試乗インプレッション

ミドルセダンに変貌したホンダ「インサイト」(3代目)、その進化点を探る

「SPORT HYBRID i-MMD」と1.5リッターエンジンの組み合わせ、そのフィーリングは?

大人っぽさを感じさせるミドルセダンに

 1999年の初代モデル登場以来、「インサイト」は常にハイブリッド時代を切り拓く重責を背負い続けてきたように思える。そこには「ハイブリッド=驚異的な低燃費」という、絶対に妥協できないものが付きまとっていた。

 でも20年を経た今、周囲を見渡せばいろんなタイプのハイブリッドカーが走りまわっている。人を満足させる「クルマとしての魅力」が備わっていれば、燃費なんて少しくらいライバルより劣っていても、何の問題もない。まさに、インサイトが目指した通りの時代が到来したと言える。

1999年に登場した初代インサイトは2人乗りのパーソナルハイブリッドカーとしてデビュー。ボディサイズ3940×1695×1355mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2400mmという体躯に直列3気筒1.0リッターエンジン+IMA(1モーター)を搭載し、35.0km/L(10・15モード)という燃費をマーク
2009年に登場した2代目インサイトは5人乗りの5ドアハッチバックというスタイル。「みんなのハイブリッド」をテーマに掲げ、189万円(当時の消費税は5%)の価格設定によって環境車の普及促進に貢献。ボディサイズは4390×1695×1425mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2550mm。パワートレーンは直列4気筒1.3リッターエンジンにIMA(1モーター)の組み合わせで、燃費は26.0km/L(JC08モード)

 そんな時代に3代目へと進化したインサイトは、「シンプルで時代に流されない、本質的な魅力を備えたクルマ」を目指して開発されたという。ボディタイプはハッチバックを捨て、クルマの基本形であり、落ち着いた大人っぽさを感じさせるミドルセダンへ。パワートレーンには、ホンダがこれからの本命として推すハイブリッドシステム「SPORT HYBRID i-MMD」を、1.5リッターのアトキンソンサイクルエンジンと組み合わせて搭載。2モーターハイブリッドだからできる、上質な走りへのこだわりが見える。

 実車と初めて対面した時に、私は「すごくホンダらしいな」と感じた。主戦場が北米となるインサイトは、日本専用にデザインしたグリルなどでフロントマスクは変わっているが、どことなくアメリカを薫らせる雄大さ、漲る自信といった、他メーカーのセダンとは少し違うオーラを放っている。オジサン臭くなりがちなセダンなのに、どことなく若々しくてスマート。そしてほんの少しのセクシーさ。それらホンダのセダンに共通して感じるものを、インサイトもしっかり持っていた。

今回試乗した3代目インサイト(撮影車は「EX」グレード)はグローバル市場の需要に対応するため、独立したトランクを持つミドルセダンに転身。ボディサイズは4675×1820×1410mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2700mmで、乗車定員は5人
価格はエントリーグレードの「LX」が326万1600円、中間グレードの「EX」が349万9200円、最上級グレードの「EX・BLACK STYLE」が362万8800円と、2代目から価格帯も大きく変わっているが、単眼カメラとミリ波レーダーを組み合わせて利用する安全運転支援システム「Honda SENSING(ホンダ センシング)」をはじめ、Hondaインターナビ+リンクアップフリー、ETC2.0車載器、左右独立調整式フルオートエアコン、前席シートヒーターなどが全車で標準装備となる

 ところがドアを開けて室内に入ってみると、「ホンダらしくないな」と感じた。でもそれは好意的な意味で、どこにもメカメカしさがなく、インパネやドアインナー、シートなどがボリューミーで、ホッとするようなエレガントさ。一見すると奇をてらうような演出はないけど、手触りひとつ、座り心地ひとつがそれぞれ丁寧で上質で、驚かされる。整ったスイッチ類や大型コンソールトレイなど、上質感だけでなく使いやすさも考えられており、従来はエンジンルームに置かれていた12Vバッテリーを、コンソールのシフト下に配置したとは思えない自然な空間だ。また、トレイのマットが取り外して洗えるという工夫もありがたい。

 運転席に座ってみると、ゆったりとしているのにブカブカ感はなく、ちょうどいいフィット感。ヒップポイントも低すぎず、これならスカートを履いた女性でも乗り降りに困ることはなさそうだ。シートの高さ調整で一番高い位置にしても、頭上には少し余裕が残るくらい、スペース的にもたっぷりと取られている。後席は乗り込む時にドア開口部のルーフ部分がやや低く、頭をぶつけないように気を使うが、座ってしまえば足下はゆったり。視界的にも、ルーフの低さで少し圧迫感を感じるものの、センターアームレストに寄りかかるように座ると、なかなかリラックスできる空間となった。

インパネ全体はシンプルな面と線で構成し、視覚的なノイズが少ない高品位な見え方としたほか、センターコンソールにはインサイト専用となる8.0型の大画面ナビを装備。シフト操作はエレクトリックギヤセレクターによるボタン操作で行なう。パーキングブレーキはオートブレーキホールド機能付きの電動式。好みのモードも選べ、エンジンやモーター、エアコンなどを制御して低燃費走行しやすくする「ECON」、力強いトルク感やスポーティな応答性を発揮する「SPORT」、バッテリー残量が十分な時にエンジンを始動させず走る「EV」の3つのボタンをセンターコンソールに配置。いずれも選択しない場合は「NORMAL」設定になる

