大原雄介のカーエレWatch
Active Safety(5)
(2013/3/14 00:00)
前回の記事掲載後、「なるほど、わからん」だの「何が書いてあるか判らない」だのと多数の励ましのお言葉(?)をいただきましたが、にも関わらず食いつきがよいのは、やっぱり軍事関連の話が多少入っていたからなんでしょうか?
ということで自動車向けPAR(Phased Array Radar:フェーズドアレイレーダー)の3回目は、もう少し実際に近い話を。前回は具体的なアンテナなどを示さなかったので、幾つか例をご紹介したい。まずPhoto01~04は、デンソーが2004年に出版したデンソーテクニカルレビューVol.9 No.2における、「前方障害物検出用ミリ波レーダ」(PDF)という論文からの抜粋させていただいた。2004年といえば、まだ市場に投入された製品は機械式スキャンを使ったものが殆どであるが、同社はあくまで研究目的ではあるが、自動車用のPARを開発している。ちなみに論文によれば、このレーダーシステムは
測定距離:5m~150m(相対速度0の場合)
相対速度:-200Km/h~100Km/h
測定範囲:±10度
測定周期:100ms
といった性能となっている。現在の水準から見ると、これは必ずしも十分とは言えない。例えば±10度というカバー範囲は、10m先のカバー範囲は左右で±1.7mの範囲しかカバーしていない。これは高速などで、急にレーン変更で目の前に入ってきた車を捕捉できるのは、本当にぶつかりそうになった時になってしまう。
あるいは測定周期の100msというのは、要するに毎秒10回の更新という意味で、純粋に測定だけするのであればこれでも十分だが、実際にはADAS(Advanced Driver Asistance System:先進運転支援システム)との連動ではもう少し更新頻度を高めたいところだ。ただこれはPhoto02にあるように、9つのアンテナを3つのグループに分け、各々のグループにさらにスイッチが入るということで、9つのアンテナを時分割で接続して、それぞれ一定期間だけ受信するという方式になっているから、どうしても処理時間がかかるのは致し方ない。
また論文によれば、受信した電波の処理は1つの32bit RISCマイコンで行っているそうだが、このあたりは逆に受信アンテナの数を増やせない(増やすと処理が間に合わない)事に繋がる。
加えて書けば、このレーダーは水平方向のスキャンは行うが、垂直方向のスキャンは未対応である。まぁ飛行機ではないので、角度が水平固定では絶対にまずいという訳ではないのだが。とはいえ、2004年という時期を考えれば、十分先進的な構成である。
ではもう少し最近では? ということで総務省が2010年2月8日に開催した「情報通信審議会 情報通信技術分科会 ITS無線システム委員会 79GHz帯高分解能レーダ作業班(第1回)」においてボッシュによる「EUの79GHz帯レーダに関する動向」(PDF)という報告をちょっと見てみる。この報告書の中では、同社が開発した第3世代の車載用レーダーセンサーである「LRR3」の特徴が説明されているが(Photo05、06)、スペックを見ると
測定距離:0.5m~250m、精度:±0.1m
相対速度:-75m/s~+60m/s(-270Km/h~210Km/h)、精度±0.12m/s(±0.432Km/h)
測定範囲:水平方向30°、垂直方向5°
同時追跡対象数:32
といった具合に、先に示したデンソーのものよりもだいぶ性能が上がっているのが判る。もっともボッシュもいきなりここまで来たわけではなく、第3世代という言葉からわかる通り、世代毎に改良を繰り返しながらやっとここまで来たといったところ。このLRR3は名前の通り長距離レーダー(LRR:Long Range Rader)に属しており、2009年から量産が開始されている。既に既に搭載例もあるという(Photo07)。
さらに最近の例として、昨年10月にAlteraが公開した車載用レーダーシステムの試作機をちょっとご紹介する(Photo08)。
Alteraという会社は別にレーダー機器を作っているメーカーではなく、FPGA(Field Programmable Gate Array)と呼ばれる特殊なチップを製造する大手である。このデモは、同社のCyclone IVというFPGAチップでレーダー処理のバックエンドを処理できるというもので(Photo09)、実際に説明会では動作デモが行われていた。このデモに使われたアンテナは関連メーカーからの提供ということで詳細は明かされなかったが、ご覧の通り非常にコンパクトに収まっているのがわかる。もうPARを使うといっても、実装そのものは非常にコンパクトにまとまっている訳だ。
ただコストに関しては、(前回も書いたとおり)まだ10万円を切るのは難しいとかいう程度であるが、それでも低価格化の努力は続けられている。何でコストがまだ高くつくか、というと機能要求がまだ絞りきれていない部分があるためだ。一般にレーダーシステムを使って「何を実現するか」というと
- 車間距離を一定に保つオートクルーズ(Adaptive Cruise Control)
- 車間距離監視(Headway Alert)
- 衝突検出/防止/軽減(Collision Warning/Avoidance/Pre-Crash)
