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【インタビュー】ケンウッドの2DINカーナビ「彩速ナビ」の内部アーキテクチャについて聞く
Android OSをベースにしたLinux OSと、ルネサスのARM CPU「R-Mobile A1」でカーナビを全面刷新
(2013/6/14 00:00)
“最速”“最新”を求めるために内部アーキテクチャを一新した「彩速ナビ」
2013年1月に開催された「東京オートサロン 2013 with NAPAC」で発表されたJVCケンウッドのAVナビゲーション「彩速ナビ(サイソクナビ)」。2013年モデルは、彩速ナビの3世代目にあたるモデルで、2月に2DIN(180mmコンソール)タイプの「MDV-Z700」「MDV-X500」「MDV-R700」の3製品が発売され、その後4月に200mmコンソールに対応する「MDV-Z700W」が追加された。すでに好調な売れ行きを見せており、自車に装着しているという読者もおられるだろう。
彩速ナビの特徴は、その名前の由来にもなっている“最速”のカーナビを目指すという観点で作られていることで、2011年1月に発表した初代彩速ナビ(「MDV-727DT」「MDV-626DT」)では、2DINに収まるハイエンド向けとしてはいち速くSSDを採用。操作応答性の改善などに取り組み、評価を高めた。2012年1月に発表した2世代目の彩速ナビ(「MDV-737DT」「MDV-535DT」)では、スマートフォンとの連携機能の強化、3Dジャイロと高低差を持つ地図の採用による自車位置精度の改善を図っていた。
そして3世代目となる2013年型では、ユーザーインターフェースを一新。7V型のタッチパネル液晶も感圧式から静電容量式に変更し、フリック(画面上で指を上下左右などに動かすこと)、ピンチ(2本の指を開いたり閉じたりすること)といったスマートフォンでおなじみのタッチ操作でカーナビを軽快に操作することが可能になっている。
そうした新設計が可能になったのも、JVCケンウッドが2013年型を開発するにあたり、カーナビ内部のアーキテクチャを一新したからだ。実は2013年型彩速ナビの中には、スマートフォンにも採用されているのと同様のハードウェアとソフトウェアが採用されており、それこそが“最速”を実現するマジックの種なのだ。
本記事ではそうした彩速ナビを開発したJVCケンウッド カーエレクトロニクス事業グループ 市販事業部 商品戦略統括部 第一商品企画部 シニアスペシャリスト 渋谷英治氏、JVCケンウッド カーエレクトロニクス事業グループ 技術本部 MMソフト開発統括部 国内MM技術部 ソフトウェア設計グループ グループ長 田中正志氏のお2人に、製品開発の意図や技術的なバックグランドについてうかがってきた。
SSDを採用したことで応答速度の改善を実現
彩速ナビは、前述のように2011年に初代製品(以下2011年型)が投入されている。JVCケンウッドの渋谷氏によれば「彩速ナビという名前をつけた理由は2つ。「1つは最速を音からイメージでき、もう1つは色鮮やかを文字からイメージできる」とのことで、“彩速”という造語にはこうした意味が込められている。
実際、彩速ナビを触ってみると、その動作が以前のカーナビに比べてキビキビしていることに驚くユーザーは少なくない。渋谷氏によれば、カー用品量販店に他社製品を買いに来た顧客が、店頭のデモ機を触ってみて、結局彩速ナビを買って帰ったという例も少なくないそうだ。
彩速ナビの動作がキビキビしているのにはいくつか理由があるが、その1つにはストレージとしてHDD(ハードディスクドライブ)ではなく、SSD(ソリッドステートドライブ)を採用していることがあると渋谷氏は指摘する。「従来のハイエンドカーナビではストレージの容量を重要視する観点からHDDを搭載するのが一般的だった。しかし、HDDを利用している限り、レスポンスが速くならないという課題があった。そこで、彩速ナビではいち早くSSDを導入することを決定し、SSD専用のプラットフォーム設計を行った」(渋谷氏)と、他社のハイエンドカーナビがHDD搭載にこだわる中で、SSDへと大きく舵を切った理由を説明する。
