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わずか「0.06秒」のブレーキ操作で優勝を逃した佐藤琢磨選手が2026年のインディ500で雪辱に挑む
2026年3月19日 11:00
- 2026年3月18日 開催
RLL(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)は3月17日(現地時間)、米国・インディアナ州のインディアナポリス・モーター・スピードウェイで5月24日(現地時間)に開催される「110th Running of the Indianapolis 500」(インディ500)に、HRC(ホンダ・レーシング)のエグゼクティブ・アドバイザーであり、2017年と2020年のインディ500で優勝した佐藤琢磨選手がスポット参戦することを発表した。
これを受けてHRCは3月18日、佐藤琢磨選手が出席し、前回大会についてのふり返りと今年度の参戦に向けた抱負などを報道関係者などに向けて語る取材会を東京都港区のベルサール六本木で開催した。
ハイブリッドシステムの積極活用で過去最高の予選2番手を実現
取材会の第1部は、佐藤琢磨選手に対して司会を務めたピエール北川氏が質問していくトークセッション形式で進行。冒頭で2025年5月に開催されたインディ500の前回大会を紹介するダイジェストムービーがスクリーンで映し出されたあと、佐藤琢磨選手本人から前回大会についてのふり返りが語られた。
前回大会はこれまでと大きく異なり、ピエール北川氏から「珍しいぐらい佐藤琢磨選手のリードラップ(先頭で走る周回)がたくさん積み重なったレースだった」と表現されて佐藤琢磨選手が苦笑いするようなレース展開となっていたが、これについて佐藤琢磨選手は、トップ争いをしている先頭グループの車両は空気抵抗を大きく受けて燃費が悪化。ピットインするタイミングが早くなるといった弊害があり、これまでのレースで自身はそういった先行するマシンを風よけとして利用して給油サイクルをトータルで20周近く遅らせるといった戦略を採用していたと説明。
しかし、メリットがある一方でレース展開のなかで後手にまわることにもなり、レース展開が変化したときにチャンスをつかみ取れるポジションにいることも重要だとコメント。従来のレースでは後方からスタートすることになってがまんして機をうかがうような状況が多かったが、前回大会では過去最高の予選2番手というフロントローからのスタートとなったことで、今回はレースを自分たちでコントロールしていこうと考えて積極的に攻めていったと解説した。
そんなレース展開の前段として、本番の3週間ほど前に実施された「オープンテスト」の走行中、佐藤琢磨選手は全体のトップタイムを計測する好調を見せた一方、コーナーで姿勢を乱してマシンを大破させる大クラッシュに見舞われた。
佐藤琢磨選手はテストで好調なパフォーマンスを見せたことを「ある意味で速いのは当たり前」と語り、その理由はインディカーシリーズに参戦するホンダ系マシンを開発しているHRC USが、実戦投入に向けた判断材料とするため用意してきた技術やアイデアをインディ500のオープンテストでも試験投入。シーズンでフル参戦しているほかの選手のマシンは大きく仕様を変えることを避けてコンサバティブな通年仕様のエンジンとなっていたが、スポット参戦である佐藤琢磨選手のマシンは「全部乗せ」状態で、よしあしを見極めるため全開でアタックしてほしいと依頼されたことを明かした。
また、大クラッシュについては「その瞬間は僕も終わったと思いました」ふり返り、インパクトの瞬間には94Gを計測したことを紹介。自分の体重が何tにもなったような衝撃で体の骨にもヒビが入っていたものの、運転で使う手足などは問題なかったと笑いつつ、やはりマシンがバラバラになってしまったことがなにより痛かったと述懐。
通常はマシンを仕上げるために3か月ほど必要となり、インディ500本番まであと3週間というそのタイミングではもう間に合わないと思われたが、そのマシンはチームとしても従来とは異なるクルマ造りに取り組んでクラッシュ前には全体のトップタイムに迫る速さを見せていたことで一挙にモチベーションが高まり、チームオーナーのボビー・レイホール氏やマイク・ラニガン氏などが「もう1台買おう」と即断即決。当日の午後にはレーシングカーコンストラクターのダラーラからまっさらな新車を受け取り、翌日から2シフト体制で昼夜を問わず作業を続け、チームスタッフだけでは手が足りないためチップ・ガナッシ・レーシングなどでボディフィットメントなどの作業を手がけていたメカニックにも来てもらい、本番直前となるプラクティス前日の夕方に間に合わせたという。
