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真剣で熱いクルマ造りの話に来場者が聞き入り「ヴェゼル Modulo X」開発秘話も語られた「Modulo Xトークショー」

土屋圭市氏・湯沢峰司氏・安東弘樹アナウンサー編

2020年1月12日 開催

「東京オートサロン 2020」のホンダブースで1月12日に開催された「Modulo Xトークショー」

 過去最多となる33万6060人の入場者数を記録した「東京オートサロン 2020」。チューニングカーやカスタムカーはもちろんのこと、国内外の自動車メーカーが「クルマ好き」な来場者のハートに響くコンセプトモデルを多数用意するなど、見応えのあるイベントになっていた。

 そんな東京オートサロンで連日、多くの人が足を止めて観覧していたのがホンダブースの特設ステージで行なわれていたトークショーだ。そのラインアップはインディカー・シリーズに参戦している佐藤琢磨選手のスペシャルトークショーや、SUPER GTに参戦するHonda Racing各チームの監督やドライバーが2020年シリーズに向けた抱負を語るトークショー、それにスーパーフォーミュラドライバーのトークショーなど、どれも大注目のものばかり。

 それらに加えて人気を集めていたのが、東京オートサロンでおなじみとなっている、ホンダの技術者が持つクルマ造りへの熱く真剣な気持ちが聞ける場である「Modulo Xトークショー」だ。3日間共に開催されたModulo Xトークショーでは毎回多くの人がステージ前に集まっていたが、今回はその中から、最終日の1月12日に行なわれたステージの模様を紹介していこう。

Modulo開発アドバイザーの土屋圭市氏
株式会社ホンダアクセス Modulo X開発エンジニアの湯沢峰司氏
フリーアナウンサーの安東弘樹氏

土屋圭市氏が登場したModulo Xトークショー

 東京オートサロン 2020最終日のModulo Xトークショーは、登壇者を変えた2本立てで行なわれたが、本稿では、Modulo開発アドバイザーの土屋圭市氏とModulo X開発エンジニアの湯沢峰司氏による、車両開発の模様を中心とした回について紹介していこう。司会を担当したのは“アナウンサー界ナンバーワンのクルマ好き”と言われている安東弘樹アナウンサーだ。

 最初に登場した安東アナウンサーの呼びかけで湯沢氏、土屋氏と順にステージに現れた。クルマの開発話ともなれば「お堅い話かな」と思いきや、そこはプライベートでも親交があるという安東アナウンサーと土屋氏のコンビ。安東アナウンサーが土屋氏に「開発アドバイザーとは具体的にはどんなことをされているのでしょうか」という問いかけると、土屋氏は笑顔でひと言「現場でうるさいヤツです」と返す。さらに横に座る湯沢氏に「うるさいオヤジだよな」と話を振るが、湯沢氏は「そんなことないですよ~」と慌てて返答する。これで集まった観客に笑いが起こり、開始早々Modulo Xトークショーの場が盛り上がる。

 場が和んだところで、安東アナウンサーは仕切り直しというように「では、湯沢氏に伺いますが、湯沢氏のお仕事はどんな内容でしょうか」と切り出した。

 湯沢氏は「はい、では真面目な話をしますと、私はModulo Xの開発現場で指揮をしながら開発作業も行なっているという立場です」と返答。安東アナウンサーは「つまり、現場で一番大変な人ということですね」と付け加えた後、改めて土屋氏を見る。

 すると土屋氏は「そうだね。湯沢くんの役目はホンダ車をよりグレードアップして、ワンランク上のクルマとして世に出すことだよ。それに対してボクは何をするかというと、湯沢くんたちが造ったクルマを買う側の立場から評価しています。一緒の現場ですけど、ホンダ側の立場ではものを言わない、言ってはいけないのがボクの仕事です」と、冒頭の冗談交じりの発言とは打って変わり、真面目なトーンで力の入った語りだった。

