試乗記
新型「911カレラGTS」、911史上初のハイブリッドを試す!
2025年5月6日 08:00
T-ハイブリッドとは?
どこから見ても“911”と分かるルックスはしかし、縦型の大型ルーバーを備えたフロントバンパーが目新しく、最小限の変更でみごとに獰猛なイメージを付け加えることに成功している。相対したのは、新型「911 カレラGTS」。通称992.5型と呼ばれる後期モデルとなった、911 カレラのハイパフォーマンスバージョンだ。
そんな911 カレラGTSのハイライトは、「T-ハイブリッド」と呼ばれる新開発のマイルドハイブリッドシステムだ。市販車では先んじてカイエンが「Sハイブリッド」をラインアップしているが、911としては約60年の歴史において、初のハイブリッドモデルとなる。
これを聞いて「911にモーター?」と眉をひそめる読者は多いはずだが、このT-ハイブリッドはいわゆる燃費や環境性能だけを追いかけたシステムではない。むしろターボエンジンのパフォーマンスをより高めるために、時代の流れに合わせて電動化が進められたといった方が正解だろう。ちなみに“T”のイニシャルが示すのはターボだといわれている。
そんな新型911 カレラGTSのスペックを見てまずおもしろいのは、この時代においてなおその排気量を、先代の3.0リッターから3.6リッターへと拡大したことだ。しかもそのシリンダーは、内径が91mmから97mmへと拡大された(ストロークは81mmのまま)。通常、エンジンの燃費性能を高める上ではロングストローク化が一般的だが、新型911 カレラGTSのエンジンはさらにオーバースクエア型を推し進めた。
ちなみに自然吸気エンジンモデルの最上位グレードとなる911 GT3/GT3 RSのボア×ストローク値は102×81.5mmとさらに大きい。そしてただ数字を追うだけなら新型911 カレラGTSにも、ストロークアップの余地はあったように見える。それでもあえてボアを広げた背景には、もちろん排気量の拡大で環境性能を上げる狙いもあるはずだが、この方法が電動ターボとの相性を強く結びつけたからだと思う。
新型911 カレラGTSには2つのモーターが装備されている。そしてそのうちの1つはタービンとコンプレッサーの間に挟まれている。電動タービンのメリットは、まず低回転時の過給圧を確保しやすいことだ。ポルシェはこの採用によって、なんと新型911 カレラGTSでツインターボをやめた。そしてタービンを高回転型のビックシングルタイプに改めたのだ。
とはいえそれは、単なるパワーアップのためではない。なぜならエンジン単体の最高出力は485PSと、先代からわずかに5PSアップに留まっているからだ。ただし、その発生回転数は1000rpmも高い7500rpmに引き上げられた。ちなみにトルク値は570Nmで同じだが、その発生回転数は2000-5500rpmと、わずかに300rpm低められトルクバンドが広げられている。
どうしてポルシェはこんなことをしたのだろう? それはきっと、ポルシェがこの911 カレラGTSに、本気でスポーツ性能を求めたからだと思う。環境性能が問われる厳しい時代にあって、低回転域は電動タービンで環境性能に対応しながら、高回転域ではこれまで以上に911らしさを求めたのではないか。それと同時にツインターボやVGT(バリアブルジオメトリータービン)といった、高価なパーツを省くという抜け目なさもある。
さらにすごいのはこの電動タービンが、過給中はジェネレーターとしても機能し、最大で11kW(15PS)の電力を発生させることだ。ターボといえばエンジンの排気ガスを二次利用するエコシステムだが、さらに発電までしてエネルギーを回収する。ポルシェ 919由来のMGU-H(モーター・ジェネレーター・ユニット・ヒート:熱エネルギー回生システム)で得た技術が市販車に落とし込まれたのだから、聞いてるだけで萌えてくる。
そしてもう1つの永久磁石同期モーターは、8速PDK内部に組み込まれる。このモーターは発電しないが、最大で150Nmのトルクと40kW(約54PS)の出力をアシストする。これによってシステムトータル出力は541PS/610Nmとなり、新型911 カレラGTSは先代モデルをパワーで61PS、トルクで40Nm上まわった。
関心させられたのは、ポルシェがこのT-ハイブリッドシステムを搭載するにあたり、車重を従来比+50kgの1595kgで留めたことだ。もちろんマニア目線で見れば50kgの重量増は少なくない数字だ。しかしこれ以上車重を増やさないためにも、ポルシェはこの新型911 カレラGTSをストロングハイブリッドではなく、マイルドハイブリッドにしたのだと思う。
マイルドハイブリッドシステムの軽量化に大きく貢献しているのは、19kWhのリチウムイオンバッテリだ。なんとそのサイズと重量は従来の12Vスターターバッテリと変わらないほどコンパクトで軽いという。さらに新世代911は、この911 カレラGTSのみならず多くのモデルで、始動用12Vバッテリ自体までリチウムイオンタイプに置換している。
