長期レビュー

高橋敏也のトヨタ「86(ハチロク)」繁盛記

その2:86アカデミーの「コントロールテクニックプログラム」を体験

 なんだろうか、この言いようのない気持ちは? 最初、その感覚は「恐怖」に近いと思っていた。だが、違うのである。安全性は幾重にも確保されている上に、何をすべきかは理解しているし、どうなるかは実際に見ている。それでも自分の順番が迫ってくるうちに、どんどん高まってくるこの気持ちは……。

 用意されたトヨタ「86(ハチロク)」のドアに手をかけるぐらいになって、ようやくおっさんはその正体に気づいた。ああ、これは「焦り」なのだと。これからチャレンジすることに対して、自分にそんなことができるのだろうかと不安に思い、焦る。何しろどちらも、おっさんにとって生まれて初めてのことなのだから。サイドターンも、アクセルターンも。

インストラクターの高橋滋さんと記念撮影の図

86アカデミー、コントロールテクニックプログラムに行ってきました!

 「大人のスポーツカーカルチャーアカデミー」。そう言われるとおっさん、なんか格好いいと思ってしまう。12月8日に東京・お台場のメガウェブで、その「86 ACADEMY(アカデミー)」が開催されるらしい。Car Watch編集部から「高橋さん行きませんか?」と誘われ、何も考えずにほいほいついていったのが間違いの始まりである。

東京お台場、メガウェブの2階にある86 CLUB HOUSE。ここに集合する
ビデオを見ながらプログラムの概略を理解する
86アカデミー仕掛け人の喜馬克治さん。トヨタマーケティングジャパンでスポーツカーカルチャーを推進する
事前のミーティングで86アカデミーに関して、そしてプログラム内容に関して説明するピストン西沢さん。当たり前かも知れないが、いい声だった
このような解説ビデオが流れる

 おっさんが参加したのは「コントロールテクニックプログラム」、ラジオDJやレーシングドライバーとして活躍するピストン西沢さんが講師を務めるプログラムだ。ちなみにおっさんはクルマでラジオを聞く機会も多く、FM「J-WAVE」から流れてくる西沢さんの声と、目の前にいる西沢さんの声が同じであることに、妙な感動を覚えた。その西沢さんが、音楽業界でトップクラスのクルマバカ(注:公式プロフィールより)というのは知らなかったのだが。

 さてこのプログラム、クルマを安全にコントロールする技術を、体験を通して学ぼうというものだ。体験というのだから、参加者はもちろんクルマを運転する。そのクルマがハチロクというのだから、ハチロク乗りのおっさんとして興味深々。ただしアカデミー自体はハチロク限定という訳ではなく、スポーツカーファンのためのコンテンツなのだと言う。

 それはそれとして、プログラムに参加するからには下調べは必須だろう。アカデミーに関しては、トヨタの提供するハチロクコミュニティサイト「86 SOCIETY」(http://toyota-86.jp/86society/)に詳細が掲載されていた。それをじっくり見たおっさんは、かなりの不安を感じたのである。「サイドターンって何ですか? アクセルターンって何者ですか?」。

 Webサイトにはクルマのコントロールテクニックを、サイドターンやアクセルターンを通して学ぶと書いてある。それらの技術を通して、テールスライドを抑え込む技術を学ぶのだと。えっ? おっさんはフルブレーキでABSが動作しただけでかなり慌てるんですけど。

 しかもサイドターンとか、アクセルターンとか、そういうのはマニュアルトランスミッション車の仕事じゃないでしょうか? おっさんはマニュアル車で免許は取ったけど、かれこれ10年ばかりオートマ車ばっかり運転して来たんですが……。大丈夫ですかね? そんな不安を抱えつつ、その時はやってきたのである。

サイドターンにチャレンジ! でもその前に……

 当日の天候、晴天。しかし、使用するハチロクが並んだ路面はウェット。水を流して路面を濡らし、テールスライドを起こしやすいようにしているのだ。そう、不意のテールスライドというのは、ウェットコンディションで発生しやすい。そんな時、どうクルマをコントロールするか、抑え込むか。その技術を体験から学ぶのが、このプログラムである。まあ、学ぶというより入り口を体験すると言った方が正確だとは思うが。

 まずは西沢さんから挨拶、アカデミーの趣旨説明があり、すぐに体験走行のスペースへ移動、さっそくサイドターンへのチャレンジが始まる。走行スペースには2台のハチロク、もちろんマニュアル車の6速MT車が用意されていて、プロのインストラクターがデモ走行を行った。

