特別企画
【特別企画】ソニーのアクションカム「HDR-AS15」がマン島TTの撮影に挑む(後編)
本編ついに公開!! マン島TTの撮影を敢行したマーケティング担当者にインタビュー
(2013/7/8 11:52)
前編では、5月25日から6月7日にかけて開催された「マン島TT(Isle of Man TT FUELLED BY MONSTER ENERGY)」にて、ソニーの「HDR-AS15」がマン島TT主催者の認定するオフィシャルカメラとして採用されたことを伝えるとともに、どのような方法でアクションカムをレースバイクに取り付けていたか、といった点を中心にリポートした。
後編では、このアクションカムでマン島TTを撮影するプロジェクトを企画したソニー デジタルイメージング事業本部の大崎 晃一氏への現地インタビューをお届けする。今回の企画の経緯だけでなく、HDR-AS15の改善計画、そして今後予定している映像コンテンツの構想まで明らかにしていただいた。
前編でもお伝えしたとおり、今回マン島TTで撮影されたHDR-AS15の数々の映像は1本にまとめられ、予告編が同社のアクションカム専門のYouTubeチャンネル「Action Cam by Sony」(http://www.youtube.com/user/ActionCamfromSony/custom)で公開されている。本編は7月上旬に公開されると予告されていたが、ついに公開されたので掲載しておく。映像本編を見つつ、担当者インタビューを楽しんでいただけたらと思う。
プロの方が見てもすごいと思うような映像を
──「HDR-AS15」をマン島TTに提供するプロジェクトを立ち上げた経緯を教えていただけますか。
大崎氏:まず、当社の出しているアクションカムのことを知っていただく、というよりは、アクションカムでどういうものが撮れるのかを多くの人に知ってほしい、というのがありました。レンズやセンサーなどのハードウェアスペックで製品を訴求するのではなく、この製品を使えばこういうのが撮れるんだ、というのを分かりやすく皆さんに知っていただきたかったんです。
そのために、5月に専門のYouTubeチャンネル「Action Cam by Sony」(http://www.youtube.com/user/ActionCamfromSony/custom)を立ち上げて、プロの方が見てもすごいと思うような映像コンテンツを集めています。これらの映像を見て、一般のユーザーの方々が自分で撮ったものもこのチャンネルで取り上げてほしい、と思ってもらえるような場所にしたいなと。
──本格的な映像をサンプルとして提示して、アクションカムの使い方を提案していこうというわけですね。
大崎氏:そうです。YouTubeチャンネルでは、プロの方がアクションカムで撮った“本物”の映像をたくさん集めて出していこうと。商品の形状により空気や水流への抵抗が非常に小さいため、多くのアクションスポーツでお楽しみいただけると考えておりその代表スポーツとして我々が選んだのがマウンテンバイク。著名なライダーさん達のバイクにまつわる夢を実現してもらいそれを迫力のある映像とともに記録したドキュメント、名づけて“Dream Capture”シリーズを今後展開していく予定です。
──軍艦島の映像はインパクトがあり、ネットでも話題になりました。
大崎氏:おかげさまで再生数もうなぎ上りで、BS放送でテレビ番組化もされました。ですが、そもそもこの企画は、PS3上で動画を編集できる「PlayStation Studio」というゲーム感覚で動画編集できるソフトがあって、PC向けには「PlayMemories Home」というのもあるんですけれど、これらのソフトウェアを訴求するビデオを作ろうというところから始まったのです。
ソフトには音楽素材がいろいろ入っていたり、効果音も用意していて、動画に自由に加えることができます。見映えしにくい動画でも、それを面白くするのはやっぱり編集なんですよね。で、このソフトをもっと知ってもらって、もっと使ってもらうには、どういう素材があればいいのか。当社にはアクションカムがあるので、これを使って何かできないかな、となって、じゃあラジコンヘリに搭載して撮ったら面白いんじゃないの、と。軍艦島の撮影はミーティングの中でのそういう単純なアイデアから生まれたものです。
