インフォテインメント・システム

 前回の最後でお約束した通り、今回はインフォテインメント系。インフォテインメント(Infotainment)とは、「Information」+「Entertainment」を意味する自動車業界の造語で、いうまでもなくその実体は情報表示と娯楽である。

ラジオからインフォテインメント機器へ
 インフォテインメント系機器の走りは、カーラジオである。次いでカセットテープ。1970~80年代は、AM/FMラジオ+カセットテープデッキが、典型的な「インフォテインメント機器」ということになる。1980年代後半から1990年代にかけてはこれに音楽CDが加わり、トランクとか座席下にマルチCDチェンジャーを搭載して、いつでも音楽が聴けるようにした。

 長らくこの状況が続いたが、そのうちに液晶の価格が下落してきて、小型液晶なら現実的な値段で使えるようになってきたことで、まずTV、これに続きVHSを車内で鑑賞といった用途が現実化してきた。さすがに車内の劣悪(振動と温度)な環境と限られた空間にはVHSはちょっと苦しいものがあり、あまり流行らなかったと記憶しているが。

 このあたりまでは、インフォテインメントといってもほぼ完璧にエンターテイメントに近い。しいて言えば、高速道路をはじめとする有料道路では道路情報ラジオを1980年代から提供しており、機器によってはワンタッチでこれを聴ける様になっているので、これが辛うじてインフォメーションに分類される程度だ。

 ところが1990年代後半からカーナビが急速に進化し、こちらのニーズが高まったことにより、やっとインフォテインメントらしくなってきた。昨今のインフォテインメント機器の場合、


  • AM/FM/XMラジオ(XMラジオとは、アメリカなどで利用されている衛星ラジオ放送)
  • CD
  • TV(ワンセグ/フルセグ)/DVDのマルチ再生
  • カーナビ
  • 渋滞情報の取得と表示

あたりは当然できることが求められており、さらに


  • iPodその他との接続
  • 音声認識
  • 携帯電話との連動(Bluetooth連動のハンズフリーなど)
  • カメラ連動

なんてあたりも必須要件に入ってきた。

現代のインフォテインメント・システムの例、BMWの「iDrive」

 

「SYNC」を利用したフォード「エクスプローラー」のインフォテインメント・システム「マイ・フォード・タッチ」

ネットワーク接続が必須に
 音声認識は日本ではそれほど流行ってないが、欧米では以前からこうした要望は高まっており、米フォードの「SYNC」が音声認識を取り込んだことで、競合メーカーもこれに本腰を入れ始めたと筆者は認識している(もっともこの認識は、インフォテインメント関連MCUの動向をウォッチしていてのものなので、実際の車の実装がどうか、というのとは多少ずれがある。なので、もし違っていたらごめんなさい)。

 TV/DVDのマルチ再生というのは、特に欧米のRV系では重要なニーズ。要するに大型のRVでキャンプなんかに行く場合、前席に両親、後席に子供が乗る(これは法規制的にそうなる)わけだが、道中子供が退屈しないように、後席では子供が好きなDVDなどを再生しておき、前席はナビやらTVやらが表示されるといった具合に、複数の映像を同時に管理できる必要がある。もちろん最初はこれも「後席専用にDVDプレイヤーを置けばいいよね」という話だったが、あまりにこの要求が一般的になると「別のプレイヤーを置くとコストが上がるね」という話で、結局インフォテインメント・システムが後席まで管理するのが当然になってしまった。

 カメラはリアビューとかサイドビュー、最近だとフロントビューなどもある。

 これに加えて最近は、ネットワーク接続性すらも次第に必須要件になりつつある。ぶっちゃけた話、最近ではスマートフォンやタブレットを車に持ち込んでそのまま使ったほうが、車の標準装備のカーナビより機能が高かったりすることが珍しくないというのは、「入れちゃお!iPhone & Android クルマ・アプリ・カタログ」のバックナンバー(http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/car_app/index.html)をご覧いただければ分かるとおりである。

 もちろん、据え置き型のカーナビにも利点はあるのだが、すばやいサービスの更新とか迅速な情報アップデートといった観点では、圧倒的にネットワーク系アプリケーションの方が優位である。もちろん自動車関連機器メーカーもこうしたことは百も承知。なので昨今のインフォテインメント向けのMCU(Micro Controller Unit)/MPU(Micro Processing Unit)を見ると、どれもこれも判で押したかの様に「高いネットワーク接続性」を謳っている。

 初回にもちょっと触れたが、筆者は普段はバイクの人なので、カーナビなどにはあまり縁がないのだが、それでもあれば便利とは当然思っている。ただ車と違って防水(防滴レベルだと、高速を走ってるときに雨にあったらアウトである)とか防振への要求が車向けよりも上がるため、値段も跳ね上がる。どうしたもんかなぁと思っていたのだが、タンクバッグにAndroid携帯を突っ込むことであっさり解決した。

 ぶらぶら走っている時はGoogle Mapを表示させておけばMoving Mapとして機能するし、目的地が明確に決まってるときはGoogle Navigationを使えばちゃんとカーナビになってくれる。もちろんVICSの渋滞情報とかはAndroid携帯(というかGoogle Navigation)が未対応なので、車にそのまま応用できるわけではないが、ネットワーク接続があれば携帯レベルの機器で十分というよい例になっていると思う。

