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TSMC、車載半導体にも先進的な3nm導入計画 「みなさんが乗るクルマにもTSMCの3nm製品が使われるようになる」
2024年6月29日 08:52
TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company Limited)は6月28日、神奈川県横浜市で「Japan Technology Symposium」を開催し、これに合わせてメディア向け技術説明会を実施した。
顧客向けの技術発表会である「TSMC Technology Symposium」は、4月に米国 カリフォルニア州 サンタクララでスタートして、米国のオースティンとボストン、欧州(オランダ)、台湾、中国、イスラエル(バーチャル開催)で開催されてきた。初回のサンタクララ会場で2026年の生産開始を目指す「TSMC A16」技術を初披露し、ハイパースケーラー・データセンターに向けた革新的ソリューション「TSMC SoW(System-on-Wafer)」も合わせて発表している。
同日の説明会では最初に、TSMCジャパン 代表取締役社長 小野寺誠氏が登壇して日本ビジネスの概要と現状について説明を行なった。
TSMCジャパンの2023年売上高は41億米ドル
TSMCでも2024年度はAIをキーワードとして事業を展開。IT業界を席巻しているAIは「第4次産業革命」とも呼ばれて産業の起爆剤になっており、日本では2030年までに市場規模が2兆円以上になるというイメージを紹介。TSMCとしてもAIとの連携に向けた需要が非常に大きくなっているという。
日本ビジネスは順調に推移しており、1997年のTSMCジャパン設立当時は150万米ドルだった売上高が、13年後の2010年には600万米ドルとなり、さらに13年後の2023年には41億米ドルにまで大きく成長。また、TSM本体のグローバル売り上げは8~9%の減少となっているが、日本市場ではプラス成長を維持しているほか、日本の顧客向けとなる出荷数では148万9000枚のウエハーを1年間に出荷して、1997年からこれまでに累計で1000万枚以上のウエハーを出荷してきているとアピールした。
日本における開発、生産体制も強化しており、2020年に最先端技術開発を行なうTSMC ジャパンデザインセンターを神奈川県横浜市に開設。翌2021年には茨城県つくば市にクリーンルームも備えて次世代技術の開発も手がける開発拠点としてTSMC ジャパン3DIC R&Dセンターが設立されている。
また、TSMCの半導体受託製造子会社として2021年に設立されたJASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)では、2月に熊本県菊陽町の第1工場で開所式を執り行ない、2024年中の量産開始に向けて順調に進捗しており、第2工場の建設についても計画が進んでいると紹介した。
「A16」は裏面電源供給ソリューションでパフォーマンスを10%向上
続いて登壇したTSMC シニア・バイス・プレジデント 兼 副共同最高業務執行責任者のケビン・ジャン氏は、同シンポジウムのハイライトについて解説した。
まず、ジャン氏は小野寺氏のプレゼンテーション内容に触れ、日本市場での成長に加えて日本の開発拠点でデザインや開発が進められ、熊本の工場でも生産がスタートするなど、日本はTSMCの将来的な成長に重要な存在であり、ここ数年の成果にとても満足していると前置きを述べた。
シンポジウムの内容では、AI開発に取り組むオープンAIが公表するAIとコンピューティングパワーの関係を示す資料を最初に紹介。LLM(大規模言語モデル)のトレーニングには大規模な演算能力が求められ、要求される能力も指数関数的に増え、年度ごとのベンチマークでは2017年から2024年の期間に演算能力が3桁増加しているが、これはチップの集積技術の裏付けによって実現されており、このトレンドは近い将来も続いていくと説明。この実現には大規模な投資が必要で、2023年も60億米ドル近い投資を行なったと明かした。
技術開発のロードマップでは、重要な点は今後に向けた予測を立て、オンスケジュールで製品を提供していくことだと解説。2017年に7nmだった半導体プロセスが現在は3nmの量産がスタートしており、これを2025年末までに2nmに進化させる計画で、現時点での先端技術として2026年下期に「A16」の生産開始を予定している。