HDDとSSD、どちらもドライブという名前がつくストレージ(データを保存しておく場所のこと)だが、その仕組みは大きく異なっている。HDDというのは、内部で円盤が回転していてそれを磁気ヘッドとよばれる読み出し装置を利用してデータ読み出す形になっている。これに対してSSDは、半導体から構成されており、電気信号を利用してデータの読み書きを行う仕組みになっている。
●HDDとSSDのメリットデメリット
HDD | SSD | |
---|---|---|
記録媒体 | 磁気ディスク | 半導体 |
メリット | 大容量 | ランダム読み込みが高速 |
デメリット | ランダム読み書きが遅い | 大容量はコストが高い |
HDDは円盤の数を増やしたり、1つの円盤に記録できるデータの量(密度)を増やすことでデータ量を増やすことが比較的容易なので、大容量のドライブが低コストで提供されている。例えば、カーナビに採用されている車載用(車内での厳しい温度要件などをクリアする)のHDDには100GBとPC並みの大容量を実現した製品があるが、SSDのほうは大きくても32GBと容量が小さく、しかもHDDに比べて値段が高くなる。
しかし、SSDのメリットはシステム応答性を大幅に改善できることだ。HDDは、円盤の上を磁気ヘッドとよばれる装置が物理的に移動してデータを読み書きするのだが、データが異なる場所に格納されている場合、ヘッドが行ったり来たりするので、その分データを読み書きするまでの時間がかかる。これに対して、半導体で構成されているSSDはそうした物理的な機構が存在しないため、データがどこにあっても瞬時に読み書きできるのだ。
こうしたSSDの特性(データが複数の場所に分散していても高速にデータを読み書きできること)は、特にOS(Operating System、基本ソフトウェア)やアプリケーションソフトウェアを起動する時の起動時間の違いとなって現れることになる。例えば、ハイエンドPCでは一般的にSSDがストレージとして採用されるようになっているが、それはOSの起動時間がSSDを採用することで半分以下になったりするからだ。このため、今やPCの世界では高性能なストレージ=SSDであり、テクノロジーをよく知っているユーザーであれば、迷わずSSDを起動ドライブとしているPCを選ぶということがトレンドになっている。
同じメリットはカーナビにもあてはまる。現代のカーナビも、PCやスマートフォンと同じようにOSが起動して、その上でアプリケーションソフトウェアが動作するという形になってきている(もちろんPCやスマートフォンとは違ってユーザーが自分でアプリケーションを導入してカスタマイズすることは、まだできない)。このため、ストレージをHDDからSSDに変更することは、起動時間の短縮、機能の切替時の応答性の改善という形でユーザーにメリットを与えることになるのだ。
SDXC規格に対応したSDカードスロットと新方式の地図データ圧縮がSSDへの後押しに
ただし、SSDへの変更には課題もあった。1つにはSSDのデメリットで述べたとおり、格納できるデータ容量が小さくなってしまうことだ(現時点では車載向けSSDは高価で、特に大容量のSSDは非常に高価)。実際、彩速ナビに搭載されているSSDの容量は16GBないしは8GBで、HDDを搭載したハイエンドカーナビが実現している100GBといった大容量と比べると、容量は小さくなっているのは事実だからだ。
渋谷氏によればストレージの容量が小さくなることによる課題は2つあったという。1つは内部ストレージに(音楽CDリッピングなどで)AVコンテンツを多数格納することが困難になることで、もう1つが従来ストレージの大部分を占めていた地図データのデータを削ることなく内部ストレージにどうやって格納するかだ。
