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「目標はシンプルに3勝目」 2025年もインディ 500に参戦する佐藤琢磨選手にチーム体制やシミュレーター活用などについて聞いた
2025年3月18日 10:51
- 2025年3月17日 開催
HRC(ホンダ・レーシング)は、5月25日(現地時間)に米国・インディアナ州のインディアナポリス・モーター・スピードウェイで開催される「109th Running of the Indianapolis 500」(インディ500)に、HRC エグゼクティブ・アドバイザーであり、2017年と2020年のインディ500で優勝した佐藤琢磨選手がレイホール・レターマン・ラニガン・レーシング(RLL)からスポット参戦することを発表。
3月17日に東京都港区南青山にあるホンダ 青山ビルで、佐藤選手が2025年のインディ500参戦について報道関係者からの質問に答えるグループインタビューが開催された。
「目標はシンプルにインディ500での3勝目」
インタビューに先駆けて佐藤選手から参戦に向けた意気込みなどが語られ、「私のインディカー・シリーズ挑戦は長きにわたっていて、インディ500のスポット参戦を始めてからはまだ2年目なのですが、インディ500への挑戦は信じられないことにもう16回目になります。2010年から始めて、本当に劇的だった2012年は、勝ちが見えつつもウォールにヒットすることになって、もの凄く悔しい思いをすることになりました。そこから5年後のインディ500で初優勝、そしてレイホールに戻って3年間でチームを大きくしていって、2020年も忘れられない優勝になりました」。
「そのまま連覇するつもりだったのですが、なかなか難しいですね(笑)。だから、去年にニューガーデンが連覇したことは近年のインディカー・シリーズで本当に凄いことだと思います。やられたなぁという悔しい気持ちと、ペンスキーとニューガーデンは本当に最強のタッグになっていると思いますが、(3連覇は)阻止したいということで、われわれHRC US一同もホンダパワーユニットでの頂点に向けた挑戦が始まっています。そのグループの1人として、今年も第109回インディ500に参戦できることになり、タイトルスポンサーの皆さんやホンダさん、多くの方のサポートがあって参戦発表できました」。
「自分としては、昨年からHRCの一員として若手育成に力を入れながらHRCの4輪全般を見させていただいて、若い選手たちのサポート、とくに鈴鹿レーシングスクールもこれまでどおり続けています。海外挑戦も含めてHRCは過渡期を迎えているので、自分自身が挑戦していくことも、あとになってみれば『意味のあることだったよね』と思ってもらえるような活動にしていきたいと思っています」。
「目標はシンプルにインディ500での3勝目です。このレースに参加するためだけに私は頑張っているわけではなく、勝利するためだけにやっています。昨年は、結果的には予選がハイライトになってしまったのですが、他チームが苦戦している中で予選でトップ10に入れたことはチームにとっても誇りになったことだと思います。2018、2019、2020年のようにステップを着実に踏んで、今年はレイホール復帰で3回目の再挑戦という形ですが、復帰2年目ということで、体制も昨年よりさらに強化して、スポット参戦としては非常に恵まれた環境をチームも準備してくれていることに感謝しつつ、全力で頑張りたいと思います」とコメントした。
実走行の短さをシミュレーターでカバー
――今シーズンはハイブリッドのパワートレーンを搭載するマシンで戦うことになりますが、やはりまったく新しい挑戦になるのでしょうか。
佐藤琢磨選手:そうですね、たぶんレース自体はそれほど大きく変わらないと思います。これまでロードコースで使われてきた「プッシュ・トゥ・パス」的な要素がオーバスコースにも入ってくるわけですが、ずいぶん前にショートオーバルで試験的にプッシュ・トゥ・パスをやっています。ただ、あれも上手く使わないと、オフェンスとディフェンスの両方が使っちゃうとプラマイゼロになるので、F1でもよく「DRSトレイン」なんて言い方をされますが、集団の中でスリップストリームを使いながらも追い抜くのが大変なんですね。そういった意味では、非常に面白いデバイスなのかなという風に想像しています。自分自身ではまだ体験していませんが、4月下旬のオープンテストで初めてHRC USのハイブリッドパワーユニットを試すことを楽しみにしています。
――レースカーは昨年と同じものを使うのでしょうか。
佐藤選手:それがですね、新車になります。いやぁ、レギュラーのときは新車貰えなかったのに(笑)。まぁ、たぶん間に合わなかったんでしょうね、ちょっとそこらへんは分からないです。僕が去年使ってたサブはグレアムが乗ります。
新車だと気持ちはいいですよね。ただ、新車は気持ちいいですが、新しければよいとは限らなくて、ボディカウルのチリ合わせという部分はすでに使われているクルマと新車のどちらでも必ずやらなければなりません。ボディ表面にある細かな凹凸をきれいにしていったり、許されている範囲内でのモディフィケーションもけっこうあります。そこが間に合えば、新車の方がメカニックたちのモチベーションもよくなりますし、ピカピカできれいだというのは気持ちいいんですが、(どちらがよいかは)実際に走らせてみるまで分かりません。
なぜこうなったかですが、チーム内でどのモノコックをどう使うかマイレッジを管理するローテーションがあって、おそらくインディカー・シリーズはすでに開幕していますから、ローテーションが間に合わなくなってきている。昨年僕が使った75号車はそのままスーパースピードウェイパッケージとして保存されていたので、すぐに使える状態。グレアムが使っていた15号車がロードコース向けに、パフォーマンスを上げるために例えば軽い物を持っていくと足りなくなるので、それで使ったんだと思います。
チームとしてはグレアム用に新車を注文していて、その納期が遅れて間に合わないというところでちょうど僕のところに来たという。そういう意味では「ありがとうございます」という感じです(笑)。
――実際にマシンに乗るのはオープンテストからということでしたが、本番の練習も含めてどれぐらいマシンに乗れそうですか?