普通は体験できない迫力を、我々のアクションカムで記録したい
──その軍艦島から、今度はマン島TTを舞台にした映像を撮影することになったわけですが、なぜマン島TTを選ばれたのでしょう。
大崎氏:私はもともとバイクが好きだったのですが、マン島TTが伝統的なレースであるだけでなく、世界的にもまれな公道レースということもあり、あの狭い道路を時速200kmとか300kmで走るスピード感を映像にしてみたいと思いました。一般の人が現地に見に行くチャンスは少ないですし、公道の石壁すれすれを猛スピードで走る視点を、実際にアクションカムで撮ったらどれくらいすごい迫力を感じられるんだろうと、非常に興味があったんですね。そういう映像を我々のアクションカムで残せたら面白いだろうなということで、今回のプロジェクトが始まりました。
バイクレースという括りで考えた時、最初は鈴鹿8時間耐久レースやバイクレースの最高峰であるMoto GPはどうだろうと考えたのですが、サーキットの映像というのはすぐにパッと思い浮かぶくらい多くの人が見た記憶があるんじゃないかと思うんですよね。
それに、HDR-AS15はワールドワイドで販売している製品ですから、世界的に多くの方が興味を持っていただけるかどうか、という点も考慮しました。マン島TT主催者への交渉は大変だろうと思っていたのですが、意外とあっさりいいですよと言ってくれて助かりました。
──具体的に、ソニーはマン島TTに対してどういう形でサポートを行ったのでしょうか。
大崎氏:合計で40台の「HDR-AS15」をマン島TT主催者に無償提供しました。今回アクションカムで撮影した映像を1本にまとめて、6月中旬以降に予告編、7月上旬に本編としてYouTubeチャンネルで公開する予定です。
主催者側としては、通常のビデオカメラで撮影したものと、このアクションカムの映像を組み合わせて、テレビ局などにコンテンツ販売したり、ビデオパッケージ化したりしますが、我々ソニーにはアクションカムの映像100%のビデオを作ってもらいます。これについてはWebで自由に公開していいという許諾も得ています。
──オフィシャルとして採用されるにあたり、主催者側から何らかの条件は提示されなかったのですか?
大崎氏:特に条件はありませんでしたが、できれば映像形式はPALに対応してほしいという要望はありました。日本などで使われているのはNTSCで、ヨーロッパではフレームレートが25fpsか50fpsのPALが主流です。今のところHDR-AS15はNTSCにしか対応していなくて、すぐにPALに対応するのは難しそうですけれども、ヨーロッパ市場を考える上では重要な課題だと認識しています。
──逆にソニーから撮影方法について要望を出したことは?
大崎氏:撮影を実際に行うのはレースシーンでの経験がある撮影のプロですから、こちらから要望しても的外れになってしまうかなと思い、基本的には主催者にお任せしました。軍艦島と同じようにラジコンヘリで撮影することも考えたのですが、採用が決まってからレース開催まで2週間くらいしかなく、調整のための時間がありませんでした。
それと、安全上の問題があったので仕方なかったのですが、企画段階でアイデアとしてあった、ライダーのヘルメットにアクションカムを付けるというのも実現できませんでした。壁ギリギリを走り抜けるのがマン島TTの醍醐味でもありますから、壁にアクションカムが接触して事故などのアクシデントにつながるのは避けなければいけません。
「アクションカムといえばソニー」というポジションを確立したい
──マン島TTの撮影クルーと話をして、さっそくいくつかの課題も見えてきましたね。
大崎氏:たしかに、プロが使うという意味では改善が必要な部分はあるのかなと思ったところもあるんですけど、ただ、このアクションカムは数百万円もするような業務用製品とは違って数万円で買える商品ですし、仮に壊れてもメディアさえ残っていればすごい映像を残せる。そういうことを考えると、普通にプロが使ってもいいんだなと思いましたね。
“クラッシャブルなカメラ”というのは語弊があるかもしれませんが、レンズが割れたり本体が壊れても、撮影した映像さえ残っていればいい。プロにとっての使い捨てカメラみたいなポジションで活用してもいいのかなと感じました。
──上がってきたさまざまな課題は今後どのように対応していきますか?
