インプレッション

ルノー「ルーテシア R.S.トロフィー」

 ルノー・スポール(R.S.)はルノーのスポーツ車両を開発する部門で、このネーミングがつくと本格的なスポーツモデルになる。R.S.は仏デュエップの専門工場で作られ、「ルーテシア R.S.トロフィー」はシリーズの中でもっともホットなバージョンだ。

 ルーテシアのサイズは4105mmの全長に2600mmのホイールベース。デザインが伸びやかなので大きく見えるが、意外とコンパクトだ。全幅も1750mmと広すぎずちょうどよいサイズである。

 エンジンは直列4気筒DOHC 1.6リッター直噴ターボ。このエンジンはR.S.だけに与えられる特別仕様で、「ルーテシア GT」の直列4気筒DOHC 1.2リッター直噴ターボとはまったく異なっている。しかも、ベースの「ルーテシア R.S. シャシースポール」からトロフィーはさらにチューニングされて20PSアップの220PS、トルクは20Nmアップの260Nmとなっている。パワーアップの主な要因はブースト・アップだ。

11月12日に発売された、サーキット走行も視野に入れたシリーズ最高峰モデル「ルーテシア R.S.トロフィー」。ボディーサイズは4105×1750×1435mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2600mmというスペックはベースの「ルーテシア R.S. シャシースポール」と共通。ステアリング位置は右のみで、価格はシャシースポールから22万円高の329万5000円
直列4気筒DOHC 1.6リッター直噴ターボ「M5M」エンジンはシャシースポールから20PS/20Nmアップの最高出力162kW(220PS)/6050rpm、最大トルク260Nm(26.5kgm)/2000rpmを発生
シャシースポールと比べ外観上での大きな違いは18インチアルミホイールの装着。そのほかF1タイプエアインテークブレードとボディー同色サイドプロテクションモールに「TROPHY」ロゴが入る程度。ヘッドライトはハロゲン式(ハイトコントロール機能付き)

トロフィーならではの“走り”の装備

インテリアはブラックを基調に効果的に赤を配した「ブラック+レッドフィニッシャー」を用意

 早速ドライバーシートに座る。ホールドのよいシートだが、フランス車の例に漏れずクッションストロークがあり、しかもシートサイズも大きい。路面からの細かい振動も相当吸収してくれ、柔らか過ぎず節度感のあるところが好ましい。ドライビングポジションも適当な位置に収まり、A/Bペダルもジャストフィットではないがそれほどの不自然感はない。

 黒で統一されたキャビンは赤いシートベルトがポイントになっている。赤はシートのステッチやシフトノブなどにも使われていて、躍動感を伝えている。ただインテリアの素材感などは相変わらずちょっとプラスティッキーだ。

 トランスミッションは6速デュアルクラッチをトロフィー用に設定したもの。スポーツモデルにとってダイレクト感の強いデュアルクラッチとの相性はよい。Dレンジに入れ、アクセルを緩く開けているうちは普通のハッチバックだ。それでもヒシヒシとR.S.の息吹を感じることができる。ボディーはトロフィーでも特別な補強はされていない。今回のモデルをベースにしたフランス国内ラリー選手権用の「クリオ」もボディー補強はほとんどされていないと言われ、ルーテシアの素質の一端を見ることができる。

R.S.オーナメント付きレザーステアリングはトロフィーのみパンチング加工が施される
パドルシフトを標準装備
レザーステアリングには「R.S.」オーナメントが備わる
スポーティな印象のシフトまわり
「R.S.」ロゴ入りのノワールファブリックフロントスポーツシート。運転席はシートリフターも備わる。後席は6:4分割可倒式
レッドフィニッシャー付きのフロントドアトリム
滑り止め付きのアルミペダル
「TROPHY」ロゴ入りキッキングプレート

 クルマの挙動を確認してからいろいろ試してみる。シフトノブ付近に配置されるR.S.スイッチで走行モードを簡単に変えることができ、「ノーマル」「スポーツ」「レース」の各モードはシフトプログラム、アクセルレスポンス、ステアリングの操舵力も変更して、その時のドライバーのマインドに合わせてくれる。

 ノーマルモードではESC(横滑り防止装置)やトラクションコントロールが介入して車体が安定側に入る場面でも、スポーツモードではよりキビキビしたアクセルレスポンスが得られ、かつトラクションコントロールも作動するので適度に振り回すことができる。レースモードではESCもトラクションコントロールも解除され、すべてドライバーのコントロールに委ねられる。ちなみにシフトスピードはシャシースポールと比べ、スポーツモードで20mm/sec、レースモードで30mm/sec早くなり、このモード変更がドライバーのスポーツマインドをくすぐる。