佐藤選手:実際にマシンに乗れるのはオープンテストの2日間とインディ500のプラクティスが始まってからになります。それまではほかのカテゴリーと同じようにシミュレーターを駆使して準備を進めるしかないですが、これまでオープンテストは4月初頭に行なわれて1か月後に本番のインディ500が開幕する形でしたが、ここ数年は天候がわるくて、雨が降ってテストでもほとんど走れない状態でした。昨年も久しぶりにレイホールに復帰していろいろとやりたいことがたくさんあるのに、1時間で10周ぐらいしか走れないまま終わってしまったんですね。
その影響なのかは知りませんが、今年は4月下旬に(オープンテストが)開催されますので、そこが初めての走行で、インディ500のセッションが始まる前では唯一の走行になります。その前後でシミュレーターの利用を予約していて、チームのエンジニアと一緒に昨年からの課題を集中して克服していくべく、シミュレーターで作業を進めるしかないですね。
――シミュレーターはどこにあるものを使うのでしょうか。
佐藤選手:これまでHPD(ホンダ・パフォーマンス・デベロップメント)が持っていた最新鋭のシミュレーターを、一昨年の暮れからHRC USでも使えるような取り組みを立ち上げていて、ここでやりたいという希望を僕が持っていることと、もう1つ、ダラーラ製のシミュレーターもダラーラ USが立ち上がった10年以上前の当時から用意されていて、そこと両方を使いながら準備を進めていきたいと思っています。
基本的にHRC USのシミュレーターはホンダエンジンのユーザーチームが均等に使えるよう日程を調整しながらやっています。シミュレーターの技術は進歩していますが、「コラレーション」と呼ばれるコンピューター内のラップタイムの動きや空力効率などを含めた数値と現実の差をいかになくしていくかがすごく大変な作業です。そのあたりはチームごとでノウハウやアプローチが異なっていて、シミュレーターをどのように活用していくかはチームのストラテジーによってけっこう違いますね。
自分としては実走行の時間が非常に限られているので、できる限りシミュレーションなどの活用によって、遅れを取り戻すというより、足りないところを埋めていくスタイルで考えています。
――トレーニングに家庭用のシミュレーターを使っているとのことでしたが、具体的にはどのようなものになるでしょうか。
佐藤選手:今はリグと呼ばれる、イスとステアリングとペダルがセットになっているようなものがあって、価格帯によってもちろん違いがあるのですが、ある程度のレベルを超えるとそこから先は自己満足の世界になってきて、そこそこによいものは使っています。
ただ、東京には自分専用のシミュレーターはなくて、息子もレースをやっているので彼のものを一緒に使ったりしています。あとアメリカには自分用があって、中身については誰もが利用できる「iRacing」であるとか、プラットフォームを挙げ始めるときりがなくて、例えばソフト内にあるサーキットによって必要なところを切り替えながら使っている感じですかね。
あと、オンラインで接続すると時差や物理的な場所なども関係なく一緒に走れたりするので、それも使いながら、若い子たちがやっているトレーニングを自分でも取り入れて日々アップデートしているみたいな感覚です。
――シミュレーターで単独で走るだけでなく、オンライン接続したほかの人とレースもしている。
佐藤選手:そうですね。ただ、一般公開のネット接続ではなくて、クローズのところで部屋を作って、そこに招待して気の合う仲間だけで走る形でやっています。佐藤琢磨という名前であんまり変な走りはできないので(笑)。
――シミュレーターと実際の走行で感覚の違いについて指摘するドライバーも多いですが、佐藤選手はいかがですか?