大崎氏:リアタイヤが歪んで見えるような現象が発生していた点については、エンジニアに動画ファイルを送って見てもらい、解析してもらうつもりです。放送局向けの業務用カメラの技術部隊もいますので、そこと連携を取りつつ解決策を探ってみようと考えています。
──ソフトウェア的な課題はファームウェアアップデートなどで解決できそうでしょうか。
大崎氏:エンジニアに解析してもらった後、さまざまな可能性を検討します。いろいろな使い道がある製品ですから、新しい機能や改善はどんどん考えていくべきですし、そういうのにいち早く対応するためにはファームウェアアップデートを含めて検討することが必要でしょうね。
想定していなかったトラブルもありましたが、我々にとっては逆に素晴らしい検証素材になりますし、プロの方にもっと使ってもらえるような製品作りにつながる、いい課題を見つけられたと感じています。HDR-AS15は放送業界からもすごく期待されていると聞いていますから、ぜひ今後に活かしたいですね。
──画質面ではビットレートも大きな要素だと思います。より高いビットレートを選べるようにする予定はありますか?
大崎氏:今後の検討材料の1つではあると思います。ファームウェアアップデートでできるかどうかもまだ分かりません。新製品として出すかどうかも、市場の動向次第になりますね。
──今回サウンドについてはしっかり音が拾えているとのことで、評価も高かったようですが、他の用途では外部マイクを使いたいという要望はないでしょうか。マイク端子が底面のフタに隠れていて、使いにくいところが個人的には気になっていたのですが。
大崎氏:今回のように車載した時のエンジン音なんかは臨場感のためにも必須です。そういう理由からステレオサウンドを録音できるマイクを搭載しているわけですので、今回そのあたりもしっかりカバーできていることが確認できてよかったと思っています。
──ワールドワイドでアクションカムの大きなシェアを獲得している「GoPro」に対して、どのように思っていますか。
大崎氏:我々ソニーは、通常のビデオカメラ分野では世界で大きなシェアを持っていて、放送機器としてダントツの強さがあるわけで、アクションカムでも商品内容で負けるわけにはいきません。認知度の問題だと思っています。だから、YouTube
チャンネルを立ち上げたのは、製品自体の訴求というより、せめて製品を知っててほしいなという気持ちと同時に新しい映像の楽しみ方を提案できないか、という思いからです。
少なくともソニーのアクションカムを知らなかった、という風にはしたくない。だから、YouTubeチャンネルを立ち上げたのは、製品自体の訴求というより、せめて製品を知っててほしいなという気持ちからなんです。HDR-AS15は、おかげさまで日本では一定のシェアを獲得できたんですが、海外という広い目で見るとやはりGoProが浸透しています。我々にとっては、それに挑むのはとても楽しいチャレンジだなと思っています。
犬目線の映像や、BMXの回転技などの映像も企画中
──マン島TTの次はどんなコンテンツを?
大崎氏:マン島TTは実は“本物”シリーズの第3弾でして、その前に第2弾として犬用のハーネスを使った映像を公開予定です(※編注:6月13日にYouTubeで公開)。ジェロニモ(GERONIMO)ちゃんというアクロバティックに動くかわいい犬がいて、このジェロニモちゃんに4月に発売したばかりの犬用のハーネスを付けたらもっと面白い映像が撮れるんじゃないのかなと。
それと、BMXライダーの池田貴広さんという方にBMXの回転技を披露してもらい、ギネスに挑戦するという企画についても交渉中です。
他のアイデアとしては、たとえば女性と一緒にデート感覚でサイクリングしている気分になれる“美女”シリーズなんかも面白いかなと思ってますが(笑)。
──最後にメッセージがあればお願いします。
大崎氏:マン島TTを題材にしたからと言って、公道で時速300km出して撮影してね、というわけではもちろんありません(笑)。ソニーとして提示したいのは、サーフィンであればこの景色が映像で残っていたら面白いだろうなとか、バイクでワインディングを走った時の景色がきれいだな、これを友達に見せたいな、また後で見返したいな、というように、見たものを映像に残したいという気持ちを記録してシェアしてほしいということ。そういうことができるのがアクションカムの大きな魅力なんだと思います。
