インプレッション
フォルクスワーゲン「ゴルフ」シリーズイッキ乗り(公道試乗)
全9種類のラインアップからコックスチューンのGTI&R、ピュアEVのe-ゴルフに試乗
2018年1月5日 13:11
1974年5月に誕生した「ゴルフ」は、生産開始からわずか2年半足らずで累計100万台の生産を記録した。その勢いは、7代目となった現在のゴルフに乗っても理解できるような気がする。コンパクトなボディから想像する以上に広く、使いやすさが考えられた室内。市街地でもロングドライブでも安心できる、運転しやすさと快適性。これはゴルフが誕生したことで、市場に「コンパクト・クラス」という新しいジャンルが確立して以来、すべてのコンパクトカーが求めてきた理想形。それゆえに、ゴルフは今でも世界中のメーカーからベンチマークされる、完璧なコンパクトカーであり続けている。
ただし、今では当たり前の存在であるゴルフも、開発当初はフォルクスワーゲンにとっては奇異な存在、既成概念を捨てる新たなチャレンジだった。というのも、それまでフォルクスワーゲンが得意としてきたのは、「ビートル」を筆頭とするRRレイアウト。ドイツの国民車としてスタートし、アメリカをはじめ世界進出を成功させた立役者である大ヒット作であるにもかかわらず、ゴルフはそのビートルから機構的には何ひとつ受け継いでいない。ジウジアーロの手によるデザインも、丸味を帯びたところがまったくない、フロントエンジンの2ボックススタイルだった。
それでもフォルクスワーゲンがゴルフを世に放ったのは、それがフェルディナント・ポルシェ博士が思い描いた“理想の小型車”を、手法は違えどもしっかりと体現していたからだろう。そんな、一世一代とも言えるチャレンジから生まれたベストセラーモデルが、ゴルフの原点。それ以来、時代の流れに合わせて柔軟に姿やメカニズムを変えながらも、常にその根底には揺るぎない思想がしっかりと装備されてきた。でも、チャレンジすることもまた、ゴルフに託された使命と言える。
その使命を果たしてきた結果として、現在日本でも9モデルをラインアップしている、多彩な顔を持つゴルフシリーズがある。ステーションワゴンのヴァリアント、3列シートのトゥーラン、SUVのオールトラック、高性能スポーツモデルであるGTI、R、R ヴァリアント。そしてe-mobilityとしてPHV(ブラグインハイブリッド)のGTEに続き、ピュアEVであるe-ゴルフも加わった。これほど多くのバリエーションを展開するモデルは、世界でもゴルフくらいのものだ。それもまた、多様化するユーザーのライフスタイルに寄り添うべく、フォルクスワーゲンが真摯に“理想の小型車”を追い求めている証ではないだろうか。
ゴルフ GTI Tuned by COX
今回はこのゴルフシリーズの中から、3モデルをピックアップして試乗した。まずは1976年からという長い歴史を持つ高性能スポーツモデル、GTIにさらなるチューニングを施した「ゴルフ GTI Tuned by COX」。1978年に創立して以来、フォルクスワーゲンのワンメイクレースの運営や、レース専用パーツの開発、車両製作など、フォルクスワーゲンのスポーツシーンと密接に関わってきたコックスが手がけたGTIのコンプリートモデルだ。
しかし、素のGTIがそうであるように、あからさまに見た目をゴテゴテに盛ったり、大きく変えないところがGTI Tuned by COXの美点。コックスは「チューニングは改造ではなく調律である」というのが信条で、オリジナルの持つ素性のよい部分をさらに引き出し、際立たせる技術を大切にするメーカーだ。とはいえ、全身から放たれるオーラにはやはり、ノーマルモデルとは何かが違う、静かな迫力が漂っている。そしてフロントグリルにさりげなく添えられた「COX」のエンブレム、リア両サイドに突き出るステンレスマフラーを見れば、内に秘めたる情熱がひしひしと伝わり、その実力を試したくてウズウズしてくるはずだ。
230PS/350Nmを発生する直列4気筒2.0リッターインタークーラー付ターボに火を入れ、6速DSGをドライブにして走り出すと、その加速フィールは驚くほどに鋭く、そこから一気にパワーを爆発させて飛ぶように駆け抜けていく。ボディはそのパワーをガッシリと包み込むように、ギャップを乗り越えてもコーナリングしても、微塵のヨレや軋みもなく重厚だ。ドライバーに不要な振動や伸縮する動きは、すべてフロア下で完結させている印象で、ゴツゴツとした路面の凹凸が、こちらに伝わるころにはコツンコツン、くらいに軽いインフォメーションになっている。GTI専用に開発したスプリングキットやボディダンパーなど、どれもが互いに調和を取りながら役目を果たしていることが、市街地を走っただけでも感じられるのはさすがだ。
