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自動車のIT化レベルを引き上げるNVIDIAの車載ソリューションを一堂に

約230GFLOPSの性能を誇るTegra K1で歩行者などを画像認識

 半導体メーカーNVIDIAの日本法人となるエヌビティア ジャパンは、自社の自動車向けソリューションを顧客に対して紹介するプライベートイベントを開催した。

 自動車の開発環境の展示については前回の記事(http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20141211_676693.html)で紹介した。本記事では、高い注目を集める自動車の自動化、およびADAS(Advanced Driving Assistant System、先進運転支援システム)やIVI(In-Vehicle Infotainment)など、自動車に搭載可能なNVIDIAの最新ソリューション展示を紹介していく。

IVI、デジタルコックピット、ADAS、自動運転などの実現に必要となるパワフルなSoC

 自動車のIT化は日進月歩の速度で進みつつある。以前の自動車というのはアナログ技術の塊のようなものだった。内部に搭載されているコンピュータはECUぐらいで、それもあらかじめ決められた固定機能を持つだけのものだった。自動車の内部に血管のように張り巡らされたケーブルはすべてがアナログ信号をやりとりするもので、IT(情報技術)とは無縁の存在だった。

 近年は家電の世界にもデジタル化の波が到達し、まずテレビがデジタル化した。現在ではインターネットにアクセスする機能を持つテレビしか売られていないような現状がある。次に、デジタル化されたのは電話で、携帯電話はいわゆるフィーチャーフォン(俗名:ガラケー)からスマートフォンへと進化し、プログラマブルなデバイスとなりつつある。今後はIoT(Internet of Things、何らかの方法でインターネットへとアクセスする機能を持つもの)と呼ばれる機器が普及し、それらがクラウドと呼ばれるサーバーにデータを送信し、そのデータが“ビッグデータ”として分析され新しい価値を生み出す、そんな近未来が語られる時代になりつつある。

 クルマにもその波は確実に来ている。そもそも日本の自動車は、すでに1990年代からIT化が始まってるといってよい。というのは、現在では新車装着率が70%を超えているといわれているカーナビがそれで、カーナビの中身はスマートフォンに採用されているのと同様なSoC(System On a Chip)が搭載されている。

 日本のカーナビは、事実上スタンドアローンと呼ばれるインターネットに接続しない状態で利用することを前提に設計されている。地図データなどをローカルのストレージに格納し、インターネットに接続する機能が用意されていない製品がほとんどだった。

 しかし、グローバルではインターネットに接続する機能を持つカーナビがIVI(In-Vehicle Infotainment)という名称で搭載される例が増えつつある。IVIの特徴は、ナビゲーションだけでなく、FacebookやTwitterのようなSNSサービスや、音楽配信サービスといったWebサービスに接続して利用できる機能を持っていることにある。そうした機能が、スマートフォンに慣れたエンドユーザーに受け入れられつつあるのだ。NVIDIAのCEOであるジェンスン・フアン氏はこうした自動車を「次の家電製品」と呼んでおり、今後スマホを買うように、自動車にもIVIがついているという時代が来るものと考えられている。

 だが、そうした自動車のIT化の波はなにもセンターコンソールにあるカーナビがIVIに進化するだけではない。例えば、現在はアナログメーターで構成されているメータークラスターも、今後はアナログ+デジタルになったり、デジタルオンリーなメーターになると考えられている。そうしたメーターは、IVIにも使われるような強力なグラフィックス機能を持つSoCがベースになっており、そうしたデジタルコックピットも次のトレンドの1つになると考えられている。

 また、自動車が自動で衝突を避けたり、運転手に通知をしたりするADASや、Googleが米国カリフォルニア州ですでに実証実験を行っている自動運転機能なども注目を集めている。こうした機能を実現するには、強力な並列処理機能をあわせ持つGPUを内蔵したSoCが必要になると考えられている。というのも、例えば自動運転を実現するには、自動車自身が歩行者や道の範囲を認識して、歩行者を避けたり、道幅を認識してクルマをそこにとどめておくような操作を行う必要がある。そうした物体認識を行うには、まず物体をカメラで撮影し、それをSoCが認識して、歩行者だと分かればハンドルを切ったり、ブレーキをかけるなどして避ける必要がある。そのような一連の処理を瞬時に行わなければいけないため、SoCの処理能力が大きく問題になってくるのだ。

 自動車業界はすでにそうしたIVI、デジタルコックピット、ADAS、自動運転などの開発に取り組んでおり、IVIなどは実装が始まっている。日本では2020年の東京オリンピックに向けて自動運転を実現しようという取り組みが進んでおり、一部では実験も始まっている。つまり、自動車メーカーはより強力な処理能力を持つSoCを必要とする状況が発生しているのだ。