佐藤選手:やっぱり違いますよ。それは正直、全然違います。全然違うんだけど、やらなきゃいけないことは一緒なんですね。それはダイナミックな状態で、フィジカル的に物理エネルギーが働くかという話ではまったく変わってくるんですが、モデルとしてはフィジックス(物理学)は入っているので、例えば重量配分を変えたらどうなるとか、サスペンションのロールセンターやロール剛性を変えたらどうなるといった動きは2Dの画面に出てくるのですが、それを体で感じながら走るということとはまた別のことになります。そこはやはりレーシングドライバーでなければできないところで、実際にマシンに乗らないとトレーニングできないところですよね。ただ、自分は長くレースをしてきたので、2Dの世界から十分に想像できる。
もう1つは、レースの緊張感というところでしょうか。予選に対する集中力であったり、長いレースでお互いに駆け引きをしながらハイレベルな戦いをしているときの、あの独特の集中力の使い方と緊張感といったものはシミュレーターの世界でも同じようなことが再現できます。そのあたりが今の子たちの競技レベルが上がっていることに無関係ではないと思うんですよね。
今の若い子たちは、まぁ昨日のF1のようにはちゃめちゃになっているシーンもあるのですが、ある意味で非常にレベルの高いところで走っているじゃないですか。タイム差を見てもそうですし、実際に技術的にも非常に洗練されたドライバーがどのカテゴリーでも多いですね。それは普段からみんなそういったトレーニングをしていて、例えばオリンピック種目になっているほかのスポーツと同じような練習時間を費やすことができている。今までモータースポーツと言えば、3週間に1回サーキットに行くことぐらいしか練習できなかったですが、それが日々練習できるようになったことが競技レベルの向上に役立っていると思います。
――シミュレーターでは、例えばインディ500のレース中に影響が出るような風向きや気温、湿度といった条件を変化させることは可能なのでしょうか。
佐藤選手:十分に反映可能です。HRC USのシミュレーターでは、ランダムだったり一定だったりいろいろなやり方がありますが、テストにフォーカスするという意味では環境はフィックス(固定)にしています。風向きから気温、路面温度なども一緒にして、それによってマシンで変えたことでどれだけ変化するのかを性能差として見ることができる。そういう目的で使っています。
これをダイナミックな状態にすると、家庭用のシミュレーターでも本当に風向きの変化や風の強弱などがちゃんと演算されてクルマの挙動に出てきます。ただ、先ほども言ったように、挙動として出てくるというのは、それまでと同じようにステアリングを切ってもアンダーステアになったりオーバーステアになったり、エイペックスにつけない、逆に巻き込んでいくという変化です。体で感じられるところではないので、そこが分からないところですよね。知っているものからすれば「それっぽくてすごいな」と思うけど、知らない人がやったときには、シミュレーターの中だけで速く走る技術は向上したとしても、それがそのままリアルな世界に反映できるかというのは正直なところ分からないですね。
――つまり、必要な経験値があれば自分の中に取り込んでいくこともできる?