前者に関しては、SDカードスロットを内蔵し、そこに市販のSDカードを挿入してもらうことで解決することにしたのだという。といってもSDカードだと格納できるデータ容量が小さいのではないかと思う人もいると思うが、2013年型の彩速ナビではSDXCというSDカードの最新仕様をサポートしているため、その心配は無用だ。従来のSDカードはSDHCという仕様に基づいており32GBの容量までしか実現できなかったのだが、SDXCでは仕様上は2TB(1TB=1000GB)まで対応可能になっており、現在では64GBと128GBのカードが販売されている。つまり128GBのカードを買えば、他社のHDDカーナビの100GBを超える容量のストレージを内蔵させることが可能になるのだ(しかも価格は、64GBで4000円~8000円程度、128GBで1万5000円~2万円程度と安価だし、将来的により大容量のカードが出れば買い換えることができる)。
後者に関しては地図データを調整することで必要とするストレージ容量を減らすという手段が採られている。ただし、地図というコンテンツのデータ量を減らしたということではない。地図に必要とされるデータ量は増える一方で、新しい道や店舗などのデータなどはむしろ増えているという。ではどうしたのかといえば、データをストレージに格納する際に圧縮して格納することにしたため、コンテンツとしての量を減らすことなく、物理的なデータ容量だけが減る形になったのだ。
JVCケンウッドの田中氏によれば「ハードウェアにかかる負荷を勘案し、圧縮しても性能に影響が小さいものは積極的に圧縮し、そうでないものは圧縮していない。そのように、ハードウェアに最適化した圧縮をすることで応答性に提供を与えないように配慮している」とのことで、なんでもかんでも圧縮するのではなく、性能に影響がない部分を選んだりして最適な圧縮をしているというのだ。JVCケンウッドではこうした圧縮方法を「S3フォーマット」と名付けており、その結果としてコンテンツ量を減らすことなく8GBと、従来よりも小さなストレージにも十分に格納できるようになった。
なお、その地図だが2011年型の初代彩速ナビより、インクリメントPが作成している地図データを採用するようになっている。このインクリメントPとの提携は、単なる地図提供にとどまっていない。地図の更新に関しても、インクリメントPとJVCケンウッドで協力して行う体制が敷かれているのだ。具体的には、インクリメントPがスマートフォンやフィーチャーフォン向けに提供しているサービスである「KENWOOD MapFan Club」にユーザーが1年間加入し続けることで、地図アップデートを無償にするサービスを提供している。KENWOOD MapFan Clubは月額315円となっており、年間で315円×12=3780円で、インクリメントPのスマートフォン向け地図サービスと、従来は1年に1回2万1000円必要だった地図更新が行える。インクリメントPの地図サービスを使わないユーザーにとっても、1年に1度の地図更新が3780円であると思えばコストパフォーマンスが高いと考えられるだろう。
渋谷氏によれば「当初はPC経由で更新するというユーザーは少なかったが、自分ができなくても友人のPCを使ってなど、徐々にPC経由で更新するユーザーが増えている。ただ、依然としてPCの操作は難しいと感じているユーザーも少なくないので、物販によるバージョンアップも引き続き継続していく」とのことだ。PCの操作が難しいと感じるユーザー層のために、引き続きSDカードに更新データを組み込んだ状態でのバージョンアップ版販売も行われている。
なお、現時点では、2013年型の彩速ナビでは、2014年~2018年にかけて年1回合計5回の地図バージョンアップが予定されており、KENWOOD MapFan Clubの有料サービスへの加入がその時点で1年以上継続されていれば、無償でダウンロードすることが可能になる。
新しい操作体系だけでなく、従来型の操作体系もサポートする工夫
SSDを採用したことにより、応答性を大きく改善した彩速ナビだが、2013年型ではソフトウェアを一新し、HMI(Human Machine Interface、機械の操作体系)が大きく変わっている。具体的に言えば、従来のカーナビのタッチ液晶ははシングルタッチとよばれるタッチパネルを採用しており、指1本でしか操作できないタイプが主流だった。このため、カーナビの操作はラジオボタンとよばれる、画面上に表示されるボタンを利用して操作するというやり方が一般的だった。