NVIDIA オートモーティブ事業部 事業本部長 ダニー・シャピーロ氏。シャピーロ氏が乗るのは、同社のGPUであるGeForceが採用されているBMWの5シリーズ
アウディ A4にはTegraが搭載されたIVIが採用されている。将来的にはメーターパネルも含めてすべてがSoCによりフルデジタルになる時代がやってくる(今年3月にジュネーブ・モータショーで発表された新型アウディTTは、NVIDIA Tegra 3使用のフルデジタルメーターパネルを搭載している)。

Tegra K1の後継として登場する“Parker”ではさらなる高い演算性能を実現する

 こうした状況の中で、半導体メーカー各社は自動車向けのSoCラインアップの拡充に力を入れている。自動車向けのSoCで重要なことは自動車向けグレード(例えば稼働保証温度など)を用意することだと考えられている向きもあるが、現在ではそれは必要最低限であり、それと同時にADASや自動運転などを実現するためにの強力な処理能力を求めつつあるのだ。

 NVIDIAはそうしたニーズに応えるSoCをすでにリリースしている、それがTegra K1だ。Tegra K1は、これまで初代Tegra、Tegra 2、Tegra 3、Tegra 4と進化してきた同社のSoCの最新版になる。従来製品との大きな違いは、統合されているGPUが従来は独自のデザインであったのに対して、Tegra K1に内蔵されているのはKepler(ケプラー)の開発コードネームで知られるGPUアーキテクチャで、PC用のGeForce、ワークステーション用のQuadro、データセンター用のTeslaなどにも同じGPUアーキテクチャが採用されている。

 もちろん、TeslaやQuadroはGPUに供給する電力に余裕があるタワー型ケースやラックマウントサーバーケースなどで利用するため、CUDAコアとNVIDIAが呼ぶ演算エンジンを多数搭載するシステムとなっている。具体的にはCUDAコアが3072個といった強力な製品もラインアップされている。これに対して車載可能なTegra K1は192個のCUDAコアを内蔵する形になっており、小さい消費電力でも動くように配慮されたデザインになっている。

 エヌビディア ジャパン シニアソリューションアーキテクト 馬路徹氏は「Keplerアーキテクチャはスケーラブルに作ってあり、Tegraのようなモバイル用からTeslaのようなデータセンター用まで演算エンジンの数を変えることで対応できる」と述べ、モバイルからデータセンター用までが同じGPU命令セットで動くことがメリットだという。これにより、例えば自動車の設計・開発に使っているQuadro用のプログラミングテクニックを利用して、車載用のTegraのプログラムを開発することができる。

Keplerのアーキテクチャの説明。Keplerはスケーラブルな設計を採用している。少ない演算ユニットならモバイル用として、多数の演算ユニットを搭載すればPC、ワークステーション、HPCなどにも利用することができる
エヌビディア ジャパン シニアソリューションアーキテクト 馬路徹氏
近未来のアーキテクチャ。オフラインでの学習などは、クラウドサーバー上にあるTeslaで演算し、自動車に搭載されているTegraは検出と認識などに注力する

 NVIDIAの車載向けGPUの特徴は、開発環境が充実していることだと馬路氏は説明する。「NVIDIAのTegra K1は多彩な開発環境をサポートしている。CUDAというNVIDIAのGPUコンピューティングの仕組みを用意しているのもそうだし、OpenVXを使った開発を行いたい向きにはVisionWorksという画像認識ライブラリを利用できる。VisionWorksはOpenVXの仕組みを包含し、NVIDIAが機能を追加した開発環境が利用できる」と述べ、VisionWorksを利用することで、歩行者検知や物体認識をGPUによって処理するプログラムを比較的容易に作れることをアピールした。

 馬路氏はTegra K1に内蔵されているCPU(ARM Cortex-A15クアッドコア)とGPU(Kepler/192CUDAコア)を利用した場合でどの程度物体認識にかかる性能が違うのかベンチマーク結果を示し、処理によっては「10~100倍の違いがある」とした。 馬路氏によれば、道路のコーナーを発見する処理は30fpsの映像の場合、30GFLOPS程度の処理能力を必要としているが、Tegra K1の処理能力が230GFLOPS程度なのでそれぐらいは楽々と処理できるとした。歩行者の検知は180GFLOPS程度の処理能力が必要なので、230GFLOPSのTegra K1では楽々ではないが充分に処理できると説明した。

