試乗記
堅牢で、正確で、圧倒的な走り 「911ダカール」「911カレラT」の2台からポルシェのプライドを見た
2024年12月30日 09:00
ダカールとT、異なる趣の911
ポルシェ 911と聞けば、クルマ好きなら「究極のスポーツカー」がすぐに思い浮かぶはずだ。水平対向エンジンをリアに搭載しつつ、後輪を駆動させる伝統のレイアウトで、優れた回頭性とトラクションを持つポルシェのフラグシップスポーツカー。日常でもサーキットでもその性能を味わうことができるが、オフロードまでをも存分に楽しもうという「911 ダカール」というモデルもある。
911 ダカールは992型の911をベースとし、1984年のパリ・ダカールラリーで優勝した「953」をオマージュして作られた世界2500台の限定車だ(すでに販売終了)。ダカールラリーは、現在はサウジアラビアでの開催となっているが、開催当初はパリからスタートし、サハラ砂漠を越えてセネガルの首都であるダカールをゴールとする、世界一過酷とも呼ばれるラリーだ。
953は930型のボディに3.2リッター自然吸気エンジンを搭載し、開発段階の4WDシステムを組み合わせ、ラリー用にチューニングしたモデルで、初参戦で初優勝を果たした。ポルシェからは3台が参戦しており、そのドライバーの中にはジャッキー・イクスも含まれていた。今回借り出したポルシェ ジャパンの911 ダカールの広報車には、特別に本人の直筆サインが刻まれている。
この魂を受け継ぎ、992型をベースとして作られた911 ダカールは、パッと見て明らかに普通の911とはオーラが違う。それは、当時のロスマンズカラーを模したカラーリングが施されていたり、「Rothmans(ロスマンズ)PORSCHE」ならぬ「Roughroads(ラフロード)PORSCHE」というロゴマークがボディサイドに描かれているのも大きな理由だが、それだけではない。最低地上高は通常の911より50mm高く、リフトシステムを使用すればそれをさらに30mm高めることもできる。また、オフロード走行にあわせて専用開発された「ピレリ・スコーピオン オールテレインプラス」を履いており、スポーツカー好きならその特殊な佇まいに気づくはずだ。
一方で「911 カレラ T」は、純粋にオンロードでスポーティな走りを楽しむモデルとなっている。2+2の後席シートを取り払い、軽量ガラスや遮音材などの削減によって、911の中でも軽量化されており、8速PDKのほかに7速MTも用意されている。今回は、この全く違うモデルをロングドライブに連れ出し、改めて911の魅力を体感することにした。
走る楽しさが2倍、3倍へと跳ね上がる911 カレラ T
スポーツカーというと足まわりが硬く、ロングドライブには向かないように感じるかもしれないが、911はそのセオリーには当てはまらない。911 カレラ Tは特に足まわりがしっかりと引き締められており、路面の凹凸をはっきりとドライバーに伝えてくる。最初は「けっこう硬いかな」と感じたものの、10分ほどすれば不思議と気にならなくなり、そこからはクルマとの一体感が増す時間になっていく。911は足まわりは硬くても、路面から受けた入力を一度で収束してくれるので、体を何度も揺すられることなく不快感は少ない。
今回の911 カレラ Tは7速MT仕様だったが、8速PDKを選択することもできる。普段はMT車を所有している私でも、ポルシェ独自のATであるPDKが優秀すぎるため「ポルシェのMTとPDK、どちらを選ぶか」と聞かれたら、正直PDKの方へ揺らいでしまう気がする。しかし、この911 カレラ Tだったらまた話は別だ。
911 カレラ Tに搭載されるのは、3.0リッター水平対向6気筒ターボエンジン(385PS/450Nm)で、そのパワーは目を見張るものがあるが、運転しているとパワーよりも軽快感が勝る。力を出し切らずとも、カーブが連続するような道を右へ左へクリアしていくだけで爽快だ。そこに自分の意思通りカチッと決まるシフトが組み合わされると、その楽しさがさらに2倍、3倍へと跳ね上がる。シフトダウン時に自動で回転数を合わせるオートブリッピングが付いており、おどろいたのはそのブリッピングがとても正確であることだ。「これオートブリッピング付いてたっけ?」と疑ってしまうほど、そのブリッピングは瞬時に行なわれる。ドライバーがタイミングを逃すとすぐに回転数が落ちてしまい、オートブリッピングが意味をなさなくなるほどだ。ドライバーの運転スキルが高い前提でセッティングされているため、回転落ちも早く、無駄に吹かさない。こちらがクラッチミートのタイミングを少しでも間違えば車体はガタガタと揺れる。こういった本来親切な機能にも、利便性より必ず運動性能を取るというポルシェらしい思想がしっかりと現れている。