 面白いのはローンチコントロールで、タイムトライアルのような場面でしか使わないだろうが、トロフィーの性格の一端をうかがわせるアイテムだ。ローンチコントロールはスポーツモードとレースモードで作動し、ブレーキペダルを踏みながらパドルを左右とも引くとスタンバイになる。この状態でブレーキとアクセルを踏んで2500rpm以上をキープし、ブレーキを離すと同時にアクセルを踏み込むと、最少のホイールスピンでもっとも効率のよいスタートが切れる。公道で試してほしくないが、ウェットのサーキットなどでは嬉しいシステムだ。

足まわりはミシュラン「パイロット スーパースポーツ」(205/40 R18)に、トロフィー専用装備のブラックインサートが施された18インチアロイホイールの組み合わせ。キャリパー色が赤になるのもトロフィーならではの装備

 サスペンションは、シャシースポールからフロントで20mm、リアで10mm下げられ、スプリング/ダンパーは40%ほど締め上げられている。

 実はルーテシア R.S.はショックアブソーバーにもひと工夫されていて、HCC(ハイドリック・コンプレッション・コントロール)と呼ばれるシステムがフロント・ストラットに採用される。「ダンパー・イン・ダンパー」と言った方が分かりやすいかもしれない。WRC(世界ラリー選手権)などで以前から使われているもので、ストロークの大きなところで威力を発揮する。

 R.S.のHCCダンパーは、推察するにバンプストッパーにあたる前の入力をインナーダンパーで吸収し、最後にバンプラバーにあてることでショックを軽減する。ダンパーが伸びる際も初期の伸びコントロールができるので、接地性が向上することを狙っているものだろう。大きなギャップ通過ではショックを軽減し、接地力を増すことができる。

ドライバーとの一体感を大切にしたスポーツハッチバックらしい運動性能

 実際に運転すると乗り心地は適度に締まり、素敵なハンドリングの割には比較的フラットな味を出している。ハンドル応答性はFFとは思えないほど鋭く、またコーナリング姿勢に入ってもロールは驚くほど小さい。FFのコーナリングはどんなクルマでも前のめりになるものだが、(実際の姿勢はともかく)トロフィーはドライバーにそのような感覚的な違和感を与えないのが特徴だ。乗り心地とハンドリングの両立がこのダンパーの役割だと思う。正直、通常のダンパーでも似た性格の領域まで持っていくことはできると思うが、このこだわりが嬉しい。

 また、ESCを利用した電子制御デファレンシャルを採用して、内輪のトラクションが抜けそうになったときには軽くブレーキをつまんで、擬似的な作動制限を行うことでより旋回力が増す。こちらも面白いようにコーナリングできる大きな一助となっている。

 ワインディングを適度に飛ばしているとトロフィーは本領を発揮する。ドライバーとの一体感を大切にしたスポーツハッチバックらしい運動性能だ。低速での路面段差でショックを感じるところでも、速度を上げるとスッキリとした接地感を味わえ、また205/40 R18のハイグリップなミシュラン「パイロット スーパースポーツ」の強力な援護もあり、狙ったとおりのライントレース性を発揮する。またステアリングはすっきりとしたフィーリングで、ギヤ比はシャシースポールの14.5:1から13.2:1へと早くされている。ひと昔前の競技車がこれぐらいだったと記憶する。

 車両重量1290㎏と軽量で、馬力荷重は5.86kg/PS。260Nmのトルクと相まってレスポンスのよいコーナーワークができる。その際には「マルチシフトダウン」と言う機能があり、通常のATでシフトダウンしていくとオーバーレブ領域でシフトダウンできない場合があるが、トロフィーではシフトダウン側のパドルを引きっぱなしにしながらブレーキングで速度を落としていくと、許容回転数領域に入るのを待ってシフトダウンが行われ、最適な回転数でコーナーを駆け抜けることができる。個人的にはレースモードでのシフトダウンはもっと敏感でもよいように感じたが、スポーツドライバーの心理をよく知っているアイテムだ。

 まだまだ乗り込んで行くと奥が深く、愛着が湧いてくるが、4ドアという利便性、2ペダルの容易さ、そして“特別ホットな”スポーツハッチバックという2面性。これ1台で多くの要求に応えることができるなかなか賢い相棒になってくれそうだ。価格は329万5000円となる。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会長/12~13年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:高橋 学