 なお、馬路氏は「Tegra K1の次世代になるParkerではさらなるGPU処理性能の向上を実現し、一昔前のクレイ スーパーコンピュータ並みの性能を車載対応SoCで実現することになる」と述べ、NVIDIAが計画しているParker(パーカー、開発コードネーム)ではより高い処理能力を実現する見通しであることを明らかにした。なお、NVIDIAが3月にサンノゼで行った開発者向けのGTC 2014の基調講演(別記事[http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20140326_641290.html]参照)では、Tegra K1の後継としてはEristaという別のSoCが計画され、Parkerに関しては何も言及されていなかったため、一度は計画が消滅していたものと考えられていたが、再びロードマップに戻ってきたようだ。

VisionWorksの構成
VisionWorksは業界標準規格のOpenVXをベースにNVIDIAの拡張ライブラリが追加されている
VisionWorksを利用した時のサンプルパイプライン、おおまかにこのように処理されている
NVIDIAが用意する開発プラットフォーム。低価格なソフトウェア開発者向けがJETSON TK1、自動車メーカー向けがJETSON TK1 PROとなる
物体認識を行う時の手順
物体認識をCPUではなく、GPUを利用したときの性能差。将来登場するParkerではさらに高速になる

ハイパーバイザーによりパーティショニングされた2つのOSの同時実行を1つのSoCで実現

 NVIDIAは展示ブースにおいて、Tegraを搭載した複数のデモを行った。なかでも注目に値するのはデジタルコックピットのデモで、OSの下にハイパーバイザーと呼ばれる仮想化ソフトウェアのレイヤーを走らせ、2つのOSを1つのSoCで走らせるという内容だ。Tegra K1を利用したこのシステムは、ディスプレイの上部はIVIのOSで動いており、画面の下部に表示されているドライバーアシスタンス機能は制御系用のリアルタイムOSで走る構造にできる。このため、仮にIVI側のOSに何らかの問題が発生してOSが落ちたとしても、制御系の方のOSには何も影響が及ぼさないようになっている。

 複数のSoCを搭載することが可能な高級車であれば、IVI、制御系、メーターなどそれぞれにSoCを搭載することが可能だが、コストとのバランスが重視されるエントリークラスの自動車ではそれは不可能だ。従って、近い将来には1つのSoCで、IVI、制御系、メーターなどをすべて制御するソリューションが必要となる可能性が高い。そうした時にハイパーバイザーを利用して仮想化ソフトウェアでパーティショニングすることで、それぞれに影響を与えることがなく複数のOSを走らせることができるので、そこには大きな可能性があると考えられている。

 また、NVIDIAはこうしたデジタルメーターの開発ツール“UI Composer”(別記事[http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20100617_373410.html]参照)の最新版の提供を行っており、そこには従来はなかった新しいデザイン用素材などが追加されている。このため従来よりリッチなメーターを簡単な作業で開発することが可能になっている。

 UI Compserを使うことで、デザイナーはデザインに、プログラマーはプログラムに専念でき、従来よりも短期間でデジタルメーターを作成することができるのだ。

 また、VisionWorksのデモでは、VisionWorksのプログラミングツールを利用して作成したプログラムで、カメラで撮影した映像をリアルタイム処理。GPUを利用することでレーン認識やコーナー認識、さらには動く歩行者を認識する様子などが実演されていた。デモには、NVIDIAが車載向け開発キットとして販売しているJETSON TK1 PROという開発ボードが利用されていた。

 この他、世界最大のEMS企業として知られているHon Hai Precision Industryを傘下に持つFoxconn Technology GroupのAnTecが、Tegraを搭載したIVIシステムの展示を行った。この展示では、単なるIVIだけでなく、車両の前後左右4方向に設置されたカメラからの映像を元に、リアルタイムに映像を合成し、IVIシステム上に車両周囲の様子をリアルタイムに表示できていた。これには、Tegra 3という必ずしも最新の世代ではないTegraが利用されており、GPUの能力を利用することでこうした処理も楽々できるということだった。