佐藤選手:そうですね、使い方によっては有益なこともあるし、はたまたなんの役にも立たないとも言えると思うんです。シミュレーターが苦手で嫌いというドライバーもいますよね、ハミルトンもそうだし、ライコネンも全然やらない。だけど、現実の世界ではワールドチャンピオンになっているじゃないですか。だから、彼らにとって必要なものがなんだったかというのはそれぞれ違うと思いますが、ツールとしてあることは僕としては有益だと思うし、上手に使えば確実に自分の経験値にすることができると思います。
スポット参戦ならではの「ドリームチーム」で勝利を目指す
――今シーズンはさらなる体制強化が行なわれたとのことですが、どのような部分が強化されたのでしょうか。
佐藤選手:まず、最初にどうしても触れておかなければいけないのは、一昨年のレイホールチームはスーパースピードウェイにおけるパフォーマンスが「これ以上下はない」というぐらいの状況だったと思うんです。なぜそんなチームに入るのかと皆さんも疑問だったかもしれませんが、当然ながら勝機があると思うから行くわけで、その勝機は、基本的に2020年に(自身が)勝ったときの、半分ぐらいの体制は整えることができる。
具体的に言うと、メカニックなどの人材はどうしても新しくなっていくので全員同じとはいきませんが、ドライバーの僕と、エンジニアのエディ・ジョーンズ、彼をまだ引退させません(笑)。もう僕がレイホールを出るときに引退しているはずなんですが、何度も呼び戻して、今年も快諾していただきアイルランドからやってきます。とは言え、現役のインディカー・シリーズをよく知るサポートエンジニアたちが必要になるわけですが、そのサポートエンジニアとして、2017年に僕がインディ500で初優勝したときのデータエンジニアも来ます。彼は当時アンドレッティにいましたが、そこからレイホールに移り、昨年もお手伝いしてくれていたのですが、今年は正式にエディ・ジョーンズとタッグを組みます。
それを筆頭に、当時からレイホールでインディカー・シリーズを引っぱり続けてきたリカルド、今ではチーム内でBMW MチームのIMSAシリーズを全部見ているリカルドがピットスタンドに立ち、デレクという当時僕のピットコミュニケーターだった人物も戻ってくる。なぜこんなことが可能なのかと言えば、歳月を経て、みんなプロモートされて偉くなっていくんです。そこで現場のチーフエンジニア、チーフメカニックからグループのチーフになり、さらに上に行っちゃうと、シーズンを戦うレギュラー陣は現場のスタッフが担当するんですが、僕はスポット参戦なので、通常は外部から集まってもらうところを、過去に僕とよい時間を過ごした人たちが、すでに上の方の立場にいても、彼らも半分は現役なんです。まだ現場を退いて2~3年だったりするので、彼らが集まってきてくれるんですね。
自分としてのハイライトは、チーフメカニックは当時僕がレイホールでレギュラー参戦していたときの15号車を担当していた人物で、フロントエンドは須藤翔太です。翔太は東日本大震災復興支援の「With you Japan」をずっと手伝ってくれて、僕がインディジャパンに初参戦した2010年にはまだ中学生ぐらいだった彼が、日本でスーパーフォーミュラやSUPER GTを経て、パンデミックが起きた年にスーツケース1つで渡米してきてレイホールで一緒に活動しました。
ただ、最初はまず見習いから始めるので、当時の僕はプライマリーに近い30号車で走っていたことから、翔太と自分のマシンで一緒にとはなかなか叶わなかったのですが、そこからデイル・コイン・レーシングに移籍するときに一緒に行って、チップ・ガナッシ・レーシングにも一緒に移って。ただ、チップ・ガナッシ・レーシングはインディカーチームとしては頂点なので、エンジニアとして彼にはずっと留まりなよとそれぞれ別の道を歩んできました。それが今年は翔太もレイホールに戻ってきて僕のマシンを担当してくれます。また、リアエンドにはこれまた2012年のチーフエンジニアが就いてくれます。
(3月11日に発表した)プレスリリースに書いた「懐かしい顔ぶれ」というのはこういったことです。僕が乗る75号車の8割近くが、そういったこれまでなにかしらで特別な経験や時間を過ごしたメンバーで構成されているので、自分にとっては本当に「ドリームチーム」のようです。とはいえ、当然ながら気を引き締めて、ピットストップの時間短縮とか、このあたりは外部から強力な助っ人が来てくれます。彼らと一緒に造り上げていきますが、給油マンはA.J.フォイト時代の仲間で、去年彼はすごく速かったんです。もう給油が終わっていてもタイヤ交換が間に合わないんじゃないかというぐらいで、1人ひとりのパフォーマンスもすごく高いので、より精度を高めてレギュラーチームに負けないようなチーム造りをこれからの1か月半ほどでやっていきたいと思っています。
――デレク・デビッドソン氏はストラテジストを担当するということでしょうか。
佐藤選手:そうです。
――以前に参戦発表の時期を質問したときは「2月ぐらいまでには」という回答でしたが、実際に発表が3月中旬になった理由はどのようなところにあるでしょうか。
佐藤選手:発表までには細かな調整がいろいろと必要で、自分もこの世界で長く続けてきていますから、プロとしてチームとの交渉を一歩も引かずに、レースと同じく激しくやり合ってきているのですが、そうこうしているあいだに2月下旬になり、チーム側は「(レース当日の)75日前まで待つか」という、まぁなにかしらのきっかけが必要ということでチームの発表になったのですが、日本サイドで応援してくれている皆さまには、2月中にすべて継続を決めていただいて、この回答には感謝しかないです。
それもあって、チームと契約上の交渉を続けていましたが、一方で車両の準備は物理的に間に合わなくなってしまうので、実際には1月からチーム内での活動がスタートしていました。そういった意味もあって、自分では焦ることなく納得いく形で決めたいなと考えて発表に時間がかかりました。
車体にステッカーを貼って終わりというスポンサーとの関係は1社もない
――佐藤選手はHRCのエグゼクティブ・アドバイザーという立場でもありますが、これが自身のレース活動になにか影響することはありますか?
