては有利になる、という話であった。
さらに、これを常時信号をONにするのではなく、カメラが必要なときだけONにすれば、より一層のエネルギーロス縮小に繋がるのだが、今度は信号のON/OFFのために余分な配線が必要になる(!)というジレンマがあった。
これに関してラウ氏は、別途外付けで電源供給チップは必要になるが、PoE(Power-on-Ethernet:イーサネットの配線で同時に電力供給する)が可能であり、そうなるとECUで必要と判断したときだけ電力をPoEでカメラ側に供給する、という形でエネルギーロスの最適化が可能になると説明した。これは特にEVのようにまだエネルギー量の制限が厳しいケースでは有用であろう。
また既存のイーサネットは必ずしもノイズなどには強くない(ために、車内にシールドなしでいきなり張り巡らせるのは難しい)という問題があったが、これは信号の速度そのものを50MHzに落とす(既存の100BASE-TXという規格では信号速度が125MHzである)ことで対応しているという話であった。もちろんそのままでは転送速度が50Mbpsに落ちるので、恐らく信号の多値化を行っているようだが、そのあたりは今回説明してもらえなかった。
また今後の可能性について、10倍の信号速度である1Gbpsも可能と説明していた。ただこれは可能性があるというレベル(これについてもラウ氏に伺ったが、根拠はかなり怪しかった)で、具体的なスケジュールは決まっていないようだ。
むしろ問題は、イーサネットをベースにしたことで、LVDSとは異なる問題がいろいろ出てくることだろう。1つはイーサネットが必ずしもリアルタイムで信号が送られるとは限らない(遅れることを許容する)規格であることで、このためダイムラーではIEEE 1722という時間同期の仕組みを取り込むなどの方法を考慮していた。
また、今はカメラがSD解像度程度で済んでいるが、今後、衝突回避などをカメラベースで行う場合はカメラもHD解像度が必要で、さらにフレームレートもより高いものが必要とされる。こうなるとネットワークも100Mbps程度では追いつかない可能性がある。
1つの解は、高圧縮ビデオのアルゴリズム(H.264など)を採用することだが、これはまだ車載カメラに内蔵できるほどの省電力/高速性を持ち合わせていない。こうしたこともあってダイムラーの結論は「現状のカメラの接続には十分だが、将来のカメラには足りない」という話であったが、このあたりを今後どういうかたちでOPEN Allianceが補ってゆくのかが、この規格の先行きを決めることになると思われる。
(大原雄介)
2011年 12月 14日