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STI、軽量化と空力性能改善を図った2016年のニュル24時間レース参戦車両を公開
リストリクターの小径化によりパワーダウンするも、4度目の優勝と2連覇を目指す
(2016/3/25 00:00)
- 2016年3月22日 開催
STI(スバルテクニカインターナショナル)は3月22日、2016年のニュルブルクリンク24時間レース(5月26日~29日)に参戦する車両と、そのシェイクダウン走行を富士スピードウェイで公開した。
ニュルブルクリンク24時間レースとは、ドイツのプファルツ州アイフェル地方のニュルブルクリンクサーキットで行なわれる24時間耐久レースのこと。STIは2008年に参戦開始して以来、今年で9年連続の参戦となる。これまでの成績は2011年、2012年、2015年にクラス優勝を成し遂げていて、今回のレースでは4度目の優勝を目標にしている。
使用するマシンは2015年に続きスバル(富士重工業)「WRX STI」。水平対向エンジンの持つ低重心やバランスのよさを最大限に生かし、コーナリングスピードを上げていくという。そのために車体の軽量化、慣性モーメントの低減、空力性能、フロントダウンフォースの向上なども施している。新タイヤも投入される。そしてレギュレーションによりリストリクターが小径化されたので、それに合わせたエンジンセッティングの変更も実施された。
チーム総監督はSTIの辰己英治氏、ドライバーは2015年の優勝メンバーである山内英輝選手(日本)、マルセロ・ラッセ選手(ドイツ)、カルロ・ヴァンダム選手(オランダ)、ティム・シュリック選手(ドイツ)となっている。
2月にトラブルが発生するも、無事お披露目
さて、シェイクダウン走行の前にSTIから参戦発表の場が設けられたので、その模様を紹介したい。初めにSTIの平川良夫代表取締役社長が壇上に立ち、まずSTIの挑戦をサポートしている多くの企業やファン、メディアに対する感謝の言葉を述べたあと、「今からひと月前に大きなトラブルが起こりまして、クルマを修理する場面がありました。と言いますのも、レースの舞台であるニュルブルクリンクはアウディさんの本拠地なんです。そこで我々はアウディさんより速かったため、今回スバルだけリストリクターの径が絞られてしまいました。そのため、エンジン出力がガックリ目減りした状態で調整する状況になっています。そのなかで技術者がさまざまな対策を施したことなどから、シェイクダウンの予定が当初よりひと月遅れてしまいました」と、本来はもう少し早くお披露目するはずだった車両がトラブルを起こしたことなどが語られた。
また、「去年のクルマもここ富士スピードウェイでテスト走行を行なっていて、最終的なタイムは1分48秒台でした。その仕上がりで1周25kmあるニュルブルクリンクに持っていくと9分8秒(ハーフウェット)くらいのタイムでした。そして今年ですが、エンジン出力は絞られてはいますが、9分を切ろうという目標があります。それを実現するために協賛いただいた企業様からの最新技術や知恵を車体のそこかしこに盛り込ませてもらいました。それによって慣性モーメントをはじめ、クルマの運動性能がひと格上がった状態に仕上げることができました」と、車両の完成度に自信を覗かせた。
続いてスライドでニュルブルクリンク24時間レースの説明が行なわれた。STIではこのレースのことを「NBR」と呼称しているので、以後はNBRと表記する。
ニュルブルクリンクのコースは、ドイツのフランクフルト空港からアウトバーンを204km走ったところにある。このニュルブルクリンクは、“ノルドシュライフェ”と呼ばれる北コースとグランプリコースを合わせたもので、全長は25.378km。高低差は300mもある世界的にも難関と呼ばれるコースだ。以前はF1も開催されていたが、ニキ・ラウダ選手の炎上事故以来、危険性がクローズアップされその後は開催されていない。ただ、その過酷なコースゆえに、世界の自動車メーカーのプレミアムブランドなどではおなじみの評価路となっている。スバルやSTIもこの地をクルマの性能やパーツ試験、そしてプロモーションの場として活用していて、「インプレッサ」で初めて24時間レースに参戦したのは2005年。2009年からはSTIが参戦車両を製作している。
