試乗レポート

マツダ「MX-30 SeDV」試乗で感じた手だけで運転できる新しいドライビングの可能性

車いすユーザーで手動運転歴22年の筆者(写真左)が、「MX-30 SeDV」を試乗しつつ、マツダ株式会社 商品本部 主査 前田多朗氏(写真中央)と車両開発本部 車両開発推進 主務 山本義浩氏(写真右)にお話を伺いました

 どうも車いすユーザー歴22年になるアカザーです。本日は神奈川県のマツダR &Dに「MAZDA MX-30 Self-empowerment Driving Vehicle(SeDV)」の試乗に来ています。

 この「MX-30 SeDV」には、オレのような足が不自由な車いすユーザーでも手だけで運転できる手動運転機能が搭載されているのですが、通常運転への切り替えも簡単に行なえ、友達や家族と運転をシェアできるというクルマです。

ステアリング中央のアクセルリングを押すことで加速、ブレーキレバーを押すことで減速

 オレが使っている従来型のスタンダードな手動運転装置(APレバー型)も、実はフットペダルでの運転も可能なのですが、フットペダルで運転できるようにするには隠された場所にある専用の切り替えレバーを操作する必要があり、その仕組みを知っていないと運転にはいろいろと不安が伴う感じ。

オレの愛車に搭載されているのは「APドライブOXバージョン」(現在廃版)。左手のレバーを押してブレーキ、引いてアクセル。ウインカーやホーン、ライトのハイロー切り替えまで操作可能

 でも「MX-30 SeDV」はフツーの始動操作・運転方法でオッケー。脚でブレーキペダルを踏んで、シフトレバーがパーキングにあるのを確認し、エンジン始動ボタンを押すだけで始動! 足を使って運転する人にとってはいつもどおりのエンジンの始動操作をすれば、いつもどおりフットペダルで運転する事ができるんです。

 一方で、オレのように手動運転装置を使って手だけで運転する場合は、ブレーキペダルを踏む替わりにブレーキレバーを奥まで押し込みます。これがブレーキを効かせている状態。あとは同じように、シフトレバーをパーキングに入れてエンジン始動ボタンを押すという感じ。これまた手動運転装置ユーザーにとってはごくあたり前のエンジン始動法です。

障害者・健常者ともにいつもどおりの方法でエンジンをかければ、それぞれに適した運転操作に切り替わる

 そうなんです。「MX-30 SeDV」は、健常者・障害者の両者がいつも行なっている方法で始動することで、特別な事を意識せずにそれぞれがいつもどおりのスタイルで運転をシェアできるんです! これが「MX-30 SeDV」の超ナイスな点! まさに多様性時代に出るべくして出てきたクルマだと思います!

 そしてそんな「MX-30 SeDV」は、ドライビングフィールのほうもピカイチらしいので、今日は車いすユーザーとしてアクセルリング式の手動運転装置をはじめとする「MX-30 SeDV」の使い勝手をレポートしていきまっせ~。

海外製のアクセルリングとはまったく違うドライブフィーリングらしいと評判の、「MX-30 SeDV」のアクセルリングがどんなものなのか? いざ試乗!

ユニバーサルデザインを意識して開発されたクルマ

「MX-30 SeDV」に対して思うところがあったので、試乗させていただく前にマツダ商品本部主査 前田多朗氏に、いくつか質問をしてみました。

マツダ商品本部主査 前田多朗氏

アカザー:手動運転装置搭載車として完成度が高いロードスターやアクセラがあるにもかかわらず、新たにこの「MX-30 SeDV」を出されたのはどうしてなのでしょう?

前田主査:東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まったあと、そこに向けて日本の車メーカーで自動運転型の技術を中心に展示をしようということになったんです。そこでわれわれマツダも実験車を仕立てるということになりました。それが"自動パーキング機能”搭載車です。

 開発をはじめる際に、自動パーキングの価値を享受いただけるお客さまってどんな方なんだろう?とチームで考えたとき、乗り降りの時にスペースが必要な車いすユーザーのお客さまなどは非常に助かるのではないか?との考えにいたりました。さらにそこからの延長で、それなら"自動パーキング機能”とセットで提供できるような手動運転装置もやろうじゃないか!となったのが開発のきっかけです。

アカザー:数年前に「ロードスターSeDV」に試乗した際に、いちばん印象的だったのが手動運転装置がかなり作り込まれていたことでした。あの作り込みは健常者の方たちだけだと、なかなか難しいと思ったのですが、マツダさんの手動運転装置開発には何か秘密があるんでしょうか?

