特別企画

【特別企画】コンピュータシミュレーションをフル活用するダンロップのタイヤ開発

大規模分子シミュレーションによって高性能タイヤを製品化

 「ダンロップ」ブランドで知られる住友ゴム工業が2011年のモーターショーにあわせて発表したのがタイヤ材料開発技術「4D NANO DESIGN(フォーディー ナノ デザイン)」だ。この4Dナノデザインは、放射光施設「SPring-8」で素材を分析し、分析結果をスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」で解析シミュレーションするなどで、科学的・合理的に材料開発を行い、素材を自在にコントロールすることを可能にした新技術だった。

住友ゴム工業が掲げる新しいタイヤ材料開発技術「4D NANO DESIGN」

 この4Dナノデザインが投入された第1弾が転がり抵抗性能「AAA」をマルチサイズで展開する低燃費タイヤ「エナセーブ PREMIUM(プレミアム)」。その後、従来製品から氷雪上性能や耐摩耗性能などで飛躍的な進化を遂げたスタッドレスタイヤ「WINTER MAXX(ウインター マックス)」が登場。今シーズンはSUV用スタッドレスタイヤ「WINTER MAXX SJ8(ウインター マックス エスジェイエイト)」(2013年9月発売)が4Dナノデザイン採用製品として投入される。

4D NANO DESIGNによって生み出された新世代タイヤ。左からエナセーブ プレミアム、ウインター マックス、ウインター マックス SJ8)

 これらのタイヤを開発した住友ゴム工業のコンピュータシミュレーションとはどのようなものだろうか。住友ゴム工業で研究開発、材料開発を統括する中瀬古広三郎常務執行役員に、これまでと、これからのコンピュータシミュレーションについてお話をうかがった。

住友ゴム工業 常務執行役員 研究開発本部長 兼 材料開発本部長 中瀬古広三郎氏

20年以上の歴史がある住友ゴム工業のコンピュータシミュレーション開発

──住友ゴム工業のコンピュータシミュレーションを用いたタイヤ開発はいつごろから始めたのですか?
中瀬古氏:当社のコンピュータシミュレーションを用いたタイヤ開発には20年の歴史があります。スーパーコンピュータを導入したのが1992年です。それまでもFEM(有限要素法)を用いたタイヤの解析は行っており、構造物の破壊や歪みの大きさを測るなどはしていました。

 ただ、タイヤ開発の場合はそのようなニーズではなく、見えていないことがあまりにも多すぎました。たとえば、路面にどう接して、どのような圧力を受けて、どれだけ力が伝わっているのかは見えなかった。加わった力の値は計ることができましたが、どこで何が起きて力が加わったのか見えなかった。FEMを使って、構造物の強度や変位量は計れるが、タイヤはそこに置くだけで使えるものではなく、“走ってナンボ”の製品。実際に走っているタイヤは地面からどのような力を受けているのか、ステアリングを切った際にどこにエネルギーロスがあって、どういう動きをしているのか調べようということになりました。当時はそのような部分までは誰も見ていなかった。そこがスタートです。

 コンピュータシミュレーションを用いたタイヤ開発を行う際も、単に試作をせずに形を作るなどの、プロトタイプレスという考え方ではなく、実際に走った際にタイヤで起きている現象を見えるようにしようというのがきっかけです。そこから新しい発想が出てくるのです。

タイヤを構成する主な部材。住友ゴム工業ではこれらをすべてシミュレーションしている

──最初にコンピュータシミュレーションを用いて作られたタイヤ製品は何ですか?
中瀬古氏:最初に製品化したのは、1997年の秋に1998年向け製品として投入した「LE MANS(ル・マン) LM701」です。このLM701は、コンピュータシミュレーション、つまりDRS(デジタル・ローリング・シミュレーション)を用いたデジタイヤの第1世代になります。

住友ゴム工業のタイヤシミュレーションの歴史

 DRSとは、タイヤパターンがどのように路面に接触しているのか、高速走行時はどうなるのか、静粛性はどうか、小さな突起を乗り越えた際にどのようなことが起きているかなどをいろいろな速度域で確認するものです。静止状態ではなく、あくまでも走行状態でタイヤには何が起きているのかをぜひ見たい。それを見れば、改善点が見えてくるのです。