ModuloからModulo Xへの歴史を知ろう

 さて、ここまでも何度か出ている「Modulo X」だが、知らないという人もいると思うので概要を紹介させていただこう。

 はじまりは1994年。ホンダ車純正アクセサリーにあるアルミホイールのブランドとして「Modulo」が誕生した。その後、カスタマイズにおける規制緩和が行なわれたことを受け、Moduloはエアロパーツやサスペンションキットなども手がけるようになり「カスタマイズの楽しさを広げる」ためのブランドに進化した。

 Moduloの名前が付けられるパーツはすべて、ホンダ車に精通したエンジニアが手がけてきたが、ユーザーによりよいものを提供していくためには、パーツ単体ではなくてクルマ1台分で開発する必要があると考えられるようになった。そこで2013年1月から「N-BOX」を皮切りに、Modulo Xというコンプリートカーのブランドが立ち上がった。

 そしてModulo Xは「N-ONE Modulo X」「ステップワゴン Modulo X」「フリード Modulo X」「S660 Modulo X」と続き、2019年11月には最新モデルの「ヴェゼル Modulo X」が発売された。このヴェゼル Modulo Xは今回のホンダブースにも展示されており、多くの来場者が撮影したり乗り込んだりと、常にクルマのまわりは人でいっぱいだった。

ステージの大型モニターに表示されたModulo Xの歴史。2013年~2019年に6車種がデビュー。開発にとても時間が掛かるクルマなので、これは驚きのハイペースと言える

開始早々、Modulo X開発陣の真剣さと熱さが炸裂!

 Modulo Xの歴史紹介が終わったところで、今度はModulo Xならではのクルマ造りについて語られた。

 マイクを取った湯沢氏は「このModulo Xは、私たちホンダのエンジニアが造るクルマです。開発の過程では机上で考える段階もありますが、中心になるのはテストコースを走ることで実車性能を高めていくことです。われわれが求める走りを実現するため、サスペンションのセッティングはもちろん、エアロパーツの形状などもテストコースのピットガレージ内でどんどんいじり、そのたびに走り込りこんで効果を検証しています。そしてその過程において土屋さんにも乗っていただき、忌憚ない意見を言ってもらっています」と解説。

 土屋氏も「ボクはModulo Xを買ってくれるユーザーの立場から『その性能にお金を払う価値があるのか?』という目線で見ています。だから、湯沢くんたちが作るクルマに厳しいことも言います。でも、湯沢くんのいいところは、ダメ出しに対してどこがわるかったのかをちゃんと聞いてきて、それを真剣に考えるところだね。彼らはみんな優秀なエンジニアだから仕事に対して自信もプライドもある。作ったものを否定されたら悔しい気持ちはあるだろうけど、謙虚にちゃんと聞いてくる。そういったやり取りをしっかり行なっているので、開発に時間が掛かるのがModulo Xなんだよね」と付け足した。

 自動車メーカーが行なうクルマの開発では、ユーザーは立ち会うことも試乗して意見を言うこともできないが、Modulo Xでは土屋氏がユーザーの代表として開発に参加し、メーカーに意見を伝える。そしてModulo X開発陣はその言葉を大切に扱う。このサイクルがあるからこそ、Modulo Xは他とはひと味違うクルマになるということだ。

Modulo Xで走りと質のよさを実現するために掲げているテーマも紹介

 さらに土屋氏は「もう1つ言うと、湯沢くんたちはNGが出るのが分かっているパーツもテストするんですよ。例えばデータ上で乗り心地がわるいと分かっているダンパーがあったとして、それをスルーするのではなく実際に試すことで“何がどれくらいNGなのか”を検証するため開発車両に取り付けて走るんです」と続けた。