佐藤選手:そうですね……、より他メーカーから参戦することは難しくなっていますかね(笑)。これは冗談ですよ。今自分が目指そうとしているところはインディ500で、先ほども話したように、なにがなんでも全カテゴリー通年で選手権を狙うんだという感じではないんですね。これまでそのチャンスはたくさんいただきましたし、結果的にそれを成し遂げられなかったのは悔しいですけど、その思いは次の世代に託したいと思います。
ただ、自分はやっぱりインディ500に挑戦できることだけでも非常に幸せなので、そこに現役ドライバーとして一本で集中しつつ、そのほかの部分ではこれまでの自分の経験や知見を生かしながら、ホンダさんと日本のモータースポーツを盛り上げていくために、役立てられるところ、お手伝いできるところがあれば全力で取り組んでいきたいなと思っています。
――マシン開発に対して意見が通りやすくなるといったような効果はないですか?
佐藤選手:求められればやっていきます。ただ、今はそういったことができるカテゴリーというものが非常に限られているんですよね。いわゆるコストダウンを目指したスペックシリーズになりつつある。逆にスーパーフォーミュラは本当にチームマターで、HRCとしてもエンジン供給以外はほとんどやらない、むしろやっていかないという感じなんです。SUPER GTはメーカーごとの戦いがありますが、やはり共通プラットフォームで、サスペンションも含めてほとんどが決まっていて、あとできるのはボディカウルによる空力ぐらいですよね。そこは逆にHRC Sakuraが現役のGTドライバーたちやチームとディスカッションの場を持ってやっているので、僕が入るようなところはないですね。
その意味では、昨年デビューしたSRSのスクールカーにはかなり強く意思を入れていきました。そういった形で、カテゴリーで見ると非常に難しいですけど、できるところは一緒に造っていっているつもりではあります。それができるようなカテゴリーに、どういう形になるかは分かりませんが、ホンダさんと一緒にできるならかなり大きな挑戦になると思います。
――昨今はスポンサーの確保が難しい時代になっていると思いますが、佐藤選手はこれだけ多くのスポンサーに支えられていて、なにか「決め文句」のようなものがあるのですか?
佐藤選手:どうなんでしょうねぇ(笑)。そんな決めのひと言みたいなものはないですが、でも長くお付き合いさせていただいて、自分の挑戦というものを本当に理解していただいている。ただ、そこで気持ちだけがあっても、物理的に会社で決済しなければいけない。決算まで含めてどういう状況でということを見ると、簡単にイエスということにはなりませんけど、それに対して、こちらでもどのように自分を活用していただけるかという案をたくさん出しています。
なので、車体にステッカーを貼って終わりという関係は1社もありません。なんらかの形で、自分でもスポンサーさんにとって意味のある活動になるように提案していますし、それが今でも続いているという形です。ただ、もう本当に感謝しかありません。
例えばNiterraさんとの関係は非常に分かりやすいかと思います。NGKスパークプラグというブランドを持っていて、直接レースシーンへ訴求という点や、ここ最近では直接ではなく、TV-CMを2年連続でやらせていただいたり、SUPER GTとかの現場に行くとPR動画を流していただいていたりという形で応援していただいています。デロイト トーマツ コンサルティングさんのスポンサーシップ活動としては、デロイトさんには多くのクライアントさんがいて、その若手に向けた人材育成に力を入れていて、交流を含めたディスカッションで、世界に挑戦する意義とやり方であったり、そこになにが必要なんかを、インターナルではありますがかなり進めさせてもらっています。そんな形で還元させていただいています。
ホンダさんも最近ではレーシングコンテンツだけではなく、「ホンダ・レーシングとは」といった形で、一般のお客さま向けにホンダのレーシングスピリッツとクルマ造りを解説する架け橋といったところでアンバサダー役をさせていただいていたり、挙げていくときりがないですね。それぐらい細かくやっていて、あとは会社のイメージアップにプラスして、若者たちのエネルギーを引き出してくださいと言われる取り組みも多いです。入社式や内定式に出たり、特殊なグループとのディスカッションだったりという形が多いですかね。
トップチームに引き抜かれてチャンピオンを目指す角田選手も見たい
――今、太田格之進選手が渡米していますが、SRS プリンシパルで、HRCのアドバイザーでもある佐藤選手が若手選手をインディ500に連れて行って、自身の周辺で勉強させるといったような考えはありませんか?
