トピック
松田秀士のランボルギーニ「アヴェンタドール」進化論
2017年12月28日 11:30
ランボルギーニとレースカードライバー・松田秀士の関わり
あれは2007年のことだった。SUPER GTをランボルギーニで戦うJLOCチームのマネージャーから1本の国際電話が入った。「松田さん、来週のセパンに出られない?」。声の主は自動車雑誌の元編集長だったM氏。金髪が有名な彼に「OKです!」と2つ返事で了承した。来週といっても、レースまであと1週間を切っていた。
実は、当時のレギュラードライバーだったマルコ・アピチェラ選手が、前週に開催されたル・マン24時間レースの予選中に大クラッシュして負傷。当時はル・マンの1週間後にSUPER GTのセパン戦が開催されていたので、チームは日本に帰らずそのままマレーシアに移動するのが常となっていたのだ。そのためマルコ選手が走ることができず、代役を探していたわけだ。ちょうどそのころ、ボクはSUPER GTでフルシートを確保できておらず、次のセパン戦は出場の予定がなかった。ボクにとって降って湧いた、嬉しい話。ランボルギーニでレースを戦ったことはなかったが、ぶっつけ本番には強い方なので快く了承した。
レースを戦うマシンは、アヴェンタドールの前身である「ムルシエラゴ RG-1」。ペアを組むのはマルコ選手のペアドライバーである山西康司選手だ。山西選手はカートや国内レースで数々の輝かしい成績を収めたドライバーで、一緒に走れるのがとても楽しみだった。結局、レースは完走こそしたものの入賞には至らず、悔しい結果となったが、その後の菅生戦にも同チームから出場を果たし、これが切っ掛けとなり翌年から「ガヤルド」の開発をJLOCチームから託されフル参戦することになったのだ。つまり、ボクにとってムルシエラゴの直系であるアヴェンタドールは縁の深いランボルギーニなのだ。
そのころのムルシエラゴの印象を少し話そう。初めてステアリングを握ったセパンサーキットの練習走行。まず驚いたのは、12気筒エンジンのものすごいトルクだった。SUPER GT仕様のRG-1は4WDではなく後輪駆動に改造されているので、グリップ力の高いスリックタイヤを履いているとはいえ、不用意なアクセル操作で簡単にパワーオーバーステアを誘発する。しかし、サスペンションの動きがとてもスムーズで、ロールは大きいがコーナリング性能は予想以上に高かった。
そして今回の本題、「アヴェンタドール」の話をしよう。アヴェンタドールに初めて試乗したのは、日本国内で販売が開始された2012年。袖ヶ浦フォレストレースウェイで開催された試乗会だった。アヴェンタドールが採用するフルカーボンのコクピット(カーボンモノコック)は229.5kgで、これは「ムルシエラゴ」に対して30%もの軽量化を達成。ねじれ剛性は150%アップした3万5000Nm/°、車両重量は90kg減の1575kg。新設計の60度V型12気筒6.5リッターエンジンは700PSを8250rpmで発生。これはムルシエラゴ比で9.4%増のパワーアップ。最大トルクは690Nm/5500rpmで、こちらもムルシエラゴ比で4.5%増となる。パワーウェイトレシオは2.25kg/PS。そしてなんといってもCO2排出量がムルシェラゴ比で20%減の398g/kmで、環境性能にもアプローチしていることを強調していた。
サーキットを走った印象は、やはり驚くべきそのエンジンパワーだ。インストラクター先導のため最終コーナーはゆっくり立ち上がっているのに、1コーナーまでに200km/h近くを記録する。そして12気筒のオーケストラが奏でる排気サウンドが魅力に溢れていた。トランスミッションはカーボンコートされた4シンクロナイザーを採用する7速シングルクラッチ方式。デュアルクラッチシステムではないから多少のシフトショックはあるが、トランスミッションの重量は79kgで、デュアルクラッチシステムに比べてはるかに軽量なのである。また、この多少のシフトショックがレーシーに感じられる。敢えてこのシフトショックを作り込み、レーシーさをオーナーにアピールしているのだ。
アヴェンタドール Sは前身からどう進化した?