体験走行のスペース。路面を濡らして抵抗を小さくし、テールスライドが起きやすいようにしてある
最初に西沢さんのデモ走行。西沢さん、躍動感ありすぎです。まさかおっさんに、それをやれというのではないですよね?(もちろん違うけど)
おっさん、迷子の犬みたいに不安そうな顔をしている。実際には迷子の犬以上に不安だったし、かなり焦っていた
しかもおっさんのドライビンググローブ、よく見るとバイク用のライターグローブなのである。もうね、大変ですよ
おっさん、どうにかしちゃった訳でなく、これからやるサイドターンのシミュレーションをしているのだ
黒い「マニュアルトランスミッション」のハチロクに乗り込むおっさん、強がって笑ってみるの図。しかし黒いハチロクも格好いいなあ

 ああ、サイドターンですよ、サイドターン。私の名字は「高橋」ですが、高橋レーシングとは何の関係もありません。オートマのハチロクをこよなく愛する、ただのおっさんです。サイドターンなんて、生まれて約半世紀になりますが、ただの一度もやったことがないんです。

 こうなったらおっさん、奥の手である。普段運転しているのがオートマ車であることを説明し、助手席で体験させてもらうだけでお茶を濁そう。そう思った訳だが、物腰の柔らかなインストラクターさんは、優しい笑みを浮かべつつ「とにかくやってみましょう」と言うのである。

 やるしかない! 安全に十分な配慮がなされている体験走行であり、その点に関しての不安はない。おっさんにとっては「自分に出来るのか?」という点が不安なのである。だが、やるしかない。スタート位置について、アクセルをベタ踏み状態で加速、目的のパイロンでサイドブレーキを思い切り引いて後輪をロック、ハンドルを切るのである。そして車体が90度回ったところで停止させる。

 いや、これがなかなか。インストラクターさんの指示どおりにやると、オートマ乗りのおっさんでもできてしまうのだ、サイドターンが! もちろんタイミングの問題で車体が想像より動いてしまったり、90度で止まれなかったりというのは当たり前。だが、テールスライドは見事に発生し、その感覚を体験することはできた。素晴らしい! おっさん大興奮である(同時に極限疲労)。

 このサイドターン、数回繰り返して体験するのだが、スタート位置に戻る時になって、おっさんを悲劇が襲う。笑ってくださいな、皆さん。さっそくエンストですよ、エンスト。「すいません、すいません!」とか言いながら、慌ててエンジンをかけ直して再度発進するも、あえなくエンスト・アゲイン。するとインストラクターさんが、シフトレバーを見つめつつ、こうつぶやいた。

「あ、3速に入ってますね(さわやかスマイル)」

 そう、慌てていたおっさんは、シフトを3速に入れて発進しようとしていたのだ。とりあえず穴を掘りたいおっさんであった。

最初にインストラクターさんのデモ走行を助手席で体験し、その後、運転を交代する。ああ、本当にやるんですか、サイドターン
パイロンのところでサイドブレーキを一杯に引いて……ターン!
マニュアルに慣れていないおっさん、エンストするの図。照れ笑いしているおっさんが、とっても……可愛くない
ピストン西沢さんに感想を聞かれるおっさん。「もうマニュアル何年乗ってないの?」、「7~8年ぐらいだと思います」。西沢さん、すいません、10年ぐらいの間違いでした

アクセルターンって、私がやってもいいの?

 次の苦難、いや体験はアクセルターンである。ドアミラーをパイロンの位置に合わせ、そこから発進するのだが、ただ発進する訳ではない。まずハンドルを右一杯に切り、次にアクセルペダルをグッと踏み込み、エンジンの回転数を5000rpmぐらいでキープ、そこでバンとクラッチを繋ぐのである。

 ウェットな路面ということもあり、当然のごとく後輪は空回り、テールスライドが始まる。それでもある程度はグリップはあるため、車体は前へ進もうとする。ハンドルは右に一杯だから、後輪が滑るように移動し、パイロンを中心にして車体は右へとカーブ(ターン)するのである。

 体験コースでは車体がほぼ180度ターンしたところでブレーキをかけるように指導される。カウンターステアを当ててコントロールするのはなし。なぜならコントロールに失敗した際、車体の挙動が思わぬものになる可能性があるからだ。まあ、本能的にカウンターステアを当ててしまい、挙動が不安定になったらブレーキをかけて止まればいいだけの話だが。