佐藤選手:オフィシャルに大手を振ってやろうぜといった計画はありませんが、やる気のあるドライバーは過去にもたくさんいて、ただ、インディ500はSUPER GTとスケジュールが重なることも多かったので見に行くことができなかったのですが、別のレースでは何人もの若手がインディカー・シリーズの視察に来ていますし、その機会にたくさんのものを見せたりしていました。最近では塚越(広大)なんかも来ましたし、かつては大津(弘樹)も来て、大津は今では(SRSの)先生もやってくれています。
カク(太田格之進選手)はIMSAでHRCのセミワークスとしてアメリカでやっていますし、彼も自分で言ってるとは思いますが、めちゃくちゃインディカー意識してますよね。所属しているメイヤー・シャンク・レーシングは(インディカー・シリーズでは)エリオがいるチームで、カクのパフォーマンスをエンジニアたちも間近で見ていると思うので、もしかしたらホンダ経由ということではなく、純粋にプロのレーシングドライバーとして声がかかる可能性も高いと思いますし、常々僕は、北米に向けてホンダがグローバルブランドのフォーミュラーカーレースなので、日本人に出てほしいなという思いがあります。
それと同時に、HRCの立場としてはそんなに簡単ではないことも十分に承知していますし、ホンダとしては当然F1で勝てる若手を育成するというところに1本(軸が)ありまして、そのほかのところでできる限りのサポートは続けていきたい。ただ、自分自身が正直に言って、この青山やHRCのプログラムとしてインディカー・シリーズに挑戦しているわけではなく、共同作業という形で自分もHRCと交渉している立場です。逆に言えば、それでも続けていけるという実績を見せることで、若手たちに「チャンスはゼロじゃないんだよ」という答えにもなると思いますので、もっともっと食らいついてきてほしい。
今年で言うと、スケジュール的にインディ500に来ることはできるので、すでに来たいと言っている選手は何人かいます。実際にカクは「絶対に来る!」と言っています。もうアメリカにいるので。ということで、何人か来た暁には、自分が活動しているシーンを間近で見てもらいたいですし、そこで刺激を受け取ってもらいたいです。
――若手育成に力を入れている中で、逆に若手から刺激を受けるシーンはありますか?
佐藤選手:自分も昔そうでしたけど、いろいろなレースにアクティブに取り組んで、とにかく速く走れるようになるためならなんでもやりますよね、若い子たちは。一生懸命に、常に全力で取り組んでいる姿勢は初々しく感じますし、自分自身でも「そうだよね」と、答え合わせではないですが、刺激を受けるところです。それは国内のレースを見ていて、HRC契約のスーパーフォーミュラやSUPER GTといったトップカテゴリーから、フォーミュラ・ライツ、全日本F4、それからSRSやレーシングカートまで、十代の若い子たちからも感じるところがありますし、そんなエネルギーを見ることはすごくよいことだと思いますね。
それと同時に、自分でもたくさんの失敗やいろいろな経験を積んできて、そこでどのようにサポートしていけるかは常々考えていて、そうは言っても、もっと骨があるというか、もっと食らいついてきてほしいという気持ちも正直なところでは強いですね。SRSなどを見ていても、みんなおとなしいですよ。おとなしいしいい子だし、ただ、いい子っていうのが、不良ということではなく、トップになるためなら自分ファーストじゃないですが、ありとあらゆる手を使ってでも上にいこうという意気込みをもう少し感じさせてくれてもいいかなと思いますね。
自分に対してだけじゃなく、われわれ講師陣は世界でも通用するトップドライバーがいるわけで、そんな講師に対してしつこいと思われるぐらい聞きに行ってもいいんじゃないかなと思うんです。でも、なにかひと言言われたら「分かりました」で終わってしまって、もっと来い!と思うのですが、これは時代の違いという部分もあるかもしれないので、あまり強くは言わないようにしています。
――その点では、つい前日もF1で惜しいレースを見せていた角田裕毅選手は佐藤選手が若手に求めるような要素を持つドライバーではないでしょうか。
佐藤選手:はい、そうですね。裕毅に関しては直接の教え子ではないですが。1人の後輩ドライバーとしては本当に抜きん出ていると思います。彼の持つスピードは、これは何度も言ってきたことですが、F1デビュー戦のバーレーンの(予選)Q1でいきなりトップタイムを出した。あの瞬間からセンセーショナルなデビューをしていますし、スピードが陰ることなく、今の裕毅はベテランのように安心していろいろなことを預けられるぐらいに見ていられる状態になってきましたね。常に成長しているドライバーだと思います。
昨日のレース(2025年のF1開幕戦)については、中堅チームというのは難しいもので、一発逆転を狙ってあのようなギャンブルに出ることも多くて、それが当たってサンパウロのときは逆によかったわけです。失敗するとファンの皆さんからチームはいろいろ言われますが、全員が勝ちたいという思いを持ってレースをやっている中なので、裕毅はそれを十分に理解しているからチーム批判なんてしないですし、ずいぶん大人になりましたね(笑)。
走りを見ていても、半分ぐらいのドライバーが非常に苦労して完走するのさえ難しいような大変なコンディションの中でもキッチリと、上位フィニッシュにはつながらなかったものの、それに近いようなものを見せることができたということで、今シーズンもすごく楽しみにしています。
――角田選手は来年のシートをつかみ取るためにも結果が求められると思いますが、佐藤選手もそのような状況を経験してきて、角田選手にどのようなことを期待しますか?