 NGになるものでも何が問題なのか検証する。この話はクルマ好きの安東アナウンサーに響いたようで、湯沢氏にどういったことか問いかける。

 これに対して湯沢氏は「NGなパーツと言うと皆さんには分かりにくかったかと思いますので整理します。足まわりで例えますと、これまでの開発の状況から“ここまでやったら乗り心地でいい評価は得られない”ということが計算上で分かっているものもあります。だけど、Modulo Xは完成度の高いベース車の実力をさらに上げていくので、より多くのデータが欲しいのです。そんなことから、一般的にはNGになるものであっても実際に走った結果が知りたいのです。土屋さんはモータージャーナリストでもあるので、いろいろなクルマに乗っています。だからよしあしの基準を明確に持っているので、評価のよくないものに対しても、いいわるいだけでなく、どこまでなら許容できるかなど、深い部分までのコメントをくれます。われわれには“Modulo Xらしさを造る”という大前提があるので、その点を踏まえつつ、土屋さんと議論をしながらいいものを作りあげていくという感じです」と語った。

 この熱意を感じさせる発言に、安東アナウンサーも「湯沢さん、トークショー向きですね」とひと言。すると土屋氏も「いいでしょ、聞けば答えるこの感じ。でも、そうやって答えてくれるから、ボクが言ったこともムダにはならないんだよね」と語った。

土屋氏は「湯沢くんたちがこれだけ頑張って仕上げても、トップにいる福田さん(Modulo統括責任者の福田正剛氏)がOKを出さないとModulo Xには採用されない。Modulo Xにはもっと厳しい基準があるんだよ」と内情をポロッと話した

ヴェゼル Modulo Xの開発トーク

 続いて、2019年11月に発売されたばかりのヴェゼル Modulo Xの話題となった。ここではまず、北海道の旭川にあるホンダのテストコースで行なわれた開発時の映像が流されたが、映像内には路面に大きなうねりを設けた区間をハイスピードで駆け抜けるシーンも出てきた。湯沢氏によるとこの区間は横転の危険性があるため、社内規定として120km/hの速度規制が設けられているという。しかし、Modulo Xの開発時は土屋氏がドライブすることを前提として特別に制限が解除されるので、通常のクルマよりハードな環境下でテストが行なわれることが語られた。

 この時のことを湯沢氏は「この区間を制限速度以上(約140km/h)で走ったのは初めてでしたが、いい経験になりました。ヴェゼル Modulo Xを開発する上で用意した比較車両の中には連続するうねりによって車体が飛ぶような状態になったものもありましたが、そこまでの挙動を経験したことで、しっかりとした空力や足まわりを持たせることの重要性を再認識しました」と語った。

 すると土屋氏は「日本の道でこのような条件はないと思うけど、だからやらなくていいというものじゃないんだよね。今の時代、海外の方が買って自国で乗ることもあるかもしれない。海外には日本とは道路事情がかなり違う国も多いので、そこで乗られた時にも“ヴェゼル Modulo Xはいい”と思ってほしいじゃない。だってModulo Xだよ。欧州の著名なメーカーのクルマにも引けを取らないようにしたいじゃない」と付け加えた。

 これを受け、湯沢氏も「限界を目指して開発していくと、空力もボディも足まわりも、それまで見えなかった部分が見えてきました。そこで出た課題を突き詰めていったら、激しい走りのシーンだけでなく、皆さんが日ごろ乗られるような状況においてもクルマがピタっと安定するんです。これは自分自身にとっても大きな収穫だったので、それを皆さんに提供したいと思って開発してきました」と続けた。

 この「クルマがピタっとする」という表現はクルマ好きな人にとって興味を引くものだったようで、ステージの模様を後方から見ていた筆者の目に、湯沢氏の発言を聞いてうなずくような仕草をしている来場者の姿が入った。

