イベントレポート 東京オートサロン 2023

なぜ2024年モデルが実現できたのか? 新型「GT-R」について日産開発陣がトークショー

2023年1月13日~15日 開催

「GT-R」2024年モデルについて開発陣がトークショーを実施

 日産自動車は1月13日、「GT-R」2024年モデルを幕張メッセで開催中の「オートサロン2023」で先行公開した。また、その午後には日産ブースで同車両の開発メンバーがその開発秘話を語り合うトークショーを開催した。

 登壇したのは川口隆志氏(チーフ・ビークル・エンジニア)、仲田直樹氏(チーフ・パワートレーン・エンジニア)、田村宏志氏(ブランドアンバサダー)の3人。本稿はこのお三方達のトークショーをレポートするものになるが、実はこのトークショー開幕の直前にはハプニングが巻き起こった。というのも、突然、トヨタ自動車の豊田章男社長が現れ、ステージ壇上の新型GT-Rの運転席に乗り込んだのだ。

 “ミスターGT-R”の田村氏との談笑のあと、お付き(?)のトヨタスタッフとともにステージから降りて日産ブースをあとにしていったので、わずか数分の出来事ではあったが、日産ブースのステージ前に集まったわれわれ記者陣や一般来場者は「どこまで演出なのか?」という驚きに満ちた笑顔を浮かべることとなった。

「自動車好きの祭典」のオートサロンらしいシーンとなった豊田章男社長の乱入

2022年モデルが十分に行き届かずお客さまからお叱りを受けた。その声をエネルギーに変えて開発した2024年モデル

「思えば遠くにきたもんだ」。トークショーは田村氏のこのひとことから始まった。

「というのも、このGT-Rという車種は、2000年に本格的な開発が始まり、2001年にコンセプトモデルを公開。2007年の東京モーターショーで正式発表と発売開始されたモデルです。1車種1型式のこのクルマが16年も続けられたのは、お客さまから強い支持を得られ続けたことによるものです」(田村氏)。

田村宏志氏(日産自動車株式会社 商品企画本部 ブランド・アンバサダー)

 国連欧州経済委員会自動車基準世界フォーラムにおいて、地球環境保全とCO2排出量の削減を目的として、「UN-ECE R51-03」(以下、R51-03)と呼ばれる提言がされ、2016年より「時速50km走行時の騒音規制」をフェーズ1、2、3と段階的に強めていくこととなった。

 2022年秋より継続生産車についても対象となるフェーズ2規制が始まり、現行GT-Rは2022年モデルでこのフェーズ2規制に対応できないこととなったのだ。「GT-Rは2022年モデルで最後」という定説が流れ始めたのは、このあたりが根拠となっている。

 「2022年モデルの発売のあと、お客さまから、はっきりいえば多くの『お叱り』に近い言葉を頂きました。もっと作れないのか、と」(田村氏)。

 このR51-03の騒音規制は、車検時などに測定されるマフラーの近接排気音だけではなく、タイヤが発する音やエンジンの稼働音など、自動車が発するあらゆる騒音全体に対する規制であるため、とてもクリアが厳しいのだ。

「これをクリアするためには、マフラーの容量を3倍にしてリアトランクスペースを半分に。リアタイヤにも、サイズ255mmのフロントタイヤを履かなければならない見立てとなりました。これだとお客さまは納得がいかないわけです」(田村氏)。

 そこで田村氏は、開発チームに「1馬力も下げない。タイヤの仕様はそのまま。トランクスペースもそのまま。これでGT-Rを継続させるので頑張ってくれ」と指示したという。

 これを受け止めた川口氏は「正直、ワクワクした」と当時を振り返る。「そもそもGT-Rの開発チームは、これまでずっと無理難題を押しつけられてきました。田村の話だけ聞くと、無茶振りをされた……という印象があるかも知れませんが、結果的にはわれわれのエンジニアリング魂に火を付けられました」という。

川口隆志氏(チーフ・ビークル・エンジニア)

 結局、開発チームはタイヤには手を入れず、徹底した静音マフラーの開発に乗り出すことにした。新開発のマフラーでは、エンジンから排出された排気ガスをY字形の分岐配管で、2つに分割する構造としたという。

「低音騒音を密閉された消音室へと導く事で確実に消音し、排気ガスの実態については流速をそのままに従来の消音室へと導いてその他の騒音を低減させました」と川口氏は述べており、このあたりについては川口氏が用いた下記の図解を用いて補足解説をしておこう。

2024年モデルのために新開発された新型マフラーの構造。このマフラーは日本モデルにのみ適用される

 上の図解(2024年モデルのマフラーの透視図)に合わせるならば、実際には配管の形状はY時というよりは“逆”「イ」の字型になっている。高速流体としての排気ガスは、この“逆”「イ」の字の上の部分の滑らかな斜め曲線「\」状の配管に沿って流れ、その先にある従来マフラーと同等の消音器(2024年マフラー図解右下の隔壁内)へと流れることになる。