そして1つだけ遠慮なくこちらに存在をアピールしてくるのが、ステンレスマフラーから響く高音のエグゾーストノート。これがなんとも高揚感を煽る音色で、鋭さを際立たせた走りを最高のスパイスでさらに美味しくしてくれている。GTI Tuned by COXはまさに、1970年代にホットハッチの火付け役となったGTIの魂を、最新の技術で磨き上げた傑作だ。
ゴルフ R Tuned by COX
さて、次に試乗したのはコックスが手がけたもう1つのコンプリートモデル「ゴルフ R Tuned by COX」。ボーイズレーサー的な位置付けのGTIに比べて、Rはレーシングカー直系とも言えるストイックな高性能スポーツモデルとして、ゴルフ史上最速を誇る。直列4気筒2.0リッターインタークーラー付ターボはさらにパワーアップされ、310PS/380Nmのモンスター級。4WDの4MOTIONと合わせて、速さだけでなく圧倒的な直進安定性やコーナリング性能も叶えた究極のゴルフだ。
最新のゴルフ R Tuned by COXには、これまでのブレーキラインシステムや、吸排気系のパフォーマンスエアフィルター、ターボパイプキットに加えて、10月から発売となったスプリングキットとブレーキパッドセットで足まわりがより引き締められ、スタビライザーセットによってボディ剛性もアップされている。外観はGTIよりさらに大人っぽく、エアロパーツが装着されているものの、一見すると「ちょっと車高が低いし、ワイドになっているくらいかな?」と感じさせるさりげなさがある。
そんなゴルフ R Tuned by COXの走りは、意外にも発進からドカンとパワーが炸裂することはなく、とても紳士的でなめらかさの方が勝る。サウンドも控えめでちょっと拍子抜けするほどだが、そのぶん、コンパクトクラスとは思えないほどの高い静粛性や、低速でも分かるフラットで落ち着いた乗り心地のよさが、「いいクルマに乗っている」という満足感に浸らせてくれる。
しかし、アクセルを踏み込んでいくと、ウワッと身体が浮くような強烈な加速フィールが弾け出した。鋭い加速を次々と繰り出すGTIとは明らかに違い、余裕を溜め込んで一気に押し出すような大きなパワーの波が味わえるのがRだ。硬派なスポーツモデルを突き詰めるGTIに対し、Rはまさにプレミアムスポーツ。コックスが磨き上げた両者の持ち味によって、それがより強く感じられた試乗だった。
e-ゴルフ
最後の1台は、フォルクスワーゲンがついに日本に初導入したピュアEV「e-ゴルフ」。急速充電のCHAdeMO規格と200Vの普通充電に対応し、一充電走行距離は301km(JC08モード)。駆動用のリチウムイオンバッテリーは35.8kW/h、136PS/290Nmの電気モーターを搭載している。そしてモーター出力とエアコン制御が変えられる「ノーマル」「エコ」「エコ+」の3モードに加えて、ブレーキエネルギー回生システムの強さが4段階に調整可能。変更はシフトレバーを左に倒すだけなので、走行中の充電状況や交通状況に合わせて、ドライバーの意思で効率的にエネルギーコントロールできるようになっているのが特徴だ。
スタートボタンを押すと、メーターが鮮やかに点灯し、e-ゴルフは静かに目を覚ます。なめらかな中にもシッカリと接地感のある発進に続いて、伸びやかな加速フィールがとても上質だ。発進直後からフルトルクを引き出すことが可能なEVなら、もっと鋭さのあるGTIのような加速を見せるのかと想像していたが、それはともするとドライバーの操作に対する反応の違和感を生みやすい。それをe-ゴルフは見事に適正化し、完璧にリニアな操作感に仕上げていると感じた。
思えばフォルクスワーゲンは、たとえEVであってもゴルフを名乗るからには、誰が乗ってもゴルフと分かるようなクルマを造ると宣言していた。ガソリンモデルに比べれば、低重心感はややアップしているが、バッテリーを床下に搭載することで車両の前後バランスを整え、ハンドリングの実直さやナチュラルな加速フィール、安定感を損なわないコーナリングを実現しているe-ゴルフは、しばらく走らせているとまぎれもないゴルフだと感じさせる。材料がなんであろうとも、ここまでブレのないクルマ造りをするフォルクスワーゲンに、心底感心したのだった。
こうして9台の中から3台をピックアップしただけでも、あらゆる魅力を見せてくれたゴルフシリーズ。でもその真ん中には、共通する思想がシッカリと搭載されている。そして、まだまだゴルフのチャレンジは続いていくのではないか。次なるゴルフはどんな顔を見せてくれるのか、ますます楽しみになった。