【インプレッション・リポート】 ランドローバー「レンジローバー・イヴォーク」 |
LRXコンセプト |
筆者が「レンジローバー・イヴォーク」の実物を初めて目にしたのは、2011年末の東京モーターショーのこと。3ドアの「クーペ」と5ドアの双方が出展されるうち、特に3ドア・クーペについては、その周囲を透明アクリル板で囲われたターンテーブル上に飾られていたせいもあるのだが、2008年1月のデトロイト・モーターショーに出品された「LRXコンセプト」を、隣に置かれたイヴォーク生産バージョンとの比較のために参考出品した……、と勝手に思い込んでしまっていた。しかも、そんな稚拙な思い込みをしてしまう粗忽者は自分だけかと思いきや、仲間内の同業者でも同じ勘違いをしたものは少なくなかったという。
こんなつまらない失敗談を、なぜ長々と書き連ねたかと言えば、イヴォークのデザインがまるでコンセプトカーそのものと見間違えるほどに流麗、そしてアヴァンギャルド的であるかを主張したかったからにほかならない。実際、LRXコンセプトの写真と今一度見比べてみても、ほとんど変わりがないほどの再現ぶりは、まさに見事と言うほかないだろう。実際のボディサイズも、クーペで全高が30mmほど高められたことを除けば、LRXコンセプトとほぼ変わらないとのことなのだ。
全長4355mmとコンパクトな上に、これほどまでにスタイリッシュであることから、試乗前の予想ではコンパートメント、特に後席は相当に狭かろうと思われた。ところがまずはクーペの車内に収まってみると、たしかに広いとはお世辞にも言えないが、決して狭すぎるものではない。
クーペのインテリア |
適度なタイト感と、ランドローバーが「スポーツ・コマンドポジション」を標榜する見晴らしのよさで、前席はスポーティかつ快適。後席も、天地が恐ろしく薄い形状のリア・サイドウインドーに驚かされるものの、それでもヘッドルーム以外のスペースはフル4シーターと呼べるレベルのものである。
ただ、今回の試乗したクーペがLRXコンセプトのそれとよく似た形状の本格的バケットシートを装着した「ダイナミック・プラス」パック車だったせいか、助手席を倒して後席へ乗り込む際には、ウォークイン・スライドの遅さと絶対的なスライド量の少なさに、若干のもどかしさを感じてしまったことも敢えて記しておきたい。
一方クーペほどに思い切ったスタイルではないが、こちらも充分という以上にスタイリッシュな5ドアモデルは、後席の広さも充分以上のもの。ランドローバー「フリーランダー2」の「LR-MSプラットフォーム」を基本にしつつも、地上高を犠牲にすることなくフロア高を低めるために約90%を新設計したという新しいフロアユニットのおかげで、フリーランダー2(1740mm)より約200mmも低い全高にもかかわらず、室内スペースは外観から受ける先入観をよい意味で裏切るもの。
聞けば、5ドア版では上級モデルに当たるレンジローバー・スポーツよりも35mmも高いヘッドスペースが与えられているとのことだが、それが頷けるだけの快適空間が実現されているのだ、
5ドアのインテリア |
■軽快感ある走りを実現
日本仕様のイヴォークは、5ドアがベーシック版の「ピュア」と豪華版の「プレステージ」。3ドアのクーペは、「ピュア」に加えて、スポーティなキャラクターを持たせた上級版「ダイナミック」からなる総計4バージョンで構成され、いずれも直列4気筒2リッターの直噴ターボエンジン「si4」に、シフトパドル付6速ATを組わせたフルタイム4WD仕様となっている。
今回はそのうち、5ドアの「ピュア」と「プレステージ」、クーペの「ダイナミック」を試乗することができたのだが、この3台に共通するのは快活な走りであろう。フリーランダー2に横置き搭載される3リッター自然吸気の直列6気筒より、パワー、トルクとも上回ることに加え、車両重量もこのクラスのSUVとしては軽量な部類に入る1730kg(クーペ)/1760kg(5ドア)に抑えられていることや、さらに直列4気筒の直噴ターボユニットは低回転域から分厚いトルクを生み出すことから、ちょっと深めにスロットルを開ければ即座に背中をシートバックに押し付けるような加速を披露するのだ。
もちろん、レンジローバー・スポーツおよびヴォーグの高性能版に設定されたV8スーパーチャージャーのごとき怒涛の高性能とは比べるべくもないが、姉貴分たちの自然吸気版とならば、少なくとも体感的には匹敵しうる加速性能を示してくれる。また、中・高回転域に至る回転フィールもスムーズに仕立てられていることから、ダウンサイジング時代に適合した小排気量4気筒エンジンを選んだデメリットは、まったく感じられないのである。
一方ハンドリングや乗り心地については、まさに“三車三様”とも言うべきキャラクター付けが与えられている。
