イベントレポート

【インタビュー】フォルクスワーゲン乗用車ブランド CEO Dr.ヘルベルト・ディース氏が語る、ディーゼルエンジン車と電気自動車の未来

2018年3月6日~18日(現地時間)開催

ジュネーブショーのフォルクスワーゲンブースでプレスカンファレンスを行なうフォルクスワーゲン乗用車ブランド CEO Dr.ヘルベルト・ディース氏

 スイス ジュネーブで開催されている「第88回 ジュネーブ国際モーターショー」(3月6日~18日開催)。そのジュネーブショーで、完全自動運転のEV(電気自動車)「I.D.VIZZION(アイ.ディ.ビジョン)」を世界初公開したのがフォルクスワーゲンだ。I.D.VIZZIONは、フォルクスワーゲンが発表し続けるEVの新しい形である「I.D.(アイ.ディ.)」シリーズの4番目のモデルとなり、フォルクスワーゲンがEVにかける熱い意気込みを具現化したものとなる。

 プレスカンファレンスを終えたばかりのフォルクスワーゲン乗用車ブランド CEO Dr.ヘルベルト・ディース氏に共同インタビューする機会があったので、ここにお届けする。ディース CEOはこれからのフォルクスワーゲンの目指すところ、そして大きく報道されているディーゼルエンジン車の規制に対する対応などを率直に語ってくれた。

ジュネーブショーで世界初公開された完全自動運転のEV「I.D.VIZZION」

フォルクスワーゲン乗用車ブランド CEO Dr.ヘルベルト・ディース氏

──フォルクスワーゲンのプレスカンファレンスで、ディース氏は2025年に100万台の電気自動車、つまりピュアEVを販売する目標を示しました。2025年に100万台のEV販売を実現する上で、乗り越えるべきチャレンジはどのようなものだと考えますか?

Dr.ヘルベルト・ディース CEO:「トランスフォーム 2025+」の中で、2025年にEV100万台という数字を言ったのは、非常に実現可能な数字としてみています。その中では、中国の市場が非常に大きな貢献をします。現在中国の市場で我々のシェアは14%(フォルクスワーゲングループ全体、フォルクスワーゲンブランド単体は8.6%)持っています。中国ではすでに60万台の需要があり、マーケットのシェアを維持する上では(EVは)必要となってきます。

 我々は、魅力のあるクルマをあらゆる価格帯で作るということが大切だと考えています。魅力のあるクルマを魅力のある価格帯で提供することが必要です。中国では政府からの全面的なバックアップによって、電気化に向けて取り組んでいます。そのような背景もあって、この数字は問題なく達成できるものと考えています。

 その答えとして、我々が用意したのが4つのEVです。ゴルフクラスの「I.D.(アイ.ディ)」であるとか、SUVの「I.D.CROZZ(アイ.ディ.クロス)」、バン/MPVタイプの「I.D.BUZZ(アイ.ディ.バズ)」であるとか、それらのトップになる「I.D.VIZZION(アイ.ディ.ビジョン)」とか、広いスペクトルで供給できるようしています。

 その最初の答えとしてI.D.を出します。

──ドイツの連邦行政裁判所で、ディーゼル車の市街地乗り入れ禁止を(自治体が定めることを)認める判断が出ました。これによる影響をどのように予想していますか? これがフォルクスワーゲンの戦略変更にどのように影響を及ぼしますか?

Dr.ヘルベルト・ディース CEO:この問題は非常に大きく捉えられていて、全体的にディーゼルがわるいと言われていますが、もう少しひもといて話をさせていただきます。例えばシュツットガルトという場所は、盆地のようなところに密集して高層ビルが建っていて空気がたまりやすくなっています。この街は、CO2の発生量が多く、また窒素酸化物(NOx)も多く、日本で言うと光化学スモッグのような、基準値を超えたのが2年前で800時間、去年が35時間で、今年(インタビューはジュネーブショーのプレスデイ初日になる3月6日)は3時間しか超えていません。

 排気ガス規制は厳しくなっていますし、明らかに窒素酸化物は減っているのです。ドイツの都市は、一昨年は90の都市が基準値を超える空気だったのが、昨年は70の都市に減っています。その70の都市のうち、50の都市がギリギリのところにあります。つまり、ドイツでは20カ所の都市をなんらかの方法できれいにすることで、ドイツ全体で規制値を超えなくすることが可能です。この20カ所の都市に対する答えを出していくことが我々自動車メーカーにとって必要となっているのです。