しかし、2013年型彩速ナビでは、マルチタッチとよばれる新しいタッチパネルが実装されている。マルチタッチは、スマートフォンやタブレットなどで一般的に利用されているもので、同時に複数個所のタッチを検出できるようになっている。このため、フリック、ピンチ、ドラッグなどスマートフォンやタブレットで一般的に利用されているタッチ操作を行うことが可能になっているのだ。
例えば地図のスクロールは、従来のカーナビではシングルタッチだったため、地図を移動させるにはある地点を連続してタッチし続けるという作業が必要だった。これに対して2013年型彩速ナビでは画面のある場所をタッチして、指を動かせば、それにあわせて地図がスクロールする。
また、地図の拡大・縮小も従来のカーナビでは「拡大」「縮小」ボタンを利用して操作する必要があったが、2013年型彩速ナビではピンチ操作で2本の指を開けば拡大、逆に指を閉じれば縮小となる。いずれの操作もスマートフォンやタブレットの地図の操作に慣れているユーザーにとってはとても自然な操作になる。
こうしたスマートフォンなどに慣れ親しんだユーザーにとっては自然な操作を実現するにあたり、「今回の製品では“指に吸い付くという操作感”を実現しようとした。例えばフリックするときに画面の描画が間に合わないと、指の動きに遅れて画面の描画がされ、ユーザーにとって気持ちわるい表示になる。今回はハードウェアの強化によりそうしたことをなくそうと努めた」(渋谷氏)と、2013年型彩速ナビの性能向上が新しいHMIの実現につながっている。
2013年型彩速ナビのHMIの特徴としては、マルチタッチを利用した新しい操作体系を実現しながら、従来のシングルタッチ風の操作体系も残しており、ユーザーは従来のカーナビ的にも操作できることが挙げられる。先ほど地図の拡大・縮小はピンチ操作でできると述べたが、従来の「拡大」「縮小」のボタンでの地図の変更も引き続き利用することができる。「新しい操作体系に切り換えてしまうのが最も簡単だが、それでは(従来の操作に慣れた)お客様にとって逆に難しいということになってしまう。そこで、従来の操作体系と両方をサポートすることを心がけた」と渋谷氏は説明するが、実はその実装は口で言うほど簡単ではないという。
タッチパネルは人間の指などが画面に触れるとセンサーで検知し、操作があったと判断している。その時に指が画面上を動いていけばフリックやピンチだと判断するし、タッチしてすぐ指が離れていけば、それは単なるタッチだと判断する。「タッチしたのか、それとも動いているのかはセンサーのデータから瞬時に判断しなければいけないが、そのマージン(時間)をどれだけにするかでユーザーが快適に利用できるかどうかは大きく変わってくる。その調整に時間がかかった」(渋谷氏)とのとおりで、シングルタッチによる操作感とマルチタッチによる操作と両方の操作をサポートするには、多くの作業が必要になる。
しかし、そうした努力を続けた結果、従来型のカーナビの操作でも、新しい操作でも、2013年型彩速ナビを操作することができる。つまり、これまでカーナビの操作に慣れ親しんできたユーザーも、これまであまりカーナビは使っていなかったがスマートフォンやタブレットのタッチ操作には慣れ親しんできたユーザーも、どちらのニーズも満たせるようになった。
なお、タッチパネル液晶にもこだわった設計がされている。カーナビは、昼間に太陽光の元で使用することが想定される機器のため、輝度を上げたほうが画面が見えやすくなる。そのため、液晶のバックライトに利用されているLEDの数を、標準品の1.5倍程度に増やしているという。輝度というのはバックライトの光量に比例して上がっていくので、必然的に液晶ディスプレイとしての輝度も一般的にスマートフォンなどに利用されている液晶などよりも遙かに明るくなっている。また、単純に明るくするだけではなく、階調表現や色味などにも注意を払っており、ケンウッドと合併したJVCで液晶プロジェクターなどの映像商品を担当していたエンジニアなどが参加し調整を行ったという。
スマートフォンとの連携機能を大きく強化した2013年型彩速ナビ
2013年型彩速ナビでは、スマートフォンやタブレットとの連携機能が強化された。以前から、各社のカーナビでは、Bluetoothやケーブルを利用して、携帯電話やiPodなどを接続できるようにした製品があったが、利用できるのはiPodの音楽データの再生だったり、Bluetoothを利用したハンズフリーの機能程度で、せっかくスマートフォンが持っている通信機能を活用した製品はなかなかなかった。