佐藤選手:本当にオントラックパフォーマンスの部分で、ドライバーができることは基本そこしかないと思っています。もちろん、それ以外でもドライバーがやることはたくさんあるのですが、とくにF1なんかでは1にも2にもそこが求められるところで、速くて強ければ確実にこの先も明るい未来が待っていると思いますし、ホンダグループの一員としてここまでやってきたからには、もちろんホンダで頑張ってほしいという思いと、もう1つには、逆にホンダじゃなくてもF1ドライバーとして、ナショナリティの枠を越えて、ほかのチャンピオンになっていくようなドライバーと同じようにトップチームに引き抜かれていく姿も見てみたい。
そういったマネジメント関係について自分たちが手伝うことはもうほとんどないんですが、彼にとってはF1の世界である意味正念場だと思うので、いや、毎年そうなんです、毎年なんですけど、今は彼の意気込みと取り組みと結果がちょうどよい塩梅で、クオリティの高いところに居られるような時期だと思うんですね。ですから、最高のパフォーマンスを期待したいなと思います。
――若手からシートを奪うようなことはしたくないとのことですが、やはり国内レースでの活躍を見たいというファンの声もあるかと思います。そのような予定はないですか?
佐藤選手:あまり考えていないですね。例えばフェスティバル的なレースがあって、ゲストドライバーとして呼ばれていくようなところであれば面白いと思いますが、ドライバーおよびマニュファクチャラー選手権がかかっているようなところに自分が出ていくことは考えられないです。
むしろそこにシートがあるなら、スクールの卒業生を乗せてあげてよとなってきますね。なので、ファンの皆さんに僕の走りを見たい、応援したいからいつまでも続けてくださいって声をいただくこともたくさんあって、それは本当にありがたいことですが、できればそれはインディ500での応援に集中していただければと思います。
15回のインディ500参戦で、なにが必要なのかは分かっている
――現在はレース参戦が年1回になっていますが、現役選手としての能力維持に向けてトレーニングなどはしていますか?
佐藤選手:先ほどの話ではないですが、若い子たちの走りを外から見ているという経験はこれまでなかったので面白いですね。同じカテゴリーに参戦しているときに、例えばトラブルなどがあったときにときどき外から見たりするとすごく新鮮なんです。われわれはラップタイムだったり、「SFgo」に代表されるようなオンボード映像だったりはすごく見ていてそこに集中しがちなんですが、1つのコーナーからの定点観察で外から見ていると、チームやドライバーごとに意外なほど走らせ方が違っているんです。
最近は若い子たちの走りを、とくにフォーミュラ・ライツやスーパーフォーミュラ、海外挑戦している子たち、あるいはF1でもそうなのですが、楽しみながら勉強しているというか、自分で走っていなくても、こうなんだろうなという想像は容易につくので、外で見ながら彼らのコクピット内でのフィーリングを脳内で感じ取ると言うんですかね。いわゆるイメージトレーニングというやつですね。
そこに、最近では小学校の低学年でもやっていますが、シミュレーターを使ってレースへの感覚を維持していく形でやっていくしかないですね。実走行が限られてしまっているので。
――シミュレーターは年間を通じて使っているのですか?