そして2017年に次世代モデルである「アヴェンタドール S」が発表され、オーストラリア・メルボルンのフィリップアイランドサーキットで開催された試乗会にも参加した。このときは一般公道での試乗はなく、サーキットでの走行のみ。ホテルのあるメルボルン市内からサーキットまでヘリで移動するなどのランボルギーニオーナーにふさわしいセレブ気分を満喫できる試乗会だった。
アヴェンタドール Sは、ベースのアヴェンタドールに対して同じくV型12気筒6.5リッターエンジンを搭載するが、レブリミットが+150rpmの8500rpmとなり、出力も40PS増の740PSに進化。最大トルクはそのままの690Nmだ。もちろん、ハルデックス電子制御式の4WDシステムを採用し、0-100km/h加速は2.9秒というスペックだ。
しかし、イチバンのトピックは後輪ステア(操舵)のLRS(Lamborghini Rear-wheel Steering)が採用されたこと。つまり4輪駆動に4輪操舵が加わったということだ。後輪ステアとは、文字どおり前輪に対応して後輪がわずかに左右に切れること。これによって、低速域では前輪とは逆異相(反対)に切れることで、最小回転半径が小さくなり小まわりが利くようになる。そして、高速域では前輪と同位相(同じ方向)に切れることで安定性を増すのが技術目的。
この後輪ステア、基本的に60km/hまで後輪は逆異相(前輪とは逆方向/最大3度)に切れて小まわりをサポートする。実際、パイロンで仕切ったオートテストのような狭いコースを走ったが、曲がれそうもないRを切り替えしなくても1回でクリアしたことに驚いた。車庫入れもスムーズだ。そして90km/h以上では同位相(前輪と同じ方向/最大1.5度)に切るので、リアの安定性をサポートするのだ。では、60~90km/hまではというと、同位相と逆異相の中間で制御するのだが、4種類ある走行モード(ストラーダ、スポーツ、コルサ、エゴ)によって異なるとのこと。このシステム、逆異相時には前後輪が逆に切れることでホイールベースが最大で-500mm相当となり、同位相時には最大で+700mm相当となる。また、ダイレクトステアリングリングのレシオも逆異相時にはよりクイックになり、同位相時には少し緩慢になるようにセットされる。つまり、中低速ではよりアジリティのあるハンドリングにして、高速域では安定感を重視しているのだ。
サーキット走行ではストラーダ、スポーツ、コルサの各モードを試した。実は、スポーツが4WDの前後トルク配分でイチバン後輪にトルクを伝える(90%)モードになっていて、サーキット走行用のコルサモードはそれよりも10%フロント寄りのアンダーステア傾向に振ってある。そう、サーキットでオーバーステアは即タイムロスに繋がるのだ。また、アヴェンタドール Sではこの3つの走行モードのほかにエゴというモードが新しく設定されている。これはエンジン、ステアリング、サスペンションをそれぞれ自分好みに設定できるモードなのだ。
フィリップアイランドサーキットでの走行は、袖ヶ浦フォレストレースウェイのときよりも刺激的だった。それは、フィリップアイランドサーキットがハイスピードコースだからだ。やはり740PSのマシンの真価を評価するにはそれなりのコースが必要だ。アヴェンタドール Sではボーテックジェネレーターを追加するなど、とくにフロントまわりのデザインを変更してフロントのダウンフォースを130%増加させ、リアウィングは3段階に可変する。このままではオーバーステアなマシンになるかと予想しがちだが、後輪ステアのLRSによってリアのグリップが驚くほど安定している。この新しい2つのテクノロジー(フロントダウンフォースとLRS)によって、高速コーナーを驚くほど速いスピードで何事もなかったかのようにクリアしてゆく。ドライバーズシートで、ボクは市販車とは思えない横Gと戦っていた。
そのアヴェンタドール Sを一般公道でも走らせてみた。前置きのつもりで書き始めた回顧録が本文になってしまったが、一般道でないと分からないこともたくさんある。
言い忘れたが、アヴェンタドール Sのサスペンションはプッシュロッドタイプのダブルウィッシュボーン式。これはサスペンションの構成パーツが空力に悪影響を与えないために考案されたシステムで、スプリングダンパーユニットを車体内部に格納してホイールキャリア(アップライト)からの動きを1本のプッシュロッドで伝えるシステム。F1もほとんどがプッシュ式かプル式のどちらかを採用している高級なシステムだ。そしてダンパーでは磁性流動体をオイルに使い、電磁石のオリフィスで減衰をコントロールするマグネライドだ。
このダンパーのモード変化とコントロールが素晴らしく、一般道での乗り心地が素晴らしくよい。またオートマチックモードでのシフトコントロールが、アクセル開度に応じてとても賢くコントロールされる。踏みシロが浅いときにはそれこそ2000rpm以下で次々とシフトアップ&ダウンを繰り返し、燃費と静けさをプレゼントしてくれる。
もちろんアクセルを踏み込むと、あのフィリップアイランドサーキットでの記憶がよみがえる。一般道だから無茶はできないが、法定速度内でも十分にエンジョイできる個性を持っている。もちろん、サーキットに持ち込んでアクセルを床まで踏みつけた先には、ほかのモデルでは味わえないスポーツの世界をアヴェンタドール Sが提供してくれるはずだ。
提供:ランボルギーニ ジャパン