しかし、2013年型彩速ナビでは、スマートフォン(具体的にはiOS搭載スマートフォンとAndroid OS搭載スマートフォンなど)に専用のアプリケーションソフトウェアを導入することで、さまざまな連携をさせることが可能になる。具体的には以下のようなアプリケーションが用意されている
● 彩速ナビに対応したスマートフォンアプリケーション
iOS | Android | 機能 | |
---|---|---|---|
KENWOOD Drive Info | オプションケーブル | Bluetooth | スマートループや駐車場情報、天気データ、フリーワード検索などを実現する |
Music Chef | オプションケーブル | BluetoothとMHLケーブル | 季節や場所、走行状況などに応じてぴったりの音楽を推薦してくれる機能 |
NaviCon | オプションケーブル | Bluetooth | スマートフォンで検索した地点をカーナビへと転送して目的地として設定できる |
KENWOOD Music Info | オプションケーブル | Bluetooth | カーナビの光学ドライブを利用して録音した曲の曲データをネットから取得 |
KENWOOD Music Control | - | USBないしはMHL | Androidスマートフォンに入っている曲をカーナビで再生可能に |
例えばKENWOOD Drive Infoは、従来BluetoothのDUN(Dial Up Network)プロファイルを利用して行われていた通信を、アプリに置き換えるものだ。スマートフォン以前のフィーチャーフォンではこのDUNプロファイルを利用してカーナビと接続され、カーナビがインターネットと通信できるようになっていた。しかし、現在発売されているスマートフォンの多くは、DUNプロファイルを持っておらず、せっかくスマートフォンに通信機能があっても通信できないという事例が増えていた。しかし、ユーザーがスマートフォンを使っている場合でも、このKENWOOD Drive Infoをインストールすると、カーナビはこのアプリを経由してインターネットにアクセスすることができるようになるのだ。
このKENWOOD Drive Infoをインストールすると、パイオニアが運営するスマートループ(リアルタイムでサーバーと車両間で情報をやり取りするサービス)に接続され、渋滞情報を入手したり、天気予報、駐車場の混雑情報、ガソリンスタンドの価格情報などが取得できたりすることができる。他社製品では専用の通信モジュールが必要だったりすることがあるが、このKENWOOD Drive Infoを使えば、ユーザーは毎月のスマートフォンの通信料金の範囲内(おそらく多くのスマートフォンユーザーは、パケット定額サービスに入っているだろう)でこうしたカーナビのオンライン機能を利用することができるようになるのだ。
JVCケンウッドの渋谷氏は「スマートフォンと競争するつもりはない。むしろスマートフォンとカーナビの連携をこれからも重視していき、共存する方向性を考えている」と述べ、スマートフォンの持つ機能をうまくカーナビに取り込んでいくにあたり、まずはスマートフォン側にアプリケーションをインストールしてもらうことを考えていると説明した。
スマートフォンとの連携という意味では、HDMI/MHL入力を備えていることも見逃せない。MHL(Mobile High-definition Link)とは、スマートフォンなどの携帯端末向けに開発されたディスプレイ接続の仕様で、スマートフォンに用意されているmicroUSB端子からディスプレイ出力を行うことが可能になっている。このMHLは、ディスプレイ信号の他、スマートフォンに対して電力を供給することができるので、スマートフォンを充電しながらナビの画面にスマートフォンの画面を表示することが可能だ(ただし、タッチ機能はリダイレクト[ナビ側からスマートフォン側に送られない]されないので操作はスマートフォン側で行う必要がある)。