 単に、静的なひずみや、構造物が壊れるという結果だけではなく、タイヤで実際に起きている現象を見ることで、そこから新しいアイデアを引き出していく。見えないものを見る。自分たちのアイデアをタイヤに組み込んでいく。タイヤの開発サイクルは、2年から4年くらいなのですが、それだけ(の期間)では、なかなか新しいアイデアは出てこない、それをシミュレーションすることで、どんどんいろいろなことを試すことが可能になりました。

 1990年代初めにスーパーコンピュータを社内に導入しましたが、ご存じのように当時のスパコンのレベルは、現在のパソコンの計算能力にも遠く及びません。そのため、最初は簡単な計算だけをやっていました。DRS製品として発表できたのが1997年になったのは、製品開発のために必要な計算に時間がかかったということです。

DRSの概要

 この製品開発に必要な計算をするためには、どのようなモデルを作っていくかが重要になります。ただどれだけモデルを正しく作るかは、シミュレーションをするタイヤの部位によります。(まとまった計算の単位である)メッシュの大きさをどのようにするのか、どのタイヤの現象を見たいかによって決めていく必要があります。このメッシュの大きさの設定や、計算に必要な境界条件の設定がものすごく難しいのです。

 単純にメッシュの大きさを細かくすればよいという部分もありますが、それでは計算に3カ月もかかり、そんなに時間がかかるのならお金はかかるけど試作品を作った方が早く結果が出ます。それとのしのぎあいですね。

 また、メッシュを小さくしたからといって正しい結果が出るとは限らず、見たい現象にあわせてコンピュータ解析に最適なメッシュの大きさがあり、それがうちのノウハウになっています。

──デジタイヤの第2世代であるDRS IIでは、タイヤ単体シミュレーションであるDRSから何が変わったのでしょう?
中瀬古氏:2000年代の初めにDRSの第2世代になりました。このDRS IIでは、これまで評価が非常にしづらかったもの、たとえば雨天走行時のシミュレーションなどが可能になりました。

 たとえば、ハイドロプレーニングは、高速走行時にタイヤが水の上に浮いてしまう現象です。この対策には、(タイヤパターンに)斜めに溝を入れればいいだろうという議論もありますが、どのような溝をどのような角度で入れればよいかという視点が必要です。たとえば試作品を作っても、実際に水がどの方向に、どのくらいの速度で逃げていくのか計ることはできません。シミュレーションであれば、どの部分でどのくらいの水がどの方向にどのくらいの速度で逃げているのかが分かります。タイヤ開発では、ハイドロプレーニング対策だけすればよいものではなく、同時に高いグリップ力とか、低ノイズといった性能も必要になります。

DRS IIの概要

 また、雨に加え、雪とかマッド(泥)の路面もあります。シミュレーションだけを行っているのではなく、テスト用のタイヤで走行もしますが、なかなか条件が一定にならない。たとえば、朝10時の雪と昼12時の雪ではぜんぜん違います。実際のタイヤテストでは条件を揃えるのが非常に難しいのです。

 タイヤ開発を行っていく上では、デザインなどの変更による機能を明らかにするのが重要です。単に全体のデザインがどうこうではなく、どこの溝がどのくらいの雪をかんでいるのか、トレッドパターン1つ1つのブロックの動きがDRS IIなら分かります。何が起きているのかシミュレーションなら評価できます。

 ところが、実際に走った場合の評価では、たとえば雪の坂道を上った場合「新しいタイヤはよく上りますね」という評価になってしまいます。タイヤの設計に新しいアイデアを入れた場合、どのアイデアがどのくらい効果があったか定量的に分からないまま、結果オーライになってしまうのがまずいのです。

 3種類、4種類タイヤを作った場合、「あ、これよかったね。これはどうだったね」となって、それなりのノウハウも残っていきますが、本当のタイヤのメカニズムは分からないまま製品開発が進んでしまいます。

 「ここの溝は、こういうふうにすると、こういう機能を果たします」といったことがタイヤ設計者に分からないまま、「こういうときはこんなのがよかったよ」といったノウハウ集しか残らない。このノウハウを積み重ねていけば、「こういうときはこうしなさい」のような設計標準、マニュアル集はできます。だけど本当に必要なのは、1つ1つのパーツ(タイヤの構成単位)がどのような役割をしているのか、その寄与度はどのくらいであるのかということです。

 シミュレーションのよいところは、環境条件を自由に変えられることにあります。水の温度を変える、雪のコンパクション(踏み固められ具合)を変えるといったことをやっていると、条件によっては結果が逆転する場合があります。たとえば、いくつかのモデルを作った場合、低い温度ではよかったモデルが高い温度では不利になることがあります。