前田主査:マツダ社内にも車いすユーザーで、クルマ通勤をしている者がおります。そういった社員数名をアドバイザーに迎えました。なので、試作品ができるたびに実際に使ってもらいアドバイスをもらいました。そして、それをもとにさらに完成度をあげていくといった試行錯誤を繰り返しました。またリハビリセンターなどにも行って、より多くの車いすユーザーさん達にお話を伺ったりもしました。

「開発には社内外の車いすユーザーの意見を多く盛り込んだという」前田多朗氏

アカザー:「ロードスターSeDV」ではAPレバー式の手動運転装置だったのですが、今回の「MX-30 SeDV」ではなぜアクセルリング式を採用したのでしょうか?

前田主査:クルマでまっすぐ走るというのは実は難しいことなんです。われわれのエンジニアがよく言うのは、ちょっとした手の皮がステアリングに引っ張られるような感覚、そういうものを頼りにまっすぐ走る操作をしています。それを考えたときに、やはり両手でステアリングを持っていただくのがいいのでは? と考えました。それで今回は両手でハンドルを持ちながらアクセル操作が可能なアクセルリング式を採用しました。

アカザー:以前、海外メーカーのアクセルリング式を運転したときに、ハンドルを切りながらの微妙なアクセルワークが難しかった記憶があります。特に低速でハンドルを持ちかえるような操作がギクシャクして難しかったのですが……。

前田主査:おっしゃるように、交差点の右左折時や立体駐車場のスロープを上る際などには、ステアリングの持ち替えや、アクセルのコントロールといった操作が同時並行で発生します。その点を解消するためにいくつか工夫を加えました。

 まずはハンドルからアクセルリングまでの距離がどこをとっても一定であること。またアクセルリングの押し込み量を2段階にして、1段目の軽く押し込める位置だけで、走っているスピードを維持できる。そんなパーシャル駆動を簡単に維持できるようにしました。なので、ハンドルを持ち替えるような操作では、1段目の軽いところをうまく使っていただくと、ギクシャクしないスムーズなアクセル操作が簡単にできると思います。

アカザー:今日の試乗では“アクセルリングの操作がうまくできるか”がもっとも気になっていましたが、そのお話をお聞きして楽しみになりました!

前田主査:それはよかったです。アクセルリング式でのスムーズで自然なドライビングを楽しんでください。

車いすの積み下ろしにも"選択の自由”を!?

 前田主査からお話をお聞きした後、R&Dセンターの中庭に移動して「MX-30 SeDV」とご対面。試乗するには当然車いすからクルマに乗り移らなければいけないワケですが、まずはその方法からご紹介します。

まずは車いすでの乗り降りから体験

「MX-30 SeDV」には、腕の力が弱く運転席まで一気に身体を運べない人のために、「移乗ボード」がついているので、運転席右側にある「移乗ボード」を展開させ、いちどここに座ってから運転席に移動という方法をとります。

いちど運転席右側にある「移乗ボード」に乗り、その後シートへ移動する。走行中は「移乗ボード」は前にスライドし、右ひざのサポートとしても機能する

 オレは腕の力は健常者と変わらないので、一気に運転席まで身体を運べるのですが、移乗の際に車いすを車体に近付け過ぎちゃうとサイドシルを傷付けちゃうんです! なので、俺の歴代の愛車は運転席側のサイドシルの塗装が剥げまくりです(泣)。

 でもこの「移乗ボード」を使えば、車体と車いすの間にクリアランスを確保できるので、車体が傷つくのを回避できるんですヨ! その点でオレ的にも「移乗ボード」めっちゃアリです!