 対して、この流体としての排気ガスは単極子騒音(流体の吹き出しによって発生する騒音)としての低音騒音成分が“逆”「イ」の字の下の部分の直線「|」に追いやられる(実際には「|」の先で低音騒音を鳴らすというイメージ)。ここは完全密閉された構造になっており(2024年マフラー図解の左下の隔壁内)、低音の大幅な削減を実現する。

「低音以外の騒音成分の低減については、航空機のジェットエンジンの騒音低減技術を応用しているのです。10万馬力ものジェットエンジンから出る騒音が“あの程度”にまで削減されているのは、実はタービンブレードの形状にあるんです。そこにヒントを得て、排気ガスが発生する気流の渦を細かく分割・分散させることで、そのエネルギーを低音域から高音域までまんべんなく分散させることに成功しました。これが2024年モデルのGT-Rの魅力ある新しいサウンドにもなっています」と川口氏は解説する。

 これについても補足解説したい。川口氏の話を聞く限りでは、ジェットエンジンが排出する高圧縮されたジェット気流が引き起こす騒音に対する騒音低減技術の1つ、「マイクロジェット噴射式の騒音低減技術」の応用をしているように聞こえる。

 これは、ジェット気流のような高速流体が発生する騒音を低減させるために、同等速度の微細な流体(マイクロジェット)を本流である高速流体に衝突させて、騒音源を散らす技術になる。もしそうならば、おそらくマフラーの内壁にそうしたマイクロジェットを発生させるような細工がなされているのであろう。手間が掛かる技術なので、マフラーの価格は高価になっていそうである。

「このマフラーがなければ2024年モデルは実現できませんでした。ぜひとも、一新されたGT-Rの排気サウンドをお楽しみ頂ければと思います」(川口氏)。

さらに高まった性能。VR38DETT開発秘話

 このほか、川口氏からは2024年モデルで刷新されたエアロダイナミクスの話、NISMOについてはフロントLSD搭載の狙いについて語られた。

「2024年モデルは基準車、NISMOモデルともにフロントとリアの外観に大きな手を入れました。Cd値を低減させながらも、ダウンフォースは車体全体で13%向上しています」と川口氏。

 NISMOモデルに関しては、増加したダウンフォースを効果的に応用することを狙い、これまでオープンデフだったフロント駆動部に機械式LSDを投入することにしたとのこと。フロント駆動輪の特性が変わることから、GT-Rの特徴的な4輪駆動システム「アテーサE-TS」の制御プログラムをバージョンアップ。結果、サーキット走行時のヘアピンカーブのコーナリングにて、車体0.6台分、長さにして3mほどコーナーの立ち上がりを素早くさせることに成功したそうだ。

フロントLSDに関する解説を行なう川口氏

 実は、兼ねてからNISMOから単体パーツとして、従来モデルのR35 GT-R向けにフロント用機械式LSDはリリースされてきた。部材としては2024年モデルに搭載されるフロント用機械式LSDは同じもののはずである。しかし、アテーサE-TSがこのフロントLSDに最適化されるのは初だ。つまり、アフターパーツとしてのフロントLSDを組み込んでも、2024年モデルの性能には追いつけないということもあり、2024年モデルの魅力は相応に高くなりそうである。

 そして、話題はGT-Rの心臓部である名機「VR38DETT」エンジンの話題へと移る。このエンジンの開発メンバーである仲田氏は、このエンジンの開発に際して当時掲げられた開発コンセプトを振り返る。

「このエンジンはどこからアクセルを踏んでも速いこと。ノーマルの状態でサーキットで走れること。進化の先を見据えた600馬力のポテンシャルを備えること。この3つがこのエンジンの開発コンセプトでした。なお、600馬力を出すことが目的だったのではなく、600馬力を出した時にでも安定した冷却性能が発揮できることにもこだわって開発しています。この600馬力をターゲットにしたお話は2007年の初期モデルの開発時から開発チームがこだわっていた部分なのです」と仲田氏は説明する。

「サーキット走行ができることというのは、具体的には限界性能を引き出した走りにおいても、安定した油水温の制御と油圧の維持を安定化させることを意味します。油膜切れを起こさせない工夫などは、ニュルブルクリンクでの走行テストで鍛え上げられました。当然、ノーマル状態でサーキットを連続走行した際には、いずれフェイルセーフの制御が介入しますが、そのフェイルセーフに陥るまでを緩やかにすること、そしてその動作は、ドライバーが見ることになるメーターとリンクさせることなどにもこだわって開発されています」(川口氏)。

他の日産車に応用されていくGT-Rの技術

 R35 GT-Rの開発から離れ、現在は日産の電動車(EV)やハイブリッド車(e-Power)のパワートレーン開発に従事している仲田氏からは、現在の日産の電動車にはR35 GT-Rの開発の知識が活かされていることを打ち明けた。

仲田直樹氏(チーフ・パワートレーン・エンジニア)