NBRは5月26日に練習走行と予選1回目が行なわれる。27日に2回目の予選があり、28日~29日かけて決勝というスケジュールだ。このレースでは、全国のスバル特約店から選抜された6名のディーラーメカニックがレースメカニックとして参加しているのも特徴だ。今回も同様に全国のスバル特約店から6名のメカニックが選抜されており、会場でも紹介された。そのメンバーの所属と名前を列挙すると、新潟スバルから佐藤高志さん、北陸スバルから廣澤伸晃さん、神奈川スバルから花屋仁司さん、東京スバルから佐久間智憲さん、名古屋スバルから酒井一輝さん、滋賀スバルから若林智さんだ。大勢のメカニックのなかから選抜された皆さんの現地での活躍に期待したい。
チーム総監督は辰己英治氏、監督は菅谷重雄氏、チーフエンジニアは坂田元憲氏、ドライバーは山内英輝選手(日本)、マルセル・ラッセー選手(ドイツ)、カルロ・ヴァンダム選手(オランダ)、ティム・シュリック選手(ドイツ)である。
軽量化とともに空力性能を向上
そして総監督の辰己氏、監督の菅谷氏、ドライバーの山内選手からそれぞれの意気込みが語られたので順番にコメントを紹介したい。
辰己総監督は、「去年はいろいろと状況にも恵まれたので勝つことができましたが、だからといって今年も順当にいけるほど甘くないだろうということで、今年のクルマはより一層作り込んでいます。そのポイントはまず軽量化です。ここは去年、満足いくほどやれなかった部分なので、今年はその分も行なっています。それに空力の改善です。これは空気抵抗を増やさずにダウンフォースを増やというものです。これらによってスピードは維持、もしくはもっと伸ばすようにしつつ、コーナリング性能を高めるだけでなく、応答性や安定性の向上によりドライバーが安心して乗れるクルマに仕上げています。これは市販車でいえば“ドライブが楽しい”ということになるのですが、スバルのクルマ作りもまさにここがポイントなので、NBRのクルマもその考えを重視して作っているのです。ちなみに去年のことですが、ラップタイムが9分台という長いコースながら4人のドライバーのタイムに3秒ほどしか差がなかったのは、ドライバーの実力はもちろんのこと、乗りやすいクルマになっていたことにあると思っています。そこをさらに磨きをかけて戦闘力を向上させています」とコメント。
また、今年のレースの見どころについては「去年はコース上に安全のため速度制限が設けられている区間がありました。これによってちょっと面白みに欠ける部分もありましたが、今年は危険となっていた部分に改修が入ったようです。レースの醍醐味はやはりアクセル全開ですので、今年は面白みが増しているのではないかと思っています」とのことだった。
続いて新任の菅谷監督は、「今年からチーム監督を務めることになりましたが、いかんせんあまり経験がありません。それだけにゼロからのスタートなりますが、自分だけではなくチーム全体も初心に返って新たな気持ちでチャレンジをして行ければと思っています。さて、実は今年のクルマは問題によって4回のドック入りをしているのですが、その度に強くなって蘇ってきていますので、非常に頼もしく思えています。それに全国から選抜された6名のメカニックと昨日初めて顔を合わせたのですが、数時間いろいろと話ができたのでけっこう打ち解けることができ、本当の意味でのチームの一員になってくれたと思います。そしてレースをこなしたあと、彼らがレベルアップして地元に戻ることを期待しています」と、クルマの作りだけでなくチーム力の向上に主眼を置いたコメントが語られた。