インフォテインメント・システムの要は高集積MPU
 こうした動向を受けて、昨今のインフォテインメント系システムはどんな具合になっているのか? という話だが、例えば利用されるMPU(MCUでは追いつかないので、メモリを外付けとしたMPUを使うのが一般的)の一例として、富士通が欧州の自動車メーカーにインフォテインメント向けとして提供している「MB86R12」(http://www.fujitsu.com/emea/services/microelectronics/gdc/gdcdevices/mb86r12-emerald-p.html)の構造をちょっとご紹介する(P01)。

P01:富士通「MB86R12」

 中核にあるのはARM Cortex-A9というCPUで、現在販売されている中では一番高速なものだが、動作周波数は533MHzと低め。ほぼ同程度の性能のCPUコアを内蔵するアップルの「iPhone 4」が800MHz、「iPad」が1GHz駆動なので、これらと比較してもちょっと遅め、といったあたりである。

 ただ、これを取り巻く様々な周辺回路は、携帯電話向けよりもさらに多機能になってる。まず中核になるのがグラフィック表示をするための2D Engine(IRIS Core)や3D Engine(Ruby Core)と呼ばれる部分だ。「車で3D表示?」とか思われるかもしれないが、例えばカーナビの道路の表示を真上(サテライトビュー)から鳥瞰図(バーズビュー)に切り替えたり、無機質なポリゴン表示で周囲の建物を表示する代わりに実際の建物っぽい風景を表示したり、というあたりは全部3Dでやったほうが効率がよかったりする。

日産のアラウンドビューモニター

 ちなみにこのチップの場合、画面出力は3つまで可能で、例えばメーターパネルとカーナビ画面、それに後席の画面出力なども賄える。逆に入力で言えば、カメラ入力が4つあるのは、リアビューとサイドビュー、それとフロントビューの4つのカメラを接続するためで、この4つの画像をもとに、日産の「アラウンドビューモニター」のようなパーキング用のバーズビュー表示を行わせることも可能だ。こうした処理は、「Image Processor」と呼ばれるユニットが実施する。

 ユーザーインターフェイスまわりで言えば、「TS I/F」はタッチスクリーンのインターフェイスで、カーナビ画面でのタッチ入力をカバーする。その他の、例えばスイッチ類の制御は、122本もの「GPIO」(General Purpose I/O:汎用入出力)やADC(Analog/Digital Converter)などでカバーする形だ。また、例えば地図その他を格納するための「SD/MMC」(メモリカードのインターフェイス)と「IDE66」インターフェイスが装備される。最近はカーナビの地図その他の情報はメモリカードで蓄積されることが多いので、


  • システム全体の起動用のメモリカードスロット
  • 地図情報などを格納するカーナビ用メモリカードスロット
  • ユーザーが利用できるメモリカードスロット

といった形に使い分けるためである。一方IDE66は、本来はHDD用のインターフェイスだが、最近はDVD-ROMドライブの接続用に用意されている。

 この結果として、MB86R12には


  • カーナビ画面(タッチパネル付き)
  • DVD/TV画面×2、もしくはDVD/TV画面+メーターパネル
  • カメラ×4(Video Capture経由)
  • カーナビ用GPSレシーバ(I2CもしくはUART経由)
  • DVD-ROMドライブ(IDE66経由)
  • TVチューナー(Video Capture経由)
  • Bluetoothトランシーバ(SPI経由)
  • アナログ「風」計器パネル(PWM経由)
  • 各種スイッチ類(SPI/I2C)経由
  • オーディオアンプ(SI2経由)
  • マイク(S2S経由)

などといった様々な機器が全部ぶら下がり、さらに「CAN」あるいは「LIN」といったインターフェイスで、車内の他のECU(Electronic Control Unit)と接続されるという仕組みだ。携帯電話との接続が必要ならばUART経由、ネットワーク常時接続を考える場合はEthernetを利用することも可能だ。

 こうした機器を全部ぶら下げたうえで、DVDを再生しながら、その合間に定期的にメーターパネルの表示を更新し、さらにカーナビとしての動作をするといった、複雑な処理を全部こなすことになる。

 こうした高集積の製品は、別に富士通のMB86R12に限った話ではない。主要な半導体ベンダーがリリースするインフォテインメント向けのMPUは、概ね同等の集積度を誇っている。

 高集積のMPUの場合、すべての処理をCPUでやらせていると間に合わなくなる。なので、例えばDVDの再生なら内蔵するビデオ再生エンジンが全部処理を行うのが普通だし、カメラ映像の合成などもある程度は自動的に処理できる仕組みが組み込まれている。あるいは、例えばGPSからの受信といった、ある程度の定型処理に関しては、CPUを使わずに周辺回路が勝手に行って結果だけを返すといった仕組みを取り込んでいる製品もある。可能な限り周辺回路で処理を行い、メインのCPUに負荷をかけないようにする、というのがインフォテインメント系MPUの特徴と言えるだろう。

 このあたりは、性能が高いかわりにほとんど周辺回路の無いPC用のMPUと好対照を成している。実のところ業界全体を見渡すと、PCのような単機能の製品の方がむしろまれで、こうした複雑な機能を搭載した特定用途向けのMPUの方が大多数だったりする。

 最近はIntelとかVIA Technologiesといった、これまでPC向けに単機能のMPUを提供してきたベンダーが、新たなマーケットを目指してインフォテインメント向けの製品投入を始めているが、そのままだとまるで機能が足りないので、必要になる機能を補助チップの形で集積し、これと組み合わせる形での製品展開を行っているのが実情だ。ただこれはコスト的にも実装サイズ的にも不利であり、そんなわけで今のところこうした専用製品を使うのが普通である。

カーエレWatch バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/cew/


(大原雄介 )
2011年 10月 5日