個人的に最も好印象だったのは5ドアの「ピュア」。オールシーズン系の17インチタイヤは、コーナーリングでは割と早めにスキール音を発生させ、絶対的なロールも大きいのだが、SUVとしてはかなり軽快なハンドリングを実現している。また、タイヤのハイトの高さゆえにロードノイズの低さやソフトな乗り心地なども魅力的なのだが、その一方でせっかくレンジローバーに乗るならば、19インチを履いた「プレステージ」の華やいだ雰囲気も捨てがたく、なかなかに悩ましいところである。
他方、クーペ、ことに「ダイナミック」は、もはやこれまでのレンジローバーとは別次元とも言うべき、文字通りのスポーツクーペとなっていた。プレステージの19インチをさらに上回る、20インチのタイヤ/ホイールを組み合わせるのだが、「ダイナミック・プラス」パッケージに含まれるマグネライド・ダンパーが巧みな減衰制御を行うせいか、不用意なバタつきなどは感じられない。そして高速コーナーにおける恐るべきスタビリティはもちろん、SUVでは苦手となるはずのタイトコーナーでも、まるでホットハッチのようなハンドリングを披露するのだ。
このスポーティな気質は従来のレンジローバー、例えばスポーツのスーパーチャージャー仕様にもなかったもの。いささか大げさに受け取られてしまうかもしれないが、異次元的という物言いが、最もシックリくるようにも思われた。
■小さいけれど、レンジローバー
イヴォークはランドローバーの製品であることは間違いないが、ブランドはあくまでレンジローバー。英国は言うに及ばず、世界中のエンスージアストから敬愛される、クロスカントリー4WD界のカリスマ的ビッグネームを掲げている。
1970年にデビューした初代レンジローバーは、ランド・ローバー(現在のディフェンダー)で培われたオフロード走破性能に加え、高速ツーリング性能やオンロードでの卓越した快適性も両立。特に“カントリージェントルマン”と呼ばれた英国貴族をはじめとする富裕層から人気に火が付き、現在隆盛を極めているSUVの先駆けとなった記念碑的モデルである。
また、同じR-R(Range Rover)のイニシャルを持つこともあって、「砂漠のロールス・ロイス」という伝説的なニックネームも奉られ、これまでのカタログには英国王室御用達であることを示す4つの冠が掲げられるなど、レンジローバーという名前には、単なるブランドネーム以上の意味があるのだ。
それでは、イヴォークはレンジローバーの名に相応しいのかと問われれば、筆者は迷わず「イエス」と答えたい。例えば5ドア「ピュア」には、現在では「クラシック・レンジ」と呼ばれる初代や2代目のベーシック版など、質実剛健なツールだった時代のレンジローバーの息吹が感じられる。また、今なおオフロードでもこの車とともに過ごしたいアウトドア派にも、充分に応えてくれる1台となろう。
一方、クールでゴージャスになった現代レンジローバーの都会的魅力をそのまま味わいたい向きには、5ドア「プレステージ」がお勧め。クラスを超えた質感を誇るレザーシートに身を沈め、標準装備される英メリディアンの高級オーディオから流れてくるクリアなサウンドとともにクルージングを愉しんでいると、自分がレンジローバー・スポーツや、さらに言うならもっと上級のヴォーグに乗っているのでは? という錯覚に陥ることさえできる。現代のレンジローバーは上質な道具であるだけに留まらず、日常に華やぎをもたらしてくれる高級SUV。そう考えると、プレステージが最も「小さなレンジローバー」と呼ぶに相応しいグレードと思われるのだ。
そしてクーペ。スタイリッシュと言う表現には収まらず、エキゾティックですらあるこの車は、これまでの伝統的イメージには収まりきらない新時代のクロスオーバーSUVと言えるだろう。5ドア版が、おそらくアウディ「Q5」やBMW「X1」あたりとライバル関係になるのに対して、イヴォーク・クーペのライバルに相当するのは、意外にもアウディ「TT」などの純粋なスポーツクーペのような気がする。
そして間違いなく言えるのは、いずれのモデルを選んでも、この圧倒的なまでのスタイリッシュさは完全に享受できることだろう。また、今回のテストドライブでは試すチャンスは無かったのだが、本サイトでも以前お届けしたワールドプレミア直後の海外試乗記でも記されている通り、オフロードでの走破性能もレンジローバーのブランドネームに相応しいレベルを実現しているとのこと。たとえサイズは小さくとも、あるいは前衛的なデザインを与えられようとも、この車は紛れもなく「レンジローバー」なのである。
■インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/
2012年 3月 16日