 これは何を表しているかというと、実際の試作品を用いた開発では、ある日北海道に行ってテストしたとします。その日は気温が-10度で非常によい結果が出た。これはよかった製品化しようとなって発売したら、0度付近で使われたお客さんから苦情が出てしまう。苦情が出ればまだよいが、潜在的な不満で終わってしまう場合もある。それを分からないまま評価を進めてはいけないのです。

 そのような温度による差、小さな環境条件の違いによる性能差をシミュレーションなら見つけることができます。要はメカニズムをしっかり解析できているかどうかです。何が起こっているか、見えていないものを見えるようにする。その“何が起こっているか”を、すべてのタイヤ設計者が理解すれば、次にクリエイティブなアイデアが出てきて、それをまたシミュレーションすれば、さらによい製品を開発できます。

 ただ、シミュレーションと実際のずれが発生することがあります。その場合は、そのずれを直す必要がありますが、そこでは過去のノウハウが大切になります。「こういう現象のときにこういう実験結果が出たが、シミュレーションと合わない。なぜ合わないのか」となった場合、ときによっては実験の方法がよくないときもあります。もちろんシミュレーションそのものが間違っているときもあります。こういったときにデータを読み解く力が必要になります。その読み解く力のある人が集まってシミュレーションの精度向上を図っています。

 というのは、タイヤには系統的、学術的にタイヤ力学という学問はありません。実験結果にはばらつきがあり、そういったときにシミュレーションのロバスト性が非常に重要になってきます。タイヤが転がった際の相手。水とか空気とか泥とかの境界条件はまったく異なるものとなります。タイヤが転がりつつ、まわりにある水とか空気とか泥とかの流れを見るシミュレーションは、当時あまり存在しないものでした。

 たとえば、クルマの空力シミュレーションはクルマの表面の空気の流れを見るものです。衝突シミュレーションは、ものが衝撃によってどう変形するか見るものです。タイヤの場合は、タイヤ本体が運動しながら変形し、まわりの固体なり液体なりの動きをあわせ込むのは非常に難しいものでした。そういう意味では、DRS IIは非常に画期的なシミュレーションです。

 とくに泥(マッド)などの動きは非常におもしろいです。マッドの評価は人によって分かれる部分があり、「トルクが一気にかかるタイヤ」が好きな人もいれば、「ツルツル滑りつつでもよいから、ゆっくり進んでいくタイヤ」が好きな人もいます。一般ユーザーの場合は、後者の「ツルツル滑りつつでもよいから、ゆっくり進んでいくタイヤ」が向いているのです。

 一部のトラクションの強いパターンのタイヤの場合、マッドにタイヤがはまり込むと、ガンガンアクセルを踏むとマッド路面を掘っていってしまうのです。これは砂(サンド)も一緒で、変に路面をタイヤが捉えると、どんどん路面を掘っていってしまうのです。

 これはシミュレーションでよく分かる部分です。泥を掘る力と、浮き上がる力。そのバランスをタイヤのパターンで調整できるのです。サンド向けのタイヤは外観からその考え方が分かり、縦方向のリブが入っています。砂用のタイヤというと、ゴツゴツしたブロックが向いていると思う人が多いかもしれませんが、縦方向のリブで浮く力を出しています。

──デジタイヤは、DRS IIからDRS IIIへと進化しました。このDRS IIIは何が進化点になるのでしょうか?
中瀬古氏:タイヤと路面のシミュレーションの後に、今度は音のシミュレーション、つまり空気のシミュレーションをするようになったのがDRS IIIです。

 たとえば、太鼓とかスピーカーであれば音のシミュレーションは非常に簡単です。振動を発生するポイントが目に見えており、そこからの空気の圧力変化をシミュレーションします。

 ところがタイヤの場合、何が起きているか分からない部分があります。たとえばタイヤのブロックが路面に接地したとき、まわりの空気を圧縮し、さらにまわりにある空気の圧力を刺激する。この圧力の刺激具合を追っかけていきます。単に音の発生源が分かっていて、そこからのシミュレーションを行うのではなく、タイヤが転がりながら起きる連続的な圧力変化を解き明かすのがDRS IIIになります。

 タイヤのゴムの壁、ブロックの壁は、タイヤが転がっているときにはものすごく複雑な動きをしています。動くと圧力変化が起き、その圧力変化が伝播していきます。そのため、DRSからDRS IIに行く過程で数倍になった計算量は、DRS IIIでは、その5倍から10倍になりました。