【フリースタイルドアへの車いす積み込み方法】
1:フリースタイルドアの後部を観音開き。
2:運転席右側にある「移乗ボード」を展開しそこに座る。
3:両足を外に出すかたちでシート(シートに横に座る感じ)に移動。
4:右手をベッドレストの後ろに回し込んで身体を支えつつ、左手で車いすを半分引き込む。
5:半分引き込んだ車いすを右手で掴み、運転席の後ろへ完全に引き込む。

フリースタイルドアへの車いす積み込み動画

 こんな感じで、フリースタイルドアを持つ「MX-30 SeDV」なら運転席の後ろに積めちゃうんですヨ! これの何がいいかって、車内での車いすの移動が少ないのでクルマを傷めない! そして衣類も汚さない!

 これまでの車いすの積み込み方法だと、雨の日には濡れたタイヤが体の上を通るのでだいたいオレのジーンズはびしょ濡れになります(カバーシートを使えば回避できますが、いろいろめんどうなので使わない派のオレ)。

 それがフリースタイルドアを使うこの方法なら、汚れず・汚さずに積み込める! そんなフリースタイルドア特有の搭載方法に感動しつつ、なぜ「MX-30」をベース車にしたのか? その理由を前田主査に聞いてみました。

 前田主査「以前、フリースタイルドアを採用したRX-8に乗られているアメリカの車いすユーザーのお客さまからお便りをいただいたことがあります。その方からRX-8のフリースタイルドアを活用し、車いすを運転席の後ろに積むという使い方を教えていただきました。そういう経験もあって、これは使えるんじゃないか? という考えもあってMX-30を採用しました。ですが、実際に作ってみていろいろとトライしてみると、やはりある程度の筋力のある方じゃないと難しいんです。なので、通常の積み方とされている運転席を倒し身体の上を通して助手席の後ろに積み込む方式であったり、今回ご用意したオプションの「オートボックス」だったりと、車いすの積み込み方の選択肢のひとつといった感じでご提案させていただいています」とのこと。

 そうなんですよね~。オレも実際に体験してみて、この車いすを運転席の後ろに積む方法は、少し足が踏ん張れたり、上腕に力がある方にとってはナイスな積み込み方法だけど、腕が短い女性や、シートに横座りした状態で体幹維持が難しい方だとこの積み方はかなりハードルが高いな~と感じました。

実際にフリースタイルドアを使って車いすを積み込んでみましたが、車いすで身体やクルマを汚すことなく積める半面、左手1本で車いすを半分ほど車内に引き込む必要があるので、手で障害が重く上肢や体幹などが弱い方にはなかなか難しい搭載方法かも

 そこで、前田主査もおっしゃっていた選択肢の出番。身体の状態がわるい方には、今年から追加されたオプションのひとつ、ルーフトランク型の車いす収納ボックスこと「オートボックス」です!

ルーフトランクに車いすを収納する「オートボックス」を使えば、頸椎損傷や半身マヒで上腕の力が弱いユーザーでもひとりで車いすの積み下ろしができる

 というワケで次は「オートボックス」に車いすを収納する方法をやってみます。シートに座るまでは同じなので割愛。

【オートボックスへの車いす積み込み方法】
1:ハンドルの右側にあるパワースイッチをONにして、その隣の操作レバーを右側に入れる。
2:ルーフトランクの上部が運転席側に90度スライド。
3:90度展開が終わったところでもういちどレバーを右に。
4:中からガイドレールと吊り下げベルトが降下してくる。
5:吊り下げ下げベルトのフックを折り畳んだ車いすの折り畳みベルトにかける。
6:操作レバーを左に入れると吊り下げベルトが車いすを吊り上げる。
7:車いすが浮く際にガイドレールに沿わせるように軽く手で保持する。
8:トランク内に車いすが収納されたら操作レバーをいちど離す。
9:もう一度操作レバーを左に入れると、トランクがもとの位置にスライドし収納完了。

オートボックスへの車いす積み込み動画

 実際にやってみると5~7あたりで、吊り下げフックが車いすの折り畳みベルトにうまくかからなかったりもしましたが、それもちょっとしたコツさえ掴めば問題ナシ。車いすの重さがフックと吊り下げベルトに載るまでは、軽く手で保持すればあっさりできました。

 この試乗体験で、はじめてイチからやってみたのですが、自分でも驚くほどスンナリと収納できちゃいました。さすが20年以上にわたるベストセラー商品は完成度が違う!

