試乗レポート

日下部保雄の歴代ホンダ「シビック」探訪記【中編】

スーパーFFスポーツ「シビック TYPE R リミテッドエディション」をショートサーキットで試す

瞬く間に売り切れたシビック TYPE R リミテッドエディション

 初代「シビック」で約47年前にタイムスリップして穏かで楽しい時間を過ごしたが、今度はツインリンクもてぎの南コースで最新のシビックで心地よい緊張感を味わうことになった。

 しかも幻の「シビック TYPE R リミテッドエディション」だ。2020年に200台限定で発売されたものの、それこそ瞬く間に売り切れてしまったスーパーFFスポーツである。すでに鈴鹿サーキットでのレビューが掲載されていると思うが、ここではドライブモードの違いなどを中心にレポートしていこうと思う。そして、自分にとっては初のTYPE R リミテッドエディションでもある。

 初代シビックから大幅にサイズアップしたボディとエアロパーツで武装したTYPE Rとでは、まさに隔世の感がある。2.0リッターターボは最高出力235kW(320PS)/6500rpm、最大トルク400Nm(40.8kgfm)/2500-4500prmのパワーを発生し、車両重量は1390kg。そして装着タイヤはミシュラン「PILOT SPORT CUP 2」(RO1)で、245/30ZR20サイズをBBSの軽量ホイールに履く。ホンダオリジナルではないが、欧州メーカーのスポーツブランドで使われているスポーツタイヤだ。もはや初代シビック CVCCの63PS/10.2kgm、675kgとは別世界のノリモノだ。

初代シビックに続いて試乗したのは、2020年10月に発売された国内200台限定販売となる「シビック TYPE R Limited Edition」(550万円)。ボディサイズは4560×1875×1435mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2700mm。なお、手前の黄色いボディカラーのTYPE Rは、2020年に鈴鹿サーキット国際レーシングコースでFFモデル最速ラップタイムの2分23秒993を記録したモデル。同タイムは伊沢拓也選手がマークしている
こちらは標準モデルの「シビック TYPE R」(475万2000円)。新しいシビック TYPE Rでは、サーキット性能の進化を目指してフロントグリルの開口面積を従来のモデルから大きくすることによる冷却性能の向上と、フロントバンパーエアスポイラーの形状変更などで従来モデル以上のダウンフォースレベルを実現。また、2ピースフローティングディスクブレーキを採用することで、サーキット走行時のブレーキフィールを向上させている
シビック TYPE Rが搭載する直列4気筒DOHC 2.0リッターターボ「K20C」型エンジンは、最高出力235kW(320PS)/6500rpm、最大トルク400Nm(40.8kgfm)/2500-4500rpmを発生。WLTCモード燃費は13.0km/L
インテリアではステアリング表皮にアルカンターラを採用し、握りの質感とフィット感を向上。また、シフトノブをティアドロップ形状に変更して優れた操作精度を実現し、ドライバーと車両の一体感を一層高めている

「SPORT」と「+R」の違い

シビック TYPE R リミテッドエディション試乗(5分3秒)

 分厚いドアを開けると、そこにはコクピットと呼ぶに相応しい空間が広がる。最新のスポーツモデルに慣れていると驚かないが、初代シビックから乗り換えるとまるで戦闘機である。座り心地のいいバケットシートにスッポリ収まり、シートポジションを合わせると自分だけの空間になる。

 トランスミッションは6速MT。サイドブレーキが電動パーキングなのが残念だが、このシートに座るとイケイケの気分になることは間違いない。

 最初はペースカーに引っ張られての慣熟走行。次にフリーラップとなる。ドライブモードは3つ選べる中で「SPORT」と「+R」を交互に試す。コースはタイトなヘアピンとそれをつなぐ短いストレート、そして中速コーナーが組み合わされており、コンパクトにまとまったコースだ。

 最初はSPORTモードで走らせる。ミシュランのグリップは圧倒的でレーシングタイヤのようだが、そこはロードタイヤらしい素直な応答性も持った優れものだ。横方向のグリップも高いが前後方向、制動と駆動も文句なく一級だ。

 フリー走行になってからエンジンもフルにまわす。イエローゾーンが始まる6500rpmまでキレイにまわり、しかも大きなトルクが中速回転から一貫して吐き出されるので、サーキット走行で回転が落ちた際でもグイと引っ張ってくれる。いかにもホンダらしい硬質なまわり方をするKC20型エンジンは、ターボラグも感じさせずにどの回転域からでもシャープに反応する。素晴らしく柔軟性のあるユニットだ。

 高速の直線から高速ターン、さらにもう少し曲がり込むコースでも速度を乗せたままスーとノーズを変えていく。アクセルを早めに開くとさすがに踏ん張り切れなくなり、徐々にアウトに流れ出すが期待値以上のグリップだ。柔軟でトルクのあるエンジンに任せ、アクセルを少し閉じ気味にして前荷重にすると姿勢はスーと戻ってくる。

 タイトコーナーでは、ヘリカルLSDとブレーキ制御(コーナリング時に場面に応じて内輪ブレーキをつまんで旋回力を上げる)で高いトラクションとライントレース性を見せてくれる。ただし、少しオーバーペースだとリアがホッピングするように動く。

 ちなみにドライブモードを+Rにすると、前後ショックアブソーバーの減衰力が高くなり(後述)、滑らかな路面ではコーナリング限界も上がる。SPORTモードではリアが暴れ出しそうだったコーナーもスムーズにクリアする。一般的にはあまり使わないであろう+Rモードだが、こんなクローズドコースでは本領発揮だ。面白くなってSPORTモードといろいろ比較してみる。

 TYPE Rの電子制御サスペンションは、前後ショックアブソーバーの減衰力を変えるだけでなく、条件に応じて前後を別々に変更する。例えば速度やハンドル舵角をはじめ、さまざまなセンサーからフロントとリアのショックアブソーバーの伸び/圧を変えることで、接地力を高めて姿勢を安定させる。現代のスポーツカーはこの40年ぐらいで素晴らしく進化した。

 エンジンの制御はNORMALとSPORTではマップが異なるが、SPORTと+Rでは同じマップを使う。しかし、コーナー立ち上がりのトラクションは+Rが強力だと感じていたが、その理由はサスペンション制御にあり、フロントの接地力を高める方向に前後減衰力を変えている。

 例えば加速姿勢になり、もっと駆動力が必要とされる場面ではフロントの減衰力の伸び側を強くし、リアはソフトにしてクルマの姿勢をフラットにして駆動力が伝わりやすい姿勢に変化させる。わずかな変化にも反応できる能力を持つ。

 コーナリング時にはダイヤゴナル方向にも自在に減衰力を変えられるのが凄い。滑らかなコーナリング姿勢は電子制御サスペンションなくしてはありえない。SPORTと+Rで同じように走ってみたが、滑らかな路面では+Rの安定性は明らかで、SPORTでリアの減衰力不足に陥る場面も前述のように+Rではスムーズにクリアできた。荒れた路面では多少跳ね上げられるが、それでも収束が早いので制御しやすい。

 初代シビックが登場した時、電子制御部品は皆無だった。そしてTYPE Rの現在では半導体なくしてクルマは走らないのが当然の時代になっている。そして半世紀先にはどんなホンダ車が走っているのだろうか。

鈴鹿タイムアタック車両に入れられる伊沢拓也選手のサイン
日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:安田 剛