 タイヤのシミュレーションモデルはタイヤの構造から行っており、タイヤを構成する素材もシミュレーションしています。タイヤではパターンに注目が集まりがちですが、タイヤ内部のゴムの物性を変えることでも乗り心地などが変わってきます。そういうものをすべて含めてシミュレーションしています。スチールベルトはスチールを編み込んで作られていますが、その物性を1枚の素材としてシミュレーションしています。

 これにより、サイドウォールに使ったゴムの差もシミュレーションでき、ゴムを変えた際のタイヤの転舵時の移動量を見ることができます。つまり、どれだけキビキビ動くかなども見ることができるのです。

 そのほか住友ゴム工業では「バーチャルデジタイヤ」として、タイヤのシミュレーションモデルも売っています。このバーチャルデジタイヤを自動車のシミュレーションモデルに装着することによって、自動車メーカーは段差を乗り越える際にどのくらいの力がクルマにかかるか分かり、自動車のシミュレーションがしやすくなります。

──DRS IIIで住友ゴム工業のタイヤシミュレーションは1つの完成を見たのでしょうか。その後、住友ゴム工業のシミュレーションは、素材、つまりミクロレベルのシミュレーションを進めているように見えます。
中瀬古氏:素材のシミュレーションをするようになった理由の1つは低燃費タイヤの開発にあります。低燃費というのはエネルギーロスを減らすことなのです。その際には、ゴム(コンパウンド)だけではなく、トレッドパターンも結構効くのです。そのポイントは、うまくエネルギーを分散させ、1個所にタイヤの歪みが集中しないようにすること。そのため最近のタイヤでは、直線を主体としたパターンのタイヤが多くなり、優雅な曲線美を持つタイヤは減りました。

 ゴムは非常に難しい材料です。たとえば金属やプラスチック樹脂であれば、比較的配合物が簡単な構造になっています。ゴムには天然ゴムと合成ゴムがあり、そのゴムを構成するポリマーとゴムの黒い成分であるカーボンブラック、さらにシリカが複雑に絡みあっています。カーボンブラックとシリカは、ゴムを強くするために入っており、複雑に絡み合うことで強度を出しています。

すべての要素を満たすタイヤ開発を目指す
タイヤ用ゴムの構造
シリカとポリマーの動きをシミュレーション

 ポリマー同士も複雑に絡み合っており、さらにそのポリマーはカーボンブラックを取り巻くように絡み合っています。ところが、ポリマーとシリカは水と油のようなものなのでくっつきません。そのため、ポリマーの一部に変性基をくっつけて、シリカをポリマーに接続しています。ここがくっついていないと、ポリマーがぐらぐらしてしまうため、結果的にエネルギーロスが発生します。エネルギーがロスするということは燃費が悪化するということなので、いかにポリマーとシリカをうまくくっつけるかが開発のポイントになっています。

 そのポリマーとシリカをくっつける変性基は開発が非常に激しい分野で、どんどん新しいものが開発されています。これらをうまく使うために、ゴムを構成する分子のシミュレーションを行っています。

 そのためにはシリカがどのようにゴムの中にあるかを知る必要があります。このシリカの状態を把握するために、兵庫県にある大型放射光施設「SPring-8」を使って、強いX線を素材に照射し、散乱光のパターンを得ます。この散乱光を統計的な処理で読み解いていきます。その際に使っているスーパーコンピュータが神奈川県横浜市にある「地球シミュレータ」です。

 シリカの2次元配置は、透過型の顕微鏡で簡単に見ることができます。でも実際にはゴムは立体で動くので、3次元で見なければ意味がありません。しかも、その領域は数十nm(ナノメートル)という狭いものではなく、数百nmという大きなものでないと意味がありません。というのは、シリカの位置には偏りがあるため、それらを見る必要があるためです。このくらいのエリアを見なければ、低燃費タイヤのゴムの開発はできません。

 構造を見る場合には、構造の異方性によって散乱光の出方が違ってくるので、「SPring-8」からの出力をある予測モデルに従ってスーパーコンピュータで計算します。その結果と、次の実験結果が合えばそのモデルが正しかったことが分かりますし、異なっていれば再度修正して確認します。