最後に挨拶を行なったドライバーの山内選手は、「去年のレースでは雨のなかスリックタイヤで走る場面があり、正直なところとても恐怖を感じていましたが、それを乗り越えて優勝できたときは人生で一番感動した瞬間でした。今年も優勝が目標ですので、遠いですが現地に大勢の方にきてもらい、皆で一緒にその感動を味わえたらと思っています」ということだった。
空力性能の作り込みについて
参戦発表会のあとはピットに戻り、整備中のクルマをじっくり見られる時間となった。ここで実車を前に発表会でも語られた空力改善について、平川社長と担当エンジニアの方に話をうかがった。
今年は空気抵抗を減らすこととダウンフォースを増やすことをテーマにしていて、そのポイントがクルマの床下を流れる空気を効率よく活用することだという。そのためにアンダーカバーで覆うエリアや、前後の突き出し量などを最適化している。そしてクルマの上を流れる空気だが、このクルマの場合はフロントで空気をきれいに流せる作りになっていないとリアの空力にも大きな影響があるとのこと。そのため、今年はフロントグリルを穴がないタイプにして走行風はバンパー下部のダクトから取り入れている。ここから入った空気はラジエター類やエンジンルーム内を冷却しつつ、ボンネットの左右に設けられるダクトから外に抜ける。この流れによって空気をせき止めることなくダウンフォースが得られるという。
バンパー両サイドにはガーニーと呼ばれる“ついたて”的なパーツが付いているが、これはバンパー横を流れた空気のカルマン渦がタイヤハウス内に巻き込まれることを防止するためのもの。このタイヤハウス内の空気は大きな抵抗になるので、フェンダー後端に設けたダクトから抜けるようにしている。オーバーフェンダーの下部後端が絞り込まれているのも、タイヤハウス内の空気抜きを意識しているから。
次はリアまわりだが、ドライバーから「リアのダウンフォースをもっと増やしてほしい」との要望があったので、前出の下面の空力向上に加えてウイングはレギュレーションに合致する範囲で後方に伸ばした。こうすることで、ウイングで生む荷重(力点)がタイヤを押す力(作用点)に効率よく伝わるのだ。さらにその荷重をよりダイレクトに伝えるため、ウイングの支柱はリアショック取り付け部の上になっている。
そのウイングの形状はSUPER GTなどで使われている3D形状ではなく、ストレートタイプを採用。3Dタイプではウイングのセンターと両端で整流効果が違うのだが、ニュルブルクリンクのようなコースでは、その特性が使いにくいこともある。そのため、角度を変えたりしたときの調整がしやすいストレートタイプを採用したとのこと。このタイプが使えるのは、フロントで空気をきれいに流せているからだということでもあった。
そのウイングの効きを補助するアイテムも用意された。それがトランクに付いている小振りな整流パーツ。これはよく見ると3D形状になっていて、このパーツとウイングで空気の流れを最適化している。
ニュルブルクリンクでは、路面状況などからレースカーとしてはストローク量の多いサスペンションが必要となるそうだが、サスの動き幅が大きければ空力の効きの変化にも影響が出やすい。そこで、このクルマの空力性能には空気の流れが変わってもピーキーに反応しないような設計が盛り込まれていた。それが空気の境界層での特性変化の調整だ。
走行中に切り裂いていく空気はボディ形状に沿って流れるイメージだが、高速域ではボディ表面に空気の流れはほぼなく、少し離れたところに本流ができる。この空間を「空気の境界層」と呼ぶが、この層の厚みを空力パーツの形状で調整したり、意図的に細かい風の渦を起こすことで空気の流れの速さが急激に変化しないようにしているという。このような細かい積み重ねによって運動性能を上げ、リストリクターの小径化による約30PSものパワーダウンを補っているとのことだった。
トラブルによりシェイクダウンが遅れてしまった今回のクルマだが、本番までまだ時間があるだけに熟成度は確実に高まるだろう。そして、パワー的なハンディキャップを乗り越えて5度目の優勝&2連覇達成! という報告を楽しみに待ちたいと思う。