なお、HDMI/MHL機能が用意されているのは上位モデルのMDV-Z700/Z700W/R700になり、オプションとして用意されているHDMIケーブルないしはMHLケーブルを用意する必要がある。
高音質にこだわったオーディオと業界No.1を目指した地上デジタル放送チューナー
AV機能関連の目玉としては、より多くの音楽形式に対応していることが挙げられるだろう。MP3、AAC、WMAぐらいであれば、ほかの製品でもよく見かける仕様だが、2013年型彩速ナビではFLAC、Vorbis、WAVといった形式にも対応している。
また、内蔵しているテレビチューナーを利用した地上デジタル放送の受信に関しても、今回は受信感度が大幅に改善されているという。JVCケンウッドの渋谷氏によれば「地上デジタルの受信感度で業界No.1を目指して設計した。特に今年は車載の地デジ市場が本格化してから3年が経ち、買い換え需要も始まると考え、地デジの受信感度が重要なアピールポイントになると判断した。店頭でお客様に地デジの映りが最もよいヤツと指名されるためにも、コストをかけて開発を続けてきた。実際、弊社が測定器や実機で調査した結果では現時点において業界No.1だと自負している」とのことで、地上デジタル放送の映りに関しては自信ありということだった。
また、非常に細かな点だが、実際にテレビチューナーをONにして走っていると、電波が弱い地域では、地デジの12セグとワンセグが頻繁に切り替わることがある。「そうした時には、できるだけフルセグで引っ張るとか、ワンセグに早めに切り替えるとかをユーザーの好みで設定できるようにしている」(渋谷氏)というのも、ユーザーにとっては嬉しい機能だろう。
2013年モデルでプラットフォームを一新し、ARM+Linux環境へと移行
このように、2013年型彩速ナビはHMIも、カーナビとしての機能も、スマートフォンとの連携も、地デジを含むAV機能も大幅に機能が向上しており、まさに2012年型とは共通する部分を探すことが難しいほどだ。そうした大きな進化を支えているのが、2013年型で一新された内部アーキテクチャだ。
●彩速ナビ進化の歴史
CPU | OS | |
---|---|---|
2011年型 | SH | Windows Automotive |
2012年型 | SH | Windows Automotive |
2013年型 | ARM | Linuxカスタマイズ |
2011年型、2012年型の彩速ナビはSuperH(以下SH)とよばれるCPUが内蔵されているSoC(System On a Chip、システムを1チップに集積した半導体)を採用していた。SHというのは、日立製作所(現在は日立から半導体ビジネスを引き継いだルネサス エレクトロニクスが提供している)が開発した32bitのCPUで、かつては日本のカーナビのほとんどの製品に採用されていた。このSHと、Microsoftが提供しているカーナビ向けOS「Windows Automotive」と組み合わせが、日本のカーナビ市場では代表的な組み合わせとなっていて、JVCケンウッドでも2012年型彩速ナビまでは、同様の組み合わせを採用していたのだ。
しかし、今回の2013年型を設計するにあたり、JVCケンウッドはSoCもOSも一新して、完全に新しいプラットフォームを導入した。SoCは同じルネサスの製品ではあるが、CPUの命令セットアーキテクチャはSHからARMへと変更。OSもWindows AutomotiveからLinuxを独自にカスタマイズしたものへと変更したのだ。
ARMアーキテクチャのCPUは、現在スマートフォンで一般的に採用されている。AppleのiPhoneでも、GoogleのAndroid端末でも同様だ。ARMという会社自体はCPUを製造しておらず、ARMが設計したCPUの構造(アーキテクチャ)をCPUメーカーに対してライセンスするという形のビジネスを展開している。このため、どのメーカーのCPUであってもARMアーキテクチャに基づいていればソフトウェアの互換性が確保されるというメリットがある。すでに述べたとおりARMアーキテクチャのCPUは、スマートフォンで一般的に採用されているため、スマートフォン向けに開発されたソフトウェア資産が流用できるというのが、JVCケンウッドが採用するにあたって大きなメリットになる。