見応えがあった開発時の映像。その中で土屋氏が口にした「時間は掛かったけど、いいものができたよね」という言葉はとくに印象的だった

FFも4WDも同じハンドリングを実現

 クルマで走るのが好きでメカにも詳しい安東アナウンサーが、次に持ち出した話題はヴェゼル Modulo Xのバリエーションについてだ。安東アナウンサーは「ヴェゼル Modulo Xにはガソリンエンジンモデルだけでなく、ハイブリッドがあったり、駆動方式もFF、4WDとありますが、これらは同じヴェゼルであっても走りの特性は違いますよね、この点はどうまとめているんですか?」と湯沢氏の方を見た。

 すると湯沢氏は「そうですね、正直なところ、3種類を同時に開発すると聞いたときはビックリしました。Modulo Xは用品を付けるだけではなく、クルマごとに合わせた特性に仕上げるので、同じヴェゼルでもガソリン車とハイブリッド車、FFと4WDではそれぞれ個別の開発が必要なので、これは大変だと思いました」と答えた。

 そして土屋氏も、ステージ前に集まった来場者を見まわすようにしながら「これは本当にそう。エンジンや駆動方式が違うと4軸に対する重量が全然違うので、どれか1つのデータをすべてに当てはめるのは無理。でも、仕上がったクルマに乗ると、全部のバリエーションで同じハンドリングなんだ。これはすごいよ。それだけの技術を持っている集団なんだよね」と説明した。

Modulo Xの開発には統括責任者の福田正剛氏がいる。自らテストドライブを行ない、その評価も的確で厳しい。土屋氏と湯沢氏が苦労して仕上げても、福田氏のひと言でやり直しになるという。とても緊張感のある現場なのだ

Modulo Xシリーズ初となる専用シートの話も面白い

 続いての話題は、ヴェゼル Modulo Xに採用された専用シートについて。これまでのModulo Xシリーズでは、シートに関しては表皮を変更して質感を高めていたが、車種的にロングツアラーの傾向が強いヴェゼル Modulo Xでは、運転席と助手席を丸ごと開発することになったのだ。

 ただ、こだわりのクルマ造りを行なっているModulo Xの開発陣だが、これまでにシートを丸ごと造った経験はない。しかも、スポーティな走りに対応しつつ乗り降りが楽で、さらにロングドライブでも疲れないという目標があるので、このシートの開発も簡単なものではなかった。

 担当エンジニアが造った試作品には、試座した土屋氏から何度も厳しい言葉が飛んだという。そしてその途中で、土屋氏から1つのアドバイスが出た。それが「サスペンションの気持ちになって、どんなシートなら運転しやすく快適なのかを考えてほしい」ということだった。

 これについて湯沢氏は「Modulo Xは製作に携わる人が全員、同じ方向を向いていないと造れないクルマなので、シート担当といってもシートのことだけを考えていてはダメなのです。そのことを分かってもらうためのひと言ですね」と説明した。「サスペンションの気持ちになれ」とはトンチのような物言いだが、それだけに言われた方はいろいろと考えることになる。そうして紆余曲折しながらできあがったシートが装着された開発車両をドライブした土屋氏からは待望のOKが出たという。シートの話の最後に土屋氏は「ヴェゼル Modulo Xは、ホンダ車の中でも値段が高いし車格も上なので、シートもそれに見合った上質なものでなければいけないよね」と静かに語った。

安東アナウンサーも事前にヴェゼル Modulo Xに試乗しているが、乗り込んで最初のコーナーを曲がった時に「おぉ!」と声が出たくらいで、走りのよさに驚いたという

 トークショーの最後に、ブースで展示されている「フリード Modulo X Concept 2020」と「フィット Modulo X Concept」の開発風景が映像で公開された。その映像内でも、ヴェゼル Modulo Xと同様のハードなテストや、現場でエンジニアが忙しそうに真剣に動く姿が映されていた。そして映像の最後に「ホンダファンの期待を裏切らないことがなにより大事だよね」という土屋氏のコメントが紹介されたが、これこそ東京オートサロン 2020のModulo Xトークショーで登壇者が一番伝えたかったことかもしれない。

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