佐藤選手:チームのシミュレーターはやはりインディ500の直前ぐらいしか使えないですね。インディ500のレースが終わってしまうとあまり使う機会がないのですが、家庭用のシミュレーターを使ったりして、なにもしないよりはいいので。
――体力面でのトレーニングはどうでしょう。
佐藤選手:これまでインディ500でレースを過去に15回もやってきているので、なにが必要なのか分かっていますから、そこに必要な分のフィジカル的な強さを十分に準備しているつもりです。
――キャリアを重ねてきて、この年齢になって逆に伸びてきたところ、衰えを感じるところはどのような部分でしょうか。
佐藤選手:伸びてるというか、上手くなっているのはしゃべりだけでしょうね(笑)。あとは全部落ちてるんじゃないですか? ただ、知識や経験値といった部分は必ず積み上がっていくものなんですよね。なので、インディ500というのは本当に総合力が問われます。もちろん、クルマはまず速くしなきゃいけない。非常に細かいエンジニアリングから始まり、全体を俯瞰してみるストラテジーがあり、当然コクピットでは動物的に反応していく速さも求められる。
そこで言うと、神経系の瞬発力とかリアクションタイムがどうなっているかは自分では感じ取れないんですね。ただ、落ちているという意識はないです。自分で思うようにドライビングできなくなったとしたらどこかが欠落してきているということなので、たぶん自分で分かると思うんですね。目もそうですし、目から入ってくる情報がほとんどですが、そこからマシンの動きを感じる。このマシンの動きを感じるところが非常に難しいところです。最後の感覚のところは本番のインディ500になってくるので。
オフシーズンには、ときどきスクールカーのテストなどでレーシングカーに乗る機会もゼロではなくて、その場合は現役の若い子たちと一緒に走るので、それはそれで刺激になるところです。そんなところで自分の中にあるイマジネーションをふくらませていって、このあたりに持っていきたいという目標値に近づける努力もしています。そのためになにかが足りなくなっているような衰えを感じるところは正直ありません。
今は期待値とわくわく感がすごくある
――佐藤選手のインディ500挑戦はいつまで続くのでしょうか。
佐藤選手:どれぐらいまでいけますかね?(笑)。自分としては、いろいろな条件を考えれば常識的にそれほど長くないことは分かっています。ただ、レースが終わった後はいつも悔しさだったり、チームと一緒に反省会をしながら「今年も難しかったな~」ということが続いて、けど、時間が経つと「またやったら勝てるんじゃないか」と思えてきちゃうんですね、不思議なことに。その思いが強くある以上は、自分としては挑戦を続けていきたい。
自分の思いだけでは当然プロジェクトは進みません。賛同していただける多くのスポンサーの皆さんのご理解がなければできないことです。本当に幸いなことに、自分は今、たくさんの人に応援していただくことができ、チームからもなんとか戻ってきてほしいと言ってもらえて、多くの人の熱意がたくさんあるんですね。それが続く限り自分は挑戦を続けたいと思っています。
自分もHRCのメンバーの1人して、とくに若手、後進育成というところにここ数年は力を入れていますし、やはり若い子たちのシートを奪うようなことはしたくないのですが、幸いなことにインディ500という非常に特別なレース環境に、スポット参戦ながらより多くのプラクティス時間があったり、僕が過去に2勝していることも経験値として十分に使うことができる。こうなってくると、逆に挑戦しないわけにはいかないという感じで今も続けています。
この先どれだけ続けられるかは正直答えられないですけど、できれば今年もう1度頂点に立って、そこから「さて次は」というところに行きたいですね。
――3回目の優勝をしても終わりではなく、さらに4回目、5回目と続いていく?
佐藤選手:そうですね。3回目を獲ると、それはもう4人しかいないじゃないですか。そこに入りたいなぁと、人間というのは欲深いもので(笑)。まぁ、そこは取らぬ狸の皮算用にならないように、ここ数年は、スピードという意味ではいい走りをできていることも多いのですが、レースでのトップ争いという部分はできていないので、まずはそこに戻ることが最初かなと。そういった形で、マシンやチーム体制が整ったときに初めて勝利を意識して3勝目に向かっていけるのかなと思います。ただ、今は期待値とわくわく感がすごくあるので、非常に楽しみです。
――今回勝利すれば、3勝目に加えて最年長ウィナーという記録も生まれると思いますが、それについてはどうでしょう。
佐藤選手:そうですね、自分にとって最大のライバルであり、最も尊敬しているドライバーであるエリオ・カストロネベス選手が2021年に「生けるレジェンド」としての4勝目を挙げて、あれは本当に多くのドライバーの刺激になっていますし、自分にとっても悔しさと同時に「これは凄いな」という状況だったので、その彼に並ぶ年齢で挑戦を続けられることにまずは感謝したいですね。それと同時に、エリオも5勝目を狙って強力なライバルになると思うので、よいレースができるように頑張っていきたいです。