ただ、個人的な感想としては7速のシフトにはなかなか慣れなかった。6速までは問題ないが、7速に入れた後、シフトダウンする際にシフトミスをしてしまいそうになることもあった。このあたりはドライバー側の習熟が必要かもしれない。
どんな場所でも走れる911 ダカール
911 ダカールは、正直に言って最初はロングドライブを想像できなかった。オールテレインタイヤを履いていることもあり、アスファルトの路面では、おそらく直進性や操縦性は高くはないだろうと思ったからだ。しかし、実際に乗り出してみるとそのイメージははっきりと変わった。ダカールは911 カレラ Tと同様の3.0リッター水平対向6気筒ターボエンジンを搭載しているが、ターボ自体は「カレラ GTS」から引き継いでいる。
そのため、911 カレラ T(394PS/450Nm)と比較すると、パワーはダカール(480PS/570Nm)に軍配が上がる。少しアクセルペダルに力を入れて踏み込んでみると、頭の後ろから重低音が響き渡り、圧倒的な加速を始める。911 カレラ Tと比べると、最大トルクが得られる回転数が高めなこともあってか、なるべく回転数を高めにまわしていた方がクルマのフィーリングがよく感じる。
また、ロングドライブが思ったよりも快適に感じたのはその乗り心地のよさのためだ。オールテレインタイヤと、他の911よりストローク幅のある足まわりのおかげで、路面の凹凸をうまく吸収してくれる。その分、オンロードでの操縦性は911 カレラ Tと比べるとややゆったりした印象があるものの、十分に911らしい操縦性を楽しむことができる。また、最大トルクが570Nmもあるため、パワーには十分なゆとりがあり、これもグランドツーリングに向いている1つの要因だ。
そして911 ダカールの最大の魅力はどんな場所でも走れること。高速道路はタイヤの影響でロードノイズが大きいかと思ったが、東京~青森という長距離を走る間も、意外と気にならなかった。同じ理由で最初は直進安定性も不安だったが、実際に運転してみると矢のようにビシッと走ることができ「さすがポルシェ」と感嘆するしかなかった。そして、最低地上高が高いため、コンビニなどのちょっとした段差もほとんど気にすることなく進入することができる。究極のスポーツカーである一方で、日常的にさまざまな場所でストレスなく運転できることはうれしい(ダカールを購入して近所を乗りまわす人は少ないかもしれないが……)。
そして、ダカールの真骨頂はもちろんオフロードだ。今回は本格的なオフロードに踏み入れることができなかったものの、ちょっとした砂利道や畦道などを走ってみると、荒れた路面でもトラクシションをほとんど失うことがなかった。少しアクセルを深めに踏み込んでみても、タイヤが空転することがなく、コーナリング中もリアがルーズに流れ出さず、前へ前へと進んでいけるのだ。4WDの制御やトラクションコントロール、タイヤのグリップなどが絶妙に計算されていて、公道の少し荒れた路面を走る程度では、滑らせて楽しむ領域に持っていくことすら難しい。これまでスポーツカーに乗っていてオフロードの経験がないという人にとっても、安心して走れるモデルになっているだろうし、元々オフロード好きな人にとっては「911のようなスポーツカーでここまで走れるのか」と感動するに違いない。
911 カレラ Tと911 ダカールを連れ出し、東京から青森という700kmを超える長旅を走破したが、おどろくべきは大きな疲れが感じられなかったこと。どちらも静粛性や直進安定性が高いのはもちろんだが、自分が思う通りにコントロールし続けられる正確な操作性はこんなところにも恩恵があるのだと感じ入った。
また、911 ダカールは究極のオフロード車ということに間違いはないが、それ以上に「911」だったことに感動した。もちろん911 カレラ Tの操縦性には劣るが、たとえタイヤがオフロード仕様だったり、最低地上高が上がっていようと、その根底にある911らしい堅牢で、正確で、圧倒的な走りはゆるがない。単なる派生モデルやファッションで乗るモデルには成り下がらないという、プライドと決意を見たような気がした。