2013年型彩速ナビに採用されているSoCはルネサスの「R-Mobile A1(R8A77400DBG)」で、CPUはARM Cortex-A9とSH4の2つを搭載し、GPU(Graphics Processing Unit)にはPowerVR SGX 540を、デジタルカメラからの映像などを処理するISP(Image Signal Processor)も内蔵という仕様になっている。最近のスマートフォンやタブレットではデュアル(2つ)コアやクアッド(4つ)コアのCortex-A9が採用されていることに比べると、CPUなどがとくに強力な訳ではないが、カーナビとしては十分すぎる性能を備えるSoCと言える。
このR-Mobile A1をSoCとして採用した理由としては「車載製品として稼働動作温度などが保証されていただけでなく、コストパフォーマンスも高い」(JVCケンウッド 田中氏)とのとおりで、ナビゲーションに必要な機能を備えていながら、車載向けとして利用できる仕様をクリアしていた点を挙げた。
たとえば、スマートフォンに採用されているARMのSoCは、ソフトウェアの互換性という点ではクリアするのだが、メーカーはあくまでスマートフォンなど一般的な室温で利用することを前提に動作の保証を行っている。これに対して、車載用の半導体では、それよりも幅広い温度でも問題ないことをメーカーが保証している必要があるのだ。実際、R8A77400DBGは摂氏-40度~85度までの環境で動作することが保証されており、自動車というアウトドアで使用される機器の要件を満たしている。なお、このことは、メモリやストレージとなるSSDなども同様で、いずれも車載基準を満たした半導体が利用されている。
田中氏によれば「CPUやGPUなどに関しては性能的には問題ではなかったが、むしろSoCの内部バスのトラフィックを調整するのが最大の課題だった」とのことで、ソフトウェアを作り込む必要があったという。SoCの中には、CPU、GPU、ISPなどさまざまな処理ブロックがあるが、それらを内部バスというデータの通り道で接続している。例えば、CPUが処理したデータを、GPUに送って表示する場合、その内部バスを大量のデータが通ることになる。地図データが大きければ大きいほど、内部バス内でデータの“渋滞”が発生してしまい、結果的に性能が低下してしまう。そこで、JVCケンウッドの開発陣は、地図データの最適化なども含め、ソフトウェア側に工夫を加えることで、その“渋滞”が極力発生しないようにしたのだという。
●R-Mobile A1
http://japan.renesas.com/products/soc/assp/mobile/r_mobile/a1/index.jsp
OSにはAndroidをベースにしたLinuxを採用し、独自開発の拡張を施している
そのソフトウェアだが、JVCケンウッドの田中氏は、2013年型彩速ナビのOSは「Linuxに基づいたOS」とだけ述べた。しかし、実際に実機で確認してみると、カーナビのソフトウェアライセンス表示を見れば“The Android Open Source Project”と表示され、スマートフォン向けのOSであるAndroidの機能限定版という位置づけのLinuxであることが分かる。
なぜJVCケンウッドが公式にAndroid OSとうたわないのかと言えば、それはAndroid OSを名乗るには、Googleが規定している公式の開発ガイドライン規定に準拠する必要がある。しかしながら、現時点ではカーナビデバイス用のガイドラインが存在しないため、準拠のしようがないからだろう。こうしたガイドラインに沿わなければ、Googleの公式アプリストア(Google Play ストア)を実装することなどができないので、いわゆる“野良Android”とよばれる非公式なAndroidデバイスになってしまうのだ。もちろん、JVCケンウッドのように歴とした企業がそうしたデバイスを出荷できるはずもなく、“独自のLinuxの上に独自のHMIを乗せた製品”というのが2013年型彩速ナビの公式な位置づけになる。
