試乗レポート

ホンダ「シビック TYPE R」の基準車とリミテッド・エディションを乗り比べてみた

倍率800倍のリミテッド・エディションに乗せてもらった

 もう完売となってしまったホンダ「シビック TYPE R」。その最後を締めくくるように登場した「Limited Edition(リミテッド・エディション)」には購入希望者が殺到し、最後の10台を残して即日完売。そのうち10台は2020年の11月23日に抽選会が行なわれた。聞けばその抽選会には8000件以上の応募があったとのことで、倍率はすなわち約800倍! それを運よく引き当てた読者さまのクルマに今回はありがたくも助手席ではあるが乗せてもらうことができた。実はホンダ広報部はこのクルマのナンバー付き広報車を用意せず、1人でも多くのユーザーに提供しようという考えがあったらしいので、これは貴重な体験だ。

 かつてLimited Editionは鈴鹿サーキットにおいて試乗した経験がある。それは以前の記事をご覧いただきたいが、今回は初めての公道。サーキットに特化しつつあったその仕上がりは公道でどんなものなのかは気になるところ。

 電子制御ダンパーのRモードの減衰力を基準車の倍くらい引き締めたという特性、専用タイヤとなるミシュラン「PILOT SPORT CUP 2」と4輪で10kg減を達成したフットワーク。さらにはダッシュボードアウター、フロントフェンダーエンクロージャー、ルーフライニング、リアインサイドパネルにあった防音材を廃止することで、13kgもシェイプアップされたこともどう感じるのか楽しみだ。今回は基準車の広報車を引っ張り出し、街乗りでどれほどの違いがあるのかチェックした。

今回は基準車の「シビック TYPE R」(475万2000円)と国内200台限定販売となる「シビック TYPE R Limited Edition」(550万円)で乗り味にどのような違いがあるのか試してみた。写真は基準車のシビック TYPE R(チャンピオンシップホワイト)で、ボディサイズは4560×1875×1435mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2700mm
2020年10月にマイナーチェンジしたシビック TYPE Rの外観。フロントグリルの開口面積を従来モデルから大きくすることで冷却性能の向上を図るとともに、フロントバンパーエアスポイラーの形状変更などで従来モデル以上のダウンフォースレベルを実現。また、2ピースフローティングディスクブレーキを採用することで、サーキット走行時のブレーキフィールを向上させた
基準車は軽量・高剛性の20インチホイールにコンチネンタル「SportContact 6」(245/30ZR20)の組み合わせ
Limited Editionの足下は、バネ下重量を軽量化するべくBBS製20インチ鍛造アルミホイールに専用タイヤのミシュラン「パイロットスポーツ Cup2」をセット。専用ホイール&タイヤに対応するためアダプティブ・ダンパー・システムとEPSをLimited Edition専用セッティングにしている
Limited Editionでは、シリアルナンバー入りのアルミ製エンブレムとCIVICエンブレムをLimited Edition専用のダーククローム仕上げにしている
シビック TYPE Rが搭載する直列4気筒DOHC 2.0リッターターボ「K20C」型エンジンは、最高出力235kW(320PS)/6500rpm、最大トルク400Nm(40.8kgfm)/2500-4500rpmを発生。WLTCモード燃費は13.0km/L
基準車のインテリア。ステアリングの表皮にアルカンターラを採用して握りの質感とフィット感を向上させるとともに、シフトノブをティアドロップ形状に変更することでノブの傾きの優れた認識性と操作精度を実現
オーナーカーであるLimited Editionのシリアルナンバーは003!

基準車とLimited Edition、どう違う?

 撮影現場までは基準車に乗り、そこからLimited Editionの助手席に乗り換えたのだが、そこで明らかに違うと感じるのはやはり音だ。音や振動がダイレクトに進入してくる感覚は、懐かしきTYPE Rの姿が復活したかに感じられる。鈴鹿サーキットで試乗した時はヘルメットを被っていたので「多少音が大きいかな?」と思えるくらいだったのだが、なにも付けず街を流しただけで違いは明らか。これでワインディングでも行けばかなり気分は盛り上がるに違いない。公道を走れるレーシングカー、再びである。

 そう感じるのはシャシーのセットアップも同様だ。スタンディングスタートの加速でピッチングをほとんど起こさず、シフトアップを繰り返したとしても目線が上下しないフラットなイメージは、これもまた初期のTYPE R(NSX-R、DC2インテグラ、EK9シビックの時代)のテイストに引き戻されたかのような感覚がある。まだ慣らし中の段階であり、フル加速を行なったわけではないが、それでも古き良き時代が蘇るかのようなレーシーなフィーリングは嬉しい。

 けれども乗り心地が極端に悪化するわけじゃない。短いストロークの中でスッと入力を収めていくのだ。結果としてRモードの最も減衰力を高めた設定でも、街乗りでは不快感がなく、軽快にクルマの向きを変えられている感覚に溢れていたのだ。ベースモデルよりもおよそ75万円高となる550万円というプライスタグを掲げ、開発陣が存分にやり尽したその仕様は、どんな路面でも爽快さが伝わってくる。

 Limited Editionの助手席インプレッションを終えた後に基準車に乗り換えると、スポーティな感覚は薄まる。ただし街乗りを、家族を乗せて移動しようというならば、こちらのほうが快適なのは言うまでもない。重さがあり、リアがしなやかに沈み込む基準車の乗り味は、TYPE Rとして初めて乗り心地が出ているクルマだとインパクトがあったことをあらためて思い出した。静粛性をほかの乗用車と同じように満たしながら、パッセンジャーから不満を出させないように仕立てたその姿は、次世代のTYPE Rとして必要なことだったのだろうと痛感する。これはこれでいいバランスだったのだ。

 Limited Editionのオーナーさんに基準車を少し運転してもらったが、「ステアリングに伝わってくる精密さのようなものが違うような気がします。走りのクルマという感覚は少し薄いですね」とのことだった。軽量化だけでなく、ホイールやタイヤの剛性といったところが肌で伝わる感覚には大切な部分。やはりLimited Editionの突き詰めたアイテムは、五感に伝わるよさがあるということなのだろう。

 いま、次期型シビックでもTYPE Rを続けようという話が出てきている。ホンダにとってTYPE Rはやめるわけにはいかない大切なエンブレム。ぜひともこれで消滅とならないことを願っている。もしも登場するならば、基準車の快適だけど走れる仕様もいいが、今回のようなLimited Editionも準備してくれたら最高だ。走りにこだわる開発陣がやりたいことのすべてを詰め込んだ次期TYPE Rを期待したい。Limited Editionに乗せてもらい、走りで開発陣の想いが伝わってくることの大切さを改めて感じたのだった。

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。2019年に「86/BRZ Race クラブマンEX」でシリーズチャンピオンを獲得するなどドライビング特化型なため、走りの評価はとにかく細かい。最近は先進運転支援システムの仕上がりにも興味を持っている。また、クルマ単体だけでなくタイヤにもうるさい一面を持ち、夏タイヤだけでなく、冬タイヤの乗り比べ経験も豊富。現在の愛車はスバル新型レヴォーグ(2020年11月納車)、メルセデスベンツVクラス、ユーノスロードスター。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:安田 剛