 そうなんです。実はこの「オートボックス」自体は、ニッシン自動車工業が開発したもので、オレが車いすになった22年前にはすでに病院で使っているのを見かけていました。それ以来、頚損や上肢に力がない女性車いすユーザーがひとりでクルマを運転する際には、定番の商品だったりするのです。

オートボックスのスイッチはステアリングの右側に配置。左がメインスイッチで右が操作スイッチ
吊り下げフックを車いすの折り畳みベルトに装着するだけで、電動ウインチが自動収納してくれる
折り畳み式車いすをルーフトランクに収納。折り畳める車いすなら、電動アシストホイール付きにも対応。ただし収納する車いすに合わせた微調整が必要となる

 そして最後は、オレも自分のクルマでほぼ毎日やっているいちばんスタンダードな車いすの積み込み方法でやってみます。「MX-30」特有のフリースタイルドアの後部側は閉めた状態で、運転席のドアだけオープン。「移乗ボード」を使ってシートに座るまでは同じ感じです。

【スタンダードな車いす積み込み方法】
1:運転席に座った状態でシートを倒す。
2:車いすを折り畳み持ち上げる。
3:車いすを身体の上を通し巴投げのようにして助手席後ろの席に積む。
4:シートを起こしてドアを閉めて積み込み完了。

スタンダードな車いす積み込み動画

 クルマが違えど、オレ的には20年以上のやり慣れた方法なので、数秒で積み込みが完了! やはりオレにとってはこれが最速の積み込み方でした。車いすのとりまわし(車内のどこに干渉するか?など)さえ分かっていれば、オレにはこれがいちばんな気がします。

折り畳んだ車いすを身体の上を斜めに移動させ助手席の後ろに積み込む。慣れれば数秒で積み込みができるように!

 しかしこの方法の一般的な利点は、固定式車いすでも積み込みが可能だということ! そうなんです。実はこれまで紹介した2つの積み込み方法は、どれも折り畳み式車いすを使用しているユーザーを前提にした積み込み方なんです。

 フリースタイルドアを利用して運転席の後部に積み込む方法は、車内に引き上げるときにタイヤを滑車がわりに使うので、積み込みの際にタイヤを外す必要がある固定式車いすだとかなりの腕力が必要で、手順もさらに難しい感じになります。ルーフ設置型の「オートボックス」にいたってはその構造上、折り畳み式車いすのみの対応です。

 そんなワケで積み込み方にもそれぞれのメリット・デメリットがあります。とはいえ、われわれ障害を持っている側も人それぞれなので、こういった選択肢がいくつもあるということに意味があるのではないでしょうか? 自分の障害だとどの積み込み方法が可能なのか? 使いやすいのか? をいろいろと選べるのは非常にありがたいです。

マツダのアクセルリングは健常者でも便利に感じる次世代の運転スタイル!?

 車いすの積み込みが終わった後は、待ちに待ったアクセルリングを使っての「MX-30 SeDV」試乗です。助手席には車両開発本部 主務 山本義浩氏に同乗していただき、適宜解説や操作のコツなどを聞きながら、約30分の試乗体験のスタート!

 果たして、オレは「MX-30 SeDV」のアクセルリングを意のままに扱う事ができるのか? リラックスして運転できるのか? ていうか30分で運転に慣れる事ができるのか!?

何回か専用シミュレータでは体験させてもらいましたが、実車もそのとおりのフィーリングなのか? 期待感MAX!

山本主務:じゃあまずドライビングポジションを合わせいただきます。ブレーキレバーの位置は変わらないので、ブレーキサポートボードに肘を置いたリラックスした状態で、ブレーキレバーを奥まで押せる位置にシートをあわせてください。

ブレーキサポートボードに置いた肘を支点にして、ブレーキレバーを操作できる位置にシートを合わせる

 その言葉を受けてシートを動かしながらドライビングポジションを決めていると、オレの愛車に比べて足下が非常に広い事に気付く。なるほど!ブレーキレバーのリンケージをダッシュボードの下面に沿って取り廻すことで足下を広く確保しているんですね~。

ブレーキレバーのリンケージがフロア設置ではないので足下が広い!また、手動運転装置での操作時は、アクセルペダルの上に脚が乗っても反応しないセーフティなつくりに。痙性などでの不意な踏み間違いによる事故を防止できる