といった機能が挙げられる。このうちオートクルーズは判りやすい。前方を走行する車両との間隔を一定に保つように、前車との距離、あるいは前車の速度を常に監視することで、過度にアクセル/ブレーキ操作を行うことなく適切な走行を行う、というシステムである。本来ならば、前車だけでなくさらにその前の車両の動向まで監視できるとよりよいのだが、レーダーベースではこれは不可能なので、普通は前車を対象にする。
2番目の車間距離監視も、オートクルーズの延長にある。こちらは前車との距離が一定以内だとドライバーに警告をするというものだ。一定距離がどのくらいか、というのはメーカーによっても異なるが、例えば米DELPHIの提供するADASの場合、前車との距離が(その時点の車両の速度で)1秒以内に到達する範囲だと直ちに警告するという仕組みである。要するに前車が急ブレーキを掛けた時に、オートブレーキを使っても回避できないような距離になりそうだと警告するというものだ。
面倒なのが3番目である。名前の通り他の車両を監視して、衝突のおそれがないかどうかを監視するというものだ。これは単に直線的な衝突以外に、横の車線から急に寄ってきてぶつかるとかの可能性もあるから、真っ直ぐ前だけを監視していればいいわけではない。
で、ある程度の閾値を超えてぶつかりそうになったら、可能な限り回避する動作に入る。ここでは自動ブレーキ以外に、サスペンション制御やステアリング操作まで行うものもある(かなり高級車種向け)。ただそうした回避方法を取っても間に合わないということであれば、衝突軽減に入る。こちらはシートベルトの引きこみとか、可能な限りの振るブレーキなどが講じられ、少しでも衝突の衝撃を弱める方策が採られる。いよいよになるとエアバッグが展開するわけだが、これは衝突センサーを使うケースが殆どなので、プリクラッシュには厳密には入らない。
さて、レーダーはあくまで距離や位置を測定するためのものだから、レーダーユニットそのものにプリクラッシュだのオートクルーズだのの機能が搭載されるわけではない。こうした機能は車両側のECUの仕事である。ただ、特に衝突検出以下の機能に関しては、複数の車両を同時に監視しながら、それぞれの進路を常に計算し、自車の進路と衝突しないか確認する必要があるわけで、これにはレーダーが同時に複数の物体を常に検出できるような仕組みが必要になる。
これはすなわち、レーダーに高い精度と素早い検出時間が求められる事になる。価格を下げるには、「どの程度の精度で、どの程度の検出時間があれば十分か」という見切りが必要になるが、なかなか現状ではその見切りに関するコンセンサスは取れていない。勢い、やや機能過多気味の要求がレーダーに寄せられる事になるので、価格は下がりにくい。
おまけにレーダーの適用範囲はさらに広がる方向にある。Photo11は総務省の「情報通信審議会 情報通信技術分科会 ITS無線システム委員会 79GHz帯高分解能レーダ作業班(第3回)」でホンダが説明した「電波を用いた車両安全システム」(PDF)からの抜粋だが、ミラーの死角に入った車の検出といったニーズも今後は出てくるとしている。
もちろんこれは前方レーダーではカバーできないので、側面方向に「到達距離は短くてよい代わりに、広い角度をカバーする」レーダーユニットを搭載する必要がある。つまりカメラと同じく、搭載されるレーダーユニットの数が増える方向にあるわけで、このペースがコストダウンを上回っており、なかなかトータルコストが減らない事になる。
さらに、もっと先の話もある。Photo12は「将来のレーダーの用途」に向けたものだが、通常だと見通せない部分からの飛び出しなどをできる限り防ぐ、というものだ。もちろん電波の回折を使って見通せない先を確認……な訳がなく、ある意味、人間と同じく見通せるまで検出はできない。
ただ人間の場合は目で見てから行動が起こせるまでの反応時間が平均0.2秒ほどであるが、レーダーを使うとこの反応時間をもっと短縮できる。反応時間が短縮できればその分回避のゆとりができるから、衝突は免れないにしてもプリクラッシュ動作を行わせるとか、ブレーキで少しでも車速を落とすといった対応は可能になる。
こうしたADASにまつわるニーズはまだまだ今後も増えてゆくから、コストダウンの策としてレーダーの精度を落とすという選択肢は事実上ないし、カバー範囲を狭めるという選択肢も事実上ない。なので、あとは半導体製造技術の進歩で、機能を落とさず(できれば機能を上げつつ)コストを下げるという方向性になる。
ちなみに、やはり総務省に「高分解能レーダシステムの普及予測」(PDF)という資料があるが、これを読むと(日本市場のみであるが)、2018年における高分解能レーダーの搭載数は10万台、2024年では130万台という普及台数予測が出ている。
一見多いように見えるが、普及率で言うと2018年は0.1%、2024年でも1.6%に過ぎない。これが2032年になると、普及率は21%ないし45%(これは2種類のモデルがあり、どちらのモデルを使うかで数字が分かれる)という予測になっている。さすがに普及率が1%未満だと量産効果というにはまだちょっと辛いものがあり、2020年代後半の10%位になって、やっと量産効果で価格がはっきり下がり始めるという感じになりそうだ。
そんな訳で技術の進歩はあるにせよ、当面はまだまだ高価なソリューションという事になりそうである。