次世代の2nm製品となる「N2」では、デザインプロセスで新たに「NanoFlex」と呼ばれるナノシート技術を導入して、ユーザーがさまざまなライブラリを組み合わせて最適なPPA(Power Performance Area)を導き出せるよう進化。これによって15%ほどのパフォーマンス向上を実現し、スケーリングのメリットを得たい顧客にとってとくに重要なポイントになると解説した。
4月に発表したA16では、これまで製品名の頭に表記していたNから100億分の1であるオングストローム(Å)を示すAに変更し、半導体の微細化における新時代の幕開けを表現している。
技術的な大きな進化点として「SPR」(Super Power Rail)と名付けられた裏面電源供給ソリューションを採用。電源供給を裏面から行なうことにより、フロントサイドの配線リソースを信号専用に割り当て可能としてロジック密度の向上を実現する。また、トランジスタを裏面に移動させることで、デザイン面でコネクティビティやルーティングなどの制約を受けずに製品の最適化を図れるようになり、HPC(ハイパフォーマンス コンピューティング)やAIでのアプリケーション活用に適した製品になるという。これにより、次世代製品であるN2Pと比較してパフォーマンスが10%向上し、面積の密度や電力消費といった部分でもメリットを実現する。
自動車向け製品にも先進的な4nm、3nmの技術を導入
将来的な集積技術としては、TSMCでは半導体の高性能化、高密度化に向けたパッケージング技術「CoWoS」(Chip on Wafer on Substrate)を開発してAIアクセラレータなどに利用されているが、今後に求められるさらなる演算力の強化、ロジックへの対応に対応するため、インテグレーターとしてウエハー自体を活用する「SoW」(System on Wafer)として集積する技術を発表。SoWを使うことで高い演算力を持つエンジンや帯域幅の広いDRAMであるHBM(High Bandwidth Memory)などを互換することで、将来の演算システムで求められる要件を満たせるようになり、すでにテスラのスーパーコンピュータ「Dojo」で限定的ながらSoWは導入されているという。
日本の産業界で引き合いの強い自動車産業向けの半導体は、これまで技術的な成熟を待って後追い状態で導入が始まる状態となっていたが、自動運転の実現に向けてより高い演算力が求められるようになってきており、今後は自動車向けプログラムを前倒ししていくことを計画。自動車向け製品にも先進的な4nm、3nmといった技術を導入し、新車開発の担当者が設計に利用できるようにしている。この決定は顧客である自動車メーカーからも好評を得ており、4nm、3nmの半導体を使ったHPCアプリケーションの開発もスタートしているという。
しかし、自動車産業では広範囲で半導体が利用される一方で、価格競争力を追求する普及モデルから高性能を追い求める高級車まで幅広い価格帯に製品がラインアップされることから、単一製品ですべてをカバーしようとすると経済性が下がってしまう面もある。そこで自動車メーカーとも協力して最先端のパッケージングを展開しつつ、さまざまな素材をミックス配置してADAS(先進運転支援システム)やインフォテイメントなど必要とされるアプリケーションに応じて活用する「チップレット」でのデザインによって対応することが重要だと述べた。
自動車向け半導体の独自要素は欠陥の発生頻度
プレゼンテーション後に行なわれた質疑応答では、自動車産業向けの半導体で先進的な4nm、3nmといった技術を導入する課題について問われ、ジャン氏が「自動車向けと一般のコンシュマー向けで異なる独自の要素としては、欠陥の発生頻度になると思います。『ゼロディフェクト』という欠陥ゼロが求められる点ですね。これにはよりロバストな設計のガイドライン、デザインルールが必要となり、効果的に欠陥をスクリーニングする手法が求められます。これをお客さま(自動車メーカー)に依存することはできませんので、ここが難しいところです。デザインテクノロジやお客さま側のエンジニアと協力して欠陥の発生を下げられるようにする必要があり、より難易度が高いということは明らかです」。
「あまり詳細を口にすることはできませんが、技術やデザイン、お客さまとの協力でよい道筋を付けることができており、DPPM(100万分の1の故障発生率)を従来から2桁、3桁と改善して、これからの2年間で実現していきたいと考えており、近い将来にはみなさんが乗るクルマにもTSMCの3nm製品が使われるようになると思っています」と回答した。