山本主務:そうなんです。フロア設置型だと手動運転装置のある左足外側がきゅうくつになるので、こういう配置にしました。また、手動運転時はアクセルペダルは反応しなくなるので、痙性などによる踏み間違いを防止できる設計になっています。

アカザー:だから特別な痙性防止板とかも着いてなくて、足下が広くスッキリしているんですね! これなら健常者も違和感なく運転できますね。

山本主務:じゃあエンジンをかける儀式に入ります(笑)。まずシフトレバーがPの状態でブレーキロックを外します。ブレーキレバーを押し込んだ位置で、人差し指でスタートボタンを押してください。

アカザー:おお! 押し込んだ位置で指を伸ばしたら、ドンピシャの位置にスタートボタンがある!

山本主務:センターコンソールの右側にあるグリーンランプが点灯していれば、手動運転モードになっています。あとハンドルのチルトとテレスコも調整できるのでいい位置にしてみてください。

ブレーキレバーを押しながらエンジンをスタートすれば手動運転モードになる。逆に足でブレーキペダルを踏んでエンジンをスタートすれば通常運転モードに
センターコンソール右側のグリーンランプが点灯していれば手動運転モード

 シフトレバーをDレンジに入れて、ブレーキレバーをリリース。最初はアクセルリングを押さず、クリープ現象でおそるおそる走り出す。

山本主務:これまで手動運転装置で運転されてきた方ほど、ブレーキレバーから手を離すのが不安になると思います。しかし、両手でステアリングを操作するためにも、何度かブレーキレバーの持ち替え練習をして、見なくてもブレーキレバーの位置がわかるようにすることで、はやく慣れることができますよ。

アカザー:いままさに、両手でステアリングを持たなければと思うオレと、いつもの癖でブレーキレバーから手を離すのが不安なオレが戦っていました!(笑)

山本主務:見なくても自然に左手が行く位置にブレーキレバーを設置してあるので、敷地内で少し練習してみましょう。

アカザー:いわれてみれば健常者が運転するときって、ずっとブレーキペダルに足を乗せてないですもんね。いつもはウインカーも手動運転装置に付いているスイッチで操作しているので、この普通のウインカー操作にも慣れないと。

山本主務:あとはアクセルリングの軽いエリアと重いエリアも体感していただければと。

アカザー:軽いところは母指球でステアリングを軽く握る感じで、重いところは親指の先で押し込むように操作すればいいんですよね。

山本主務:はい。ハンドルを切ったりするときは母指球あたりを軽く着けて握るように操作すれば、パーシャルアクセルで曲がることができます。

アカザー:ハンドルを持ち替えながら大きく回すときは、片手で母指球を軽く当てて持ちつつ、持ち替えた手でも母指球で軽く持って回す、みたいな感じで操作すればいいんですか?

山本主務:はい、ステアリングの持ち替え時にはそんな感じで運転してもらえれば、楽しく運転に慣れることができると思います。

アカザー:分かりました!

アクセルリングは両手での母指球を使って軽く握るようにして操作する

敷地内走行5分経過

 敷地内の制限速度30km/hまでの低速走行だと、母指球だけでパーシャルアクセル操作ができることに気付いたオレ。乗る前には、いつもと違うアクセルリングでの操作は慣れるのに時間がかかるだろうな? との予想とは裏腹に、ブレーキレバーからなかなか手が離せない事にいちばんの違和感を感じるように……!?

アカザー:ブレーキレバーを押して止まった状態からスタートするときに、いつもの癖で思わずブレーキレバーを引いて加速しようとしちゃいます(笑)

山本主務:普段からAPレバー式手動運転装置で運転されている皆さんはよくそうなってます(笑)。そこは何回か運転して慣れていただければ。

アカザー:あ! いまなんか低速でコーナー曲がるとき、ギクシャクせずに自然と曲がれるハンドル操作がわかった気がしました!

山本主務:今の左コーナーはイイ感じでしたね。さっきのようにハンドルを切りながらのステアリング持ち替えができるようになれば、もう敷地外に出ても大丈夫な気がします。

アカザー:マジすか! じゃあ、そろそろ行きますか~。

低速で曲がる際のアクセルワークは、アクセルリングの押し込み量5mmまでの軽いエリアを軽くつかむ感じでステアリングを回すのがコツ

 というワケで、敷地内での練習は終了! いざ路上デビュー!

