インプレッション

レクサス「GS F」(富士スピードウェイ)

電子制御を上手く取り入れたGS F

 レクサス(トヨタ自動車)のFモデルと言えば、はじまりは2007年の「IS F」だ。日常からサーキットまで、誰もが走りを堪能できるスーパースポーツセダンとしてその名を知らしめたが、日本では2014年5月に販売を終了してしまった(海外でも2014年内に販売終了)。このクルマの誕生以降、車名にFの文字を入れるセダンは新たに登場しなかった。だが、いよいよ約8年ぶりにその世界が蘇る。

 新たに誕生した「GS」ベースの「GS F」は、かつてのコンセプトを変えることなく、より進化させた形で登場した。基本コンポーネントは平たく言ってしまえばクーペモデルの「RC F」と同様。V8 5.0リッターエンジン、そして8速ATの「8-Speed SPDS(8速スポーツダイレクトシフト)」も同じであり、それをホイールベースが120mm長いシャシーに与えたというクルマがGS Fである。

高性能スポーツセダンとして11月に発売された「GS F」。ボディサイズは4915×1855×1440mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2850mm。車両重量は1830kgとなっている。撮影車のボディカラーはヒートブルーコントラストレイヤリング。価格は1100万円
足下はBBS製の10本メッシュスポーク鍛造アルミホイールにミシュラン「パイロット スーパースポーツ」(フロント255/35 ZR19、リア275/35 ZR19)の組み合わせ。ホイールはオプションのポリッシュ仕上げ(通常はガンメタリック塗装)
パワートレーンはV型8気筒DOHC 5.0リッター「2UR-GSE」エンジンと8速AT「8-Speed SPDS(8速スポーツダイレクトシフト)」の組み合わせ。最高出力351kW(477PS)/7100rpm、最大トルク530Nm(54.0kgm)/4800-5600rpmを発生。JC08モード燃費は8.2km/L

 もちろん、それで終わりじゃない。レーザー溶接やスポット打点の打ち増しに加え、構造用接着剤やレーザースクリューウェルディングなどを行なうことで高剛性ボディを手に入れている。さらにはガラスの接着剤にまで気を遣うなど、根本から骨格をよくしようとしていることは明らか。

 その上で電子制御を上手く取り入れたことがGS Fの特徴だ。なかでもリアのデファレンシャルに与えられた「TVD(Torque Vectoring Differential)」の標準装備化は一番のトピックといってもいい。RC Fではオプション扱いになっていたこのTVDは、後輪左右の駆動力を最適に制御。「スタンダード」「スラローム」「サーキット」という3つのモードを持たせ、あらゆる状況で理想的な車両挙動を実現できているという。

インテリアカラーはブラック&アクセントホワイト(セミアリニン本革)
シフトレバーの後方に「ドライブモードセレクト」の切り替えダイヤルとTVDのスイッチを配置。ドライブモードセレクトではスロットル特性を穏やかに設定した「ECO」、燃費性能/静粛性/運動性能のバランスを取った「NORMAL」、アクセルレスポンスを高めてスポーティ走行に適したギヤに変速することが可能な「SPORT S」、「SPORT S」よりもさらに早いタイミングのシフトダウンと、より高いエンジン回転をキープする「SPORT S+」の4モードが用意される。加えてTVDでも「スタンダード」「スラローム」「サーキット」という3モードを設定し、エコドライブからサーキット走行まで幅広く対応
TVDのモードを選択したところ。左から軽快感と安定感をバランスさせた「スタンダード」、ステアリングレスポンスを重視した「スラローム」、高速サーキットでの安定性を重視した「サーキット」
各ドライブモード選択時の主な制御の流れ(Dレンジ時)
主な制御ECONORMALSPORT SSPORT S+制御内容
シフトパターン環境に配慮した走行からサーキット走行まで幅広い条件に対応
G AI-SHIFT制御--車両状態をドライバー操作とGセンサーで総合的に判断。コーナー進入から脱出までの最適なギヤを選択し、スポーティな走行をアシスト
高応答アップシフト制御--アクセル開度からドライバーの意思を読み取り、速やかなアップシフトを行なう
ブリッピングダウンシフト制御--ブレーキング中にブリッピングダウンを用いることでスポーティなフィーリングを実現するとともに、ドライバーの運転状態に適したギヤに素早く変速