 トランクは奥行き、深さとも大きく、従来はトランク内にあったIPU(インテリジェントパワーユニット)を小型化して後席下に配置したおかげで、後席を倒してフラットにするトランクスルーも可能。長い荷物が積みやすくなり、使い勝手は大きく向上している。これならベビーカーやゴルフバッグ、釣竿などといった荷物も余裕で入り、子育て世代の毎日からレジャーまで、気兼ねなく使えそうだ。

IPUの後席床下配置によってトランクスペース容量が広がり、トランクの前後長は1000mm、最大床面幅は1380mmで、容量は519L。トランクスルー機能も備わる

あくまで上質に、優雅に

 横浜の市街地を走り出すと、まずはEVモードで静かな走り。必要に応じてハイブリッドとエンジンを使い分けているというが、その切り替えがどこでどう変わっているのか、あまりにシームレスで乗り味の変化もほとんどないので、モニターを凝視していない限りはよく分からない。それをつまらないと感じるか、心地いいと感じるか。ユーザーによって違うかもしれないが、私はとても心地いいと感じた。

パワートレーンは直列4気筒DOHC 1.5リッター「LEB」型エンジンに発電用と走行用の2つを用意する2モーター式の「SPORT HYBRID i-MMD」の組み合わせ。エンジンは最高出力80kW(109PS)/6000rpm、最大トルク134Nm(13.7kgfm)/5000rpm、モーターは最高出力96kW(131PS)/4000-8000rpm、最大トルク267Nm(27.2kgfm)/0-3000rpmを発生。「EX」の燃費は25.6km/L(WLTCモード)

 これまでのホンダのハイブリッド車なら、ハイブリッドに切り替わってエンジンがかかった瞬間に、元気のいいエンジン音が聞こえてきたはず。でもインサイトでは、わずかに低く唸るような音が響くだけで、静かな空間が保たれている。そしてEVならではの押し出されるようなトルク感のある走りが、ハイブリッドになってもそのまま続く。だから、これまでなら“美味しいところ”がちょっとしか続かないことに、ガッカリしたり不満に思ったりしたものだが、そんな余計なストレスがなくなり、常に心地いいのである。

 もちろん、「ECON」「NORMAL」「SPORT」と3つのモードに加えて「EV」のスイッチもあるので、ドライバーが任意に選べば望む通りの変化も手に入る。ただ、「SPORT」を選んでもこれまでのようにブーン! とあからさまに煽るようなエンジン音はせず、減速時にブリッピング音が聞こえるというような演出もない。あくまで上質に、優雅に、というのがインサイトらしさとのこと。とくに回転の上がり方や静粛性にはこだわっており、発電を抑えたり頑張って充電しすぎないように制御したりと、試行錯誤した末に手にした心地よさだということだった。

 そして直線でもカーブでも、どっしりとした安定感が常にあり、レーンチェンジでもカッチリと狙った通りに決まる。ステアフィールにも程よい重厚感があるが、交差点を曲がる時などの軽さがほしいところでは、ラクにしてくれることに感心。乗り心地ははじめはやや当たりがカタめかなと思ったが、走る続けているとそれほどでもなく、むしろ高速道路でのフラット感は後席でもリラックスして座っていられる、上質なセダンらしいもの。今回はワインディングを走る機会はなかったが、きっとそうした場面でも気持ちよくこなしてくれるのでは、と想像できる足さばきのよさも垣間見られた。

「EX」の足下はマットグレーの17インチアルミホイールにブリヂストン「TURANZA ER33」(215/50 R17)の組み合わせ

 北米仕様と日本仕様では、タイヤが違うためにセッティングも変えており、16インチと17インチでもダンパー減衰力などが変わるという。ただ、足まわりのよさはそうしたセッティングなどによるものというよりは、ベースとなっている「シビック」がもともとよかったこと、重いものをタイヤとタイヤの間に配置できたことも、有利に働いたのだという。

 わが家は長いこと、先代のシビック セダンに乗っていたが、ハンドリングがスポーティで楽しい半面、後席の乗り心地はお世辞にもいいとは言えなかった。もっともっと長く乗っていたい。そう思えるセダンに出会ったのは久しぶりのような気がする。インサントは長年の重責から解かれ、ようやく自由になった。その自由が、こんなにも魅力的なセダンを創ったのかもしれない。

まるも亜希子

まるも亜希子/カーライフ・ジャーナリスト。 映画声優、自動車雑誌編集者を経て、2003年に独立。雑誌、ラジオ、TV、トークショーなどメディア出演のほか、モータースポーツ参戦や安全運転インストラクターなども務める。海外モーターショー、ドライブ取材も多数。2004年、2005年にはサハラ砂漠ラリーに参戦、完走。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。17~18年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。女性のパワーでクルマ社会を元気にする「ピンク・ホイール・プロジェクト(PWP)」代表。ジャーナリストで結成したレーシングチーム「TOKYO NEXT SPEED」代表として、耐久レースにも参戦している。過去に乗り継いだ愛車はVWビートル、フィアット・124スパイダー、三菱自動車ギャランVR4、フォード・マスタング、ポルシェ・968など。ブログ「運転席deナマトーク!」やFacebookでもカーライフ情報を発信中。

Photo:高橋 学