 アクセルリングの軽いエリアだけを使い、マツダR&Dの敷地を出たあと踏切を超え、広い幹線道路に。ここからは母指球を使って軽いエリアで車速を乗せたあと、両親指の指先をつかっていよいよ重いエリアでのアクセルをオン! スムーズに繋がって行く加速感! ていうかオレの愛車の手動運転装置より滑らかな気がするんですけど!

アカザー:おおっ! フロントウインドウにいま走っている道路の制限速度と、車速が表示されているんですね! カッケー!

山本主務:これはMX-30のデフォルト機能ですよ。

アカザー:オレが知らない間に、未来が来てる! ていうかコレもう未来のクルマじゃないですか! いつもと違うアクセルリングで操作しているぶん、さらにそう感じるんですかね~?

山本主務:アクセルリングの軽い位置のストロークは5mmで、重い位置のストロークは20mmです。またコンピュータ制御で、足で操作するときのストローク変化による加速感と、指で操作するときのストローク変化による加速感は変えています。具体的には、手のほうが狭いストロークで操作するので、立ち上がりをゆるやかにして、あとからしっかり加速するような制御にしています。

アクセルリングを母指球で使って操作する軽い位置のストロークは5mm。そこから親指の先を使って押し込む重い位置のストロークは20mm

アカザー:なんかAPレバー式の自分のクルマを運転するときよりスムーズに走れる気がしていたのはそういうコトですか! 自分のクルマの操作は、APレバーのリンケージのたわみ量を先読みした操作をするんですが、コレはその辺の操作がよりダイレクトに感じますね。

山本主務:クルマの加速度によっても変えていますし、上り坂では角度を検知し平地よりも前に出るような制御になっています。その辺はかなりしっかり作り込みました。

アカザー:このアクセルリングでの気持ちいいアクセルワークにはそんな秘密が! さすが"人馬一体”なクルマ作りをするマツダさん、見えないところでイイ仕事してますね~。

山本主務:あと便利な機能として、ブレーキホールドがついています。このスイッチを入れておくと、今みたいに信号で止まっているときに、ブレーキレバー横に付いているブレーキロックボタンを押したり放したりしなくても、停車時にブレーキをホールドしてくれます。押しますね、これでもうブレーキレバーを離してもらっても大丈夫です。

MX-30の標準装備であるブレーキホールド機能と組み合わせることで、ブレーキレバーやアクセルリングの使い勝手が各段に向上する! スイッチ(AUTO HOLD)はセンターコンソールにある

アカザー:えっ! マジすか! マジすか! 本当に離して大丈夫なんですか?

山本主務:ブレーキホールドのグリーンランプが点灯しているので大丈夫です。

 おそるおそるブレーキレバーをリリースするオレ。

アカザー:おお! 止まったままだ!

山本主務:ブレーキホールドはアクセルリングを押すと解除されるので、そのまま走り出せますよ。

アカザー:ちょ! コレめっちゃ便利じゃないすか! もう信号でいちいちブレーキロックボタン押したりしなくてもいいじゃないすか!

山本主務:なのでブレーキロックボタンを使うのはエンジンをかける時と、シフトチェンジのときぐらいです。

アカザー:このブレーキホールド機能、あまりにも便利すぎてまた1つドライバーとして退化してしまいそう! 人間というかオレはすぐに堕落する動物なんすよね~(笑)

山本主務:あとブレーキホールドのリリースにはちょっとしたコツがありまして、アクセルリングを軽くポンと叩いて、少しクリープでの動き出しを感じてから、母指球でのアクセルオンで加速する感じで操作すると、よりスムーズに運転できますよ。

アカザー:さすがプロ、もうすべてお見通しですね! さっきのアクセルリングを押してのブレーキホールド解除からの走り出しの際、オレの操作にギクシャク感があるのを感じましたね! もちろんオレも感じましたよ!