 だが、おっさんの頭の中には「カウンターステア」などという用語は存在しない。ただもう、言われるままに運転するしかないのである。それでもインストラクターさんの的確な指示で、できてしまうのが驚きである。もちろんおっさんの鈍った反射神経、180度で止まれないのは当たり前、目標パイロンを巻き込みそうになった時は、ちょっと慌てた。

 しかし、講師の西沢さんも言っていたことだが、このアクセルターンからは学ぶべきことがたくさんある。まず何より普通にハチロクを運転していて、5000rpmでクラッチを繋ぐなどということはない(そもそもおっさんのハチロクはオートマだし)。その時、ハチロクはどういった挙動をするのか? パワーの出方はどうなのか? そういったことは、このプログラムがあってこそ、体験できる訳だ。

 このプログラムの目的は、サイドターンやアクセルターンを通して、テールスライドのコントロールを体験し、学ぶことである。正直、コントロールできるようになったかと言われれば、それは無理である。しかし、テールが滑っている状態を体験できたし、コントロールの入り口は見えた。

 何事もそうだが、体験というものは本当に強い。知っているだけと、知っていて体験したことがあるのでは大違いだと思う。もちろん知っていて体験したことがあり、それをコントロールできるのが一番ではあるのだが。

 などと思いつつ、マニュアルのハチロクをエンストさせながら、スタート地点に戻るおっさんであった。

サイドターンの次はアクセルターン。これを、これをおっさんにやれというのか? いやいや、無理だって!
それでもおっさん、やりましたよアクセルターン。もうね、自分で自分を褒めてあげたい。技術的には褒められないけど
真面目な話、ハチロクのポテンシャルというか、スポーツカーの実力に驚かされた。というか「こんなことができるんだ!」という、新鮮で純粋な驚きがあった

86アカデミーは、スポーツカーカルチャーの入り口

 最後におっさんを待っていたのは、インストラクターによるデモ走行への同乗である。ええ、おっさん頑張りましたよ。左右にブンブン振り回される車内で、パニック状態ではありましたが、冷静を保っているような顔をしましたよ。

 ところが運転しているインストラクターさん、まあ本当に凄い。ブンブン走り回り、ターンし、スライドする車内にありながら、落ち着いた声で分かりやすく状況を説明してくれるのだ。試しにこちらから質問してみると、的確な答えがしっかり戻って来る。その間も両手両足は忙しくハンドル、シフトレバー、ペダルを操作しているのだ。これが「コントロール」というものなのだろう。

 そんな体験を終えて、最後に西沢さんの挨拶が。西沢さんはこうした86アカデミーのようなプログラムを通して、日本にスポーツカーカルチャーが根付いて欲しいと思っているとのこと。スポーツカーを自由にコントロールできた時、それは喜びになる。さらにスポーツカーのコントロールは、アクティブセーフティへと繋がるのだとも語った。

 今回、おっさんが参加したのは86アカデミーの「コントロールテクニックプログラム」である。大変人気のあるプログラムらしく、参加定員はすぐに埋まってしまうという。ほかにも86アカデミーにはスポーツカーカルチャーに関わる、さまざまなプログラムが用意されている。興味のある人は、是非サイトをチェックしてみてほしい。

 最後にプログラムを終了した段階で、おっさんが疲労困憊していたことと、用意したドライビンググローブが、実は薄手のバイク用グローブだったことは、ここだけの秘密である。

最後のデモ走行。ピストン西沢さんの走りには、ただただ驚かされる。スポーツカーをコントロールするというのは、こういうことを言うのだろう
体験走行を行った、メガウェブのスペース。決して広くはないが、ハチロクが2台、サイドターンやアクセルターンを安全に行える
講師のピストン西沢さんとインストラクターの方々。西沢さん、インストラクターさんに被ってますって

高橋敏也

デザイナー、コピーライターを経て、パソコン関連のライターとして独立。SF小説なども上梓している。ライター歴は20年を超えるが、最近10年は真面目なレビュー記事というより、パソコンを面白おかしく改造する記事などを書いている。若い頃はオートバイをこよなく愛していたが、体力の衰えと共にクルマへの興味を持つ。このため自動車免許を取得したのは1998年。現在、クルマはトヨタのハチロク、オートバイはカワサキのNinja 1000とZ1300を所有、都内を縦横無尽に走っている。インプレスジャパン、DOS/V POWER REPORT誌に「高橋敏也の改造バカ一台」を連載中。ほかにImpress Watchでインターネット動画「パーツパラダイス」を配信中。