 ディーゼルというものをすべて全廃にしなくても、答えは出せると思っています。

 今すぐにディーゼルに変わるクルマを作るという話ではなくて、ドイツで言えば1500万台のディーゼル車が走っています。その内の650万台がユーロ1~4の、いわゆる汚い空気を出すディーゼル車なのです。これを代えなければいけない。

 それから、公共で利用されているバスとか、汚い空気を出しているトラックとか、これを代える必要がある。

 それを考えると、今のユーロ6のディーゼルを供給すれば、2020年、これから1年半から2年の間には窒素酸化物の問題は完全に解決できると考えています。そういう意味で、早くきれいなディーゼルであるユーロ6を供給する必要があります。

 例えば、今ユーロ5のディーゼル車が走っていますが、このユーロ5のディーゼル車に関してはソフトウェアの変更で窒素酸化物の放出量を30%減らすことができます。それから、もっと古いクルマに関してですが、16万台のクルマをフォルクスワーゲンが買い取り、それによって新しいクルマを買っていただく。そうすることによって、窒素酸化物の放出量はかなり減らすことができますし、そうすることによって早く新しいクルマに代えてもらうことに取り組んでいます。

 ドイツの自動車工業会では2億5000万ユーロを投資して、信号の流れをスムーズにするとかインフラの流れを変えています(編集部注:信号の流れなどがスムーズになることで渋滞が減り、全体のクルマの燃費が改善され、窒素酸化物の放出量も減る)。いろいろな意味で電動化は進めなくてはならないのですが、今ある現状のものを改善していくことも必要です。

 ディーゼル車全廃というのは、(現状ではガソリン車が多くなるため)CO2の排出量が全体では増えてしまい、環境に対する全体の負荷が大きくなってしまいます。環境問題を考えれば、(古いディーゼル車を減らして)今あるクリーンなディーゼル車を増やす方が、すべての車両をガソリン車にするよりよいのです。

 我々の企業としてのスタンスを説明して、自治体に理解してもらい、必ずしもそのように(ディーゼル車締め出し)ならないようにしてもらいたいと思っています。

 また、今走っている車両を全部電気化しましょうという話になった場合、ドイツでは走行距離が長いので、今の電気自動車では電気が足りないということになります。ドイツの場合、脱原発の流れがありますが、現在50%は火力発電です。電気自動車が増えた場合、電力が足りなくなるため、50%の火力発電所をもっと稼働させることになり、結果としてもっとCO2を放出することとなります。

 環境全体のことを考えると、今の状態では危険なのです。現在、風力発電など再生エネルギー利用のリソースが足りていないのです。今あるきれいなユーロ6のディーゼル車を使って長い距離を走るのは、今の環境にとって最もよいことなのです。それを忘れてはいけない。

 そのため、ディーゼルも必要だということです。

──100万台のEVを作っていく場合、フォルクスワーゲンとしてバッテリーやモーターなど、要素技術の開発をどのように行なっていきますか?

Dr.ヘルベルト・ディース CEO:具体的な市場においては、さまざまな対応があります。例えば先ほど中国の話をしましたが、中国の都市圏においては平均して7km/h~10km/hでノロノロ運転をして、燃費が最悪の状態で大きいクルマばかり走っています。当然、排気ガスもよくなく、中国の空気は汚くなっています。中国政府は、これはもう耐えられないということで、電気化しようとなっています。中国も火力発電が多いのですが、火力で発電し、その電気を全部電気自動車に使っても、CO2排出量についてはそのほうがよいくらい、中国を走っているクルマの燃費はわるいものが多すぎるのです。それが、上海とか北京とかの場合、今の電力供給の状況でもメリットが大きいので、電気化しようとなっているのです。

 中国は現在、日本から原子力の技術を買っていますので、原子力発電によってCO2を減らそうとしています。また、ノルウェーでは完全に再生可能エネルギーしか使っておらず、火力発電はゼロです。フランスに関しては原子力発電が多く、CO2に関してはニュートラルな状態です。ドイツは、先ほども話をしたようにエネルギーを入れ替えている段階で、まだ少し時間がかかりますが、これから火力発電を減らし、風力発電などを増やしていこうと思っています。ヨーロッパの話であれば、2020年までに(EVのために)電気を給電するインフラ、充電器が確保されます。

 世界のマーケットにおいては、多少上下はするでしょうが、2020年から2025年の間に、10%~15%がEVのシェアになると見ています。我々は、それに対してチャレンジングではありますが、電気のクルマや部品などについて急ピッチで整えていきます。急速充電器の整備については、メルセデスやBMWなどほかのメーカーとも協力して推進しています。

 インフラは整え中で、2020年くらいには整ってくるのではないのかなと思っています。

──ディーゼルで巻き返しを図るということですか?