山本主務:そうそんな感じです。ポンと叩くことでホールド解除の操作をし、そこからあらためてアクセルリングを押してクルマを動かすイメージです。

アカザー:なるほど。さっきまで1つの操作でやっていましたが、2つの操作にわけるコトを意識すればよりスムーズな走り出しになりますね。アクセルリング操作のコツが身体でわかってきました! めっちゃ楽しい~! ていうか、まっすぐの道だからか、アクセルリングの違和感がまったくなくなりました。

 車速がある程度のったら、軽いエリアだけで車速を維持できる感じがめっちゃ楽です。教えてもらった方法で走り出し、加速をしたいときだけ親指の先で気持ち強めにリングを押せばスルスルと加速する。あとはハンドルを保持する感じで、軽いエリアのパーシャル操作だけで車速を微調整するといった運転できますね!

山本主務:コーナーでもこの軽いエリアを直線のときと同じように使えるようになると、さらに楽しくなると思います。

アカザー:じゃあそろそろ曲がってみようかな?(笑)

山本主務:ウインカーも自然に使っていただけていますね。

アカザー:はっ、確かに! 両手でステアリングをもっているとウインカーも違和感ないですね。でもいま信号待ちから加速するとき、つい癖でブレーキレバーを引いちゃいました(笑)。通常の手動運転装置でもそうですが、低速での操作がいちばん難しいんですよね~。以前、試乗した海外製のリングタイプの手動運転装置だと、そのあたりが特に難しく感じました。それに比べるとかなり自然なフィーリングなんで、操作を楽しむ余裕があります。

山本主務:ブレーキの持ち替えに不安がなくなれば、ステアリングをしっかり両手で操作できるので、アクセルリングの操作ももっと自然にできるようになると思います。

アカザー:そこですね。まだブレーキを離しているのが不安な感じなので、手元を見なくても大丈夫という感じになれば。昔みたいに足でブレーキを踏んでいた時のように自然に踏みかえ(持ち替え)操作して~。

ふだん運転しているAPレバー式は、左手でレバーを引いてアクセル、押してブレーキ操作のため、いつもの癖でアクセルリング式なのになかなか両手でステアリングを保持できない

そして20分が経過

アカザー:走り出す前に軽いエリアのストロークが5mmと聞いて、繊細な操作が必要かと思っていたんですが、スタート時に少しだけ気を使うだけで、走り出しちゃえばアクセルのパーシャル操作は、20年以上使っているレバー式アクセルのものより感覚的に操作がしやすく、微調整の許容範囲も広い感じがしますね~。

山本主務:だいぶ慣れてきましたね。実は開発のメンバーもイベントにこのクルマを持って行くときは、ハンドコントロールで運転していくんですよ。(注:普通免許でも手動運転装置を使い運転しても問題ありません)。

アカザー:そういえば、以前俺のクルマを運転したラジコン友達も「手動運転装置のほうが操作が楽だな」って言ってました(笑)。ラジコンカーってアクセル操作を指でするので、その友達がコレに乗ったら絶対にアクセルリングで運転しそうです。

山本主務:足でのペダルを踏んでのパーシャル操作って、実はけっこう力を使うんです。でも、このアクセルリングでのパーシャル操作は、握る手の重さだけでパーシャルを維持できるので足での操作に比べてかなり楽なんです。

ステアリングの下を持つ感じだとさらに楽な感じでパーシャルアクセルを保持できる感じ。開発スタッフが長距離移動時にアクセルリングを使う人が多いというのも納得

アカザー:もしかして今日は山本さんが広島から乗ってきてくれたんですか?

山本主務:いや今日は新幹線できました(笑)。でも関東近県でイベントがある時には、ここから東京・埼玉・千葉あたりまでは手動で運転して移動します。

アカザー:そういや「MX-30SeDV」を体験できるイベントキャラバンとかもやっているんですよね。その情報ってどこで見られるんですか?

山本主務:そちらの情報は、適宜マツダのホームページなどで告知される感じです。

25分経過

アカザー:アクセルリングでの操作に慣れてきたのか、1つ、2つしなくてもいい操作が出てきて運転に堕落していく自分を感じます(笑)

山本主務:実はいちばん体験してもらいたいのが山道なんです。ハンドルを両手で持ってのワインディング走行が、いちばんアクセルリングの魅力を感じていただける気がします。

アカザー:APレバー式の『ロードスターSeDV』のときも、ツーリングに行きたい感じのクルマだな~と思ったんですが、あれがアクセルリング操作でできたらと想像するだけでたまりませんね~。ていうかアクセルリング仕様のロードスターで峠道を走ってみたいな~。作って下さいよ~。