インディ500では初めて利用されることになったハイブリッドシステムについてもエピソードを紹介。インディカーのERS(エナジー・リカバリー・システム)では高効率なスーパーキャパシタを採用しているが、エネルギーロスなどによって回生発電で得た電気のすべてをモーターアシストで加速力に変換できるわけではなく、発電するために加速が鈍くなる面もあるため、短期決戦の予選ではHRC USのエンジニアなども含めて「充電サイクルは利用せずにいくほうがよい」と分析。100%の満充電状態から走り始め、予選の最後の段階でピークパワーを利用する戦略が採られていたと説明。
また、スーパーキャパシタが満充電されている状態が一番メカニカルロスが低くなり、逆に充電がまったくない状態では充電していなくても大きな抵抗が発生する要因になるという。このため、4周を走る平均速度で勝負する予選では、ほかの選手のマシンが3周半までERSのエクストラパワーを封印する横並び状態になっていたが、佐藤琢磨選手はこれを見て「もったいない!」とがまんできず、1人だけスタートラップからERSを活用して走行。見事な結果につなげることができた。
ERSの操作を上手に利用するのは非常に難しく、同じようにトライしたスコット・ディクソン選手も失敗していたことを見て、自分は失敗しないよう秘策を実行。メカニックに話をしてマシンのステアリングを持ち帰り、ステアリングを握ったままベッドで寝ていたと語り、この努力やライバルチームが技術規定に違反すると判定されたという幸運も重なって前回大会でフロントローを手にしたと説明。
今年度はERSを活用することでラップタイムを削れるという成功例を自分が示してしまっているので、フロントローを奪取することは簡単ではないだろうと思っているが、だからこそ「そのさらに上をいくのが挑戦だ」と予選でもアタックを続けることを宣言した。
わずか「0.06秒」のブレーキ操作で優勝を逃した
前回大会のふり返りでピエール北川氏が「どうしても聞いておきたい」と切り出した、3回目のピットインで発生した作業スペースのオーバーシュートについて、佐藤琢磨選手は気温の低さを大きな要因として紹介。前回大会はこの100年で最も寒いレース開催となったほか、それ以前にピットエリアで火災事故が発生してセーフティカー先導による低速走行が長く続き、タイヤとブレーキが冷えてしまった。そしてトップの状態でピットオープンとなり、ピットレーンに飛び散った消化剤の影響を大きくタイヤが受けて残念な結果につながったと説明した。
オーバーシュートでピットを通過した距離は1.5m。当時、取材に来たカメラマンから「1秒早くブレーキ踏めばよかったんじゃないの?」と言われ、ほかの人からも1秒、1秒と言われて「本当は何秒早ければよかったのか」が気になって自分で計算してみたという。ピットレーンは60/mph(約97km/h)の速度規制があるので、この走行状態から1.5m手前で停止するための時間を調べたところ、「0.06秒」という結果になったとコメント。「つまり(ブレーキペダルを)踏むポイントはほとんど変わらないということですよ」と語った。
一方で「でも、そういった世界で自分はやっているんだとあらためて思いました。つまり、あれで優勝を逃したので自分のせいなんです」と口にすると、ピエール北川氏は「それは琢磨さんの攻め方というか、余裕を作って、余裕を感じさせてということではなく、いつもギリギリまで攻めているのが自分のスタイルだということでしょうか」と質問。これに対して佐藤琢磨選手は「自分のスタイルというか、そこまでしないとあそこ(インディ500)は走れないんですよ」と回答。「でも、そこでどんな状況が起きても対応できるよう備えておけるかが次のステージだと思うので、2026年はそんな走りが見せたいですね」とコメントした。
チーフメカニックに昇格した須藤翔太氏が手がけるマシンでインディ500を走る
17回目の参戦となる今年度については、チームのエンジニアリング体制全体としては大きな変更はないものの、RLLには大きな体制変更が起こって佐藤琢磨選手にとって重要な存在である2人のスタッフがチームを離れたとのこと。
一方、東日本大震災復興支援プログラムである「With you Japan」から長年に渡って交流を深め、レースメカニックとしてのキャリアを積んで前回大会からRLLで共に戦うことになった須藤翔太氏が今回からはチーフメカニックに昇格。佐藤琢磨選手がドライブする75号車を須藤氏が手がけてインディ500に出場するという夢が実現することを紹介し、このような環境でレースに臨めるのは本当に幸せなことで、「もう目標は1つしかないです。優勝するしかないので、そのためだけに(インディ500に)戻ります」と力強く宣言した。