(○):制御あり、(◎):SPORT S専用、(●):SPORT S+専用

日常からサーキットまで誰もが堪能できるスーパースポーツセダン

 そんなGS Fに乗るシチュエーションは、富士スピードウェイの本コースと、その周辺のワインディングロード。Fの開発主戦場であった富士で、一体どんな走りを展開するのか? 早速クルマを借り出して、まずは一般公道から走り始めてみる。まず感じたことは、シャシーの懐が深いということだった。スポーツモデルにも関わらず、しなやかに走って見せるGS Fは、かつてIS F時代に感じていた世界とはまるで違うものに感じる。我慢を強いることなく乗れるところに感心した。

 それでいてワインディングがかなり面白い。TVDをスラロームモードにすれば、小舵角から即座にヨーが発生し、スイスイとクルマの向きを変えるのだ。車両重量1830kg、ホイールベース2850mmの大柄なクルマとは思えぬその動きは驚くばかり。クルマが小さく感じる動きがそこにある。もちろんRC Fと比べてしまえば大きさや動きの緩慢さはあるのだが、決してイヤなレベルじゃない。むしろ程よくシャープさが取れた仕上がりに好感が持てる。

 そして官能的なエンジンサウンドもなかなかだ。このクルマには「ASC(Active Sound Control)」というスピーカーを使ったサウンドギミックが搭載されているが、それがかなりの心地よさを生み出してくれる。作られすぎた音だったら興ざめだが、もともとあるエンジンやエキゾーストノートを上手く利用したこのサウンドは、こもり音を感じることもなく爽快な伸び感を伝えてくれる。リニアに吹け上がってくれるエンジンとともに、アクセルを踏むのが愉しくなってしまう作り込みが気に入った。

 こうしてファーストインプレッションで上々の感覚が持てたGS F。次なるステージはいよいよ富士スピードウェイである。ハーフウェットという難しい状況をどう乗り越えてくれるのかが見どころだ。走ればワインディングで感じていたものと同様。求めたとおりに動いてくれる感覚がたまらなく面白い。TVDをサーキットモードにすると、無理にヨーを発生させている感覚もなくなり、安定方向に走るところは優しさだろうか? スタビリティコントロールのスポーツモード付きVDIMは絶妙な介入でニュートラルに走らせてくれる。

 試しにVDIMをフル解除し、ちょっと濡れた100Rの立ち上がりで乱暴にスロットルを開けてみても、リアが安易に発散することもない。TVDを安定方向にでも使えていることが関心事。一方で、その気になればドリフト方向に姿勢を作ることも可能。自由自在に動きながらも、シッカリさせるところは逃していない。サーキットでもまた懐は深い。だからこそどんな運転でも受け入れてくれるのだ。

 唯一気になるのはストッピングパワーくらいだろうか? それはブレーキがプアだと言っているわけではない。多くの試乗者が1日かけて乗っても悲鳴を上げないレベルだからだ。気がかりだといったのは、加速も旋回も重量級セダンとは思えぬ動きを展開するが、ブレーキングだけは重量を感じるものがあるからだ。だから、そこだけは頭に入れて乗ったほうがいいかもしれない。それほどのV8とTVDの威力が凄いということだろう。

 かつてIS Fで始まったレクサスのスーパースポーツセダンの歴史は、ここにきて電子制御を利用した第2章に突入した。電子制御の介入というとネガティブに感じる人も多いかもしれない。だが、決してそんなことはなく、むしろポジティブにそれを取り入れることに成功しているのは明らか。新たなるGS Fは電子制御の力を借りることで、当初のコンセプトである“日常からサーキットまで誰もが堪能できるスーパースポーツセダン”の世界を、より高次元で展開することに成功したように思える。

Photo:安田 剛

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は18年落ちの日産R32スカイラインGT-R Vスペックとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。