 そこで得られた結果を見て、不要に発熱している個所があれば、さらにシリカの配置を工夫するなどしてゴムの発熱を抑制していきます。

 まとめると、当社のシミュレーションは、タイヤの構造という大きなものから始まりました。タイヤの構造を力学的に解析することから始まって、今はゴムの素材の中にあるシリカの配置をよくするにはどのようにすればよいかというレベルになっています。

 シリカのよい配置とは、シリカのまわりに適正にポリマーが変性基を通じてくっついている状態で、いかにこの状態を作り上げるかをシミュレーションしています。タイヤの構造などのシミュレーションには力学を用いていましたが、このシリカの配置シミュレーションには分子動力学(MD)を用いています。

MDを用いたシミュレーション

 シリカに対してなんらかの変性基を用いてポリマーをうまくくっつけることを単に実験などでやろうとすると、膨大な時間がかかるのです。それをシミュレーションでやることで、どのように動いて、どのようにくっつくのかが分かります。その上で実験を行ってゴムを作り出し、ゴムの特性を確認しています。

 シリカは、SiO2という単純な化学式ですが、その粒子の結びつき方や、つながった構造で特性が変わってきます。シリカが結びついていく中で、どのような物質を抱え込んでいくかでも、特性が変わってきます。さまざまな特性と、さまざまな性質の変性基、そしてその変性基を介して結びつくポリマーの状態をシミュレーションしているのです。

 現在企業レベルが持っているスーパーコンピュータでは、これらのシミュレーションを、マイクロメートルレベル、ナノメートルレベルなど、スケールを絞ってそれぞれ行っています。当社はこれを「マルチスケールシミュレーション」と呼んでいますが、本当は計算時間の問題でスケールを絞らざるを得ない部分があります。

 低燃費タイヤの開発だけに限れば、シリカの結合状態、分散性などを見れば十分で問題はありません。ただ、我々が次に目指しているのは、「タイヤのグリップ力」「ゴムの強度」の解析です。

 たとえば、摩耗1つ取っても、ゴムがどのように壊れてどのように飛んでいったかは誰も見たことがありません。シリカ、変性基、ポリマーのそれぞれの個所で何が起きているのか、誰も知りません。先ほど説明したように、ゴムの中のシリカには異方性や偏りがあります。それがどう連携して、どうなっているのかを解析して、シミュレーションするのが次のテーマになっています。

京を用いたMDシミュレーション

 昨年の春に課題申請をして、スーパーコンピュータ「京」を使用できることが決まりました。京の産業利用の時間として500万ノード時間をいただき、現在これらの課題に取り組んでいます。

分子シミュレーションモデル。実際のシリカの状態をできるだけ正確に再現している(球全体すべてがシリカ)

 住友ゴム工業が2011年のモーターショーで発表した「4Dナノデザイン」は、「ナノ(10億分の1)の世界を見える化し、ナノのレベルで素材を自由にコントロールしていく」ことを目標としていた。その際に中瀬古氏は「今後はスーパーコンピュータ『京』を使って時間軸方向のシミュレーションも行っていく」と語っており、それがゴムの壊れ方、つまりタイヤが転がることによる削れや発熱などを分子レベルで完全に把握することにあるのだろう。

 もちろん企業である以上、完全に把握するだけが目標であるわけはなく、よりよい削れ方、より理想的な発熱をする、低燃費で高グリップ、長寿命で静かなタイヤの製品化へもつながっていくと思われる。

 住友ゴム工業は、2015年には、材料をよりリアルに表現し複雑な現象を解析し、素材開発や配合開発につなげる「ADVANCED 4D NANO DESIGN(アドバンスド フォーディー ナノ デザイン)」、 2020年には材料からタイヤ性能までを予測し材料設計する技術「NEXT 4D NANO DESIGN(ネクスト フォーディー ナノ デザイン)」を確立するとしている。

 今回、そのNEXT 4D NANO DESIGN構想を率いる中瀬古氏にインタビューする機会を得たが、強く印象に残ったのが「タイヤは分からない部分が多い」という言葉と、それを“分かるまで突き詰めていく”強い姿勢だ。そのために、世界でもトップクラスの大型放射光施設でデータを抽出し、同じく世界トップクラス(2013年6月時点で4位)の計算力を誇るスーパーコンピュータ「京」で解析していく。中瀬古氏は「結果を実際の製品に反映させていくことが大切」とも語っており、進化し続けるダンロップ製品の基礎を支えている。

住友ゴム工業は京の産業利用枠を使って、新たな解析に取り組んでいく

編集部:谷川 潔

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