1つのSoCで、ADASもIVIも処理するデモ。OSの1つ下のレイヤーにハイパーバイザーと呼ばれる仮想化のレイヤーが入れられており、ADASの制御とIVIの制御を行うOSはそれぞれ異なるメモリ空間で動作。互いに影響し合うことなく安定して動作を実現できる
デジタルコックピットのデモ。今回のデモでは3つのディスプレイ(メータークラスター、ADAS、IVI)があるが、1つのSoCでメーターを、もう1つのSoCでADASとIVIをコントロールしている。ADASとIVIにはハイパーバイザー型の仮想化ソフトウェアが利用されている
ADAS部分のアップ。スピード制限の標識を認識していることが分かる、この制御をSoCはIVIの制御を行いながらでもできるようになっている
デジタルメーターの実現例。新しいUI Compserでは、このタコメーターやスピードメーターの詳細な目盛り表示など新しいデザインマテリアルが追加されている
Tegra K1を利用したADASのデモ
開発ボードとなるJETSON TK1がデモには利用されていた
歩行者認識のデモ。あらかじめ撮影してあった映像をリアルタイムにTegra K1で認識している。多数の歩行者を同時に認識可能
こちらは車線認識のデモ。VisionWorksを利用してプログラミングされている
画像合成のデモ。撮影した複数の画像をリアルタイムで認識して接続部分を判別して合成していく
AnTecが製作したTegra搭載IVIのサンプル
AnTecのTegraを搭載したIVIのデモ
車の前後左右に設置されているカメラの映像からリアルタイムに車の周りの映像を仮想的に作り出すデモ。ADASなどに応用できそうだ
こちらは元の映像、この4つの映像を元に先ほどの仮想画面を作り出す

SHIELD TabletやMaxwellベースのGeForce GTX 980の4Kx3表示をデモ

 このほか、NVIDIAは同社がコンシューマ向けに展開しているソリューションを展示した。1つは同社が10月より国内市場でも販売開始したSHIELD Tabletだ。SHIELD Tabletは、オートモーティブ用としても利用されているTegra K1が採用されている。すでに述べたとおり、Tegra K1はPCやワークステーション、さらにはHPC用としても利用されているNVIDIAのKeplerがGPUとして採用されている強力なSoCで、GPUの性能では現時点では世界最高峰と言ってよいSoCだ。OSはAndroid 4.4が標準で採用されていたが、現在はAndroid 5.0へのアップデートがインターネット経由で提供されている。

NVIDIAのSHIELD Tabletのデモ。10月から日本国内でも販売が開始されているハイパフォーマンスタブレット

 SHIELD Tabletの魅力はそれだけではない。採用されている液晶ディスプレイは8型でWUXGA(1920×1200ドット)の解像度を実現しており、一般的なデジタルテレビ(1920×1080ドット)よりも高精細になっているのだ。また、NVIDIAのタブレットだけの特色として、同社のPC向けのGPUであるGeForceシリーズ(厳密に言うと、Kepler/Maxwell(マクスウェル)世代以降のGeForceでGTXの名称がつく製品)が搭載されているゲーミングPCとネットワークで接続して、PCゲームをAndroidタレット上でリモートプレイすることが可能になっている。これにより、普段ユーザーがPC上で楽しんでいるPCゲームを、タブレット上で楽しむことができる。Androidのゲームも増えつつあるが、3Dを活用したゲームタイトルの豊富さという意味ではまだまだWindowsに分があるのが現状であり、それを手元のタブレットで楽しむことができるのはSHIELD Tabletの大きな特徴なのだ。

 また、NVIDIAは9月に同社のPC向けGPUの最新製品となるGeForce GTX 980/970を発表した。GeForce GTX 980/970の最大の特徴は、MaxwellというKeplerの後継となるGPUアーキテクチャを採用していることだ。Maxwellでは、Keplerに比べて電力効率が大きく改善されており、同じ電力でならより高い性能を、同じ性能ならより小さい電力で動作させることができるのが特徴となっている。今回のデモでは、NVIDIAのGeForce GTX 980を3枚用意して、4K(3840×2160ドット)のディスプレイ3枚でレーシングゲームを行っていた。もちろん、現時点では自動車業界向け製品というわけではないが、今後このMaxwellベースのQuadroも登場する可能性が高いので、そうしたMaxwellの高性能をアピールするためのデモと考えることができるだろう。

NVIDIAのSHIELD Tabletは、Tegra K1を搭載して8型WUXGAの液晶ディスプレイを搭載している
NVIDIAのGame Stream機能を利用すると、PCゲームをタブレット上でリモートプレイできる、タブレットで表示されているゲームは、実際にはこのPCでレンダリングされ、タブレットにストリーム配信されている
NVIDIA GeForceのデモ。3枚の4Kディスプレイにゲームを楽々出力できる処理能力を持っている
GeForce GTX 980が3枚という贅沢な構成のゲーミングPC。GeForce GTX 980は新アーキテクチャのMaxwellになり、電力効率が改善されているのが最大の特徴

(笠原一輝/Photo:安田 剛)