マン島TTの撮ったばかりの映像を先ほどちょっとだけ見ましたが、かなり迫力ある面白い映像になりそうなので、YouTubeでの公開を楽しみにしていただければ。HDR-AS15のアクセサリーも専属で担当しているスタッフがいて今後どんどん新しいものが出てきますから、ご期待ください。
ユーザーの“これが撮りたい!”を刺激するソニーの取り組み
取材の現地入りはレースウィーク後半で、宿泊場所の問題で早朝に現地に行くことができなかったことから、実際の取り付け作業を確認できなかったのが残念ではあったが、HDR-AS15が極端にシンプルな方法で固定されていたのは予想外だった。バックルタイプのマウントとガム状の粘着素材、そしてガムテープというかなり原始的な手法ではあるものの、安全面や風圧などの対策としてはコストも手間も少なく済む、合理的な取り付け方なのだろう。
HDR-AS15の採用が決まったのが5月中旬とのことで、専用マウントなどを準備する時間がなかったということもあるかもしれない。あるいは取り付けるマシンの台数が多く、撮影クルーとして動けるスタッフの数が限られている、といった理由もあるのだろうが、初音ミクや無限の電動バイクのように、GoProをすっぽり収めるための形状にインナーパネルを仕上げているなど、手間をかけて作り込んでいたのとは対照的だった。
ただし、取り付け方法は二の次であり、必要な映像さえしっかり残せればいい、という意味では、マン島TT主催者のとった方法は個人がアクションカムを使う上でも参考になる実例である。結局は“何を撮るか”が重要なのだ。ソフトウェアやハードウェアにおける課題もいくつか挙がったが、ソニーが積極的に改善へ向けて取り組んでおり、いずれその成果が我々一般ユーザーにももたらされることになるだろう。
マン島TTは歴史あるレースであり、以前はロードレース世界選手権(現在のMoto GPの位置付け)のシリーズ戦の1つとして開催されていたこともある。ただ、自由に観戦できるため大きな入場料収入が見込めないことなどによりシリーズカレンダーから外されたという経緯があったらしいのと、2013年からは賞金が減額になったこともあり、レースの性質上決して資金が潤沢に確保できているわけではなさそうだ。くしくも2012年秋には新製品となるGoPro HERO3が発売されており、マン島TTでもアクションカムの入れ替えを検討していたのかもしれない。今回ソニーのHDR-AS15が採用されたのも、無償提供の申し入れがそのタイミングにうまく合致したのではないか、という想像もできる。
もちろん製品として高い性能・品質が伴っていなければ採用されることはなかっただろうが、いずれにしてもソニーとしてはこれで業務用分野への普及の第一歩を踏み出せたことになる。前編に登場した撮影クルーのクリストファー・クート氏も、個人的な考えであると前置きしながらではあるが、「来年以降もぜひ使いたい」と話していたこともあり、これを機にバイクレースや放送の分野でHDR-AS15が徐々に広がっていく可能性は十分にありそうだ。
しかしながら、コンシューマに目を向けると、今後もアクションカムの需要が順調に拡大していくかどうかは未知数なところもある。国内外の多数のメーカーが参入し、ここ数年で急速に広がったアクションカム市場だが、これからも継続的にコンシューマに受け入れられるためには、売りっぱなしにするのではなく、ソニーのようにユーザーに“何を撮ってもらうか”“どう使ってもらうか”という点を各社が真剣に考えなければならない。小型で基本的にズームがなく、多くの場合ディスプレイも標準では付いていない、ある意味特殊用途向けのビデオカメラなわけで、ユーザーの“これが撮りたい!”という強い情熱がない限り食指の動きにくいジャンルの製品だからだ。
YouTubeで“本物”の映像を提示するというソニーの今回の取り組みは、そういったユーザーの“撮りたい!”というパッションを呼び覚ますのに十分な効果があるだろう。
アクションカムの“Dream Capture”シリーズの映像プロジェクトはまだ始まったばかり。ソニーの大崎氏によれば、YouTubeチャンネル「Action Cam by Sony」(http://www.youtube.com/user/ActionCamfromSony)の年内の目標再生数はかなり大胆に見積もっているとのことで、今回のマン島TT以降も、BMXライダーなど、ほかにもさまざまな魅力ある映像コンテンツが登場することを期待してよいだろう。そして近い将来、プロの現場でソニーのアクションカムが大きな存在感を示している状況になっていることも、大いに期待したいところだ。