しかし、実態としてはAndroidに基づいて作られているので、スマートフォン向けに用意されている豊富なソフトウェア開発環境などをそのまま利用できる。実際、2013年型彩速ナビでは、ユビキタスが提供するQuickBootというツールを利用してOSの起動時間を短くする取り組みが行われている。具体的には一般的なカーナビではハイバネーションという処理を行っており、終了時にメモリ上にあるデータをストレージに書き出し、起動時には逆にそれを読み込んでもとの状態に復帰するという作業を行っている。この仕組みは、メモリの容量が小さければすぐに起動できるのだが、メモリの容量が増えれば増えるほど起動に時間がかかるという課題を抱えている。そこで、ユビキタスのQuickBootでは、まずOSのコアとなる部分だけを起動し、その後必要に応じて徐々に起動していくというやり方を採用している。これだと、コア部分だけは一瞬で起動するので、非常に高速な起動が可能になるのだ。
JVCケンウッドの渋谷氏によれば「起動は本当に数秒で終わり、すぐに音楽再生が開始される。また、リアカメラのようにエンジン始動後すぐに使われる可能性があるものは優先的にロードしており、起動後すぐにバックギアに入れるとリアカメラが表示できるようになっている」とのことで、バックカメラのガイド線はすぐには表示されないものの、リアカメラの画像は起動後すぐに表示される。バックカメラのガイド線がすぐに表示されないのは、それがOSがロードされて初めて利用できる機能だからだ。細かなところだが、そうした工夫を積み重ねることで、ユーザーがカーナビが完全起動するまで何もできないという事態を避けることができているのだ。
以上のように、彩速ナビは、スマートフォンで一般的に利用されているARM+Android(公式にAndoroidと表記されていないが)というプラットフォーム上に、JVCケンウッドがこれまでカーナビの開発で培ってきたノウハウが惜しみなくつぎ込まれており、これまでとはひと味違った製品に仕上がっている。
それを象徴するのは、MDV-R700という光学ドライブが内蔵されていない製品だろう。これまでカーナビと言えば、言ってみれば家電製品であるAV機器+地図データによって道案内をするというデバイスに過ぎなかった。このため、PCのような家電ではない機器がなくても、単体で音楽CDを録音したり、DVDを再生する機能が必須であり、そのために光学ドライブは必須のデバイスとなっていた。
しかし、MDV-R700のように光学ドライブがない製品の場合は、ユーザーがPC上で録音した自分の音楽ライブラリをSDカード(SDXC対応のため、SDににもSDHCにも対応する)にコピーしてカーナビに持ってくるなどの工夫が必要になる。また、動画データも、ユーザーのPCにある動画データをSDカードに入れて持ってくるなど、やはりこちらも一工夫が必要になる。つまり、家電というよりはPCやスマートフォンに慣れ親しんだユーザーが、自動車の中でコンテンツを再生するデバイスとしての機器という側面が強くなっている。
現時点では2013年型彩速ナビに実装されているインターネット関連の機能は、スマートループやガソリンスタンドの価格表示、駐車場情報など、これまでのカーナビの延長線上にある機能だ。今後将来的な発展の方向性としては、一般的なAndroidのスマートフォンのようにアプリケーションをユーザーが追加することができるようになったり、Webブラウザを利用してネット上のさまざまなWebサイトを見ることができるようになったり、EメールやSNSなどをカーナビで直接受信したりなども視野に入ってくるだろう。すでに述べたとおり、2013年型彩速ナビはARM+Androidのプラットフォーム上に実装されているので、スマートフォンやタブレットで実現されているそうした機能を実装することはこれまでのカーナビ製品よりも容易だと思われる。
そうしたことを視野に入れているからこそMDV-R700のような光学ドライブがないという、これまでのカーナビの常識を打ち破ったようなラインアップをJVCケンウッドとしても追加したのだろう。今後彩速ナビがどのように発展していくのか、それを想像するだけでワクワクしてくる、そう思えた取材であったことをまとめとしたい。