また、ピエール北川氏が、RLLからの発表内で佐藤琢磨選手が「今年は一段と特別な思いを抱いています」とコメントしていることを取り上げ、特別な思いという言葉が意味する内容について尋ねたところ、予選で2番手になったことを「うれしかったけどやっぱり悔しかった」と表現し、予選という1つのレースでトップまで届かなかったことを、今年度は全力でトップを目指すと述べ、前回大会ではレースマシンがギリギリに仕上がるという難しい状況ながら予選2位という結果を手にしたことは、逆境を力に変えてチームが素晴らしい力を持っていると示しており、今回は3台が並ぶスターティンググリッドの最前列に3台のホンダマシンが並ぶ予選にして、もちろん自分がトップであるインサイドからスタートしたいと強調。ピットストップでは0.06秒確実に早くブレーキを踏んで、最終ラップまで全力でいきたいと語った。
ピエール北川氏は2月にHRC USが2027年シーズン以降もインディカー・シリーズへの参戦を継続し、2028年シーズンから導入されるダラーラ製新型シャシー向けに新しい2.4リッターV型6気筒ツインターボ・ハイブリッドエンジンを開発すると発表したことを挙げ、この先について佐藤琢磨選手に問いかけたところ、「僕は昨年、ここ(インディ500参戦発表)に立つために必死に走って、その結果としてまた今年も走るわけです。だから本当に勝つしかないですし、勝ったら止められないですよ。でも、負けてもたぶん、悔しくて止められないので、おそらく2027年も走っていると思います。2027年走ったあかつきに2028年からニューマシンになるなら、それは僕が乗らずに誰が乗るんだろうということです」。
「年齢的には(2028年には)51ですけど、ちょうど今日、エリオ・カストロネベスが同じ日に(インディ500参戦の)発表を重ねてきて、意識してぶつけてきたんですよ。あの人が51歳で最年長になるんですよね。僕は2番目ですけど、エリオの姿を追いかけている挑戦者としては、エリオのところまでは頑張ろうかなと思います」と回答。まずは3勝目を狙う今年度の大会で結果を残し、来年以降も参戦を続けていく意欲を口にした。
最後にファンに向けたメッセージを問われた佐藤琢磨選手は「自分も『No Attack No Chance』という精神でずっとレースを続けてきました。確かに上手くいかないこともたくさんありますが、そんなときこそ自分が大きく成長している瞬間だなと思うことがとても多くて、先日の『ラリー・モンテカルロ・ヒストリック』でホンダ学園の若い20代の学生たちといっしょに取り組んで、思いを共有しながらみんなの真剣な眼差しと絶対に下を向かない覚悟といったものが自分よりもあるんじゃないかと感じました」。
「昨年の8月からスタートしたプロジェクトで、自分も飛び石で参加しつつ、この1月~2月の2週間いっしょに過ごして、自分もドライバーとして成長させてもらった気がしますし、みんなと取り組んで自分ももっと頑張らなきゃと思わせてもらったので、この場を借りてホンダ学園と生徒の皆さんにお礼を言いたいと思います。そんな思いを持って、今年は去年に成し遂げられなかったトップチェッカーを目指し、今年のインディ500を全力で頑張ってきたいと思います」とコメントした。
エンジニアリング体制の変化はプラスになると佐藤琢磨選手
第2部として行なわれたQ&Aセッションでは、前回と2026年仕様のマシンの違いについて質問され、佐藤琢磨選手は新たなレギュレーションで横転を防止する安全対策としてリアタイヤ前方に「タイヤランプフラップ」が追加されることになっているが、基本的なスペックについては2025年モデルから踏襲されていると紹介。
チーム体制についてはマシン開発のメンバーはあまり変化しておらず、エンジニアリング体制が大きく変わっているが、その点についてはプラスになると考えているとコメント。ピットストップの練習方法もマクラーレンから移籍してきたメンバーによって新しいフィロソフィーが構築され、開幕戦ではグラハム・レイホール選手の15号車が全体2番手のピットタイムを計測し、続く第2戦でもルイス・フォスター選手の45号車が全体3番手タイムとなるなどポジティブな結果を残しており、自分たちの75号車でも同じトレーニングを積んで頑張りたいと説明。マシン開発についても前回大会で実現できなかったアイデアを生かしていきたいと語った。