Dr.ヘルベルト・ディース CEO:ディーゼルにはやるべきことがまだまだあります。ドイツ人は年間2万kmを走行するので、ディーゼルのメリットは大きいのです。また、フォルクスワーゲングループの販売台数を考えれば、CO2抑制という責任も大きい。よりクリーンなディーゼルを追求していくことは大変重要であると考えていますし、皆さんにももう1度そうした面へのご理解をいただきたい。

──ディース氏は、2018年のCESではNVIDIAのカンファレンスにI.D.BUZZとともに登場し、ドライバモニタリングなど安全機能にDRIVE AIを採用することを発表しましたが、自動運転機能にNVIDIAを採用するとは言いませんでした。一方、フォルクスワーゲングループであるアウディは自動運転機能にNVIDIAの技術を採用することを発表しています。同じグループでありながら、フォルクスワーゲンが自動運転にNVIDIAを採用することを明言しないのは何か理由があるのですか?

Dr.ヘルベルト・ディース CEO:フォルクスワーゲングループ全体でいうと、自動運転機についてはアウディが先陣を切って開発してねとなっています。そこには2つのチームがあって、1つは現行走っているクルマの補助的な機能、先進安全の開発をするチームです。もう1つは完全自動運転のチームがあって開発をしています。今度フォルクスワーゲンはI.D.とかのクルマをリリースするにあたって、レベル4自動運転くらいの開発を視野に入れたソフトウェアのチームを作りました。

 レベル4自動運転時代を見たときにアウディにすべてを任せるのではなく、フォルクスワーゲンのチームとアウディのチームがある状態で、2020年~2021年のレベル4自動運転に対していきたいです。2つのチームとも、NVIDIAのチームとともに開発を行なっています。

──現在日本では、ゴルフやポロなどが売れており、フォルクスワーゲンのブランドを作っています。今後、I.D.などが出てきたときに、フォルクスワーゲンのブランドは今までどおり身近なものなのか、電動化となったときに異なってくるのか?

Dr.ヘルベルト・ディース CEO:そのような大きな変化をフォルクスワーゲンは経験してきました。例えば昔、ケーファー(日本名:ビートル)というクルマがありました。それがゴルフに切り替わりました。あの頃も大きな変化でしたし、空冷の技術が水冷の技術に変わる変化もありました。我々のブランド信頼性は、それが(車種の変更や、技術の変化)購入できる範囲の変更だったので受け入れられました。それと同じような大きな変化の時代が近づいてきています。(かつてと)同じように信頼性のあるものを、多くの人が入手可能な価格で提供し続け、我々のブランドが変化することさえしなければ、うまく進化していくのではないかと思っています。

フォルクスワーゲンの主力車種の移り変わりをプレスカンファレンスで語るDr.ヘルベルト・ディース CEO。右のクルマがI.D.。2019年後半の発売を予定している

──よりプレミアムなほうにストレッチするのではなくて、アフォーダルなポジションに居続けるということですね。

Dr.ヘルベルト・ディース CEO:我々は「Top of Volume」であることを目指しています。つまり、ボリュームメーカーの中でも最も信頼性が高く、アフォーダブルでお客さまに支持されるブランドでありたいと常に考えています。

 フォルクスワーゲンはフォルクスワーゲンとして変化をしません。ボリュームメーカーとして変化はしませんが、ゴルフにしろパサートにしろプレミアムメーカーのクルマと比べても優れていますが、我々がプレミアムメーカーになるつもりは一切ありません。当然マーケットによっては小さいクルマが好まれるところはありますし、マーケットによってはもっと大きなクルマが買われるところもあります。フォルクスワーゲンはフォルクスワーゲンとして一切変わりません。


 Dr.ヘルベルト・ディース CEOに対する質問は、EVに関すること、ディーゼル車に関すること、自動運転に関することとあったが、その答えとしては、時代に合わせて変化することを怖れず、かつフォルクスワーゲンはフォルクスワーゲンとして、世界最大の量産車メーカーであり続けるという意思だろう。

 自動車は100年に1度の変革期とも言われ、COP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)でのパリ協定の締結により、EV化の流れは加速し続けるだろう。その流れの中で、かつてケーファーがゴルフに切り替わっていったように、ゴルフがI.D.シリーズに切り替わっていくという方向性を明確にしたのが、2018年のジュネーブショーにおけるフォルクスワーゲンのメッセージだったのではないだろうか。

編集部:谷川 潔