山本主務:ははは。でも普段APレバー式に乗っている方に、この短時間でここまでアクセルリング式に慣れて、好きになっていただけたのは嬉しい限りです! APレバー式での運転が長い方ほど違和感を感じられるので、こうして30分ぐらい乗ってもらえるとアクセルリングのよさを分かっていだだけると思います。

アカザー:たしかに走れば走るほど、APレバー式に戻れなくなる気が(笑)

山本主務:またEVモデルもご用意がありまして、こちらには回生ブレーキの強さも調整できる機能があるので、ほぼアクセルリングだけでブレーキコントロールができたりもします。

アカザー:ワンペダルならぬワンリングコントロール! ますますオレのドライバーとしての能力が堕落していきそうな予感(笑)。

山本主務:フルサポートというよりはできるところは自分でやってもらって、できないことをサポートするイメージで作っています。「リアゲート補助ベルト」もそうですが、電動にしなくてもあれだけ着ければできるので、できるところはやっていただいて必要なところだけをサポートをしていくという考え方です。そうすることで"運転ができる”から"運転を楽しむ”というところまで踏み込んでもらえるのでは?という思いで、われわれ開発チームは考えています。

「リアゲート補助ベルト」は、車いすユーザーでも上まで跳ね上げたリアゲートハッチを閉められるようにするオプション

山本主務:運転サポートという点ではMX-30のデフォルト機能で「リアビークルモニター」というものがあります。これは斜め後ろから来ているクルマを教えてくれるので、無理に振り返らなくても後方確認ができるんです。

アカザー:この運転サポート機能は体の状態がわるくて、大きく頭を後方に振ると体感が不安定になる人にとっても便利な機能ですね!

山本主務:こういう"運転手に知らせる”という機能もマツダの基本的なクルマづくりとして盛り込んでいますので、それらが全部つながりはじめるともっと多くの方に運転の可能性が広がり、楽しみも増えると思っています。

アカザー:しかし運転がこれだけ楽になっちゃうと、車いすの積み込みももっと楽になってほしいという欲が出ちゃいます。「オートボックス」はかなり楽なんですが、あれは20年以上前からある技術なので、いまの技術ならもっと凄い何かができるのでは?と期待しちゃいますね。

山本主務:市場アンケート調査では多くの車いすユーザーの方から「時間をかけずにクルマに乗りたい」という意見をもらっています。乗り降りに時間がかかるとコンビニに行くのも億劫になっちゃうみたいです。なので、今後はその辺もなんとかできればと思っています。

MX-30SeDVの試乗を終えて

 オレが中途障害で車いすユーザーになった22年前は、「足が動かない車いすユーザーがクルマを運転できるの?」と、オレ自身も驚いたほどそのことが一般には知られていないような時代でした。しかし、最近ではYouTubeなどでも"手だけでクルマを運転する方法”などが紹介されるようになり、社会での認知度はかなり上がってきたように思えます。

 そしてこの「MX-30 SeDV」で、これまでの"車いすユーザーでも運転できますよ”から、"いろいろな障害に合わせた運転方法や、車いすの積み込み方が選べますよ”と、さらにその意識が一歩先へと進んだ気がしました。それは健常者と障害者がクルマをシェアすることを前提に作られていることや、障害者のために作ったアクセルリングが健常者でも使いやすかった!ということからも見て取れます。

 自動運転車が次世代のクルマというのは間違いのないことだと思うのですが、ひとりの障害者目線で見たときにこういった健常者・障害者の垣根を感じさせないクルマも、次世代のクルマの一翼を担うべきものだと感じました。そしてこの「MX-30 SeDV」を作りあげたようなものづくりへのユニバーサルな考え方が、次世代ではスタンダードになると嬉しいなぁ、と。そんなふうに感じた「MX-30 SeDV」試乗でした。

アカザー

アカザー(赤澤賢一郎)
アカザーの愛称で週刊アスキーなどの編集者として活躍、現在は車いすのフリー編集者・ライター。2000年にスノーボード中の事故で脊髄を損傷(Th12-L1)し、以来車いすユーザーに。しかし、2018年に再生医療の治験を受け、2年間の歩行トレーニングを経て20年ぶりに歩き、クララの記録を更新!

Photo:安田 剛