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ボルボがサーキットで行なう販売店向けの研修とは? 新型「S60」導入前研修レポート

インストラクター経験も持つ岡本幸一郎の目にはどう映ったか

走行と座学の両方の環境が整っている袖ヶ浦フォレストレースウェイで新型「S60」の販売店向け研修が行なわれた

3週間かけて計1500人が参加

 自動車メーカーやインポーターはニューモデルを発売する際に研修を行なっている。それがどのように行なわれているのか、これまで報道されることはなかったのだが、今回はボルボが新型「S60」を導入するにあたり実施した研修の様子を特別に見学することができた。

 場所は千葉県の袖ヶ浦フォレストレースウェイ。ちょうど10年前にオープンした全長2kmあまりのサーキットは首都圏からのアクセスもよく、こうした研修のニーズに対応して教室を増設するなど設備も整っている。

 参加するのはセールスとメカニックがほぼ450人ずつと、サービスアドバイザーや店長、ショールームアテンダントら合計約1500人におよび、1日あたり100人ずつ、土日を除いた平日に3週にわたり15日間の研修を行なう。

 このような研修はボルボとしては木村隆之現社長が就任して5年で9回目。年2回のペースで、1回は袖ヶ浦フォレストレースウェイで、もう1回は東名阪、北海道、仙台、福岡の全国5か所でサーキットではなく公道を走る形で実施しているという。

サーキットで行なう意味

 今回は通常の参加者が受けているのと近い内容を体験するということで、取材陣はまず最初に1時間、サーキットを走行した。「サーキットでやることで、新型S60の3モデルでどのような違いがあるのか、また競合車と比べてどうなのか、イコールコンディションで乗り比べることで、ボルボのよさだけでなく、それぞれの競合車の特徴を正しく掴むことができます。限界性能を試すのが目的ではありません」とブランドネットワークのディレクターを務める青山氏は述べる。

 取材陣は新型S60のT5、T6、T8の3タイプのラインアップすべてに試乗したのだが、最初に先導車に続いて慣熟走行を実施。無線でインストラクターから基本的な走り方のほか、奥できつく曲がる複合コーナーでは切り足したときの反応を見てほしいなど、走らせてみて体感すべきポイントの説明がある。

12台用意された新型S60で行なう先導車付きの隊列走行では、インストラクターからスムーズな運転のための走行アドバイスや確認すべき車両の特徴などが聞ける

 ラスト15分はサーキットタクシーを実施。レーシングドライバーの運転するS60に同乗したのだが、これもクルマの性能を体感するためだけでなく、ボルボの研修では運転の仕方をアドバイスする点がほかとの違いだという。それは販売店の人が試乗の前にお客さまを乗せて運転するときに、運転がスムーズだとクルマの印象までよくなって、素晴らしいクルマをよりよく感じてもらえるので、そのお手本として参考になるようにとの思いからだ。なお、タイヤの摩耗ができるだけ均等になるよう、サーキットタクシーはコースを逆走して行なう。

サーキットタクシーはコースを逆走。レーシングドライバーの同乗走行と相まってなかなかない経験

 新型S60とともに計12台! が用意された競合車も、コースとサーキット敷地内のコース外周のエリアも使っていろいろ乗り比べられる。3コマ用意された研修プログラムをまわっている間に、QRコードでアクセスしてスマートフォンでアンケートをライブで評価し、どういうクルマのどの項目に対してどう評価したのかを、あとで全員で考察する。もちろん全員が全車に乗れるようにプログラムが組まれている。ちなみに、これまで一度も事故はないそうだ。

メルセデス・ベンツ、BMW、アウディだけでなく、クラウン、スカイライン、ESといった国産車も多数用意。これらすべてのクルマに試乗する
比較試乗用に用意されたクルマには、主要諸元や価格といったスペックも用意。ただ乗るだけではなく知識を深められるような工夫がされている
研修中の待ち時間などで感覚を忘れないうちにリアルタイムでアンケートを実施。研修の最後に新型S60以外のクルマの感想も全員で共有できるようにしている

 次いで、座学で新型車の詳細を学ぶ。この日は営業のスタッフが参加した日だったためかほとんどが男性だった。翌日からはサービスのスタッフが受講するということで、日によっては女性比率が高い日もあるという。