ちなみにマイルドハイブリッドシステムを搭載した結果、エアコンのコンプレッサーをも電動化することができ、ベルトやプーリーが必要なくなった。そして空いたスペースにはパルスインバーターとDC-DCコンバーターが設置されたというが、エンジンフードを開けても見えるのは冷却ファンだけだった。この眺めはいつもさみしいが、エンジンコンパートメントの開口部を最小限に取ってファンを付けることで冷却効率と、ボディ剛性が上がるのだろうと思いながら筆者は自分を納得させている。
カレラにはない圧倒的な重厚感
分厚いドアをドスッと締めて、シートポジションを取る。ステアリングの左側にスターターが備わる伝統は守られたが、キータイプからプッシュ式となったボタンを押すと、爆音と共にエンジンが目覚めて思わず吹き出した。なんという潔さ! 確かにこれはポルシェだ。
たとえばフェラーリ 296GTB(プラグインハイブリッド)は、7.45kWhという小さなバッテリ容量ながら、モーターのみのスタートを可能にする。そしてこの手のハイパワースポーツカーをガレージからひっぱり出すに当たって、こうした装備は次世代のマナーになるはずだと筆者は考えていた。
しかし今回ポルシェが提案した電動化は、あくまで「性能を高めるためのeブースト」だった。走行用アシストモーターはエンジンとPDKの間に直結されるから、モーターのみでEV走行することはできない。クラッチを省いてまで軽量化を選んだわけだ。
ちなみに後部座席は先代同様取り払われており、シートはオプションだがフルバケットタイプが装着されていた。ようするにやる気マンマンなのだ。
走り始めてまず五感を支配するのは、カレラにはない圧倒的な重厚感だ。どっしりとしたそのライドフィールにはハイブリッド化の重量増も影響してはいるはずだが、それにも増してこのボディを支える、引き締まりながらも角のない足まわりの剛性感がその乗り味を決めている。
アクセルを踏み込むとすぐさまトラクションがかかり、車体は前に力強く進む。しかしその蹴り出しにはまったく荒さがなく、かといってEVのようなそっけなさは微塵もない。ただただ濃厚に、そして重厚に、911というスポーツカーのイメージを高めていく。
モーターアシストの影響もあるのだろう、街中では1500rpmもまわっていれば、全てがこと足りる。ジャリジャリと乾いたサウンドを響かせるエンジンが、信号待ちでパタッとアイドリングストップして静寂を取り戻すギャップは、なんとも言えずおもしろい。ちなみに今回の総合燃費は、ワインディングまで含めて8km/Lをメーター読みでマークした。
高速巡航は得意中の得意分野で、近代911ならではのスタビリティが全面に押し出されてくる。荒れた路面、継ぎ目、うねりからの入力を真正面から受け止めてダンピングする乗り心地は頼もしく、速度を上げるほどにフラットさが増していく。まっすぐ走らせたときのしっかりとしたステアフィール。これを切り込んだときの、路面を捉える手応えの硬質感。別に飛ばさなくても、それを味わっているだけで満足できる。
肝心要のパワーユニットは、ちょっと引くほどエモーショナルだった。低回転から力強く湧き上がるトルクは中速域に至っても勢いを失わず、いともたやすくリミットの7400rpmをオーバーしようとするから、思わずショートシフトでその場をごまかしてしまう。最高出力が発揮される7500rpmまでまわすなんて、街中ではとんでもない。
911至高のエンジンといえばGT3系を思い浮かべるが、なかなかどうしてこのユニットもターボの最高峰だと言えるだろう。果ては911 ターボSがさらに排気量を拡大させて登場するとは思うが、セオリーどおりであればシャシーも含めてGTSの方が走りはピュアなはず。純粋に2輪駆動のターボを楽しむ手段として、これを選ぶのはありだと思う。
ワインディングでは、まさにスポーツポルシェの片鱗が味わえた。標準装備されるリアアクスルステアリングの制御は極めて賢いから、何も考えずハンドルを切っても曲がってくれる。
しかし本当に911 カレラGTSとシンクロしたいなら、ブレーキできちんと荷重をフロントに乗せて、それを上手にリリースしながらターンインする必要がある。常用域での快適性も考えてだろう、モードを変更してもフロントの反応がやや穏やかで、スポーツカーのセオリーどおりに運転する必要がある。しかしそれが、この時代にあってとても楽しいし、ポルシェの開発陣はやっぱり分かっているな! とうれしくなる。
翻ってポルシェが挑んだ911の電動化は、決してネガティブなものではなかった。逆を言えばその重量増加がクリアできてしまったら、恐ろしいことになるとさえ感じた。ピュアスポーツである911GT3/GT3 RSがモーターを積むのはまだ当分先の話だとは思うが、たとえそうなったとしてもポルシェがそれを選んだのだとすれば、決してハンパなことはしないはずだという気持ちになった。