 日産のEVやe-Power車両では、当初、電動車特有のハイレスポンスな動力性能を獲得できたものの、仲田氏は「運転していてなんか気持ちよくない」というフィーリングが気になったのだという。ちなみに、仲田氏はR35 GT-Rのオーナーでもあり、2014年モデルに2011年モデルのサスペンションを組み込んでカスタマイズするほどのGT-Rヘビーユーザーである。

「GT-RのVR38DETTエンジンではアクセルを踏み込むと、まずターボエンジン特有のオーバーシュート領域(≒ターボの過給圧がやや過剰に高まる瞬間)があって、そこから緩やかに規定の過給圧吸気圧へと繋がっていきます。これが、運転時の力強さや気持ちよさに繋がっていることに気が付いたんです。日産のEVやe-Power車では、このGT-Rの特徴を参考に“気持ちいい加速感”の演出を作り込んでいるんです」とは仲田氏の談。

実は日産の電動車にはGT-RのVR38DETTエンジンの特性が継承されていた

 上図左側がVR38DETTエンジンの出力特性、右側がEVやe-Power車の加速感の演出特性になる。GT-Rのエンジンが持つハイレスポンスはEVやe-Power車で難なく再現できるのだが(左図の赤○)、その力強さはターボエンジン特有のオーバーシュートにあると気が付いた仲田氏は、EVやe-Power車にもその演出を盛り込んだ(右図の赤○)というわけである。

「さらに私は、気持ちいい加速感というのは速度の高まりとエンジンの音のシンクロというのが重要だと考えています。効率などを重視すれば本来は不必要なのかも知れませんが、日産のe-Power車にはそうした演出も盛り込んでいます。さらに、2024年のNISMOモデルのフロント駆動部に機械式LSDが組み込まれた新アテーサE-TSですが、この乗り味は日産の電動4輪駆動技術「e-4ORCE」搭載車で近いものが体験できます。アリア、エクストレイルのe-POWERモデルでお試し頂ければと思います」(仲田氏)とのことだ。現在は日産GT-Rの開発から離れ、電動車両の開発に従事している仲田氏らしいメッセージである。

 言いたいことが止まらない仲田氏はさらに続ける。「2022年11月に『伊勢志摩スカイライン』の路線名が『伊勢志摩e-POWER ROAD』へと変わりました。私も自分のR35 GT-Rでこのお正月休みに走って参りました。素晴らしい景色の中を、R35の3速4速で気持ちよく走って参りました。日産車にお乗りの方もそうでない方も、EVやe-Power車はもちろん、あらゆるクルマで走って楽しめるドライブには最高の路線ですのでぜひお出かけ下さい」と仲田氏は述べた。

【ノート】伊勢志摩 e-POWER ROAD篇

 トークショーの最後には、お三方からGT-Rユーザーや日産ファンに向けてのメッセージも語られた。

「われわれ自ら『技術の日産』というのもお恥ずかしいんですが、そういうからには、われわれGT-R開発チームはGT-Rをしっかり進化させ、その技術や知見をその他の日産車にも活かしていき、日産車のブランドを高めていきたいと考えています」(川口氏)。

「2024年モデルのGT-Rのお披露目の場ですが、フェアレディZやGT-Rのようなスポーツカーだけでなく、日産の電動車の方もよろしくお願いいたします(笑)」(仲田氏)。

「ガソリンエンジン車だろうが電動車だろうが、『究極のドライビングプレジャー』を追求していく日産の姿勢は変わりません。そして、みなさんが『こんなクルマが欲しい』という声に応えていきます。今回の2024年モデルに関してはまさにそうです。『もっと作ってくれ』というこ声が私たちを揺り動かしました。それと、クルマは見て触って頂くだけでなく、乗っていただくことが重要だと考えています。さまざまな日産車をお試し下さい!」(田村氏)。

フォトセッションのひとコマ。その最後には……
会場に来ていたカーアクション映画「ワイルドスピード」シリーズの主役で「ワイルド・スピード SKY MISSION」撮影完了前に事故死した故ポール・ウォーカー氏の弟コディ・ウォーカー氏もフォトセッションに参入。ちなみに同作はコディ・ウォーカー氏にCG映像をミックスさせることで完成した
【中継】NISSAN GT-R 2024年モデル 先行公開トークショー
トライゼット西川善司

テクニカルジャーナリスト。元電機メーカー系ソフトウェアエンジニア。最近ではグラフィックスプロセッサやゲームグラフィックス、映像機器などに関連した記事を執筆。スポーツクーペ好きで運転免許取得後、ドアが3枚以上の車を所有したことがない。以前の愛車は10年間乗った最終6型RX-7(GF-FD3S)。AV Watchでは「西川善司の大画面☆マニア」を連載中、CarWatchの連載では西川善司の「NISSAN GT-R」ライフがある。ブログはこちら(http://www.z-z-z.jp/BLOG/)。