座学では市場背景やクルマの特徴、セールスポイントなどを学ぶ

 パドックには、ナスカの地上絵のように線が引かれていたのは、車両に搭載された先進安全運転支援装備が、どのエリアまで検知できるかを分かるようにするため。ACCのセンサーが200m先を見ているといってもイメージしにくいので、200m先に車両を置いて、こんなに遠くまで見ていることを実感してもらえるようにしているのもナイスアイデアだ。

研修会スタッフが“ナスカの地上絵”と呼んでいた、車両に搭載されるセンサー類がどのエリアまでセンシングしているのかを可視化したもの。制作に相当な時間がかかるという
どのセンサーがどの方向をセンシングしているのかもしっかりと解説
車載されているセンサー類

自分の言葉で話せること

ボルボ・カー・ジャパン株式会社 表取締役社長 木村隆之氏

 こうした研修を行なうことの成果について、木村社長は「一番は自分の言葉で話せること」だと即答する。

 木村社長は「たとえばTVCMのために2億円使っても、あまり実感がありません。研修はその半分以下のコストで商品に自信を持てるし、こちらのほうが実感があります。同じ環境で比較することが大事で、このサーキットは舗装が一般道と同じなので、よりクルマの違いが分かりやすいところもよい。優劣ではなく、まず競合車のよさも褒めてもらって、それから自分の言葉でボルボのよさをお客さまに伝えてもらえるとよいと思います」と話す。

 この日はセールスのスタッフが研修を受けたのだが、「販売店でセールスとサービスはまじりあうことはありませんが、知識だけでなく全体の意識改革を図っています。“商圏エリアではあなたがミスターボルボであり、あなたを思い出すんだよ”ということを伝えています。1人ひとりの従業員に、いわば宗教の布教活動と同じで(笑)、伝道師になってもらうわけです」とのこと。

「他メーカーのクルマをけなすのではなく、褒めながら、ボルボ車のいいところを伝えてほしい」と話していた木村社長

 また、数字で見える効果のほどについては、「それは説明できないかなと。だからやらないのではなく、それを大事にするから優位性になる。これで何%伸びたではなく、質的なものでしか分からない。目的合理ではなく、価値合理の世界です。私は日本中の販売店もまわっていて、このお店はCSが高いのかどうか見るとすぐに分かるのですが、全体的に上がっているという感触はあります」との返答だった。

 さらに、日本ではセダン市場が縮小しているが、「セダン指向層の方々にアピールできるクルマであるかが大事。自分はセダンを買うと決めている人にとって、日本車は選択肢が限られます。その中でも国産のラージクラスに乗っている人にとっては、値段があまり変わりません。国産車ですと装備はさすがのものがありますが、セダンユーザーはスタイルを見ます。その点、S60はセダンらしいシルエットで、とてもスタイリッシュになったと自負しています。クラウンの1%でも(シェアが)取れれば御の字です」。

「近年では、お客さまがこれまでと違う購買行動をとるようになっていて、次に買い替えるときに気にするのは安全です。ボルボのみしか考えない人は4割ぐらいで、3ブランド、3店舗ぐらい比較して決める人は6割ぐらい。そしてボルボが検討リストに上がる決め手は、やはり安全です。安全のイメージは武器になります。ただし、他メーカーとの差別化のための安全ではありません。こういう事故が多いから、こういうふうにしたほうがよいという考えにもとづいています。少しでも事故を減らすために、アクティブセーフティにも注力しています」との旨を述べた。

数字では見えない部分を大切にしていると語った木村社長。研修の開始前に新型S60で楽しそうにコースインしていく姿が印象的だった

 加えて、研修自体が進化してきた部分として、「クルマが動いている時間が長くなってきました。せっかくこの(サーキットという)環境なのにもったいないので、ここでしかできないことをやろうと、できるだけクルマを動かすカリキュラムを心がけています」とのことだった。

 近年のボルボの躍進の背景には、このような取り組みも功を奏していることに違いない。こうしてS60の良さを身につけたスタッフたちは、まさしく「自分の言葉」で、ボルボに関心を持つ全国のお客さまに、その魅力を伝えてくれることだろう。